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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2018年に見たり撮ったりしたものいろいろ

今年は例年になく展覧会に行けない年だった。建物もそんなには見ていない。
あわせてそれでも300弱を見たり撮ったりしたことになる。
わたしの中では近年まれに見る少なさだが、それでも不足を感じないのは、正直色々多忙だったからだ。
生活環境・仕事環境が悪化し、それで走った先に沼があり、喜んで溺れた。
沼の居心地が良すぎて溺れたままでいたが、少し前にその沼から這い上がり、匍匐前進した先でまた別な沼に入って行った。
今忙しいのはこの世話もあるからだった。

感想を挙げているが、書けなかった展覧会もたくさんある。
まだ展示が終了していないものは来年に回す。
そうするしかない。




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どうぶつ俳句の森

こういうチラシを見てスルー出来るとは到底思っていないが、それにしては行くのが遅すぎた。
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応挙、芦雪、若冲、芳中、芋銭らの描く愛らしいどうぶつと、どうぶつの入った句とが紹介されていた。
可愛くてならない。

伊丹市立美術館内にある柿衛文庫は俳句を専門とした文学館で、これまでにもよい企画展をいくつも開催してきた。
今回の展覧会についてはサイトにこうある。
「私たちはさまざまな動物たちとともに生きています。季題・季語を四季別に分類整理した「歳時記」においても動物に関することばがたくさん見られ、それだけ私たちの生活に深く関わっていることを示しています。蕉風開眼の句として知られる「古池や蛙飛び込む水の音」を詠んだ芭蕉、犬や鹿など多くの動物を描き、俳画の大成者として知られる蕪村、雑誌「ホトトギス」に発表した『吾輩は猫である』が好評を博し、小説家の道を歩んだ夏目漱石。このように俳諧・俳句を中心とする文学作品において、さまざまな動物たちがどのように詠まれ描かれてきたのか、私たちの身近な存在である動物たちにスポットをあてた展覧会を開催します。」

展示と章立てとは実はあまり合致してなかった。
なんでかはしらないが、そのためにリストを見ててもどれがどれに該当するのか探す羽目になった。
こういうのはやっぱり面倒でもある。

第一部 十二支のどうぶつ
まずは集合。
立甫 十二類歌合  それぞれの特性に合わせた文様の狩衣と言うのが結構好きだ。なんだかんだと話し合う干支たち。

公長 芭蕉涅槃図  タコ、フグ、ウサギ、カエルなど芭蕉が詠んだり関連した句に登場する者たちが集まってみんなで芭蕉翁を嘆く。
これでは「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」というわけにもいかなさそうである。
ところで俳句にそれほど詳しくないのだが、芭蕉は目に見えるもののほか、観念的なものを形にするのがうまいなあとつくづく思うようになった。
・蛸壺やはかなき夢を夏の月 「明石夜泊」

こちらは戯れというかなんというか実感だわな。
・あら何ともなや きのふは過ぎて ふくの汁 
・河豚汁や 鯛もあるのに 無分別
いやいや、芭蕉さんタイはタイ、フグはフグ、蟹は蟹でんがな。
面白いブログをみつけたので紹介する。フグにおける芭蕉と一茶の違いについての話。
松尾芭蕉と小林一茶の俳句でわかるふぐへの思い

・猫の恋やむとき閨の朧月
・初雪に兎の皮の髭作れ
けっこうどうぶつ多いね。ところで上田公長といえば逸翁美術館に白猫のいい絵がある。
そんな人が描く図なので、どうぶつたちは皆なかなか可愛い。

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いよいよ個別に干支。
子年
昔の暦がある。鼠の万歳図。正月には万歳と才蔵が訪ねてくる。
鼠の婚礼行列図も可愛い。

丑年
桃を持った仙人風の者がいる。
梅で牛なら菅公か。

寅年
蕪村 四睡図  岩にもたれる豊干禅師、みんなグーグー 虎の身体が実にいい筋肉のつき方なので、みんな気持ちよさそう。

虎と言えば応挙先生。ここにも可愛いアタマの丸々した愛らしい虎やんがいる。

重厚自画賛 酔虎図  へべれけの虎。ベロ出してる。どうもメスらしい。メスで大虎。
飲みすぎはいかんよ。

卯年
蕪村 涼しさに麦を月夜の卯兵衛哉 自画賛 兎図  これは蕪村「月夜の卯兵衛」。これについて詳しくはこちら
ウサギの卯兵衛が杵つき。法被かなんか着てるのもいい。ちょっと面白い顔つき。

「うの春」歳旦一枚摺 季全画 兎図  このウサギは紋付裃姿。紋は何だろう。

何故か辰年、巳年、未年が欠けている。

午年
蕪村 鳥羽殿へ五六騎急ぐ 野分かな  横向きの武者数騎を勢いよく描く。けっこうこれは今のマンガの表現に近い感じもする。カッコいい。

月渓 千金の 句自画賛 馬図  呉春か。

明治になり、体の大きい馬が西洋から入ってきた。
日清、日露戦争に馬が駆り出される。

幸田露伴 斥候の 句色紙  もう「これアオよ、よく聞けよ」ではないのである。

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申年
職人尽句合  右に猿回し、左に調理人が鶴をさばこうとしていた。

中村不折筆・正岡子規「朝寒や」句賛・下村観山 猿の三番叟  これも猿回しの一種か。

白隠禅師 団扇に猿とホトトギス図  けっこう可愛い。

芦雪 樹上の猿  こちらは賢そう。

岡田柿衛「月雪花」句賛 麗画 三猿図  郷土玩具風なエテたちが可愛い。

戌年 このコーナーが素晴らしく充実している。
坪内稔典 老犬を 句色紙  ネンテンさんだ。

蕪村、芦雪、応挙、わんころの大家たちの競演である。
蕪村 狗子図小襖  これ、以前にも見ているが本当に可愛い。鼻白、茶、白の三匹がころころ。

蕪村 己が身の 句賛 応挙画 黒犬図  目鼻はわからず、子犬でもなさそうだが、いい動きを見せているのがいい。

応挙 雪中寒菊狗子図  わんこー!元気そうで何より。

月樵・芦雪 犬図双幅  犬一家をコラボ。のどかく姿とか可愛い。

芦雪 仔犬図屏風  おおおおおっ7対2で左右に分かれるわんこたち。好き勝手なポーズとって…目を閉じる奴もいるし、笑うのもいる。可愛い喃。
本当にこういうわんこ絵って見てるだけで幸せやわぁ。

巣兆 雪明り 句自画賛 人物と犬図  雪道を犬に先導されて人がゆく。

犬コーナーにはめろめろでしたわ。猫派であっても負けます。

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第二部 十二支のほかのどうぶつ
昔の説話ものなどでは歌会のことから戦が始まったりしてたな。

・カワウソ
小川芋銭一択。三種の獺祭。一匹だけ柳を頭上に担ぐのがいた。これはこれでいいポーズだ。可愛い。「ホトトギス」第三十巻第四号に使われたらしい。

・猫
これまたいいのが集まる。
「石なとり」秋色著 英一蝶画  虎猫とぶち猫がくんずほぐれつ。蝶々も飛ぶ。可愛いなあ。線描でにゃあとした奴らを描く。

蕪村 妖怪画巻 猫また  複製だが、これは出ないとね。
例の鍋釜かぶり「おれが腹の皮を にゃんにゃん」と嘲るドヤ顔の猫又さん。いいなあ。

漱石「吾輩は猫である」関連もある。
壁画風なのは「ホトトギス」第八巻第四号。

河竹碧梧桐 猫図  これこそ彼の「我が家の猫」で、鼻黒さん。愛ネコ家。

リボン付きのぶち猫もいる。

山口八九子 温泉図  猫の温泉。気持ちよさそう。別役実と佐野洋子で「ねこの温泉」というシニカルホラー絵本があるが、この猫はそこにも「猫岳の猫」とも無縁そうである。

近藤浩一路 黒猫図  精悍な黒猫でパーツが分かれている。しなやかな黒というのでなく、筋骨隆々。

・鹿
現代の橋本多佳子、加藤楸邨、金子兜太らの句がある。

若冲 鹿図  面白い構図や。

蕪村の句に紀楳亭が絵をつけて「嫁入手」にしたのもあった。
これは鹿のおしりが可愛い。
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不白「黄葉ミをちて」句画賛 芳中画 鹿図  ゆるいところがさすが芳中の鹿。


芳中の白蔵主はチラシにあるあれ。
もう一つ別な白蔵主は草中に座り込んでいる。「釣狐」の何とも言えない味わいがだんだんと染みるようになってきた…


パネルで近世風俗画の四条河原図から熊の見世物の紹介。どこのかな、これ。


若冲の目つきが面白い蛙の大きいのがいた。

第三部 さまざまな鳥

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鶴、鴬、燕、杜鵑、鵲、鷹、千鳥、白鳥、烏、雀…
一句ずつくらいで集まっていたりした。
そして最後の章をみて納得した。

第四部 岡田利兵衛(柿衛)の洋鳥趣味
なんでも自宅に「岡田洋鳥研究所胡錦園」を開設し、洋鳥を飼育していたそう。
それで後にフランスで叙勲している。
山階鳥類研究所の山階、鷹司(!)と「鳥の会」を結成していたのもいい。
蜂須賀、柳沢、鷹司らと並んだ写真もある。蜂須賀の博物趣味のことを想った。
ここは時折一般公開もしていたそう。
今の「唳禽荘」みたいな感じなのかもしれない。

とても楽しい展覧会だった。

大阪市立美術館 コレクション展 2018年12月 辻愛造を歩く 昭和風景アンティーク

大阪市立美術館のコレクション展に行った。
ここは非常に素晴らしい名品を所蔵しているが、それを大々的に宣伝しないのが、とてもはがゆい。
今回は鍋島焼、中国の拓本などと共に洋画家・辻愛造の昭和風景を描いた作品群をみた。

京阪神を描くのにこんな分け方をすることもある。
神戸=版画、京都=日本画、そして大阪=洋画、という分類である。
神戸には川西英を中心として版画の三紅会があり、京都の日本画壇は言わでも、そして大阪には信濃橋洋画研究所などがあり、多くの洋画家が出た。
三都それぞれの違いが面白くもある。

辻は中村不らの太平洋洋画研究所、劉生の草土社を経て帰阪し、重厚な塗と色合わせで、大阪を中心にした関西各地の名所を多く描いた。
わたしなども1990年代にここでたまたま辻の描いたビアガーデンの絵を見て、大正から昭和初期の大阪の一番良かった時代を描いていることを知った。
これまで辻の特集展示には会えなかったので、この機会がたいへん嬉しい。

国画会に絵を出していたのを今回初めて知る。
観たいと思いつつ、殆ど知らないままできたので、こうしたことを知れたのもいい。

風景 1面 油彩・キャンバス 1925(大正14)  いかにも草土社風の風景で間隔を置いて電信柱が並ぶ様子や赤土がいい。

ここからが特定の場所である。
池畔雪景 1面 油彩・キャンバス 1930(昭和5) 第5回国画会展  西宮戎の中だそう。

北野神社観楓図 1面 油彩・キャンバス 1929(昭和4) 第4回国画会展  紅葉狩りの人々を四頭身くらいのサイズで描く。皆さんニコニコ。この当時はお土居の中の紅葉苑に入るのにいくらくらい払ったのだろう。
こちらは初夏の紅葉苑の様子

清水寺の新緑 1面 油彩・キャンバス 1930(昭和5) 第5回国画会展  段下の辺りを描く。カップルが機嫌よく歩く。もうこの頃は「風俗壊乱」なんてこともないわけですな。

京祇園祭所見 1面 油彩・キャンバス 1928(昭和3) 第2回大調和展  いちばんええ宵宵山くらいの夜を描く。何鉾かちょっとわからないがええ感じに灯も入り、お客も楽しそう。
そうそう、この年は村上もとか「龍 RON」でも祇園祭が登場してくるのだ。

金熊寺観梅 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  なんでも泉南の梅の名所だそう。白梅がもあああと広がる。細部を細かく描くことはなく、筆を寝かせて描く。

黄檗境内秋景 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  ああ、いい具合の。お寺の周囲の白壁と木々が。それこそ黄檗かな。この時期、いいなあ。

三笠山麓雪景 1面 油彩・キャンバス 1931(昭和6) 第6回国画会展  冬やし木々が淋しい。人々が上ってゆくのをロングで捉える。

稲荷山風景 1面 油彩・キャンバス 1928(昭和3) 第7回国画創作協会展  お稲荷さん。藍色・朱色・白黄色がうまいこと場面を立たせる。鳥居もあるが千本やない。エプロンに帽子と言う洋装の少女も参拝に来ている。

浪花家笠松之図 1面 油彩・キャンバス 1929(昭和4) 第4回国画会展  なんでも住吉っさんの有名なお茶屋さんのぐるっとした松。たまに松もこないにぐるっとなるもんですなあ。

堺萩寺境内 1面 油彩・キャンバス 1930(昭和5) 第5回国画会展  臨江寺というお寺の萩を見に来ている人々。四人ほどが緋毛氈の敷かれた床几に座る。ちょっと「細雪」のような人々。近くには少女が遊んでいる。

千里山菊花壇図 1面 油彩・キャンバス 1930(昭和5) 第5回国画会展  関西大学が出来るまでは千里山の一帯は菊人形も出来たりしたそうな。市松模様の屋根を張った菊見世小屋が点在する場所。菊は確かにこんな感じで見るねえ。

布引夏景 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  「昔男」の昔から神戸の布引の滝は有名で、見るからにもう山やー滝やーという感じがある。

京都インクライン風景 1面 油彩・板 1927(昭和2)  釣りする人々がいることに「おお」と個人的な記憶とリンクしたり。

夏日釣魚図 1幅 紙本着色 1927(昭和2)  どこぞの池で。さらりと南画風なのがいい。
 
大相撲大阪春場所打出し図 1面 油彩・キャンバス 1929(昭和4) 第4回国画会展  ぞろぞろ行列している人々。

造幣局春景 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  わたしも毎年の楽しみの「通り抜け」です。それで丁度正門の前のところ。桜を見上げるベンチに座る人がいてなかなかのにぎわい。

汐干狩 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  芦屋浜らしい。この頃まではそれこそ芦屋名物「手手かむイワシいらんかえ」の時代。この絵はスケッチも残っている。

道頓堀夜景 1面 油彩・キャンバス 1929(昭和4) 第5回国画会展  角座の前が物凄い行列。何を見に来てはるのかは知らんけど、凄い混みよう。
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ラ・パポニー(ラ・パボーニ) 1面 油彩・キャンバス 1931(昭和6) 第6回国画会展  大石輝一という洋画家が継いだ店で、チェーン店として海の店も開いたそう。だからおしゃれなところがある。お客もモガ。カルピスに似た「レッキス」というのを飲んでいるみたい。

スケート 1面 油彩・キャンバス 1933(昭和8) 第8回国画会展  山の中、氷張ってるところでスイスイ。ちょっとばかり関大の高槻のスケート場を思い出した。

菊人形 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7)頃   この当時は枚方・千里山・甲子園で菊人形が開催されていた。
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夕霧伊左衛門やな。こういう構図も珍しい。

海辺 1面 油彩・キャンバス 1932(昭和7) 第7回国画会展  西宮らしい。そう、むかしは香櫨園も海水浴場だったし。

動物園水禽舎 1面 油彩・キャンバス 1931(昭和6) 第6回国画会展  ただ、水鳥関係がいるのかどうかはわからない。

大阪風景版画集 6枚 木版色刷 1930(昭和5)頃   洋画と違いこの版画は線が結構はっきりしている。自刻自摺。
梅田駅(実際には当時の大阪駅)、道頓堀夜景、東横堀川、年の市、千日前…いい感じの風景版画。

酒場 素描 1枚 木炭・紙 1932(昭和7)頃  これがなかなか洒脱で。油彩画と違う洒脱さ…いや、スマートさがある。
モダンなカウンターだけの店でバーテンと女給が一人、客はそれぞれ好き勝手に。
この絵は後にこのような本画にもなる。
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それでこの本画は西宮大谷にあるそうな。

丸万階上 素描 1枚 木炭・紙 1932(昭和7)  戎橋南詰にあったそう。そして屋上ではビアガーデン。
これに近い絵をかつて見たわけです。

スケッチブック 大阪風景ほか 8冊 鉛筆ほか・紙 大正~昭和時代  クラブハミガキの広告が描きこまれていたり、羽衣の奥の伽羅橋あたりの住宅地などなど。

それでここから先は和歌山から三重辺りの海の風景が続く。
あんまり好みではないが、海と漁村のつながりを目の当たりにするような

絵の割に立派な額の付いた絵がある。
風景豆絵(城跡・夜桜) 2面 油彩・紙 不詳(昭和時代)  円山公園の夜桜。

バラ 1面 ガラス絵 1963-64(昭和38-39)頃  ポットにいけたバラ。ガラス絵と言う感じはしなかった。

絵日記 1枚 墨・紙 1964(昭和39)  けっこう毎日書いていたよう。これも晩年のもの

こういう小さい企画展が大好き。ああ、いいものを見たなあ。


扇の国、日本

サントリー美術館「扇の国、日本」
実にうまいタイトルやと思います。
シンプルな単語だけで胸に来る。
さすが、サントリー。

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上部にサントリー美術館ほまれの近世風俗画の舞踊図の6美人がずらり。
下部には名古屋城の扇面流図の襖絵。
真ん中にタイトルを扇型のコマに入れ、「せんすがいいね。」と可愛い文言。

これまで扇の展覧会をいくつか見てきた。
最初は浮世絵太田記念美術館で鴻池家のコレクションが入ったおひろめ。
93年6月「琳派の扇子」展。
鴻池家の扇子は膨大な数があり、それを一括購入したそう。
因みに他のお道具や什器や着物などが大阪歴史博物館に寄贈されている。
そのあたりのことはこちらに書いてます。
華やぎの装い 鴻池コレクション

他に嵯峨芸術大所蔵の扇コレクションの展覧会も見た。
当時の感想はこちら
貿易扇 欧羅巴がもとめた日本美の世界

このときに「扇は日本固有のもので、中国経由で欧羅巴に広まった」ことを知った。
そう、扇は日本発祥の道具です。
扇の歴史についてはこちらが詳しい。
京都の舞扇堂さんのサイト

あとは神戸ファッション美術館でのロココファッションを見たときに当時の欧州で愛された扇の展示もあった。

つまり、わたしは扇の現物展示を見てきたわけで、絵画の扇面図をも含んだ展覧会を見るのはこれが初めてということになる。
扇面流しはよく見てきているが、様式の一つということでそれをメインにはしていなかった。
そのあたりをきちんと押さえているのがやっぱりさすがサントリー美術館なのだった。

というわけで長い前置きでようよう展示室へ向かいます。
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巨大な扇のオブジェが登場。タイトル書いてますがな。
床にも大小サイズを変えた扇の案内がある。
凝ってるよねえ、こういうところが好きだ。

序章 ここは扇の国
パリ万博に扇を出品した日本。全て東京国立博物館所蔵。
展示替えがあり半々で出ているが、そのラインナップがいい。
狩野探幽 山水図扇面
英一蝶 松に白鷺図扇面
長沢芦雪 雀図扇面
谷文晁 雛に蛤図扇面
歌川豊国 遊女図扇面
歌川国芳 九紋龍史進図扇面
わたしがみたのは芦雪の雀。可愛かったなあ、ちゅんちゅんしてる。
今は国芳の史進かぁ、いいなあ。
誰が選んだのか知らないが、当時のパリ万博ではさぞウケたろうね。

第1章 扇の呪力
これが章だてされてたのは良かった。ちうにココロが刺激されますがなw
そう、扇というものは単に暑いから使うだけではないのですよ。
古代、中世、近世での扇の重要性について、改めて思い知らされたわけです。
紹介はないが、清盛の日招きも扇だったし、思った以上に扇の存在の大きさに唸った。

彩絵檜扇がある。島根・佐太神社(島根県立古代出雲歴史博物館寄託)のもので12世紀の最古のものらしい。
殆どご神体そのもの。
これを収納する箱もある。
龍胆瑞花鳥蝶文彩絵扇箱  開いたままの形で収める。

檜扇は板、紙扇はカハホリ扇。かわほりはコウモリのこと。蝙蝠扇。
10世紀末に入宋の折にお土産として中国へ持って行ったそう。

熊野速玉大社古神宝類のうち、彩絵檜扇が十握ある。
熱田神宮にも。
神道だけでなく佛教でも薬師如来像納入品に扇があったり。
四天王寺の扇面法華経冊子も扇だ。
毛利秀就関係資料のうちには陣扇があり、金地に朱の日の丸が描かれている。
そういえば前述の清盛の日招き扇もイメージとしては日の丸だったような気がする。
那須与一も扇の的を狙っている。

この章だけでもかなりゾクゾクした。

第2章 流れゆく扇 
扇面図でまとめている。
これまでこの意匠だけを集めたものは見ていなかった。

柳橋扇面流遊女図屛風  石見美術館  ここの所蔵品は目黒雅叙園の美人画を収蔵したときから、魅力的な美人画コレクションを柱とするようになった。この絵は完全に初見だがとても楽しい。
六曲一隻の左端の橋の上には遊女たちがいて右手の川に流れる扇面を見ている。けっこうアクティブで「おーっ」とか「ああっ」とか肥が聞こえそうである。
しかもあれだ、鯉や鯰まで飛び出した。あんまり可愛いのでちょっとだけ写した。
ヘタな写しだが、したくなったキモチは通じるかな。
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柳橋扇面流図屛風 大阪市立美術館  二曲一隻 田万コレクションの一点。留守文様や遠近感の面白さがある。

扇面流図屏風 東京国立博物館 六曲一隻 伝・本阿弥光悦  こちらはトンボや蛇籠もある。

さてチラシにも登場した名古屋城のは狩野派の絵。
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雀、カワイイな。

意外なところで「珠の段」の大織冠図屏風がきた。
鳥の調理シーンがやたらと気にかかった。

そしてこのおねえさんたちの登場。
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いいねえ、楽しいわ。

第3章 扇の流通
色んな人の日記や東寺の文書などがあるが、とにかく扇子と言うものは贈答品に丁度いいのだ。
よく江戸時代などでも目録に白扇が入っている。
そうそう、上方が舞台の映画「西鶴一代女」では、流浪と変転を余儀なくされる女・お春の短い幸せは「扇屋の女房」時代だった。
扇を買いに来る客を愛想よくもてなし、旦那と共に働くお春。

名所図の載る扇、十牛図が描かれたもの、などが面白い。

扇面貼混屏風  240もの扇で構成されているらしい。花鳥から文芸までさまざまな内容だったなあ、

第4章 扇と文芸
やはりここの章は楽しかった。

源氏物語、伊勢物語だけでなく、平家物語の一ノ谷、曽我物語の巻狩り、北野天神縁起のざくろなどなど面白い図が扇面に載っている。

酒呑童子図扇面  首が飛んで頼光ガブっのシーン。開いたらこの絵というのはなかなか凄いな。
ふと春画の扇面もいいだろうと思った。

源平合戦扇面貼交屏風  30面もある。多くは戦場のヒトコマだが、磨墨の話などもあるのが奥ゆかしい。

花鳥風月物語絵巻断簡  巫女姉妹の花鳥と風月が貴族の前で扇絵の鑑定というか占いをするところ。

素朴な奈良絵本の扇の草紙もある。

第5章 花ひらく扇
ここでは主に江戸時代の作品。
扇が絵の中にある浮世絵が並ぶ。
宗達派から抱一ら琳派の作品も多い。

扇屋さんとして路上販売していた池大雅のいい絵もある。奥さんの玉瀾のも。
夫婦そろって仲良く楽しく絵を描いていた。

蕪村の美人図は後ろ姿で官能的だ。

芦雪 熨斗に海老図  あーわるくないが、解説に「奇想派の絵師」と言い切っちゃったねーええんかい?

抱一の雷神図もいい。それこそこれを開いてパタパタしたら雷が起こったりしたら面白そう。

芝居の「扇屋熊谷」だったか、あれが久しぶりに見たい。93年に見て以来か。

終章 ひろがる扇
やきもの、小袖、カルタなどの工芸品がある。
扇文様はめでたい。

織部、伊万里、乾山のやきものなど扇形のものが並ぶ。
洗うのは面倒だろうが、欲しいな。

七宝の釘隠しもいい。刀装具もけっこう扇文様を使っている。
小袖は無論のこと。

ひとつ面白いのが破れ扇を文様にしたもの。
メメント・モリではないところが日本の美意識だ。

最後の最後に長崎の出島が扇形だと紹介されていて「あっ」となった。
10月に行った時、気づかなかったなあ。

最後の最後まで楽しめる展覧会だった。

12/26からは大幅な展示替えがある。



カール・ラーション展にいく

生活に潤いと美が欲しいのは、多くの人の願いだと思う。
それを実現できる人は幸福だ。

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カール・ラーション展に行った。
新宿の長い名前の美術館である。
全然関係ないが、仕事で取り扱う商品にアルファベットだけで40字近く使う品名があり、あまりに面倒なので「長い名前の〇〇」と呼んでいる。これがいつしか浸透し、誰もかれもがそれをそう呼んでいた。
ここの美術館も早いところ名前を決めないとこんなことになるかもしれない。

さてわたしは前知識なしに出向いた。
知っているのは「良い展覧会」という評判だけだ。
そもそもこのカール・ラーションという画家を知らない。
スゥェーデンの国民的作家だということで、そういえば北欧の画家と言えばムンク展を見たなあ、もうすぐムーミン展もあるなあ、くらいのことしか考えていない。
あまり北欧の画家を知らないのだ。不勉強で済まぬ。

展覧会の副題は「スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家」
1853-1919 65歳で没している。
とても作品が愛されたようで今日に至るまで商品化され続けているそう。
北欧家具の人気にもきっと付与しているのだろうなあ。
そうそう、北欧と言えばフィンランド・カフェのmoiさん大好き。
吉祥寺に行けば必ず向かう。

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予想を遥かに超えて楽しめた。
絵もいいが、妻カーリンの仕事や共同して家庭を楽しみ生活を楽しむ姿が本当に良かった。
結局そこが現代に至るまで多くの人々に支持される理由なのだ。
画家としての仕事では特に妖艶な挿絵も好ましいし、子供らを描いた絵も明るい。
母親ではなく父親のこうした愛情を込めた子どもの絵はいい。

装飾性の高さも素晴らしい。
丁度時代がそうしたものを求めてもいたろうし、それを先導したのがこの夫妻なのだということもよくわかる。
なにより夢の結晶ともいうべき増築し続ける家がいい。
タイプは違うが水木しげるの家を思い出した。

国立美術館の壁画のための絵がある。
「冬至の生贄」のための男性モデル 1914  そうか、北欧らしい内容。王は民の為に犠牲にならねばならない。そして死と再生とを繰り返すのだ。
しかし実際には験が悪いとでも思われたか本画は受け取り拒否されたそう。
冬至の頃の王の死は新年のための通過儀礼でもあり…
そんな話はやめよう、というわけだ。
そういえば12/22は冬至だ。どこかでまた…

カールは妻になるカーリンと巡り合い、生涯を仲良く楽しく暮らしたそうだ。けっこうなことである。
ダーラナ地方にリッラ・ヒュットネースという自邸を建てた。
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生涯にわたって増築し続けたそう。
インテリアもファブリックも凝りに凝っている。

この地方は伝説も色々あり、湖沼鉱床による製鉄も盛んな地で様々な伝統も伝わるという。
北欧神話の現場になってそうなところのようだ。
神話のトールとかヨキとか鍛冶関連の話もあったはずだが細かいところを忘れてしまった。

映像が残っていた。きれいなのでデジタル処理されたと思う。
ラーション一家の楽しそうな姿が見える。犬もはしゃぐ。パラソルを立てて絵を描こうとするラーション。

若い頃の影響を受けた作品として英国のケイト・グリーナウェイの本が出ていた。
とても納得する。細部がよく似ている。
線描の美しさと色彩などや絵全体に漂う愛らしさなどが。

ラーションの絵自体はリアルなのだが、それだけに象徴主義的な作品を描くと、そのリアルさが真実味を増すところが面白い。
特に好ましかったのは挿絵や装幀など。

ユーハン・ ウルフ・ ヴァ リ ーン『 死の天使』 1880  とても手の込んだ立派な本。墓碑銘がいい。鎌を持った死の天使の美貌。
とても魅力的。

ヴィクトル・ リ ュード ベリ 『 シンゴアッ ラ物語』 ボニエール出版  1894  この挿絵のシリーズがなにもかもいい。
ジプシー娘シンゴアッラと騎士エーランドの悲恋物語。
ペン、 淡彩、 白のハイライトで妖艶な娘を描く。
『 森のなかの城』 エコ ーの城」
18122101.jpg

「 『 エジプト の土地から来た異邦人』 踊り 」
「 小川のほと り のエーランド と シンゴアッ ラ」
「 『 出発』 孤独なアシム」
「 『 昼と 夜』 弓を引く エーランド 」
「 『 昼と 夜』 小川のほと り のエーランド と シンゴアッ ラ」
「 『 森の隠者たち』 エーランド と 漁師のユーハン兄弟」
妖艶な女と最初はお坊ちゃんな騎士がだんだんと落剝してゆくのが…
うねるような異邦人の踊りに不思議な四角い弦楽器、まぼろしのように浮かび上がる異国の神、二人とも行き着くところまで行ってしまったような虚無感、そして本を読む老いたようなエーランド…
こちらのサイトに挿絵と物語の紹介がある。

カール・ラーションは自分の家族の様子をよく描いた。
ここは家人の誕生日やなんだかんだ記念日を祝う習慣をもち、そのたびに芝居仕立てで楽しんでいたようだ。
子供らが色んなコスプレをして楽しんでいる様子を描いたエッチングのシリーズがたくさん出ていた。
日常のちょっとした仕草などもいい絵になる。
「家庭を愉しむ」ことをスウェーデン人に啓蒙していったのだ。

史跡巡り をする夫婦 1905
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夫婦仲がよく、それを絵にする。
実際になかなか美人のカーリンだが、娘らの誰彼よりもいちばん綺麗な女として描かれている。

そして家の中ではカーリンの機織り制作が盛んで、それが装飾となる。
ドアの上の花模様はカールの手描き。
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この「ひまわり」クッションはほしい。
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ただ、カールは妻もまた「芸術家」だとは最後まで気づいていなかったらしい。
その当時の社会情勢を思えば仕方ないことかもしれないが、彼女の仕事を見る限り、完全に対等なパートナーであり、芸術家だったように思われた。

世代的にジャポニスムの影響も多大にうけたカールは「日本は自分の故郷」だと晩年の著作に記している。
国貞の五十三次箱根、広重の忠臣蔵や大木平蔵あたりが拵えたような衣裳人形も展示されていた。

カーリンは特にテキスタイルに才能を見せた人で、シンプルだが着心地の良さそうで見た目も悪くない服飾もたくさん拵えた。
締め付けないがゆるゆるに見えない服と言うのは良いものだ。
彼女は生活者としては夫よりずっと現代的な女性だと思う。
ラファエロ前派やロココといった魅力的な装飾性の高いものを参考にしたのもいい。

現代まで愛される原因もとてもよくわかった。
うつくしい暮らし。それを実践した夫妻。
とても素敵だった。

12/24まで。

美術と文芸―関西学院大学が生んだ作家たち ―

関西学院大学の時計台のある風景は本当に魅力的だ。


これは去年の今頃撮った分。
今年もいい色合いの甲山を見ている。

関学の展覧会をみた。
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関学から多くの文学者が出ているが、関学で学び、それとは別に芸術家になった人々が少なからずいる。
今回の展覧会はそうした人々に焦点があてられている。

今の関西学院はヴォーリズの設計で山の上に広がっている。
初夏の頃などはカリフォルニアのようで、からっとした明るさを感じさせられる。
創学の地は原田の森、つまり今の神戸文学館だった。
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現在の様子を参考までに挙げる。



ここの煉瓦の建物もとても素敵で、中には関学出身の詩人・竹中郁や稲垣足穂の資料なども展示されている。



百年の歳月は大きいが、それでもこうして活きてくれて嬉しい。

往時の建物を神原浩はエッチングで美しく描写する。
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陰影が素敵だ。翻訳小説の挿絵のようにも見える。

関西学院は関西の中では「関関同立」と謳われる四大私大の雄の一つだが、中でも特にお坊ちゃん学校と言うイメージが強い。
いえば「ええ氏の子」がゆく学校と言うイメージがある年代まではかなり強かったと思う。
今はどうかは知らないが、やはりそういう傾向はあると思う。

暴れん坊の今東光がここの出身なのも面白い。かれは河内者のトッパな性情をむきだしにし、更に拡大化して描いてヒットしたが、自身は横浜生まれで日本遊船の船長を務める父の転勤に伴い小樽・函館・大阪・神戸と移り、関学に入学したスマートな育ちだった。しかし奔放な少年は恋愛事件のために学校をクビになる。

作曲家の山田耕筰も関学の出で、かれの豊かな世界も紹介されていた。

こちらは金山平三の弟子・大森啓助の歌舞伎絵である。
道成寺 段切れ
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押し戻しが出ている。
師匠の金山はたいへん歌舞伎好きで多くの絵を残しているが、弟子もいい感じの絵を残した。

他にも関学出身ではないが、関係の深い田村孝之介、小磯良平らの作品もある。
見ていてとても楽しい。

12/22まで。

終わってしまったピエール・ボナール展

ああ、とうとうこの日を迎えてしまった。
ピエール・ボナール展最終日なのだ、今日は。
まずい、たいへんまずい。一か月前に見に行ってこの体たらく。なんてこったい。
どうでもいいが、「体たらく」は何故「体たらく」なのだろう。
元の字は「為体」だというが、イメージとしては「低タラく」くらいが合うのではないか。
→こんなことどうでもいい。

ボナールとボナール展よ、すまぬ。
少しばかり書けてるのでそれを足して適当なことをあわせよう。
いや、それはいかん。いかんのである。
どんな状況であれ、考えながら書いてゆこう。
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ボナールと言えば伸びる白猫をはじめテーブルやそこらにいる猫が思い浮かぶが、この展覧会で猫が多出するのはボナールの前半生で、後半生はむしろわんこばかりだと知った。

ところでボナールはナビ派の中でも「日本かぶれ」と揶揄されていたようだ。
あの当時の「日本大好き」さんはかなり多いが、皆さん良い作品を残しているのが素晴らしい。

1.日本かぶれのナビ
なかなか艶めかしいような女性像が多い。

アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹 1890  この絵は以前から好き。二匹の犬と一緒にいる妹は赤いスカートをはいている。ポピーが咲き、蝶々が舞う背景の中で。

庭の女性たち 1890-91  連作もの。以前のオルセー美術館展で見たのが最初かな。
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男と女 1900年 これはオルセーで見たのが最初。露骨に事後の様子で、やっぱりフランスは違うなと妙な感心をした。
ベッドの上に猫が集う。いろんな種類の猫がいるのでついついそちらに目が向く。
しかし猫と言うのは状況を弁えないというか、逆に弁えすぎるというか…

2.ナビ派のグラフィック・アート
版画も少なくない。商業芸術の仕事である。
思えばかれはミュシャと同世代なのだ。
ロートレックとも被る。パリはポスター花盛りの時代だったのだ。

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サントリーポスターコレクション(大阪新美術館建設準備室寄託)とあるが、これは元々はグランヴィレ・コレクションを1990年にサントリー財団が一挙に購入し、大阪府に寄託し多分だろうか。当時中之島にあった府立文化情報センターでわたしはその年にみている。

ジュール・ルナール「博物誌」の挿絵はパネルで紹介されていた。ファンキーな動物たちである。可愛い。

ユビュ親父の挿絵まである。ルオーだけではなかったのだ。
調べたところムンクも描いていたようだ。どうやら一番早く描いたのはボナールらしい。

3.スナップショット
ボナールは1890年から1905年まで盛んに撮影をした。それ以後はほぼしていないそうだ。
ここにあるのはモダンプリントばかりで当時のものはないが、その分きちんと残せている。
恋人でモデルのマルトの写真が多いのは、絵のためだろうか。
ルノワール父子の1916年の写真もある。髭爺さんのオーギュストとにこにこと体格のいいジャンと。

4.近代の水の精(ナイアス)たち
浴室関連の裸婦たち。
マルトの友人ルネもまたモデルとなった。
ボナールは彼女に好意を懐くが、マルトがそれをよく思わず、それまで未婚だった二人は婚姻し、それが原因かルネは自死してしまった。

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裸婦ばかりでなく男性の絵もあった。本人の自画像である。
64歳でベアナックルでファイティングポーズをキメる。

しかしなんといってもやはり裸婦がいい。
スケッチも実に多く描いている。

ダフニスとクロエも描いていたのか。ヴォラールは目端の利く画商だった。決してわるくはない。

5.室内と静物「芸術作品―時間の静止」
静物画ではなく室内画であることから、「死んだ自然」ではなかった。
そしてそこが好ましい。

絵の中に猫や犬がいるのもいい。
大きな白猫がたいたり、犬が寄り添っていたり。
テーブルの上の果物にあたる日差しによって影が色を変えたり。
今日では特に何とも思わない表現もまた、この時代に生み出されたものなのだ。

スケッチで「フランス窓」をえがいたものがあった。
これを見て田渕由美子「フランス窓たより」を思い出す。1970年代の繊細で素敵な作品。
枯れたような線描の美。
ボナールのスケッチからあの作品を想った。

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6.ノルマンディーやその他の風景
ノルマンディーをフランス人がどのように想っているかを日本人の、現代人のわたしでは到底わからないだろう。
その計り知れなさこそが魅力なのだ。
なのでボナールがこの地の風景を描きつづけたことを興味深く思う。

ボート遊び 1907  構図が面白い。ボートの舳を描いているが、手前が観客の立つ位置に来るので、我々までもがこの小舟に乗りこまなくてはならないようになっている。
こあしたトリックは楽しい。

この頃のボナールとマティスの交流―文通―はたいへんよいもので、とても心にしみる。
互いの健康を祈り、仲良くする二人の心。いいなあ。

はしけのある風景 193-0 セーヌの風景なのだがこの絵を見ているとき、「はしけって何?」と話し合う人々がいたので、説明をした。思えば「艀 はしけ」というものを見る機会はほぼないのだ。
ポルトガルのファド「暗い艀」アマリア・ロドリゲスの歌声が脳裏に流れ出す。

7.終わりなき夏
明るく和やかな作品が多く、ボナールの晩年のキモチの明るさを思う。
そしてここには猫はいなかった。

賑やかな風景 1913  ヘレナ・ルビンシュタインの家の様子だったか。

花咲くアーモンドの木 1946-1947  白い花が咲く一本の木。ゴッホの病院にいる頃の絵を思い出すような色彩だった。

猫と裸婦のイメージが強かったが、そればかりではないことも知った。
面白い展覧会だけにもっと早く感想を挙げるべきだったと反省する。

若い頃は猫を、晩年は犬を飼ったボナール。
犬も猫もいい表情だった。
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一条ゆかり展をみる

弥生美術館では一条ゆかり原画展が開催中。
わたしは小中学校の時、とくによく読んだ。
そしてその頃の原画がたくさん並び、作品紹介も的確なのでとても嬉しい。

貸本のデビュー作は今回が初見だが、それでももうかなりの画力だった。
そして早いうちから物語性の高い作品を世に送り出している。
思えばわたしが一条作品を夢中で読んだのは、その作品性の高さと丸く収まらない物語とに惹かれたからだと思う。
しかもそれが小学生から中学生までが対象の雑誌「りぼん」で連載されていたことに、改めて感心する。

わたしが最初に読んだのは「こいきなやつら」のシリーズだった。
今見ても本当に「こいき」=小粋な連中だが、小学生にはその「小粋」というのがわからなかった。
ひらがなだからよけいわからず調べなかったので、大きくなるまで「小粋」と思わなかったということがある。
尤も今でも「小粋」の本質がわからないのだが。

この作品の良さを拡大化したのが「有閑倶楽部」だと思っている。
とはいえ「こいきなやつら」の舞台がヨーロッパなのがよりカッコよく思われた。
70年代ファッションに身を包み、センスを煌めかしたキャラたちの動きが本当に魅力的だった。
ここでこうして原画を見ていると、往時のときめきが蘇る。
後に知ったことだが、メカニック全般を男性作家の弓月光、聖悠紀、新谷かおるが担当したそうで、そういうところがまたカッコよく見えた。
(同時代の本宮ひろ志の女性キャラをもりたじゅんが、新谷かおるのクールな女性キャラを佐伯かよのが担当したことで、作品全体とキャラとに厚みが増したのを忘れてはならない)

この当時わたしは小学生だったが、一条ゆかりの描くカッコ良さには本当にほれぼれと憧れの視線を向けていた。
魅力的な女性作家は他にも多くおられるが、描き出されたキャラのカッコよさ、センスの良さは一条ゆかりが随一だったと思う。
そして恐ろしいことに、非常に冷静にキャラを突き放して描いていた。

「デザイナー」は傑作だった。
二巻で話がまとまっているところも凄いが、どの場面にも一切冗長さはなく、いつも張り詰めた緊張感があり、更に絶望的な終焉を予感させるような何かがあった。
わたしが読んだのは既に連載終了後で中学生の時だった。
話の展開をきちんと追えていたと思うが、それでもラストは予測できなかった。
あそこまで無残な結末を迎える少女マンガはあの当時他になかったのではないか。
数年後に山岸涼子「日出処の天子」、三原順「はみだしっ子」のラストに傷ついたが、それでもどこかに…希望はないが、まだそれでも未来はあった。
しかし「デザイナー」のラストには何もない。
大矢ちきが担当したキャラ・柾だけが幸せを掴むばかりで、主人公二人・亜美と朱鷺とは救い難い状況に陥った。
一人は自死を選ぶしかなくなり、一人はそれにより正気を失う。
柾は亜美を喪い正気を失くした朱鷺を以前のままに愛する。

正気を失い、自分だけをたよりにする「かれ」を手に入れて、それが愛の完成だと微笑む人物は、他に坂田靖子「アモンとアスラエール」でのアモンがいる。
本当の狂気の持ち主とは「かれ」を手に入れるために手段を択ばぬキャラなのだった。

一条ゆかりの作品には自分の欲望を正しく知り、それを手に入れようとあがく人物が少なくはない。
たとえばこの「デザイナー」ではそれがとても顕著だった。
捨てた実子・亜美から復讐を受け、しかしそれによりデザイナーであり続けることで立ち直ろうとする麗香。
彼女に対し、亜美は敬意をもって「あなたこそ本当のデザイナーだわ」と言葉をかける。
実際、一条ゆかりもこの麗香こそが実は本当の主人公だと明言している。

成功するキャラもいれば手に入れたものを失うキャラもいる。
「砂の城」はわたしが小中学校の頃に「りぼん」で連載していた。
最初から最後まで常にハラハラし続け、少しの安寧に喜んだこともあったが、ラストの無残さにやはり心が折れた。
今回の展覧会で初めて一条ゆかりの意図を知り、ようよう納得もいった。
一条は言う。
「わたしの一番嫌いな女の一生を描く」。
そうか、ナタリーはいちばん嫌いなタイプだったのか。
それでも主人公なので、わたしはナタリーの薄幸なところ、無残な恋物語を応援したよ…
そう、こんな読者は多かった。そしてそれこそが一条ゆかりの狙いだったのだ。
大嫌いな女の一生を描く。死ぬまでを描く。
読者に思い入れを深くさせて、そこで絶望的な生を与え、誰も望まぬ死を迎えさせたのだ。
酷い話である。
作者の掌で踊らされたのはナタリーとわれわれ読者である。
しかしそれでいて、決して作者・一条ゆかりを呪うことはなかった。

この辺りの心情については展示解説にも詳しく出ていたが、丁度こんな記事があるので紹介する。
「少女マンガアーカイブ/一条ゆかり「砂の城」

よくこの作品を「りぼん」で連載したものだと改めて感心する。
当時の編集部の苦労もしのばれる。
尤も、この大人っぽい作品のおかげで、わたしは長く「りぼん」読者でもあったのだが。
同時期の「りぼん」には田渕由美子、太刀掛秀子、陸奥A子、坂東えり子らが魅力的なストーリーマンガを連載していたが、中でも太刀掛「花ぶらんこゆれて…」も波乱含みのストーリーで、毎月ハラハラしていた。
だが、こちらは最後は幸せを掴むことになり、カタルシスを感じたが、「砂の城」はそうではない。
連載終了後30年以上たつが、今なお物語がつらくて仕方ない。
とはいえ、わたしもそんなに主人公ナタリーにも恋人フランシスにも肩入れはしていなかった。
わたしが好きなのはナタリーの友人で紆余曲折の果てに幸せな家庭を築く彼女であり、フランシスに秘かに恋心を懐く友人だったりしたからだ。
だがそれでもナタリーが「可哀想」だという気持ちはあった。
作中でナタリーか心臓が苦しいと訴え、それがわがままからくるものだと解説されているのを読んだ時でさえも、ナタリーにはなんとか幸せになってほしいと願ったものだ。
また、直接ナタリーを地獄へ落した少女の行動が非常に嫌いで、今に至るまでこうした考えなしの自分の喜びだけを追求するわがままでおしゃまな少女というキャラが、本気で大嫌いだ。
とはいえこの性質は実は現れ方は異なってもナタリーと同じなので、彼女のアルターエゴというべき存在かもしれない。

美麗な原画を見ながらそんなことを思っていた。

「有閑倶楽部」は一時期「砂の城」と並行して描かれていたそうだ。
そういえばそうだった。
そして「砂の城」の第一部と第二部の間には「ハスキーボイスでささやいて」もあり、わたしはこの作品がとても好きで、やっぱりカッコいいなーとみていた。この作品にはある種のジェンダー論の火種も撒かれているのだが、そのことについては省く。
「果樹園」は一切この原画展では紹介されなかったが、一読しかしていないものの、とても心に残る作品だった。
狂気の現れ方について、色々と考えさせられる作品だった。
「ときめきのシルバースター」も少しばかり紹介されていたが、色々と楽しかった。

「有閑倶楽部」は日本のコメディーマンガ史に残る傑作で、長く続いた。
全員がお酒にちなんだ苗字だったのも面白く、連載当時作者のインタビューでそれを知って、子供心に面白く思えた。
ただ、「有閑倶楽部」を完全には楽しめなかった。
長く距離を置いてしまったので、今回の展示で改めて作品の面白さを知ったようなものだ。

「恋のめまい 愛の傷」は今回初めて知ったが、絵の美しさに拍車がかかり、メロドラマの美をまざまざとみる思いがした。
とはいえ、物語としてはわたしの嗜好からは離れている。

他方、「正しい恋愛のススメ」はキャラの表現が魅力的で、絵もだいぶかわり、時代の流れに応じて変化を付けていることを知った。少年たちは二人ともとても素敵で、特にわたしは護国寺くんにときめいた。
わたしならたぶん彼の方をオーダー…はっ!いけないいけない。ナイショです。

最後の大作「プライド」の原画を見た。
女二人の息詰まる対決だった。
この作品を最後に長期の休養というか、新作発表はない。
ご自身の肉体の疲弊も酷いという。緑内障や重篤な腱鞘炎などなど…
だが、改めて旧作に触れることで、一条ゆかりと言う大作家の新作を読みたいという欲望に齧られた。
何をテーマにしてもいい。ただ読みたい。

その熱を抑えながら見て回り、やはり凄い作家だと思い知らされた展覧会だった。
12/24まで。

知られざるドイツ建築の継承者 矢部又吉と佐倉の近代建築

佐倉市立美術館のチラシを見て、急遽行くことにした。
これを見て同時期に都内にいるなら、やっぱり無理算段して佐倉に…と思うでしょう、わたし。
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この佐倉市立美術館、千葉市美術館のさや堂、大阪の堺筋倶楽部などを設計した矢部又吉の展覧会。




デ・ラランデの設計を実際に施工したのが父・國太郎であることから又吉も大いに刺激を受け、建築家になった。
かれは英国ではなくドイツに留学した。妻木頼黄つまき・よりなか に学んだことも大きかった。
そのドイツで学んだことを日本で実践するのだが、師匠ともいえるデ・ラランデの導きで川崎財閥と付き合いが生まれ、そこから全国に展開する川崎銀行また川崎貯蓄銀行の設計を一手に担った。

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これまでにわたしは知らぬ間にいくつもの矢部又吉の設計した建物をみていた。
大阪の旧川崎貯蓄銀行は今では人気のレストランとなっている。


以前見学したまとめはこちら。
堺筋倶楽部 旧川崎貯蓄銀行 1
ここで使われている巻貝のような照明は富沢町の旧川崎銀行のとほぼ同形である。




内部の様子はこちらにまとめている。
千葉市美術館 さや堂ホールをみる。

この二日間で旧川崎銀行を3つ回った。
佐倉、千葉、富沢町である。














この照明が堺筋のとよく似ていた。

展示にはいくつものマケットがあった。木製、紙製など色々。よく出来ている。
特に装飾の部分は手描きなんだが、こういうのを描けるのはいいなあ。
古写真と模型があるだけでも「失われた建造物」の面影をしのぶことが出来るのはありがたい。

昭和初期の金融恐慌があるまでは順調に支店の数を増やし、後の日本興亜損害保険も設立した川崎財閥。
その銀行建築を一手に担い、各地に魅力的な白い銀行を作り続けたが、いい作品ばかりなので、今日にも少なくない数が残され、リノベされ使われているのは、まことにめでたい。
イオニア式の列柱、ジャイアント・オーダー、この様式の銀行建築は本当に素敵だ。
合併後の第百銀行の一連の写真もあり、中には絵ハガキも作られていて、往時の魅力を今に伝えている。

こういうのいいよなあ、というものがいくつもある中で、装飾の現物が現れた。
御影石製の外壁装飾。いい感じ。これは矢部自身の設計ではなく内井進という人のデザイン。
石がキラキラしている。
横浜で今も使われている建物の元々の一部。

他方、時代が悪化するにつれ、装飾もへる。モダニズムのさきがけのような外観の銀行が出てきた。
第百銀行出町支店 1940年の竣工で、他の銀行に比べてシンプル。現存しない模様。イオニア柱が可愛い。

銀行ばかりでなく商店建築もある。
特に泰明商会が素晴らしい。1930年。京橋にあったようだが、惜しいことに30年ほど前に失われた。

森市商店が面白い。構成主義的な外観である。
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どこか村山知義のバラック建築を思わせる装飾性がある。
ここは会社案内を見ると1919年に「欧米諸国より各種機械・化学材料を輸入する販売商社として合資会社泰明商会を創立。」というだけに、こうしたモダンさを求めたのかもしれない。

個人住宅も手掛けている。
現存する邸宅の現状写真を見て、その素晴らしさに感嘆の声が漏れた。
一般公開されていない邸宅写真だが、これが本当に素晴らしい。
浴室が時に好ましかった。
ステンドグラスとモザイクタイルと。
船、双魚、鹿、猿らしきもの…
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千駄木の島薗邸も矢部の仕事。第1・第3土曜日の11時~16時、入館料一般300円で一般公開中。
ここは行ってなかったので、年明けには行きたいと思う。

他に佐倉ゆかりの建築家の仕事が紹介されていた。
堀田家別邸、佐倉高校記念館などである。今では記念館は非公開らしいが、わたしは2001年に訪ねたことがある。
明治末の堂々とした建造物だった。

伊東忠太、安井武雄らのミニ特集もある。
震災記念堂とそこに取り付けられている鳥飾りの紹介がいい。
どうもここを訪ねるのに抵抗があって未踏、
安井は高麗橋野村ビル、日本橋野村ビルの資料が展示されていた。

とても見ごたえのある展覧会で資料も豊富だった。
図面もたくさん出ているが、本当にすばらしい。

12/24まで。


2018.12月の東京ハイカイ録

師走は気分が忙しいので、あんまり遠出もしないし遊びに行く時間も減らしている。
というわけでいきなり冬本番になった東京をハイカイした。
今回は一泊二日なのでギチギチの予定(←二泊三日、三泊四日でもギチギチ)なので、まずは新宿の損保に出た。
丸の内線が荻窪行きだったので西口下車。
どう損保が変わったのか期待したが、大差はなし。

スウェーデンの国民的人気画家・ライフスタイル提案者とでもいうべきカール・ラーションとその妻カーリンの展覧会をみる。これがもう実に楽しくて、予想外によくて、時間をかなり圧した。いやーびっくりしましたわ。
詳しくは後日詳述するが、参った。いいのから始まったよ。

地下へ降りてサイゼリアでランチ。本当は違うところへ行きたかったが、時間を考えるとこの方がよろしい。
サイゼリアは好きな店だが、メニューの選択肢をちょっと間違えたらしい。

時間短縮でJRで池袋に出たが、ここでミスって東口へ出ずに西口へ行ってしまった。
挽回するのにいらん時間を使い、無駄なことをした。
閉店する本屋へ行き、色々購入した結果、4千円が千円に。1/4になったよ、驚いた。
その後は定宿へ向かう。

荷物を置いて本八幡経由で京成線に乗り替え、京成佐倉へ。
佐倉市美術館で建築家・矢部又吉の展覧会を見る。
これが実に良かった。来た甲斐があった。
川崎銀行の設計を一手に担っただけに特徴もよくわかる。

その後も時間に追われながら千葉中央へ。
あら、工事中。
仕方ない、パン屋で軽く食べよう。
ライ麦パンにナッツ類入りのがかなりよかった。
それから近くの店舗でこんな袋物も買い、そこでもらった福引券で抽選に挑む。
前の人が白玉でティッシュもらったのを見て、なんとなく「赤出ろ」と思ったら、本当に赤が出た。
この辺りの商業施設で使える100円引きクーポン。
ありがたくもらう。



千葉市美術館で石井林響展を楽しむ。初期の神話関係の絵もいいが、後年の南画がよかった。
のんびりした面白さがいい。
それにしてもこの後の所蔵品展示がこれまたもう…十分に濃すぎますがな。

再び千葉中央に戻ると店の大半が閉まっていて「ひゃー」になる。
幸いダイソーが開いてたのでそれで一点購入。よしよし、クーポンがとても役立ちました。
何度か乗り換えて宿に戻り、ぐったり。

日曜日。朝ごはん食べてからちょっと富沢町へ向かう。あー、これか。矢部又吉の川崎銀行。
いい建物で今も大事に使われてるのがいい。

まずは皇居へ。とはいえ乾門ではなく三の丸に向かったのだ。
花が咲いていた。



乾門の一般公開に行くべきだったろうか。
明治の工芸品のいいのを堪能する。

皇居外苑を眺めるといろいろ面白い風景が見えた。



寒い中次は三菱一号館美術館へ。


フィリップス・コレクション。百年近い前から活動している個人美術館で、近代美術を集めている。
展示品の傍らにフィリップスさんの言葉が添えられているのがなかなか面白かった。
短文なのでよいのかも。

次は出光美術館に。近いわりに遠い。
山水画を見ていて目が回る。どうもほんまにニガテなのよな。
でも他にいいものが多いので楽しい。

風邪を引きそうなのでうどんに生姜とねぎを放り込み、レンコン天ぷらを食べる。
これでなんとか風邪にかからねばいいが。




最後にサントリー美術館。「扇の国 日本」。これがあまりに良くて長居しすぎた。
さらにあれだ、勘違いがあって、なんと新幹線乗り損ねた。ヒーーーっ
自由席に座る。まあなんとかうまいこと乗れました。

今回はタクシーやなしに自転車で帰宅。
楽しいのは遊んでる時までよな。
次は一月の三連休の予定。

グラフィックデザイナー土方重巳の世界

西宮大谷記念美術館で12/9まで開催中の土方重巳展はとても見ごたえのある展覧会だった。
何も思わずに出かけ、その多面的な活躍にときめいた。

土方重巳という名を聞いてもピンと来なくてもゾウのキャラ「サトちゃん」、人形劇のブーフーウー、ヤンボウニンボウトンボウの姿を見れば「あー知ってる」となる。
何十年経っても愛されるサトちゃん、レトロで可愛い人形たち、そのデザインをしたのが土方重巳なのだ。

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チラシ表は黒猫とそのしっぽが目立つが、裏面にはずらりと様々な仕事の様子が。
映画ポスターも手掛けていたようで、野口久光とはまた違う描き手だったことをこの展覧会で知った。

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最初に油彩画がある。
踊り子 1941 この綺麗な人は当時の東宝の女優・御船京子のちの加藤治子だった。
道理で綺麗なはずである。
頭上に薔薇のリング、チュチュの肩紐には赤薔薇、裾の何重にもなった様子。
優雅でとても綺麗。

絵とは関係ないが、加藤治子は晩年まで美しい女優だった。
久世光彦は自身の演出するドラマに彼女を「昭和のお母さん」役として出演させ続けたが、久世の随筆の中で「三四郎」を演出したいという話があった。しかしそれは叶わないし叶えない。
美禰子を加藤治子で見たいというのが久世の願いだったのだ。だが、悲しいことに演劇でならともかくTVでそれはもう出来ない。
それを読んで以来、わたしの中では美禰子は加藤治子になっている。

土方は岡田三郎助の勧めで東京美学校ではなく後の多摩美術大学に進み、そこで新井泉らに学んだ。
学科長は杉浦非水なので、それを考えると後の活躍も頷ける。

やがて東宝に入社した土方はポスターのいいのを次々に拵える。
当時のドル箱タレント・エノケンが主演するシリーズものなどもある。
輸入洋画の名品も多く手掛けているのを今回初めて知ったが、あれもこれもとたくさん現れて、それにもびっくりした。
野口久光だけが描き手ではなかったわけだ。
野口久光の展覧会の感想はこちら。
野口久光 シネマ・グラフィックス 黄金期のヨーロッパ映画ポスター
野口久光の世界

土方の洋画ポスターも気品がありすばらしい。
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かっこいいなあ。
ちょっとタイトルを羅列する。
海の牙、石の花、シベリア物語、北ホテル、大いなる幻影、二つの顔、乙女の星、田園交響楽、のんき大将、パルムの僧院、ヨーロッパの何処かで ・・・
みんな彼の仕事だったのだ。



また、文化映画なども多く担当した。綴り方とか色々。国策映画も変わりなく。

バレエと演劇との関係もとても深い。
エリアナ・パプロワの内弟子にもなっている。蘆原英了の本の挿絵も担当したのはそうしたところからか。
そして「伝説の舞姫」と謳われた崔承喜の帝劇での公演ポスターも担当した。
これは昔伝記映画を見たときに使われていたように思う。

それにしても実に守備範囲が広い。

飯沢匡と組んでブーフーウー、ヤンボウニンボウトンボウの仕事も素敵だ。
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絵本「ねずみの王様」もいい。
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可愛いな。
いぬいとみこ「北極のムーシカミーシカ」も彼の絵だったか。

人形の行う様子を撮影したのを絵本にしたものも少なくない。
これらはわたしも大好きで、手間暇はかかるが、ファンは少なくないものだった。
トッパン絵本。ステキだ。

土方はキャラグッズでも活躍した。
こちらは撮影コーナー
佐藤製薬のサトちゃん









他のメーカーの仕事も多い。












ああ、みんなとても可愛かった。

この展覧会は土方重巳と言う多彩・多才なデザイナーを再評価させる良い機会になったと思う。
とても楽しめた。

またいつか見たいと思う。

12/9まで。

フルーツ&ベジタブルズ 東アジア蔬果図の系譜 その2

続き。

Ⅲ ふたりの蔬果図-若冲・呉春
青物問屋の若冲と稀代の食通・呉春の描く野菜と果物!! 
それぞれの長い絵巻は前半部・後半部と展示替えあり。
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菜蟲譜  伊藤若冲 江戸・寛政 2 年(1790)頃 絹本着色 1 巻 栃木県佐野市立吉澤記念美術館  大きいシイタケから始まる。ぬめっている。生シイタケだから乾燥してないのね。トカゲや青虫が可愛く、カエルはファンキー。本人はまじめに描いていると思うけど、なにやらそこはかとなく妙にユーモラスでもある。

果蔬涅槃図 伊藤若冲 江戸・18 世紀  紙本墨画 1 幅 京都国立博物館  いつみてもなんとなく好きな作品。大根の周囲に集まる野菜たち。どれもこれも描写が良い。
白黒なのがいいのかもしれない。
しかしここへ集まる野菜に果物、みんなまとめて鍋でぐつぐつ炊いたら、とんだ地獄模様になるな。
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蔬菜図押絵貼屏風 伊藤若冲 江戸・寛政 8 年(1796) 紙本墨画 6 曲1 双   やたらと大きい野菜たちで、妙にミスコンを思わせる…シイタケ美人、南瓜麗人、慈姑佳人、可愛いかぶら、キュートな里芋などなど。わりと

こちらは呉春。呉春は食通だったそう。京都から池田にきて「呉春」となったこの人は、その地でよい仲間に恵まれて美味しいものを食べる会をよく開いた。
なおその呉春の名をとった日本酒が池田にはある。逸翁美術館に行くがてらそちらもちらっと見学もいい。

蔬菜図巻 呉春 江戸・18 世紀 紙本淡彩 1巻 泉屋博古館  さらりとよい表現で空豆、筍、二種のナス、茗荷、シメジ、ゆりね、水菜、クワイ…美味しそうやなあ。

なんだかんだ言うてもやはり静物画とは違うわけですな、この野菜たちは。
こんなけ美味しそうでみずみずしいのは生命賛歌でもある。
静物画の「ヴァニタス」とは対極にあることがわかる。
ただし、どちらがいいわるいはない。考え方が違うので同じ対象を描いても比較はできない。

芋畑図襖 呉春 江戸・18-19 世紀 紙本墨画 4 面 京都国立博物館  やたら大きい芋の葉の襖絵。英語を見るとTaro Fieldとあるので、この芋はタロイモ系らしい。というかやっぱりあれだ、里芋だろうね。
タロイモといえばパプアニューギニアではかつて主食だった。芋文化も奥が深い。

南瓜画賛 呉春 暁台賛 江戸・18 世紀 紙本墨画 1 幅  でかっっ!ちょっとびっくり。

Ⅳ その後の蔬果図―江戸後期から近代へ

稲・菜花・麻綿図 松村景文 江戸・19 世紀 絹本着色 3 幅 泉屋博古館  この温厚な景文の三点セット。稲には蝗もいる。季節も春夏秋と。やはり景文はいい。

梅実図衝立 山口素絢 江戸・文化 7 年(1810) 紙本金地墨画 1 基 泉屋博古館  応挙門下の美人画の名手・素絢の梅はコロコロしていた。可愛い。

草花写生図巻 第四巻 狩野探幽 江戸・17 世紀 紙本着色 1 巻(5 巻のうち) 東京国立博物館  なんとトマトですがな。左端の赤い奴。食べずに鑑賞用だったそう。
「トマトが赤くなると医者が青くなる」のはまだまだ後世の話。
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筍図 円山応挙 江戸・天明 4 年(1784) 絹本着色 1幅  二本の筍がごろんと横倒し。ああ、この皮をはいで…いろいろ想像するだけでヨダレが湧くわ。

本草図説 岩崎灌園 江戸・19 世紀 紙本着色 4 冊(78 冊のうち)
東京国立博物館  ここにあるのは朱欒、唐辛子、苦瓜、甘藷。リアルな表現。

農作物・果樹類図 山田清慶・服部雪斎ほか 明治 5-18 年(1872-1885) 紙本着色 6 枚(107 枚のうち)東京国立博物館  これまたリアルな。里芋、鹿ケ谷南瓜、キャベツ、ニンジン、菜の花。みんな甘そう。

蔬果蟲魚帖 浦上春琴 江戸・天保 5 年(1834) 絹本着色 1 冊 泉屋博古館  かぶらを狙うバッタやウマオイらの大きさが妙だな。

扇面菜根図 富岡鉄斎 大正 12 年(1923) 絹本墨画淡彩 1 幅 泉屋博古館分館  青菜に里芋。鉄斎らしい墨のかすれがまた妙に美味しそうにも。大胆な構図。

文房花果図巻 村田香谷 明治 35 年 絹本着色 1 巻 泉屋博古館  なんでもあり。そこへ文具も加わる。更に絵は濃厚。ほんと、濃いわあ。金魚鉢もあり、最後にはだるまさん。

小特集 描き継がれる墨葡萄
ここでは東アジアの吉祥画としての墨絵の葡萄画が並んでいた。
黒い葡萄を見ると「巨峰かな、案外デラウェアかも」と思ってしまうのである。

野菜涅槃図 富岡鉄斎 明治-大正・20 世紀 紙本墨画淡彩 1 幅  
やはりここでも大根が主役。レンコンやニンニクが取りすがっている。
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蔬果図 幸野楳嶺 明治・19 世紀 絹本着色 1 面 泉屋博古館分館  なんだろう、多幸感が満ちているような。あれだ、ディオニュソス的な雰囲気なのか。
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果蔬図 田村宗立 江戸・元治元年(1864) 紙本着色 1 枚 東京国立博物館  これはまた明治初期の油絵と同じ雰囲気がある。
切ったスイカにビワと賀茂茄子に鹿ケ谷南瓜をはじめ色んなのが転がってて、なんとなく日光浴しているかのように見えた。

蔬果図 伊藤快彦 明治・20 世紀 板地油彩 1 面 星野画廊  これこそ明治初期の油絵なんだが、バナナ、桃、百合他と言う取り合わせが妙に面白くもある。

野菜盛籠図蒔絵額 池田泰真 明治 35 年(1902)頃 漆、金属、貝 1 面 泉屋博古館分館  朝顔に貝を使って螺鈿。凝った造りなのが素敵だ。

最後に岸田劉生の三種の技法で描いた野菜と果物。

冬瓜葡萄圖 大正 14 年(1925) キャンバス油彩 1 面 泉屋博古館分館  暗い中、巨大な冬瓜によりそう小さい葡萄たちの沈黙。

四時競甘図 大正 15 年(1926) 絹本着色 1 幅 泉屋博古館分館  南画風な面白味がある。青い桃にビワに瓜に柿に…宴会で酔っぱらったような風情が楽しい。

塘芽帖 昭和 3 年(1928) 紙本着色 1 冊 泉屋博古館分館  シンプルに茄子がちょこんと。隠元も少しばかり。日本画。古径の絵に近いものを感じた。

いいものを見たなあ。

最後にこの展覧会の図録について。
コンパクトでとても愛らしい。


泉屋博古館の学芸員さんの論考・解説があるが、それも面白い内容だった。
またお名前がこの展覧会にとてもふさわしくて、そのことがとても嬉しくなった。
実方葉子さん。
今後も素敵な企画展を期待します。いい展覧会をありがとうございました。

12/9まで。

フルーツ&ベジタブルズ 東アジア蔬果図の系譜 その1

泉屋博古館の鹿ケ谷本館で面白い展示が開催されている。
「フルーツ&ベジタブルズ 東アジア蔬果図の系譜」
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また見るからにイキイキしたフルーツ&ベジタブルズが画面に躍っている。

日本・朝鮮・中国のいわゆる東アジアでは花鳥図・蔬果図というのが昔から活きていて、長く親しまれた。
これは西洋絵画の「静物画」とはまた違うもので、「静物画」はスティルライフ、死んだ自然を描くものであるのに対し、花鳥図・蔬果図は活きてる様子を描く。
野菜も果物も根から抜いた時点で死んだといえば死んだともいえるが、ある程度の時間までは新鮮でみずみずしく、元気そうに見える。
東アジアの絵師たちも観客もそのイキイキ具合を喜んだ。
ここには西洋の静物画と違い、宗教性はない。
ただし吉祥画の側面はあるので、願い事を絵に託した点では一種の宗教画かもしれない。まぁあんまり深く考えなくていい。
ちなみに西洋の静物画について、一つ見事な論考があるのでこちらをご紹介する。
「静物画 ヴァニタス(人生の空しさ)」


さて泉屋博古館へ行くには京都市バスがよいが、紅葉のハイシーズンの最中に5系統に乗るのは避けた方がいい。
そこでわたしは203系統を選んだ。四条河原町から祇園を抜けるまでは渋滞につかまりバス内も混むが、それが過ぎてからは案外気楽に乗れる。
東天王町で下車して徒歩数分で泉屋博古館に到着する。
いわゆる鹿ケ谷にこの住友系の美術館があるのだが、鹿ケ谷と言えば俊寛を思い出す向きもあろうが、ここでは京野菜の「鹿ケ谷カボチャ」を念頭に置いていただきたい。
それはヘチマのような形で真ん中にくびれのあるカボチャである。
毎年7/25には近くの安楽寺でカボチャ供養が行われ、中風封じの祈願がされた鹿ケ谷カボチャの炊いたんをよばれる。
わたしも以前食べに行ったが、おいしかったですわ。
その顛末はこちら
「大雨の中を遊ぶのはだれだ」 もう9年も前か。
その鹿ケ谷カボチャもこの展覧会で活躍している。

青銅器館のロビーに野菜の設えがある。
北野天満宮の10月最初に「ずいき祭」がある。
天神様に秋の野菜をお供えするのだが、これが野菜の拵え物でずいき神輿というのを毎年お供えする。
わたしはちょっとそれを思い出したが、別にそれとは関係がなかったようだ。
一茶庵宗家の佃一輝さんという方が設えたそう。
どうやら本物のような…
まぁ超絶技巧の作り物なのかもしれないが。



Ⅰ 蔬果図の源流 草虫画・花卉雑画
14世紀から16世紀の東アジアの絵画が集まる。

草虫図 明・15 世紀 絹本着色 1 幅   地に蒲公英が咲き、瓜も転がる。薄黄色の黄蜀葵もよく咲いて、小さな蝶々や虻たちが飛び交う。

草虫図 呂敬甫 明・15 世紀 絹本着色 1 幅 東京国立博物館   赤い罌粟が何本も咲く。その花の周りを小さな蝶々が舞い、地には蝗もいる。

この二枚の絵は並んでいるので続き物のようにも見えるくらいだった。丁度絹本の色の変容も同じだから背景が一つに見えたらしい。
どちらも和やかな空気に満たされている。

瓜虫図 呂敬甫 明・14-15 世紀 絹本着色 1 幅 根津美術館  同じ作者の瓜と虫の図。こちらは白いままなので趣が違う。大小の瓜が生っていてそれが芳香を放つのか、モンシロチョウ、蜻蛉、虻、バッタらが集まる。中には実の上に止るバッタもいる。
英語の題は“Melon and Insects”なので、普通の瓜よりやっぱり甘そうなのか?…なんてね。

仿沈周花卉雑画巻 張若澄 清・18 世紀 紙本墨画 1 巻 京都国立博物館  こちらは沈周の描いたのに倣って、という花卉雑画巻。薄墨でナス、大根、芙蓉、枇杷、青菜などが描かれている。
どれもこれもいわゆる「露地物」なのでおいしそう。

花卉雑画巻 徐渭 明・万暦 19 年(1591) 紙本墨画 1 巻 泉屋博古館  こちらにはカニ、魚、豆、筍がある。みんなおいしそうな様子に…まだ調理はされてませんが。

安晩帖 瓜に鼠図 八大山人 清・康煕 33 年(1694)  紙本墨画 1 冊 泉屋博古館  なんだかベレー帽でもかぶってそうなネズミが瓜を…  

瓜に鼠・蕪に蟹図 朝鮮・15-16 世紀 紙本墨画 2 幅 高麗美術館  二匹のネズミが仲良く喜んで瓜を食むはむ食むはむムハッ
それとやたらと偉そうな態度の蟹。
かぶらの蟹あんかけにして食ってまうぞ。←冬の味覚だ。

蔬菜図 栄存 室町・16 世紀  紙本墨画 1 幅 栃木県立博物館  丸々としたナスがコロコロ。これだけおいしそうに描かれた後、このナス自体の味てどうなるんやろう。
前に戸板康二の「ちょっといい話」にあったと思うが、ある洋画家が素晴らしい裸婦画を描いた後、モデルから味が落ちたとかなんとか…
まあ知らんけどやね。

蕪図 雪村周継 景初周随賛 室町・16 世紀 紙本墨画 1 幅 禅文化研究所  リアルにヒゲのあるカブラ…
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蕪菁図 「元信」印 策彦周良賛 室町・16 世紀 紙本墨画 1 幅 栃木県立博物館  こっちのカブラは葉が大きい。そして「心」の変字体のよう。小篆文字というやつ。
岩波から出た夏目漱石の「心」のあれね。祖父江慎さんデザインの。

枇杷蓮根柘榴柿図(果子図)の内から柘榴・柿 伝狩野元信 室町・16 世紀 紙本墨画淡彩 2 幅 東京国立博物館  英語で何というのか初めて知った。
(loquat, lotus root, pomegranate and persimmon)全然実感がないな。
柘榴 柿  それぞれ描写が細かい。食われてしまっているらしい柘榴と丸々した柿と。

Ⅱ 新旧の交差点―江戸前期から
様々な流派・描写の野菜と果実。

四季草花図屏風 「伊年」印 江戸・17 世紀 紙本金地着色 6 曲1 双 泉屋博古館  赤い茎の芋の葉が大きい。菊、萩、薄といった秋草から最後は冬の水仙。

茄子画賛  松花堂昭乗 玉室宗珀賛 江戸・17 世紀 紙本墨画 1 幅  おおーいい感じの茄子。

果物籠図 柳沢淇園 頴川美術館  去年の大和文華館での「柳沢淇園」展にも出ていた。
当時の感想はこちら
いつもは頴川美術館で見ていたが、別な場所で見るとまたこの絵の面白さがわかってくる。
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松に蔓茘枝図 鶴亭 江戸・宝暦 6 年(1756)  絹本着色 1 幅  Beach of Tarumi という英訳だった。これは先年の鶴亭の時に見ている。白い果実がべろんとなった具合がキモチ悪くて忘れられない。面白い絵。
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桃果綬帯鳥図  戸田忠翰 江戸・19 世紀 絹本着色 1 幅  栃木県立博物館   大きな桃と派手な羽色の夫婦。

桃果図衝立 山本若麟 江戸・寛政 12 年(1800) 絹本着色 1 面 泉屋博古館  かなり大きい桃が三つ、辺りを制するよう描かれている。

長くなりすぎそうなのでここまで。



四季探訪 研ぎ澄まされる四季絵の伝統

大和文華館で江戸絵画を中心とした四季を描いた絵を見た。
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岡田為恭の春秋鷹狩茸狩図屏風である。
モノクロだが全長があるので挙げる。
右隻 鷹狩
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左隻 茸狩り
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キジが飛んでいるのがみえる。

この屏風ともう一点伊勢物語図屏風が季節を二つ描いたもので、四季折々よく遊ぶのがわかる。
八ッ橋で初夏、布引で秋。
平安貴族どころか奈良の昔から四季を愉しむ感性が活きている。

・春の花を愛でる
寝覚物語絵巻  久しぶりに全巻が出ていた。これは5年ぶりかな。
以前はこちら
物語の展開についてもそのまま転用するか。

平安後期の国宝である。今回は物語の展開が詳しく紹介されていた。
作者は孝標女だというが、物語は千年前に大半を失ってしまい、熟成されるのをまたずに世に残されたものがでた。
絵は四枚のこり、文章もそれに沿うている。
描かれているシーンの解説は紫色で写す。

1.姉の夫と冷泉院の二人から愛された寝覚めの上は都をでて行く。世間からは亡くなったと思われたが、実は叔母の斎院のもとで過ごしていた。そんな姿を残してきた息子「まさこ」に見られてしまう。
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屋根を省略し、室内の有様を描く「吹抜屋体」、その空間表現が生み出されたのはすごいことだと思う。
そしてその室内では顔を伏せる女がいて、これが寝覚の上。一方、桜咲く庭では子供らが三人ばかり楽しそうに遊ぶ。一人は笛を吹き、一人は後ろ姿を見せ、一人はこちらを向く。みんな尼そぎ、すなわちやや長めのおかっぱである。

2.藤花と箏の琴の音に惹かれて「まさこ」が冷泉院の女二宮を見初める。
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庭には丸い曲線を描く松の木が見える。室内には箏とその弦にかかる手の先が見える。もう一人女がいて、こちらは欄干にもたれている。そして外には烏帽子姿の若者が佇んでいた。

3.女三宮と恋仲でありながら姉の二宮にも惹かれていることが知られ、「まさこ」は冷泉院から勘当を受け、女三宮との仲も裂かれる。
「まさこ」は初夏の夜に女三宮付けの女房であった中納言の君の里を訪ね、心情を語る。

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庭には細幹に青葉。室内には数人の姿がある。

4.「まさこ」の勘当を解いてくれまいかと冷泉院に手紙を送る寝覚の上。山の座主を介してその手紙を受け取った院は、亡くなったと思っていた寝覚の上からの手紙に涙する。nec744.jpg
丸く剃りこぼった可愛い頭の二人。うつむく座主と泣く院と。小さな動きだが心情がよく伝わってくる。



花卉図扇面  柳、八重桜の取り合わせだけでなく足元には大きなタンポポも菫も咲いている。

玄宗皇帝と楊貴妃が侍女たちにさせた花合戦、光琳が描いたと言われる白梅図の小袖なども加わり、春の華やかで陽気なところがよく出ていた。

・夏の光の中で
草花図屏風 伊年印  巨大な芋の葉、茎が赤い。トウモロコシもある。茄子もイキイキ。

瓶花図 酒井抱一 1815  200余年前とはいえこの時代の感性を好ましく思う人々は多い。
立葵と紫陽花がいい具合に立花。いつみてもいい。前にここで見たのは2014年だったか。

花鳥図 松村景文  牡丹に雀・不要に小禽。いいなあこの和やかさ。
やっぱりわたしなどは上方の人間なので、座敷にかけるのなら景文のあっさりした花鳥画などがいいと思うのだ。

谷文晁 神奈川風景図  広重も描いたあの急カーブに家々が立ち並ぶところ。これは当時の風景だが、神奈川あたりの現在の居住空間を見ると、案外変わっていない気がする。いや進化したというべきか。上に上に家が重なって伸びてゆく。

・四季を揃えて
久しぶりに稲富流鉄砲伝書がたくさんが出ている。金銀泥下絵墨書 綺麗わ…
柳、銀杏に木賊、雪に松、風に吹かれて揺れる秋草もいい。

四季花鳥図押絵貼屏風 渡辺始興  これも好きな屏風で、月次のエントリーされた植物も鳥もほかのいきものも愛しくてならない。
今回は11月のモズが気に入った。

四季山水図屏風 円山応挙  こちらも本当にいい。写生修行による秀でた描写力のもとで、抒情性が活きる。

・秋から冬へ
新古今集和歌色紙 本阿弥光悦 1606  金銀泥に墨で桔梗と薄を描く。とても優雅。

観世流謡本 藍染川 観世黒雪奥書 1606  こちらも上記同様の宗達風な贅沢な作り。薄や蔦が金泥、銀泥で描かれている。
 
武蔵野隅田川図乱箱 尾形乾山 zen973-1
これもいつもの可愛い箱。波が猫の手のように暴れる。そして箱の底には数色で描かれた薄野の様子。

僧正遍昭落馬図 英一蝶筆  秋のある日の一景。こけてはりますがな。

東山三絶図 円山応挙 1786  東山の料亭で遊ぶ三人のいる部屋を捉える。好きな一枚。

鱈図 円山応挙  ああ、この絵を見ると年の瀬が近づいているのだと実感する。
どーんと横倒し。
この絵を見て発句とかすれば楽しそう。
ところで弟子の芦雪にも鱈図がある。串本に収蔵されているが、あっちは縦書きのようだ。

大和文華館もクリスマスまで続くこの展覧会で今年は終わり。

百貨店で花開く ―阪急工美会と近代の美術家たち―

逸翁美術館で阪急百貨店ゆかりの工芸品を展示する展覧会が開催されている。
「百貨店で花開く ―阪急工美会と近代の美術家たち―」
1929年に開業した阪急百貨店には当初から「阪急工美会」というギャラリーがあった。
その当時活躍中の在阪工芸作家の作品を、年に一度を目途に発表する場にした。
稀代のアイデアマンである小林一三はそうすることで作家を支援し、作品を買ったお客の生活に気持ちの潤いを、と皆が喜べるスタイルを立ち上げた。
現在では色々当たり前になっていることも、その元をたどれば小林一三の考えだしたアイデアがいい具合に形になり、システムとして運行され、ついには当然の状況になったのである。こういうひとがいてくれたおかげで、生活は楽しくなるものだ。

展覧会の狙いについてはサイトにこうある。
「明治以後、多くの博覧会が国内外で開催され、日本の美術工芸品に対する評価は高まりを見せていました。大阪・東京などにあった百貨店では、明治から昭和の初め頃にかけて、美術部を中心にさまざまな美術や工芸の展覧会が企画され開催されました。その中には、当時新画と呼ばれた日本画や、陶芸・漆芸・竹工芸などの工芸品などが含まれます。
 昭和4年(1929)に開店した阪急百貨店では、同年に「阪急工美会」を結成しています。当時の在阪一流の工芸作家をさまざまなジャンルから集め、年に1度百貨店において発表の場を与えて、さまざまな工芸作品を世に送り出しました。阪急工美会を後援し育てたのは小林一三です。百貨店を「買っておいて損のない」「安くても良い」美術品を販売する場としてとらえていた一三にとって、一流の工芸作家による工芸品はまさに自身の考えを形にした作品だったことでしょう。メンバーには、好みものを作らせた漆工の三砂良哉をはじめ、鋳金の大国寿郎、陶芸家の和田桐山、竹工の山本竹龍斎などがいます。
 古美術の名品に対する鑑賞を経て培われた小林一三の審美眼。その美意識をもって一三は、さらに同時代の画家や工芸作家達の作品をどのように見つめたのか。この展示では、明治から昭和にかけて、百貨店の美術展で活躍した近代の画家や工芸作家の作品を中心に、阪急百貨店に誕生した阪急工美会のメンバーによる作品も展示し、百貨店で花開いた一三を中心とした文化サロンで活躍した近代の美術家たちを紹介します。」



チラシも魅力的だ。
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左の美人は鏑木清方の1901年の作品。見返る彼女の周りに三つの工芸品。そして開業当時の阪急百貨店。いい構成やなあ。

さて今回は「買う気で見よう」というココロモチで作品を観ることにした。
いつもはそんなことを考えないのだが、これらの作品群の生まれた意味と意図とを考えると、それがいいように思う。
尤も、「不買品」は別としなくてはならないか。

日本画から始まる。
横山大観 海暾図  かいとん、と読み「海の日の出のこと」だとある。松と海と日の出と。昭和の大観の絵。とても昭和の大観らしい絵。
これは名鉄から昭和29年12月30日にもらったそうだ。
年の瀬にもらったこの絵は新年に飾るのにふさわしかったろう。

下村観山 雨後風景図  どうやら中国の町らしい。屋根屋根が寄り集まっている。とはいえ明代などの昔ではなく、リアルタイムかどうかは知らんが、電柱があるので、描いた当時の風俗であることに違いはない。傘を差す人もいる。空高くに虹も出ていた。役所らしき建物もあるが、手前の瓦屋根の民家がにぎわっている。

川合玉堂 春景富士図  富士山と向かって左側の山や木々の様子。
やきものもある。
隅田川鉢 宮永東山との合作で、見込みに薄紅が映り、がわには都鳥の泳ぐ姿が。笹か葦かわからないが、水辺の植物もある。

鈴木華邨の絵が二点出ていた。かれは小原古邨の師匠で、作品はこの逸翁美術館が多く所蔵している。

瀑布群猿図 1890  松の下に猿たちが集まる。滝はゴーゴー…
御本白鷺鉢 五代清水六兵衛合作  絵師と陶工のコラボはいいものだ。

瀑布群猿図 1890  松の下に猿たちが集まる。滝はゴーゴー…
御本白鷺鉢 五代清水六兵衛合作  絵師と陶工のコラボはいいものだ。

展示はされていないが、絵ハガキがあったので購入した。 



小林一三は明治の頃から多くの画家や工芸家と付き合いがあった。
ただの実業家・数奇者とだけ見られていたわけではないと思う。
作り手側からしても小林一三という人は興味深く、また頼もしい存在だったろうと思われる。

寺崎廣業 月下兎図(鈴木華邨合作) 明治末  二羽の兎が寄り添って月を見ている。
茶色と白、それぞれを描いたのか・背景といきものとに分けたのかは知らないが、どちらも安寧なよい感じがある。もこもこしたところが可愛い。

廣業は昭和になって三つの短冊を拵えた。
花しょうぶ、蓮華、菊花。それぞれいい。一輪の花菖蒲の凛とした姿、トンボとレンゲ、白菊。季節それぞれの良さが伝わる。

今なかなか廣業の絵などは見れないので嬉しい。
書については湯田中温泉「よろづや旅館」の桃山風呂の扁額がよい。

川端龍子 山寺鐘韻図 1940  中国の千山祖越寺を描いたそうだ。屋根瓦に獅子らしきものが並ぶのが見えた。
この山にはたいへんお寺が多く存在する。わたしなどは「千山」と言えば「無量観」という認識しかない。そう、馬賊の聖地、道教のお寺、修行の地。

木村武山の芙蓉図、小林古径の桔梗図が並び、可愛い花々が咲くのが心地よかった。

チラシに現れる清方の女中の絵がある。
八幡鐘図 1901  深川八幡の鐘が鳴るのを料理屋の女中が聞いたところを描く。
江戸から明治の深川の情趣あふれる絵。
この絵は若き清方が参加していた烏合会に出品されたそう。
当時すでに清方は小林一三と交流があり、この作品も受注していた。
小林一三は清方より5歳上。当時はまだ三井銀行に勤務していた。

その清方からの手紙は巻物で蔦と松葉の絵が可愛く添えられていた。こちらは紹介状。
また安田靫彦からの書簡もあり、シンプルで余白のいい書簡。これは桃山時代に流行した隆達節の隆達直筆の唄本切を譲ってという内容。

松岡映丘 白描枕草子絵巻  99段の話を描く。狛犬が可愛い。華やかな日の回想。

魯山人のやきものも並ぶが、それぞれ技法が違うのも面白い。
赤絵金襴手、青地金襴手、銀彩、染付…
その染付は元々小林一三が修理を頼んだものをついでに模本も拵えるという手の込みようで、どちらが古いものかわからないくらいだった。
阪急宝塚線に星岡茶寮の大阪店もあったことだし、当初は仲良くしていたのだが、これがまた色々と後年には…

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中村不折、小杉放菴、東山魁夷らの絵もある。優しい風景画。茶席にかけたのではなさそうだが、アイデアマンだからどんな楽しみ方をしたことだろう。

珍しいものを見た、と思ったのがこの一枚。
東郷青児 婦人像  シックなグレーのスーツに白襟、帽子も素敵。レトロビューティー。
とても魅力的。

まさかの熊谷守一もある。黄色い蝶々に松虫草のとりあわせ。
茶席よりも違うところで楽しまれたのかもしれない。

工芸品の見事なのが続々と現れる。

大国柏斎 平丸柏葉地文釜  細長の葉っぱが鋳込まれている。
この人は島之内の釜師で幕末から昭和初期の人。明治末ごろから湯釜を拵えるようになったそう。

その釜師の花瓶がある。
千秋万歳文花瓶 銅に隷書体でひの文字が入り、更に赤丸文が並ぶ。秋は秌。

富本憲吉 色絵竹梅文花入 白地の梅瓶。梅の絵が腹にあり、その下に縦縞。もしかしてこの縦縞が竹なのかも。

高村豊周 唐銅糸目腰花入 この人は高村光雲の息子で光太郎の弟。みんな工芸家。
光太郎が「智恵子抄」などで智恵子と清貧のくらしを愉しむさまを詠ったので、みんなそうなのかと思っていたが、弟君が面白い発言をしていた。
アトリエに行くと兄夫婦はアスパラやハムやレタスや卵をいっぱい挟んだサンドウィッチを食べてたよ
…と言う意味のことが戸板康二の本にあった。
わたし、ますます光太郎が好きになったなあ。

小さくて可愛い香合などが並ぶ。
瓜香合、楓香合、白陶蛤小皿…みんなとても愛らしく瑞々しい。
特に楓のは焼けたパン色でふっくらとおいしそう。

楠部彌一の仁清写し、近藤悠三の染付、リーチの備前花入、濱田庄司の鉄絵、河井寛次郎の様々なやきもの。
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百貨店に行って、一流作家の良い品々をみて、買えることが可能なのは嬉しかったろうなあ。

雑誌「阪急美術」の表紙は芹沢銈介だった。
かれの本の仕事の良さはほかの記事で色々記したが、どの仕事も本当に好ましい。

竹細工もあり、法隆寺の古材棗もあり、比較して好きなものを選べるのもいい。

先の大国の子の寿郎は逸翁の指示で面白いものを拵えた。
戦争の落とし物・焼夷弾の壊れたのをリメイクして六角花入にしている。
銘は「復興」。阪急三宮の焼け跡で小林一三が拾ったのだそう。えらいもん拾うてそれをこんなんにするのかさすがというべきか。
禍々しい存在を平和の遊び=茶の湯に使えるものに作り替えるというのは皮肉が利いてもいるし、平和を求める心にも取れる。
数奇者というのはこういうものなのか。
風狂と言うべきか。

三好木屑 桑団扇棚  松花堂の写し。髹漆=きゅうしつ=漆を何度も塗っては研ぐこと をくりかえしたのでとてもいい色。

住吉大社の古材で拵えた亀香合、山羊香合も可愛い。

逸翁が可愛がったのが三砂良哉。絵かきの須磨対山と友人のこの人は見事な蒔絵・螺鈿の作品を多く拵えた。
次々と逸翁の注文をうけ、自在に良品を拵えた。
光琳写し、宝塚歌劇の楽譜を文様にしたもの、勅題絵の盆、瓢を菓子器にしたり、キラキラの螺鈿も多く、魅力的。
逸翁のお気に入りのスペインの扇子が壊れたのを香合に作り替えたのもある。
他で見ないものがとても多くて面白かった。

八代・白井半七もまた逸翁の発注で多くのものを拵えた。
紅毛藍絵のデルフトの写しもいい。御本椿絵鉢の花の強さも素敵だ。

やはり逸翁小林一三は大阪に来てよかったと思う。
この地で存分に数奇者として楽しめた。
そして多くの作家とお客さんを喜ばせ、自身も儲けた。
こういうのがいちばんいい。

12/9まで。
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