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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

北海道ツアー 帯広から北見、層雲峡篇

朝食のバイキングによつば乳業のヨーグルトなどあり、オニオンフライもおいしく、これはいい感じではないかとにこにこ。
もっちりしたマッシュポテトもいいなあ。

早速帯広市内をバスがゆく。
農業と経済がうまくいってるので、帯広はそんな寂れ感はない。

煉瓦造りの宮本商店が可愛い。



この近所の飲み屋さんの集合した建物、大正と昭和の合体品だそう。
拵えはウナギの寝床風。

さて少し行くと今はもう廃園となった帯広双葉幼稚園。
これがもう可愛い可愛い。


お庭がまた夢のよう。

ソ連映画「愛の奴隷」、英国映画「小さな恋のメロディ」、米国映画「レッズ」のいくつかのシーンが蘇るよ。


ここは赤い屋根だね。
わたしの幼稚園は建て替え前は緑の屋根で、歌も「緑の屋根の下 にこにこ元気な笑顔」という歌詞があった。

中へ。
スマホでは撮れたね。




ここはもう廃園だが長い歴史、多くの子供の記憶が活きる場所。
戦前に贈られた「青い目の人形」が二体ある。大事に隠されてきたのだ。


戦前の某女学校でもみたが、やはり大事に守られてきたのが嬉しい。
焼かれた人形の痛ましさに胸が噛まれる。



大阪の愛珠幼稚園、奈良の聖公会の幼稚園、そしてここ。日本三大幼稚園。
ここが現役でないのが惜しいな。





道の消失点に大雪山がある。ラスボス感すごいな。
それであれだ、わたしが最初に「大雪山」を知ったのは柴田昌弘の名作「大雪山の魔女」からなのだよな。
今もとても好きな作品。

道の駅でシーベリーを使ったアイスと桜じゃが大福を購入。わたしはソフトクリームはムリなのでアイスを食べる。
大福はかなり後に食べたが美味しかったわ。


こういうのが突然現れるからどこも侮れない。


この形の橋と言えば川西と池田を結ぶ猪名川の橋・新猪名川大橋(ビッグハープ)が地元にあるな。

ずーっと続く。


さすが北海道だけに終わることのない風景がある。



足寄についた。
ここに来るのも大学の時以来。
あのとき、まだ松山千春の人気が高く、われわれの先輩方は「ちぃ様」と呼んでいたそうな。
今はすっかりじぃ様だが、かれも若い頃は人気が高かった。
同じHAGE系ミュージシャンではチンペイこと谷村新司、さだまさし、松山千春が三大教祖だった。
ラジオ局の廊下で会うと互いに互いを「HAGEペンギン」「HAGEカマキリ」などと罵っていた、とチンペイちゃんが言っていた。
チンペイご本人はなんと呼ばれたかはついに言わなかった。

そしてその当時「足寄より」を出していた千春の人気の高さのあまり、家へ押し寄せる女子大生が多かったらしい。
引率の先生は「君たちはそんなアホなことをしてはいかん」と言った。
わたしも別に千春にそこまで愛着はないし、第一わたしはその当時甲斐よしひろ、浜田省吾、長渕剛に惹かれていたので、千春の家はどうでもよかった。
とはいえ、やっぱり物見高くバスの車窓からのぞいたら、どでかい看板が
「松山千春の家」
と存在をアピールしていた。先生によると、訪ねると千春の父上がサインをくれるらしい。
まぁ足寄と言えばその記憶ばかりがある。

わりとのんびりと寂れた町で、そこでお昼を食べたが、やたらと茶碗蒸しが甘い。これは昨日の「ふじもり」でもそうだが、栗の甘露煮が入っているからか、甘いのだ。
関西人は卵の甘いのはお菓子だという意識があるから、あまりみんな進まない。

幻の橋になりつつあるタウシュベツ橋へ向かう。
上士幌町字ぬかびら源泉郷。
熊が出るかもしれない道を往く。葉っぱでふわふわしつつも芯は固い。まるでコルクのようだ。
ところどころ面白い木々がある。


やがて橋が見える位置に来た。
かなり遠い。間近で見るには別なプランに参加するしかない。
でもそれでいいやと思った。
わたしが見たのはこんな感じ。



ますます走る。
ついについた北見。ここにはラグビーの強豪・北見北斗高校があるが、どのあたりか想像もつかない。
薄荷の総本山へ。




よく北海道フェアで購入するハッカ飴のところ。
あああーいい匂い!!眠たいわたしの目鼻すっきり!!メントール最高!!
樟脳とメンソールと硝煙が最高だな。
オイルとクリームを購入。キモチいいわー。
イメージ (1977)

ここからほど近き…車ではな、ピアソン記念館へ。
こちらはヴォーリズの設計図を基に拵えたおうち。
天井の感じもよかった。
ヴォーリズはやはり可愛い。
キリスト教関係なので、玄関には葡萄の木彫飾りも。


中ではピアソンの紹介番組も流れていた。語りはマジメな声の竹中直人。
イメージ (1978)

ここまでが見学でその後は層雲峡のホテルへ向かうのだが、運転手さんのご厚意で層雲峡名物・銀河、流星の滝へ。

うおおおおおおおおおおおっっっ
ええ滝やわー
あーマイナスイーオーーンー―――――

実を言うと大学の時ここへくる直前のバス内で、たまたま隣り合わせた一つ上の子からいきなり「ねえ、『私説三国志』って知ってる?」と話しかけられたのが運のツキだった。
そりゃわたしはほぼ生まれながらのフジョシで、小学生の頃からあれでしたけど、この当時は丁度『キャプテン翼』にのめってたのだよな、それで小説JUNEからはむしろ遠ざかっていた。
元々JUNEよりALLANを購読してたからちょっと方向性が違ったのだ。
が、バス内でxxxの話がキてめくるめくような螺旋思考になり、とうとう名物・銀河流星の滝が目に入らなくなったのだよーっ
あーごめんなさい、滝。ようやくまともに対峙しました...
オシンコシンの滝のことはちょっとばかり思い出せるが、こちらは名前だけで後は何が何やら。

ホテルの夕食バイキングもよかったよ。
食後は皆さん銘々楽しんでるのだが、わたしは思いっきりけん玉にも温泉卓球にも無能ぶりを発揮したよ。
ははははは。困ったなあ。

温泉に行くとどなたもいてないんだけど、まぁこちらもやがて人が来た。
それにしてもすごいな層雲峡の水量。
部屋にずーーーっとゴーゴーゴーと流れる音が響き続けていたよ。







今日も早めに寝る。
旅行中だけ早寝するのだ。


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北海道ツアー 夕張から帯広篇

快速エアポートで新千歳空港へ。
到着時間が大阪も東京も遅れている。
皆さんがなかなか来ないので多少焦る。
…おお、集合。お久しぶりです。
というわけでこれより団体行動。
今回も前回に続き写真はツイッターから。
その他の資料はまた別。
建物の細部撮影とかはまた別項。

バスに乗る前に新千歳空港の側溝を見る。






あとクラーク像もあったようだ。撮り損ねていた。
まあ仕方ない。今回も画像は主にツイッターから。
なお、いくつかミスを発見したのでツイッターを削除し、改めてこちらへ挙げたのもある。

バスバス走るバスバス早い…小学校で習った歌。
というわけで最初に「北の錦」酒造へ。
夕張ね。

レンガの酒蔵とか初めて見たわ。

建物は意図せずに顔になる時がある。


昔の受付のところに大正から戦前のポスターなどがある。
美人画の方は作者誰だろう…



中庭に面白いものがあった。

こういうのに宮崎駿風味を感じたりする。

いい天気ではあるが、そんなに暑くもなかった。
こういうのが助かるよね。



酒蔵を案内してもらう。
日本酒が斜陽産業、というのも哀しいことだ。
在華坊さんらの様子を見ていると、日本酒も復権したのかなと思っていたが、そうでもないわけだ。
飲まない・飲めないわたしにはよくわからないことだが、なんとか上向いてほしいなあ。

このレンガが素人職人つまりここの杜氏さんらによる手仕事だと知ってぴっくりした。しかも左官仕事も同じく。
それでこんなけ出来てるのだから、昔の人の手仕事のレベルの高さ、凄いなあ。
風情のあるところなので、多くの映画のロケ地にもなっているそうだ。



中へ入る。記念館の方。
いい感じに装飾タイルも貼ってある。



もう閉鎖した酒蔵もいい匂いが残っていた。
それを思いながら資料を見る。
そうそう、昔はラベルも手製の版画もの。



座敷に宴会の再現。

けっこうなことです。

わたしは灘五郷の酒蔵巡りし地震前に何年も続けたけど、丹波篠山の杜氏さんらの慰安やそのときの唄などを以前に資料館で見たよ。
どことも懸命に働く杜氏さんは偉い。

いいものを見せてもらった後、おうちの方へも。ここも素敵でした。
こちらは撮影禁止。
そしてお接待をうけた。前掲の落雁と甘酒とお抹茶と。
ごちそうさまでした。

二代目のご主人は虎好きだったそうだ。




ところで夕張と言えば
・財政破綻
・髪の伸びる人形→今は岩見沢市のお寺にある
・「ゴールデンカムイ」の剥製師・江渡貝くぅんの住居
・閉鎖するまでは凄かった夕張炭鉱
・夕張メロン
というのがわたしのアタマに浮かぶ。

あの繁栄はどこへ消えたか、ものすごく侘しい。
マンホールは可愛かった。



それでようよう夕張の中心だった通りへ。
なんとなくマカロニウェスタンみを感じるな。
つまりわびしいのよ、なんもなくて。
わたしはロードムーヴィーもニガテだが、あれはやはり「何にもない寂しい場所」がいやだからなのだよ。
田舎がニガテとはそういうことだ。

日本聖公会・夕張教会 可愛い。


内部も愛らしい。


ところで日本聖公会と言えば奈良の幼稚園などが思い浮かぶが、北海道はロシアから正教会が来たのでハリストス正教会関係かと思いきや、英国系の聖公会なのですな
ここらあたりのことはわたしにはわからない。

今年の三月末にはJR石勝線夕張支線が廃線になったそう。ただしこれは市側からの申し入れ。
でも新夕張かな、なにか走るのが見えたよ。


ここから滝ノ上発電所へ向かう。
またしても
バスバス走る バスバス早い


まあとりあえずそういうことだ。



とても立派な煉瓦の発電所。尤も今はご隠居。







小屋組みがよくわかる。






それですぐそばの川へ



大きな流れだった。



かなり良いものをみた。
この日は実は夏日だったらしいが爽やかだったので感じなかった。

やがて帯広へ。
ルートインに宿泊したが、ここは天然モール温泉と人工ラドン温泉があるそうな。
楽しみ。
TVつけると野球中継。


やっぱり野球はいいな。

さて集合して外出。
なにやら一軒めだつ店がある。
東洋軒に似た感じ。
その前を観光の馬車がゆく。
馬もなにかしら働かないとならない。



とかなんとかいうてたら、その派手な店が本日のお店。





豚丼は初めてだったけどおいしいな。
蒲焼なわけか。
荒川弘「銀の匙」を思い出すよ。

わいわいと楽しく食べ終わり、ホテルへ戻る。
どうも偶然にも今日は女性客が少ないらしく、一人で温泉を独占した。
とても気持ちよろしい。
上がったらお仲間のおひとりが。おやすみなさい。

この日も珍しいくらい早くに就寝。
また明日。

北海道ツアー 札幌篇

久しぶりに北海道へ参りました。
いつ以来かと言うと…このブログを始める前以来だから相当前になるかな。
これまで行ったのは大学のツアー、社内旅行、スキー+観光、建築探訪、そして今回で五回目。
何処へ行ったのかというとこれまた長くなるからおいおいに。

今回は24~26日を建築仲間の皆さんと。23日をフリーで札幌。
実に楽しく有意義な旅でしたわ。

ところでわたしは三半規管が元々あんまり強くないので飛行機に乗ると耳が駄目になります。
行きはよかったけど、帰った今はまだきちんと戻っていない。
飛行機がニガテなので遠出できない、と言うのもある。
でもそんなこと言うてたら何も出来ないので、後の不自由さをおして旅に出るのも板場の修行~←途中から何か違う。

今回は非常口座席なので足はとても楽。わたしは背が高い分足が長くてな。
新千歳から1070円の快速エアポートに乗る。札幌に入る手前でジブリ感のある工場の何かを見たが撮影できず。
宿は北口近くのところ。荷だけおいて早速お出かけ。
札幌は地下鉄が良いのだが、わたしの向かう先は歩いて行った方が合理的なところなのだった。
ああ、ライラックが咲いている。そうか五月はライラックの時期か。


道を歩くとところどころに変わった民家があり、それもパチパチ。
人間の住まいの形と言うものは地域により大きな差異がある。
そして思想の違いも露になる。

躑躅の色が全然違う。思えば関西で見るものは霧島躑躅だ。
ここにあるのはそれとは違うもの。


北海道大学。
近年オープンした北大総合博物館が目当て。
とはいうものの北大にはたいへんたくさんの名建築が点在する。
それらを撮った分はまた後日にまとめる。
今回の写真は全て一旦ツイートしたものに限定しよう。
写真以外の資料はまた別。

さすが北海道だけに五月の今、様々な木花、草花、庭花が咲き乱れている。
タンポポとゲンペイコギクの親族のようなのが仲良く一緒に咲き乱れている。
タンポポはやたらと茎が長く花が大きい。アメリカタンポポとはまた違うようだ。
夢のような景色。


春楡もある。漢字で書くと浪漫的。
ハルニレになると遠い国の英雄を生んだ樹。
アイヌ神話の英雄オキクルミの母はハルニレ。
大阪からは遠い北海道。
しかしここで会えて嬉しい。


建物と草花や木々が美しい共演を見せて、いよいよ訪問者を喜ばせる。

黄色いアイリスはこれまで絵で見る方が多かった。



北大出版部も元の用途は知らないが、とても魅力的。
何に使われているのかわからない小屋も愛らしい。





これが北大総合博物館!!
素晴らしい。ここの中で見たものはまた別項。

今回はショップで一筆箋購入。アイヌの刺繍をモチーフにしたもの。
ウトゥラノ シノタン ロ 一緒に遊びましょう 
ピッタリやないですか。
アシリパさんを想いながらこの一筆箋を北海道ツアーのハイカイ録に使う。
イメージ (1974)

セルフサービスのカフェでランチ。ステンドグラスが可愛い。


さて見学…
とんでもなく素晴らしいところでしたわ。
リアルタイム中継したので北大総合博物館さんからもRTなどあったり。
ここは本当に素晴らしい博物館。
みんぱく、東博、科博、歴博そして阪大、東大、京大の博物館共々素晴らしい知の集積体。
ああ、旧七帝大の博物館を全部行きたいものですな。






二時間いてもまだ足りない。
展示物の素晴らしさと建物の素晴らしさと。
またいつか札幌に行く日があれば、丸一日を博物館、美術館だけの日に設定しよう。

イメージ (1975)

近くの清華亭へ。

ここがまた素晴らしい。可愛い民家。
ばちばち撮り倒したのでこれも別項。
お庭の庭木もいいな。
躑躅が内地と違う色で咲く。

牡丹もあるね。巨大タンポポも。





そこから一旦街中へ出る。右へ行けば道立美術館、左へ行けば六花亭。
土地が広いから一郭が大きい。
六花亭へ。喫茶は満員だがイートインは座れた。

マルセイアイス220円。可愛いしラムが利いている。
二階にこのコーナーがある。

さあがんばろう。
というわけで北大植物館に沿って延々と歩く。
フキと何か白い花の植物が繁茂。


アシリパさんが杉元に教えてフキを食べる描写が思い出される。
わたしもフキは好きだが、生で食べる習慣がないのは大阪人だからだな。
いつか生のフキをかじってみたい。



先に三岸好太郎美術館へ。実に久しぶり。
社内旅行以来。なんとここは全館撮影可能。うぉー。
時間が足りないので見ながら撮ることでなんとか補えそう。

今回はピエロ特集。わたしの大好きな蝶々は一枚のみ。
貝殻はなし。だけど少女の絵や素描など良いものをたくさん見せてもらった。


そのまま草原の中を往く。擬木などで道が出来ているはずだが、草で遮られている。
先に知事公館。ハーフティンバーの可愛らしい建物。






ここもパチパチ撮り倒す。素敵なところだ。

庭の一隅というかここは全体が一つの園になっている。
藤が良く咲いていた。

やがて最後に道立近代美術館。
三岸のところとここの常設展とで820円のチケットがあるのでそれを使用。
ここは撮影禁止。

蠣崎波響の特集展示。
これが素晴らしい。熊親子、虎、蝶々と狆などなど。
そうだ、久しぶりに中村真一郎「蠣崎波響の生涯」を読もう。

建物の真ん中に筒状の螺旋階段があり、それが二階への道。
二階へはかなりぐるぐる。方向音痴のわたしは目が回るよ。

フジタとフランク・シャーマンの交友についての展示。
以前に目黒区美術館でだったか、見たようにも思う。
シャーマンとのやり取り、絵画、シャーマン所蔵の上方浮世絵などなど。

階下の特別展は相原求一郎。川越でも見たなあ。
図書室でしばらく休憩。
残念ながら波響の絵ハガキの良いのはない。

外観が池に映り、なかなか。

五時なのでもう中島公園は諦めた。

そこからわりと近い大通公園の西端の札幌資料館、旧札幌控訴院へ向かう。
ここは七時まで。初夏の今、日暮れも遅いので助かる。

控訴院とは今の裁判所。なので装飾も裁判にかかわるもの。
目隠しされた正義の女神、天秤…










そういえば丹波篠山の美術館も元は裁判所だった。あちらは完全に和風。


「滝の白糸」を思い出す。
あと何故か天理市内で販売されてる…

つくづく素敵だ。


おおば比呂司さんの記念室もあった。「焼き鳥なら布袋」とか「ドジョウ掬い饅頭」のパッケージの人。
そこは撮影禁止。

六時半ころに出た。
花に囲まれている。

素敵だ…


ここから大通公園をずーっと歩く。テレビ塔まで歩く。途中ライラックまつり、肉まつりなどが開催中。
わたしもまざろうかと思ったが、こうしたところで飲食はわたしにはハードルが高すぎるのでやめる。



大通公園で見たもの色々。




噴水があった。鬼?とか蘭陵王とかそんな顔面が張り付けてあり、水ががーっと。
似ても似つかないが、何故か凱旋門の真下を思い出す。

少しばかり歩きすぎて戻って、ようよう時計台。
既に七時を回っている。しかし明るい。

中でコンサートをするようで、小屋組みの見える二階へ。ああ、よいものだな。

雪印パーラーも終わり。
結局駅前の商業施設の中のラーメン共和国へ。
ぐるっと回って戻る。呼び込みの子が感じいい店に入る。

隣席の若い韓国女性が激辛を注文したので、やはり韓国の人は辛いのが好きなのかとみてたら、途中から水を入れだした。
気の毒なので、丁度わたしも水を飲もうと思ったから、英語で話しかけ、水を注いであげると喜んだ。
そりゃやっぱり辛いよなあ。辛いのも限度を超えると辛い=ツライよな。

さすがに疲れて藻岩山からの夜景とかタワーからの夜景とかやめて、銭湯もやめて宿に戻り、珍しく早めに寝る。
初日これで終わり。

翌日からは皆さんと合流。




さよなら奈良少年刑務所 その4

独房の様子など。

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天井もフロアにより違う
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まさにプリズンホテルだが、どんな風な部屋にするんだろう…

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もう一つの奈良ドリームランドと謳われた門
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少し離れたところから
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おまけ
近所の般若寺 コスモスの時季でした。
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さよなら奈良少年刑務所 その3

放射線状の建物。その中央へ

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こうしたものを設けると、上からもよくわかる。
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常に見張られていた。

つづく

さよなら奈良少年刑務所 その2

講堂へ。
講演会や演芸もあるそうな。
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昔のお道具
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窓越しの風景

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続く

さよなら奈良少年刑務所 その1

奈良少年刑務所がなくなった。
撮影会があったので出かけた。
そこの建物については以前に書いた記事があるのでこれ以上は書かない。
奈良の煉瓦造りの建物

みえてきた。
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インバウンド向けホテルになるそうだ。


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鋳鉄の美


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門と違いこちらは丸くはない。


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庭などもある。
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いよいよ中へ。
続く

「ラファエル前派の軌跡」展にときめく

美麗なもの、ロマンティックなものが好きでよかったとよく思う。
その中でもラファエル前派は特に浪漫的で表現も美麗だ。
都内でモロー、クリムト、ラファエル前派と見歩いたが、世紀末芸術の魅力を改めて思い知らされた。
今回は三菱一号館という魅力的な場所での展示である。
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今年はジョン・ラスキンの生誕200年ということでその記念展だという。
わたしが最初に見たラファエル前派展と言えば1989年6月の「ヴィクトリア朝の絵画」展だった。
あの時に見た作品のいくつかがここにも来ていたので、嬉しい再会となった。
そしてジョン・ラスキンと言えば1993年3月の「ジョン・ラスキン」展があった。新宿伊勢丹でのこと。
その時にラファエル前派の人間関係について教えられたのだった。

少しして坂田靖子の描く英国を舞台にした作品を読むようになり、直接的ではないが、かれらの関係性について色々と思うところも生まれた。だがそれについてはあえてここには記さない。
かれらの人間関係は他の方がより詳しく記されているから、わたしが何か書くよりそちらを読まれる方がよい。

他方、英国的な感性も坂田さんの作品から学び、それを経たことでよりラファエル前派を愛するようになった。
ドイツは青池保子さん、英国は坂田さんの作品があればこそ、深く愛せるようになったと言える。

この展覧会はあべのハルカスにも巡回する。
モローもだ。だが、どちらの展覧会も一足先に見たかった。
欲望に忠実でいたことは正しかった。
ときめきが全身を貫いて、外にまであふれだしていったのだ。
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1.ターナーとラスキン
実はそんなにターナーの風景画に心動かされない。
元々泰西名画の風景画に関心が持てないということもある。
わたしにとってベスト風景画は浮世絵と新版画なのだ。
そこに情緒が、湿った空気がないとだめなのだ。
なので申し訳ないが、ターナーの良さがやはりわからないままだ。

しかし、ターナーの描いた春画を近年に見て以来、ターナーに少しばかり親しみを懐くようになった。
これはコローの風景に関心がないのにコローの美人画が好きなのと同じ感覚だと思う。
そしてそのターナーの春画の多くはラスキンが「彼の名誉を汚すものだ」と焼却したという話もある。
後にラスキンは妻から「結婚は無効だ」と訴えられて離婚したが、更に後年ある少女に夢中になり何度も結婚を申し込んで拒まれる。このあたりがとてもヴィクトリア朝の話だと思う。

ラスキンはオリジナル絵画より、建造物の写生などの画がよかった。
精緻な筆致で、柱頭の装飾彫刻やライオン型の放水口などを描いている。
建築に関心があるので、これらはたいへん興味深く眺めた。

イメージ (1970)

ラスキンはホイッスラーと大々的なトラブルを起こすのだが、ラスキンにせよワイルドにせよ、どうもろくなことにならなかった。
そんなことをせずに作品にだけ力を入れておればよかったが、そうもいかんわけである。

2.ラファエル前派
前述通り89年以来のラファエル前派ファンだが、この30年の間に素晴らしい展覧会をいくつも見てこれたのは、本当によかった。
近年ではブンカムラの展覧会が素晴らしかった。
そして今回の三菱一号館での展示で良いのは、やはりその空間で見る、ということだ。
明治のレンガ造りを再現した重厚な建物で浪漫にあふれた美麗な作品を観る喜びは深い。
しかもある一室では撮影可能だったのだ。これは凄い。
わたしもドキドキしながら撮った。
ファム・ファタールに魅惑されるのはなにも男に限るものではない。
描かれた彼女たちに魅了され、我を忘れて熱狂するのは女も同じだ。
実際わたしも執拗な視線を彼女らに絡め続け、細部に固執した。

物語の鬱屈を帯びた絵、創造された感情をそこに封じ込め、形にした絵。
文芸性の高い作品を愛する喜びとときめき。
それを愉しむ。

フォード・マドクス・ブラン トリストラム卿の死 1864  トマス・マロリー「アーサー王の死」を基にした絵。
ここではトリスタンではなくトリストラムである。赤い布が広がるのは血の比喩か。
トリストラム卿は王に殺され打ち倒れている。イゾルデの嘆き、王の憤り、マルチーズがそれをみている。窓の外にいる人々もこの現場の目撃者。しかし誰も真実は口に出来ない。
マロリー「アーサー王の死」は15世紀に成立したが、この時代にとても人気があった。
ビアズリーもこのテキストに魅力的な絵をつけている。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 滝 1853 
イメージ (1965)
滝と言うより渓流ではないのだろうか。岩が大きく集まる川、その岩と地の間に女が坐して寛いでいるように見える。
どういう状況でのことかはわからない。
ふと思ったが、吉田博「精華」もこの仲間に入るかもしれない。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 王妃の私室のランスロット卿 1857  
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そうです、アーサー王妃グィネヴィアと湖水のランスロットは愛し合ってます。
かれらの不義密通はほぼ公然の秘密で長年続く。昔からこの二人の物語はとても人気が高く、トリスタンとイゾルデ、ランスロットとグィネヴィア、シャロットの女、アーサー王の物語の中でも絵画や芝居になるのはこのあたり。
この絵はもうラストの方かな。破滅するあたりか。

ロセッティ 廃墟の礼拝堂の中のガラハッド卿 1857-1859
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ランスロットの息子。ただしこの出生にもいろいろドラマがあり、王妃グィネヴィアはランスロットの「裏切り」を長く許さず、ランスロットはそのために一度狂気に陥る。
しかしこのガラハッドはとても高潔な人物でドロドロとは無縁。彼だけが聖杯に触れることもできた。

ロセッティ ボルジァ家の人々 1859
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中央の金髪美女が妹ルクレツィア、向かって右が父ロドリーゴ、左が兄チェーザレ。そして他の人々。
ドラマになるのは名を挙げた三人。
この一家を描いた小説もマンガも名品が多い。

ロセッティ ボテバルの前で告発されるヨセフ 1860
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エジプトですな。旧約。装束が素敵。悪い女。

ロセッティ 「夜が明けて」ファウストの宝石を見つけるグレートフェン 1868
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熱心に見つめる目がいい。

ロセッティ ムネーモシューネー記憶の女神 1876-81
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パンジーが落ちている。それが記憶の暗示。
チラシにも画像はあるが、額縁も入れたかった。

ロセッティ 祝福されし乙女 1875-81
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死んでしまった乙女。彼女を思う男。
細部を見る。
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二段ともよい絵だ。
そして素晴らしい額縁。

ロセッティ 魔性のヴィーナス 1863-68
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綺麗なものだけで構成されている。

ロセッティ クリスマス・キャロル 1867
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何の楽器なのだろう。

ウィリアム・ホルマン・ハント 甘美なる無為 1866
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このタイトルの作品は他の画家にもあるが、あちらは古代風だった。これはその時の現代風。
細部を見る。

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アメジストが綺麗。

鏡の様子
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あらら…

ハント 「誠実に励めば美しい顔になる」1866
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なんの格言だ???

ポットはウィロータイプだな。
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撮影はここまでにした。

アーサー・ヒューズ リュートのひび 1861-62  森の中で寝そべるマーリンとヴィヴィアン。物思いにふける女。
彼女はマーリンの愛人になるが、その代償として彼を監禁し、魔力を奪う。


ラファエル前派周辺
ここでも好きな画家の作品が多い。

フレドリック・レイトン 母と子(さくらんぼ) 1864-65
イメージ (1972)
優雅な母子。背後には百合と日本の鶴の屏風が。
イメージ (1971)
レイトンは優雅な作品が多く、最初に見た展覧会の時も孔雀のいる絵ハガキがよく売れて完売していた。

ジョージ・フレデリック・ワッツ エンディミオン 1868-73
おお久しぶり。30年ぶりの再会。絵はがきも図録もあるからそんな遠い前とも思えないが、89年以来か。

シメオン・ソロモン 三点ばかりある。かれは気の毒に同性愛者であることを理由に迫害を受け、画家の脂がのりきった時に投獄され、だめになってしまった・・・

バーン・ジョーンズの特集がある。
慈悲深き騎士 1863 
イメージ (1966)
イエスの像に祈っているとイエスが動き出して騎士にキスを。ひなげしが愛らしい。

赦しの樹 1881-82
イメージ (1968)
アーモンドの木から出てきた女が男を抱きすくめている。アーモンドは桜によく似た花。
表情がいい。

他にも多くの作品が出ている。
連作「いばら姫」の習作もあった。

最後にモリス商会の工芸品が紹介されていた。
可愛いタイルもある。
生活に美を。

いちごどろぼうをあげておく。
これはハルカスだけかもしれない。
イメージ (1973)


綺麗なものを見つめ続けたが、美に対して麻痺することもべつになかった。

6/9まで。
ハルカスは10/5から12/15

とらさん、ありがとうございました

とらさんが亡くなられた。
それも2月に亡くなったという。
とらさんの奥様がツイートされた。



とらさんにはオフ会でお会いしたこともある。
わたしは大阪在住なのでなかなかオフ会には行けないが、ある時良いタイミングで参加出来、そこでとらさんにお会いした。
りっぱなお医者さんで、名刺もいただき、その専門の大家だった。
シンガポール在住の友人が向こうで治療中だった頃で、わたしがその話をすると、シンガポールにはその治療のよい病院があり、おそらくそこに彼女も通っているにちがいない、と言ってくださった。
実際その通りだった。不安に思っているわたしにそうした優しさを示してくださる方だった。

とらさんは様々な分野にも関心を持っておられた。
興味がたまたま一致した際、互いの知識を持ちより、話題が膨らんで面白かった。
特に中国の古代文明や江戸文芸あたりでよく盛り上がった。

丁度十年前、ツイッターがのしてきた。
わたしはブログで手いっぱいでなかなかツイートが出来ない。
いっそもうブログをやめた方がいいのかと思った時、とらさんとTakさんが同時に絶対にやめるなとわたしをおしてくださった。
たいへんありがたいことだった。
現在、家庭の事情と仕事の多忙とでなかなかブログが挙げられないでいるが、やめようと思わないのはあのときのお二人からのはげましが、今もわたしの中で活きているからだ。
まことにありがたいことである。

現在、わたしはブログのコメント欄を閉鎖している。
何かご意見があるならツイッターでお願いしている。
それ以前はよくとらさんからもコメントをいただいた。
いくつも印象深いものがある。

少しばかり紹介する。
楊洲周延「東錦昼夜競」 歴史・伝説・妖怪譚 その一
この感想へのコメントである。

浮世絵データベース
こちらで拙データベース「楊州周延:東錦昼夜競」を紹介していただき有難うございました。今回の展覧会で、図録が作成されていなかったので、頑張って作成してみました。不十分な点や誤解しているところがあるかと思いますが、ネットで誰もが無料でアクセスできる日本語DBの第1歩となればと思って作成してみたものです。

以前に、拙データベース「月岡芳年:月百姿」をアップした時も、それが最初の日本語DBだったようでした。明治大正のころまでは誰でも知っていた日本の伝統的な物語の多くは平成の若者たちにとっては過去のものになっています。これを引き継いでいくには、ネットで誰でもアクセスできるDBを残していくのが大切だと考え、老骨に鞭打って作業をしています。

皆さんが、積極的に利用していただけるようになることが小生の願いです。


そして初めてくださったコメントはこちら。
NIPPONの美 切手に見る日本美術

はろるどさんのブログ・リンクからきました。おっしゃる通りいろいろ勉強になりました。家内と一緒に行ったので上村松園と宮本三郎の絵葉書を2枚ずつ貰いました。ネット・オークションで既に結構な値段がついているとか・・・

とらさんが愛妻家でしばしばブログにも奥様のこと、お孫さんのことを記されているのを知るのは、この時に御縁が出来てからだった。
ほかにも印象深い話がいくつもある。
敗戦後、アメリカに留学された際、計算尺を持って行かれ、それでアメリカ人に一矢報いた話なども忘れがたい。
つくづくよい方だったと今更ながらに思う。

とらさん、本当に長らくありがとうございました。
わたしはこれからもなんとかがんばってブログを続けようと思っています。
とらさんに届くようにこれからも精進したいと思っています。
とらさんのご冥福をお祈りいたします。
そして感謝を届けます。

クリムト展に溺れる

五月の始まり、すなわち令和元年の始まりに東京でわたしはいくつかの洋画の展覧会をみた。
昨日挙げた「キスリング」展、「ラファエル前派の軌跡」展、「クリムト」展などである。
いずれも「綺麗」なものを見た、と喜んでいる。

クリムト展は過去最大級の大きさだそう。
日本でのクリムト人気はとても高い。
当然ながら展覧会も大いに繁盛している。

イメージ (1961)

展示はクリムトの生涯を追う形で構成されている。
かれの家族関係はよかった。親密な家族だった。そしてそれは生涯続いた。
55歳で亡くなるまで表向きは独身者だった。
要するに何人も愛人がいて、同時期に父親になり、どちらの子にも同じ名前がつくという、よそからみればとんだ修羅場がある。
なにしろ14人も子がいたそうだ、同母、異母の子どもたち。
木村荘八の父親みたいな奴だな。
そして複数の愛人がいる中で、ブティック経営の女性といちばん仲が良かったそうで、彼女を描いた絵もある。
愛がいくつもあるのは個人の勝手だが、それを踏まえて作品を見ると、色々と思うところもある。

ところでオーストリア政府観光局のサイトはクリムトを始め、多くの芸術家の紹介もあり、なかなか面白い。
ご一読をおススメする。

クリムトの兄弟も芸術活動に携わっていた。
弟エルンストの絵と弟ゲオルクの鍛造作品が出ていた。
グスタフが描き、ゲオルクがそれを銅板に銀鍍金した「踊り子」などは特に好ましい。
六点ものでそれぞれ意匠が異なる。サロメ風、神話風、バラドレス、裾模様のみなどなど。

兄弟で兄が絵を描き、弟が工芸家というのはけっこう多いのかもしれない。
このクリムト兄弟をはじめ日本では尾形光琳と乾山、堂本印象のところは兄が漆芸家、神坂雪佳は弟が蒔絵師。
フォロワーさんから「稲垣仲静と稔次郎」も追加。

劇場装飾の仕事もしていたようでその紹介もある。
まだ30歳前の修業時代の仕事。かれとその仲間の作品も展示。

イメージ (1962)

かれの私生活と関わりのある人々の絵が現れる。
写真も展示されていて、19世紀末から20世紀初頭の空気がそこに再現されている。
アルマ・マーラーなどは特に綺麗な横顔を見せていた。

ウィーンと日本 1900
このコーナーと次の
ウィーン分離派
これらがいちばんよかった。

ヨーゼフ・ホフマンの文様のデザインも魅力的。
団龍文小皿などもとても綺麗。
日本美術の影響があふれている。
小原古邨の金魚の木版画、日本の春画、鐙などがここにある。

ウィーン分離派のポスターが現れた。
検閲後の物が出ている。

この時代の作品は現在目黒区美術館にも展示されている。
わたしは先に京都国立近代美術館で見た。
「世紀末ウィーンのグラフィック」展
感想と撮影したものを二回に分けて挙げている。
その1
 その2

非常に装飾性の高い作品群がこの頃から現れる。
それも金が主体の作品。
ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)  これ、以前から不思議に思っていたのだが、今回の解説でようやく納得。
手には鏡、足元には蛇だった。色々と考えすぎていた。

チラシ表にも選ばれたユディト1もある。手には男の首があり、不思議な表情を浮かべるユディト。
左右の眼の開きがおかしいからそう思うのかもしれない。

やがて今回の目玉の一つベートーヴェン・フリーズの原寸大再現コーナーへ。
1984年に制作されたもの。広い空間を見歩きながら、たとえ再現品でもよくここまで展示してくれた、と感謝の念が湧いてくる。
金ピカピカの華やかな空間で巨大な絵がそこにある。
マックス・クリンガーのベートーヴェンのブロンズ像も。
ここでだけでもベートーヴェンの楽曲を流してもよかったのではないか。

風景画を見る。
やはり装飾的である。
しかし中にはごくごく普通の風景画もある。
家畜小屋の牝牛  これはセガンティーニ風。

アッタ―湖畔のカンマー城3  こうした絵にこそウィーンの世紀末芸術を感じる。1909-10年。
この静けさがいい。
クリムトらウィーン分離派の人々と交流のあったベルギーのクノップフの描くブリュージュにもどこか一脈通ずるように思われる。

他の装飾的な風景画を見て、表現は違うがレオナールの服を思い出しもした。

クリムトはウィーンの裕福な市民たちの肖像画を多く描いた。
丁度市民が活発になる時代である。

オットー・フリードリヒの描く肖像画も魅力的だった。

現実と乖離せずに、しかし装飾性を高めることで現実感が失われる状態にあるものをみるのは、不思議な面白さがある。

最後は生命の円環である。
実のところこのコーナーの作品はどうもニガテで、わたしはじっくり眺めることが出来なかった。

好きなように眺め、勝手な感想をもって、愉しませてもらった。
その装飾性と官能性にたらされて、心地よく美術館を後にした。

7/10まで。

キスリング展にゆく

アールデコの館・東京都庭園美術館では、建物が竣工したと同時代に活躍したモイーズ・キスリングの展覧会が開催されている。
キスリングは「エコール・ド・パリ」を代表する一人で存命中に名を成した。
晩年まで仲間の世話を焼く良いひとだというイメージが強い。

イメージ (1956)

かれの展覧会は1992年閏日に今はなき北浜の三越で見た。
丁度生誕百年の記念展だった。
それからは「エコール・ド・パリ」展などで見てきているが、大がかりな回顧展は横浜そごうで開催されたそうだが、わたしはみていない。なので三越以来になる。

この優美さとモダンさとを併せ持つ建物空間の中で、同じく優美でモダンな美人の絵が多いキスリングの展覧会を見る。
とてもどきどきした。


かれの描く女性たちは皆どこか憂いを潜めたような面持ちをしている。
笑うことのない顔、笑っているように見せて、淋しさが表に現れてしまう顔、心を隠そうとする顔。
大きな目の娘たちはみんなそんな表情で、どこかわからない先をみていた。
メランコリックな表情、というのが正しいのだろうか。

そしてミモザ。
かれのミモザを見て以来、わたしの中ですべてのミモザはキスリングの絵に置き換わっている。
現実にミモザを見る機会が少ないからというのもあるが、それ以上にあまりに印象的だからだろう。
つぶつぶがリアルで、その膨らみ方が…
油絵具だということはわかっているが、どうも胡粉のようなふくよかさを感じもする。
そしてそれはいやなものではないのだ。

キスリングの若い頃の作品はセザンヌの影響下にあった。
当時の作品を観ると、色の配置などが確かにそれ風ではある。
多くの画家がセザンヌかルノワールに影響されていた時代の人なのだ。
そのことを想う。

キスリングは19歳で最初の成功を得たそうだ。
わたしは彼の逸話と言えば、シャイム・スーチンに親切を尽くしたこと、フジタと仲良しだったこと、キキをモデルにして良い絵を描いたことなど、良いことばかり思い浮かぶ。
元からの性質もあったろうが、やはり早いうちから成功したこととそれは関係があると思う。
言えばくいっぱぐれのない一生で、みんなに好かれ、みんなを大事にした。
仲間、顧客、家族に愛されたのだ。
周囲に大事にされたことで絵を描く環境もいよいよよかった。

キスリングは後に妻となるルネが昼寝をする絵を描いている。1916年。
二人がくつろぐ状況で、ルネはねる。傍らの画家自身もにっこりしている。
いい結婚だった。

ヤシの木の下で 1917  ホテルの前を行き交う人は日傘をさしている。ヤシの木がリゾート感を増す。
ホテルには「TOV」の文字。何の略称だろうか。
ここでわたしは里見弴の小説を思い出したが、かれはパリ―へは行っていない。

婦人像と花の絵が多いキスリングだが、風景も描く。
実景を少しばかり編集したような風景なので、微妙な面白さがある。
何も風景をリアルに描く必要はないのだ。

キスリングの裸婦を眺めながら思ったのは、モデルへの待遇の良さ。
そういう表現なのかもしれないが、裸でいてても肌が荒れなさそうな状況。
その場所に敷かれた布がわるくないものではないかと思いもする。
そういう目で次々と裸婦画をみてゆくのも楽しい。

果実を描いた作品もいいのが多い。
果物のある静物 1920  バナナ、桃、スイカ、葡萄、ナシ、…それらが白・水色・薄緑のチェックの布の上にある。
とてもおいしそう。そしてこの絵はこの館の旧大食堂に配置されていた。
この室内には果実をモチーフにした装飾がある。呼応する果物、二次元と三次元。

肖像画もよくしたキスリング。
かれより後に成功したドンゲンも上流社会の人々の肖像画が人気だった。
ル・ベック氏の息子 1926  黒い上着に半ズボンの美少年。この絵は熊本県美で見て以来の再会。
1920年代の美少年の絵を集めた展覧会を見てみたい…

イメージ (1957)

キスリングは戦争にも行った。
1939年、ユダヤ人でもあるかれは反ナチ活動もしていた。それで向こうから死刑宣告も出されている。
やがて輜重大11連隊に召集された。
その時の写真が出ていた。シャンゼリゼ通りで軍服姿のまま喫煙している。襟に11の字がある。

1941年、かれは渡米する。
アメリカでも彼の名声は高く、多くの仕事をする。
そして同時に亡命してきた人々の歓迎センターとして自らのアトリエを開く。
更にフランスで苦しむ芸術家とその家族たちのために支援活動に取り組む。
芸術活動の素晴らしさもさることながら、キスリングが偉いと思うのはこうしたところだ。
かれはシャイム・スーティンの唯一の友人としてかれを物心共々支援していた。
スーティンはキスリングがフランスから離れている間に亡くなっている。

在米の間に描いた絵の中でいちばん惹かれたのが1938年の長椅子の裸婦。
珍しくこちらをまっすぐ見つめる女が描かれている。ぱつんぱつんの前髪に大きな目。
とても好ましい顔立ちをしている。しかも物思いにふける様子もない。
この絵を知っただけでもよかった。


旧朝香宮邸のあちこちにかかる作品を眺め歩く歓び。
ここで見るときにおこる現象。
作品そのものへのときめきと、その作品をこの魅力的な建物でみる、という幸せ。
今回もその歓びの現象が起こり、わたしは今とても幸福だった。

7/7七夕までキスリング展。
なお、コンサートも予定されている。
イメージ (1958)

「美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―」展を楽しむ

東博「美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―」展を楽しんだ。
本館のいくつかの室を特別展示室として使用。行く先々にお宝が現れる、という実感があった。

常から特別展示室の5室から見て回る。
イメージ (1946)

唐獅子図屛風 [右隻]狩野永徳筆、[左隻]狩野常信筆 6曲1双 安土桃山時代・16世紀、江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館
おう、ここからか。
右の二頭の獅子はよく教科書などでも見かけるので、知らない人は少ないだろう。永徳の将に鋭気堂々たる獅子たちである。
金屏風に負けぬ強さがある。
だいぶ前にこの絵を見たとき、ブログに「次はいつ出ますか」という問いかけがあり、困ったことがある。
今ならそのヒトに「今出てますよー」と教えてあげられるのだが。

今回はこの獅子たちに呼応する左隻も出ている。永徳のひ孫にあたる常信の若い、というより幼いような獅子である。
こちらもご先祖・先達の名品を敬ってか、同じ雰囲気を醸し出そうとしている。金屏風に滝まで描いて、勇壮な場面を設定する。
顔は怖くても可愛い獅子。名を勝手に獅子丸とつけておく。それが右からやってくる永徳の獅子たちに向かって嬉しそうに駆け出す。
「おじー、おばー」という声さえ聞こえてきそうである。その声で二頭も嬉しそうに見えた。
左がついたことで一気にハートウォーミングな屏風になった。
これはこれでわるくはない。


永徳へのリスペクト作品。

檜図屛風 狩野永徳筆 4曲1双 安土桃山時代・天正18年(1590) 東京国立博物館
これも久しぶりの再会。檜の堂々たる枝ぶり、幹の強さ。四百年前からの花粉をこちらにも撒き散らしそうな勢い。


四季草花図屛風 伝狩野永徳筆 4曲1隻  安土桃山時代・16世紀 宮内庁三の丸尚蔵館  いろんな花が咲くのだが、珍しくもシャガの花も描かれている。これだけでも嬉しいなあ。牡丹、百合、菊といった豪華なのばかりではないのがいい。

イメージ (1948)


屛風土代 小野道風筆 1巻 平安時代・延長6年(928) 宮内庁三の丸尚蔵館
「土代」とは何か。下書きのこと。そぉか、忘れずにいよう。
大江朝綱の漢詩を清書する、という状況。
当代きっての漢詩作者の作品をやはり当代随一の能書が清書する…
素敵だなあ。
11首の漢詩のうちから「春日山」「惜残春」「書斎独居」などの文字をみつけ、色々と物思う。

伊勢集断簡(石山切)「秋月ひとへに」1幅 平安時代・12世紀 文化庁
この石山切は王朝継紙の美の粋。左辺り、綺麗…

更級日記 藤原定家筆 1帖 鎌倉時代・13世紀 宮内庁三の丸尚蔵館
げっ…大学の時、これを読み解くという苦行を課せられましてな…それ以来本当に定家がにくくなりましたわ。
出ているところは「13になる年の9/3」云々の辺り。

伏見天皇宸翰和歌(五十首)「むら雨の」 伏見天皇筆 1巻 鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館
能書で名高い帝。書くこと自体が好きだったのがわかる。

浜松図屛風 6曲1双 室町時代・15世紀 文化庁
いつ以来かな、見るの。「海辺の松林を描いた屏風」が即ち「浜松図屏風」なので、ここでも浜辺の様子が描かれている。
室町頃に流行したそう。
しかしわたしは最初そうと知らず、浜松あたりの様子なのかと思いこんでいた。

秋冬山水図 雪舟等楊筆 2幅 室町時代・15世紀末~16世紀初 東京国立博物館
このしぃんとした静けさの良さがわかるようになったのはつい近年。わたしはやっぱり洛中洛外図のにぎやかなのが

兄様と弟の対比。
伊勢物語 八橋図 尾形光琳筆 1幅 江戸時代・18世紀 東京国立博物館
八橋図 尾形乾山筆 1幅 江戸時代・18世紀 文化庁
これはもうゆるい乾山の八ッ橋が心に残るわ。ぱっぱっと描いて、すきまに和歌を入れるというのが巧い。

花鳥遊魚図巻 長沢芦雪筆 1巻 江戸時代・18世紀 文化庁
正直、この作品がもういちばん嬉しい。
亀に魚に…薔薇の下には雀たち10羽ばかり、それからわんこのあつまり。白4、斑3、かつぎ1.それから少し離れてまたわんこ。
かつぎはどちらも背を向けている。
キツツキと鶯。巨大な鯉とびっくりする鮒、鯰、海老…
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イメージ (1949)
可愛くてならんわ、さすが芦雪。

西瓜図 葛飾北斎筆 1幅 江戸時代・天保10年(1839) 宮内庁三の丸尚蔵館
肉筆画。この絵の解釈も色々とあるようだが、それもそうだろうが、他にも多少のグロテスクな感覚があるようにも思う。
スイカにまつわるホラー小説が岡本綺堂と芥川にあったが、ああいうのの元ネタは多分江戸時代のだろうから、それに出てきそうなのだよ。だからこのスイカは食べない方がいい。

色絵若松図茶壺 仁清作 1口 江戸時代・17世紀 文化庁
遠くからでも一目でわかる仁清の作品。これも凝っている。
黒がピカピカ光っている。椿と桜もある…かな。

西行物語絵巻 巻一 [画]俵屋宗達筆 [詞書]烏丸光広筆 6巻のうち 1巻 江戸時代・17世紀 文化庁
褒められて賜る様子。貴族たちは建物の内側にいる。襖絵が綺麗。武士である佐藤くんは庭に立つ。
この時代の武士の立場と言うのがよくわかる。

唐子遊図屛風 狩野探幽筆 6曲1双 江戸時代・17世紀 宮内庁三の丸尚蔵館
可愛いよ、三頭身達がなんだかんだ遊ぶ姿。獅子舞、春駒、蝶々追ったり・・・可愛い。

納涼図屛風 久隅守景筆 2曲1隻 江戸時代・17世紀 東京国立博物館
大きな瓢も成っている。干瓢になるのだったかな。ある家族の夏の様子。

イメージ (1951)
イメージ (1950)

西行物語絵巻 巻四 尾形光琳筆 4巻のうち1巻 江戸時代・17~18世紀 宮内庁三の丸尚蔵館
秋の野の中に佇む西行。綺麗な萩。
こちらはもう身分制度から逸脱した西行の姿なのだが、孤独と自由と言うことを考える。
僚友の清盛が武士から身を起こして短時間で貴族よりも貴族になってしまい、遂には武士であり続けた源氏により滅ぼされてしまう。それをみつめる出家した西行。

前後赤壁図屛風 池大雅筆・自賛 6曲1双 江戸時代・寛延2年(1749) 文化庁
外から見る分には楷書、上陸後は隷書。面白いな。

玄圃瑤華「檀特・華鬘草」「花菖蒲・棕櫚」伊藤若冲自画・自刻 2面(4図) 江戸時代・明和5年(1768) 東京国立博物館
このうち華鬘草がポーの挿絵をよくしたハリー・クラークの先達としか思えないほど妖艶で、この血脈には魔夜峰央がいることを思ったね。アールヌーヴォーはこうしたところに始まりがいたわけだ。

新緑杜鵑図 与謝蕪村筆 1幅 江戸時代・18世紀 文化庁
この時期の空気感が活きていてとてもいい。現代にはもう失われた感性がここにある。自然の美。

虎図 谷文晁筆 1幅 江戸時代・18~19世紀 宮内庁三の丸尚蔵館
「さーて水のもうか」尻尾くるんの虎。雪山。足の爪の辺りが洋風。元ネタはヨンストン。

花鳥版画「牡丹に蝶」「紫陽花に燕」 葛飾北斎画 2枚 江戸時代・19世紀 東京国立博物館
風に吹かれてちりりりりり…となった花弁がいいのですよ。

舞妓 黒田清輝筆 1面 明治26年(1893) 東京国立博物館
この舞妓ちゃん、鴨川が見える座敷にいるのだなあ。東京の半玉ではなく京都の舞妓なの。
日差しがはいって顔が明るい。

雨霽 竹内栖鳳筆 1幅 大正13年(1924) 宮内庁三の丸尚蔵館
サギが一羽、柳に。その上には雀。雨の後の空気感がいい。湿気ているけれど、心地よいような。

秋茄子 西村五雲筆 1幅 昭和7年(1932) 宮内庁三の丸尚蔵館
狐が三匹、寝る・立つ・オイオイな狐たち。さすが動物画の巨匠。秋ナスが可愛い。

龍蛟躍四溟 横山大観筆 6曲1双 昭和11年(1936) 宮内庁三の丸尚蔵館
ファンキーな顔だな。龍とミヅチそれぞれ。

猿置物 高村光雲作 1点 大正12年(1923) 宮内庁三の丸尚蔵館
三番叟のかっこに御幣を担ぐさる。
光雲は随筆を読んでその洒脱さ、いかにも幕末の江戸の町民なところが気に入った。
面白すぎる。

黄釉銹絵梅樹図大瓶 初代宮川香山作 1口 明治25年(1892) 東京国立博物館
ああ、これは刺青のような美しさだ…薄黄色に白梅の繊細さ。

七宝花蝶文瓶 並河靖之作 1対 明治25年(1892) 東京国立博物館
肩辺りに繊細な表現がはいる。

七宝富嶽図額 濤川惣助作 1面 明治26年(1893) 東京国立博物館
あああ、絵にしか見えない。暈しの素晴らしさ。

こうして大いに楽しみました。
ありがとう…

ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ

基本的に現代アートがニガテだ。
意味が分からないというのが大きい。
ではアートで意味不明なものは無価値かと言うと、決してそうではない。
わからないものであっても惹かれるものはあるし、一旦惹かれるとわからなくてもいいと思ってしまう。
ジョゼフ・コーネルは1903年に生まれ1972年に亡くなった。
日本でいえば明治36年から昭和47年までの期間である。
これは現代作家でもあり近代作家のくくりにも入る世代だった。

コーネルの拵える箱には宇宙が閉じ込められている。
小さいものが好きなわたしは子どもの頃に、他人から見れば無価値なものをたくさん集めて、好きなように配置して、それを眺めては楽しんだ。
いつからかそうした楽しみから遠のいたが、コーネルの箱は小さいわたしの拵えたものをもっと丁寧に、もっと美しく表現したものだと思えた。

今回、コーネルの二次元作品も見た。
とても綺麗だ。
イメージ (1943)

美麗なコラージュ。先般庭園美術館で見た岡上淑子のコラージュの魅力が蘇ってくる。
コーネルのコラージュもまた豊かに美しいものだった。

コラージュが素敵なのも当然だった。
かれの箱はコラージュの立体物だと言ってもいい。
いいサイズの箱をじっと見てみると、そこには不思議な世界が閉じ込められている。
一件関係性のないものたちばかりなのだが、それらがコーネルの眼と手で配置を決められることで、生き始める。

イメージ (1944)

獅子と黒豹と女のいる室内、火災に咲く花、花舟の鵜飼、鸚鵡と蝶のいる空間…
みなとても優しく、そして美しい。

箱の中の宇宙、箱の中にだけ存在する世界。
箱から出れは塵芥。
意味を持つのは箱の中での出会い。

イメージ (1945)

まるで遠い世界、遠い宇宙の通信のようだ。
それらをキャッチしたコーネルが形にして、わたしたちを迷わせる。
そして惑星間の連携が新たなインスピレーションを生む。

コーネルの手紙も魅力的だった。
道成寺の石段と能役者の話。
全く知らない話だが、それがとてもそそる。

映像が流れていた。
古い映画フィルムを自分でカットしたのを編集したらしい。
物語の筋は失われたが、ひたすら彼の好む女優とシーンとだけが続く。
こういうものも面白い。

コーネルのファンでいてよかった。
わからないことが、それ自体がとても楽しく、そして惹かれる源になっている。

6/16まで。


ムーミン展にゆく

「これまでにないムーミン原画展」とチラシにある。
確かにそうだ、こんなにたくさんの原画展は初めてだ。
イメージ (1936)
500点もの原画である。

トーベの若い頃の仕事、他の仕事も含めているが、やはりムーミンの原画の数が圧倒的である。
これはフィンランドのムーミン美術館からの出展。

5年前、トーベ・ヤンソン ムーミンと生きる展と言う優れた展覧会があり、それはトーベ・ヤンソンその人を主体とした展示だった。当時の感想はこちら
あの展覧会を見ていてよかった。
今回の展示は純粋に作品展なので、気軽に楽しめる。

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ムーミンの作品世界をこの展覧会で深く味わえる。
数多くの展示をみることで、どんどん自分がその世界へ入り込んでゆくのを感じる。
そうだ、ムーミン谷へ向かっているのだ。

シリーズの原画だけでなく、ムーミンたちの登場するグッズの紹介もあった。
フィンランドで発行されたイースターカード、銀行の広告などである。
商業イラストとしてもすぐれているのが、この展覧会をみてわかる。
それは単に「皆の大好きなムーミン」が使用されているから、というのではなく、ある種の啓蒙も含まれているからだ。
ムーミンたちによってみんなはそれを学ぶのだ。
こうしたところまで見せてくれる内容の展示。

そして改めて自分たちがムーミンが大好きだと思い起こさせてくれる。
色んなキャラたちの表情を見て、楽しくてならない。
いい展覧会が開催されてとても嬉しい。

細かいことは言わない。
みんなここに来てムーミンたちに会おう。
かれらの生活様式、人生に対する考え方、住人たちのつきあい…
決して明るく楽しいばかりではないことを知り、ムーミン谷の住人と自分も案外近いのかもしれないことを知る。
数多の原画に囲まれているうちに、気持ちもなだらかになる。
生活を楽しむのだ。
彼らのように。

展示にはトーベがパートナーと共に日本に滞在したときの資料も展示されていた。
富士屋ホテルに宿泊したようで、楽しそうだった。
彼女は日本も好きでいてくれたのだ。
ごきげんであちこち観光したようだ。
とても嬉しくなる。

トーベは亡くなって久しいが、作品は今世紀も次の世にも生き続けるだろう。
いい展覧会を見た。
6/16まで。

半蔵門ミュージアムにいった

開館から一年の間に二度ばかり半蔵門ミュージアムへ行った。
半蔵門駅4番出口すぐ、というがまさかの「すぐ」で実は真上と言っていいのではないか。
わたしのような方向音痴にはその方がわかりやすい。

よい建物で、静かな空間が心地いい。
受付で見学者の印を渡され、首にかける。
ここはまさかの無料公開なのだ。

真如苑の披いたミュージアム。
あの慶派の大日如来が鎮座ましますところ。

今回はこちらを楽しみに。
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17世紀の江戸時代の涅槃図
木々の白いぽつぽつがまるでこの部分だけ刺繍のように見せる。
猫や蟹もいる。ミミズクはピックアップされて文字の所に。

ところでこちらは科学博物館の大哺乳類展の一隅


…ぽいよね。

ガンダーラ仏教美術もいくつかある。釈迦の生涯。仏伝。
出城、王の帰依と涅槃などは図像学的にもわかりやすい。

観音三十三応現身のうち梵王身立像 木造彩色 1394年ころ  鼻の形が鷲鼻なのも珍しいような。

百万塔と百万塔陀羅尼などもある。
むかし、この字の並びがとても神秘的に思えた。

金剛界念誦賦 1114年  これは金剛界曼荼羅の前で唱えられるものを記している。

仏足石 17世紀  格子状の108マスに色々な絵が入る。それがなかなか興味深かった。

映像も見にいったが、上映時間前なので待機していると、そこでも何か映像が流れていた。
彫刻家・中村晋也の純陀像がいい感じ。かなり男前。どこに設置されてるのか途中から見たのでわからない。
こちらにその画像があります。

さて、本番が始まった。
「大日如来坐像と運慶 祈りと美、そしてかたち」をみる。
ガンダーラ仏から始まる。
「愛する者を見ざるは苦なり、愛せざる者を見るもまた苦なり」

…ああ、確かにその通り。

中国を朝鮮を経由して日本へ。終着点としての日本。
それ故に様々な表現の仏像が生まれている。

…そんなに長くない、質の高い映像だった。

また今度の企画展になればまた訪ねたい。

思えば半蔵門界隈には無料で良質のミュージアムが点在している。
この半蔵門ミュージアム、国立劇場伝統芸能情報館、国立演芸場資料室、JCIIフォトサロン、と4つもある。
そして国立国会図書館も時には資料展示をするからその仲間に入る。
とても楽しい。

へそまがり展、ふたたび

後期を見てきました。5/12までなのにこんな日に挙げるのがいかにもわたし。

海北友雪 雲竜図襖 麟祥院(京都市)  ここから始まる。すごく大きな感じがある襖絵。
右1には足爪?タコブツ?…中央左1でようやく龍の顔。実は金目。いやぁ龍って想像の産物ですからなあ。
ところでこの襖の引手は菱形で、◇の中に「三」の字がある。そしての周囲にも小さく菱形が四つあり、その中にも「三」。
この「三」とは何に符合するのか。

と、出だしからこうだもの。
後何が出て来るか知れたもんじゃない。
すごく楽しみ。

雪村周継 竹虎図  くんくん…なに?という姿にしか見えない虎。可愛い喃。

雪村周継 布袋唐子図  珍しく子供にてこずる布袋の姿。悪いチビが顔をべたべた叩くらしいのを、その手首捕まえて止めようとするが。そしてその様子をじーっと見るもうひとりのチビ。子供は結構よくみてるしわるいし、こわいよ。

雪村周継 寒山図 栃木県立博物館  笑いながら開く巻物がどう見ても反逆者の名前が連なる連判状。なかなかうそ寒い景色。

雪村、けっこう変な絵が多いねー楽しい。

まさかな絵を見た。
以天宗清 寒山拾得図  静かな二人が向かい合う。巻物をのぞく。とても可愛い。この構図は「筒井筒」ではないか。
巻物は井戸。いやびっくりした。可愛いなあ。

白隠慧鶴 蛤蜊観音図 早稲田大学會津八一記念博物館  海底の人々、龍宮なのかどうか知らんけど、そんな装い。
つまりタコや魚介類を頭上に。亀を乗せるのも大概だが、トカゲのような…いや、ワニか、担いでるのもいた。
日本神話の因幡の白ウサギが渡ったのは「ワニ」と呼ばれはしても実は鮫だったそうだ。
とはいえ山幸比古と豊玉姫の説話を描いた中村不折「八重の潮路」はモロにワニ…アリゲーターか何かだった。
この絵は丁度常設室に出ていた。その辺り、不明。

白隠慧鶴 すたすた坊主図  こういうケッタイな乞食坊主はまぁ芸人ですわな。タマみえてますよ…手桶もつところがその証。
そういえば「浮かれ坊主」というのもあったな。

白隠慧鶴 関羽図  珍しく勇壮ですがな、白隠さんにしては。頬は赤め。青竜刀をもつ。そこには竜の刻み物がしっかり。
「勇皮仁体」云々とある。

福原五岳 面壁達磨図  この構図が面白い。達磨のいるところは藁屋根の下なんだが、透視法と言うか達磨がいるのを見せるために、空間にいきなりぬっと達磨の半身が。これあれだわ、「壁から巨人」みたいな感じ。
五岳は大坂人だから親切というか理屈を通して「こう見えてる」と示したのかもしれない。

春叢紹珠 三番叟図 早稲田大学會津八一記念博物館  動きが極まっててかっこいい。こういう動きはいいな。
洋画家の須田国太郎が戦前から戦後にかけて能狂言をスケッチし続けたが、それはもう素晴らしいスケッチだった。
動きをよくとらえていて、わたしはあの作品群を見てから須田のファンになったくらい。
ここではシャッと扇を舞わせて引いた一瞬を捉えている。片足立ちのバランスもいい。墨絵のよさもある。

風外本高 暴風猛虎の図 香積寺(豊田市)  白虎、サブイボ(大阪弁、鳥肌の意味)立てながらシャーッ。目は宝珠型。

風外本高 涅槃図  あっさり。月に叢雲。ヒトの顔もなし。おお、ワニも来てる。猫らしきものも。孔雀の背中も。虎にラクダも。
これあれだわ、もう弔問になっている。

仙厓義梵 小蔵梅花図 幻住庵(福岡市)  可愛いミミズクがいるんだが、こやつあれだ、水木しげる「悪魔くん」のフクロウ女とそっくり。そう、悪魔くんの12使徒のひとり。

さて蘆雪のわんころたち。
前期でも愛でたが、後期も可愛くてならない。犬だんご。

円山応挙 子犬図  こちらも可愛い。白とかつぎ。白の眼はシラケてる。かつぎはカメラ目線。
師弟共々わんこ可愛い。

遠藤曰人 「杉苗や」句自画賛 福島美術館  このひと前期ではカエルの相撲描いてたな…
妙に面白い絵が多いよ。



この絵もこの人。公式さんのツイートから。


ものすごく細かい描写。天保7年4月90歳!!それでこんなけ描くの凄いな。

池大雅 怪鬼弾琴図  閻魔風な道教スタイルのがサボテンの前で岩机を置いてそこで月琴とバンジョーを合わせたような楽器を演奏する。けっこうロックだな。

彭城百川 初午図  お稲荷さん。頭としっぽの先に宝珠。傍らのワラヅトはグレー着色。中にはやっぱり揚げさんかな。

ここから近代日本画登場。

冨田渓仙 牡丹唐獅子図 福岡県立美術館  配色がもうほんと、遠目からでも冨田渓仙。

冨田渓仙 石峰寺 京都国立近代美術館  若冲の絵で有名なお寺。やっぱり五百羅漢。大きめの石仏と怪人たち。面妖なところがいい。

小川芋銭 山色新 茨城県近代美術館  絵と字で表現。こういうのはやはり詩文の素養とかあった方が面白味が深まるだろうな。これは昭和3年の御題からのもの。

大名の絵もすごいよ・・・
徳川家綱 団扇歌仙中納言兼輔像 德川記念財団  将軍家、パパの家光さんの可愛いウサギやフクロウとはまた違うタイプのを描く。こちらはあれだ、眉根よせて不機嫌な顔つき。何故??

伊達綱村 嶺鉢図 仙台市博物館  六祖・慧能が衣鉢継いだのを盗ろうとした奴に「とりたきゃどーぞ」とした図。
この人と母の三沢初子が「伽羅先代萩」のモデルか。

黒田綱政 鶺鴒図 福岡市博物館  可愛い鶺鴒を描いているが、巨大なサインがなにか台無しにしている…
遺髪は京都の菩提寺大徳寺龍光院に納められたそうで、そのお寺の曜変天目茶碗が今、MIHOさんで展示中。

望月玉蟾 竜図  雨の中、にゅっと出てくる龍。びっくりさせるなよ。どうも顔つきがグーフィーの悪人版ぽいな。

狩野典信 唐獅子図屛風 仙台市博物館  左は青、右は白。うねるうねる毛。爪がやたら大きい。丸い眼がいい。

山村耕花 獅子  こちらは対照的に細手の洋犬みたいな獅子。ややガニマタ。金線の獅子。

村山槐多 スキと人 府中市美術館  やっぱりどう見てもスナフキン。
この展覧会の後、森美術館でムーミン展を見たのもいい流れ。

与謝蕪村 寒山拾得図  むしろ西洋のトンスラぽい寒山とザンバラ拾得。

狩野永朝 大黒天図  でかっっ!巨大な大黒天が画面いっぱいに打ち出の小槌を振り上げる姿。これは構図的に高島屋のポスターにもあるのと同じなのだが、こちらの大黒はもう完全に武闘派。小槌で敵を粉砕。
熱田神宮宝物殿で見た戦う大黒の絵巻を思い出す。あの大黒、敵を一撃で仕留めてたぞ… 
梅津長者物語だったか。当時の感想はこちら

長沢蘆雪 猿猴弄柿図  欲どおしいにも程があるぞ、エテコめ。腕いっぱいに柿を抱え込みやがって。しかしこやつだけではなく、下からまたそれを狙うようなのか来たぞ…

祇園井特の「美人」はアクが強すぎるのだが、幽霊は案外そうでもない。
やせてるのはやっぱり幽霊のパブリックイメージ通りだし(そんなもんです)普通なんだが…

祇園井特 紫女図  麿眉の女だなと思ったら、紫式部だったか。紫女って呼び方初めて見たわ。笹紅は井特のお気に入り。

祇園井特 お菊幽霊図 福岡市博物館  出ました、お菊さん。久しぶりの再会。皿は井戸の外に白いのが何枚か。この皿も高麗青磁なのや染付なのもあったり色々。やや前歯は出ているが、なかなか美人。
「あらやだ、あんた久しぶり」くらい言いそうなタイプの幽霊ではある。目が鈴型。

曽我蕭白 後醍醐天皇笠置潜逃図  カラフル。白がはっきりしているから他の色もはっきり。後醍醐天皇だけ立っているが、従者たちはしんどくて木の廻りで寝落ち。白い桜。足の爪はやはり大きい。
爪の描き方に個性があるのはこの曽我蕭白と車田正美だな。

烏城 雪兎図 奈良県立美術館  雪うさぎを真正面から描くという。可愛いけど、なにやら…アプリの何かに似ている。可愛い。

酒井抱一 布袋図  重たい袋に圧し潰されそう。顔は今は亡き吉本の古き芸人・花紀京に似ている。目の離れの具合とか。

長沢蘆雪 なめくじ図  ひさしぶり。この道痕がいいのですよ。ぬめぬめ。

長沢蘆雪 蛸と蓮華図  このタコの寝そべり具合が児童公園の遊具のタコの滑り台にそっくり…

今回もとても楽しかった。
来年も楽しみ。

常設の所蔵品展も見ると補完される。
そして牛島憲之のふんわりした世界にもひたることをおススメする。
5/12まで。

五月の東京ハイカイ録 その2

続き。

5/4になりました。
森下のA06から地上へ。
バスに乗り、ビッグサイトへ。
そう、イベントね、わたしは西2にゆくので、行列は限りなく建物に近くで、屋外とはいえ日差しを浴びるとなく楽に並べました。
いよいよ!

…大方は目的達成したけど、完売に負けたのもかなりあるよ…
色々と楽しかったです。

門前仲町行きのバスに乗る。
越中島はあんまり来ないところだが、東京海洋大学の佇まいなかなかいいな。

久しぶりの門仲。
90年代初頭はよく来たなあ。
2000年に清澄白河駅が開業したからこちらに来なくなったのもあるが、正直な話好きなところだった。
というか、住みたい町でもあった。

まあとりあえずすぐそばの純喫茶の二階に。
なかなか混んでるし雰囲気もいい。
ナポリタンとカフェオーレを頼んだら、カフェオーレが殆どウィンナコーヒーではないですか。
これで800円はいいなあ。



一旦宿に荷物を置いてから出かける。
今度は庭園美術館へキスリングを見に行く。
キスリングは三越で見たのがやっぱり90年代初頭か。
随分と昔なのだなあ。

満足してから再び宿へ戻る。雷ゴロゴロ鳴るし寒くなってきたので着替える。
早めに夕食してから再び上野へ。
「日本美術の名品」展を見たが、永徳の獅子には久しぶりの再会だが、永徳のひ孫の描いた若獅子が可愛くて可愛くて。
それから芦雪の雀にわんこ。破壊的な可愛さだぜ。
若冲の華鬘草も妖しげでポーの挿絵で有名なハリー・クラークの先達のようだった。
この妖しさの血脈の末に魔夜峰央も連なるわけだ。

今回もきっちり九時までいた。その後ホテルでなんだかんだしたので、やっぱり12時を越えて、それからの読書。ああ…

三日目終わり。

最終日は5/5端午の節句。
残念ながら柏餅も菖蒲湯も今年はアウト。ただ、柏餅はもう四月の半ばから何度か食べてるからよいかな。

いつものロッカーにあの大荷物がよくもまあ収納できたもんだ。
身軽になってまたもや上野。上野は本来なら一日にまとめるべきだったのだけど、色々と都合がありましてな。
それと72時間使用可能の都営・メトロのチケットが5/5am10:01までだったので、ここに行くのがいちばんスリリングかつ合理的なのだよ。
上野の改札出たとき、10:00でした。ぎりぎりー。

科学博物館で哺乳類展。剥製大量。江渡貝くぅぅん…
わたしは骨の方が好き。
日本館つまり本館でお昼食べたが、やっぱり本館はいいなあ。

しかしここでまた楽しくない出来事が来る。
実は佐倉へ向かう車内では、信州の妹一家がいきなり家に行くという連絡があり、わたしが不在なので母ではもう対応できなさそうだなと危惧していた。
母に連絡してもらい、その応答を教えてと頼んだのに連絡なし。わたしがどうなったのかと尋ねたら、もう帰途についているという。母の具合がよくなさそうなので直ぐ帰りました、という。
色々言いたいことがあるが、言わない。しかしこうした感情が堆積されてゆくのだなあ。
母に電話したが、彼らの滞在時間の短さもあり、彼らの来訪を覚えていなかった。

その後に今度は隣家のオジから、ちょっと何の意図だか読めない嫌な物言いのメールが来て、非常に不安になる。どうにもならないので明日の訪問を待つことにしたが、9時以降に来てくれとだけたのむ。あまりに早朝だとこちらも対応いたしかねる。
別なオジ、これは正真正銘の悪人だが、そちらとの面会の約束もあり、やっぱり五月の血縁関係は嫌なことばかりだと改めて思う。

しかしわたしがネットの世界の人になっていちばんよかったと思うのは、こういうとき。
つまり困っているわたしが偶然にみかけたツイートで、こうした時の心の対処法が紹介されていたからだ。
かなり気楽になる。
しかしこういうのも、うちの母などには内緒だ。必ず悪く言うからなあ。
「そんなことも一人で対応できないのか」うん、悪いけど他にもたくさん抱えたり背負ったりしてるんで。だからこそ自分の知らないことを知ったり、集合知とかそうしたものをみると少しばかり安堵する。
こういう自分の不安な気持ちの名前を知ることが出来て、それだけでもよかった。

弥生美術館へ。
制服の展覧会。明治の昔から平成の今までの流れ。
制服、奥が深いなあ。
わたしは学校生活と言うか学生時代は悩まされ続けたのであまり学校関係のことに関心が向かない。
マンガでも「学園もの」は正直に言うと大嫌い。特にラブコメとはもう本当に無縁でいたい。
学校に行くような世代のキャラの出るマンガで好きと言えば、それこそスポーツものだ。それ以外には本当に近づきたくない。

華宵、夢二のよいのも楽しみ、隣のカフェ港やでお茶。ほっとする。

どうも今回はいらんことを書いてしまっているな。
これでは東京ハイカイ録ではなく、心模様になっている。いかん。

二重橋へから三菱一号館へ。
ラファエル前派の絵を喜んでみてるわけだが、思えば彼らの作品を好きになったのは90年代初頭からだから、これも長いなあ。
今回の展示、一室丸ごと撮影可能コーナーなのがあり、ヒャッハーになったよ。
あべのではどうするんだろう。

そして東京駅に着いたのですが、ここでとんでもない事件が!
新幹線、日にち間違えて予約してた!!
がちょーーーーん
真っ暗になったわ。
でも駅員さんの指導を受け、日にち変更し、なんとか乗り込んだ。
特典でグリーン車なんだが、今回変更でも使えるのね。
あーほっとした…
くらくら…

いいハイカイになりました。

五月の東京ハイカイ録 その1

今年は日本初の10連休と言うわけで、色々と問題がある中で、申し訳ないけれどそれなりに楽しんで過ごしました。
5/2から四日間東京にいて、そこで何をしていたかを大まかに記す、いつものハイカイ録です。
正直なところ、完全に自分のための覚え書きなので誰のためにもならないし、その意味では面白くもおかしくもない内容です。

毎年この期間はポイントを使ってグリーン車で東海道を往来する。
どう考えてもすごい荷物になるからそうでないと無理というわけだ。
今回も気楽に乗りに行った。既に大荷物なのだよ。そう、四日もいるから靴の替えも持っていくから仕方ないのだ。
ホテルのロビー、ちょっとそこまで用のサンダルもあるからとんでもない多さになるのね。

とはいえまずは東京駅のいつものロッカーに荷物を入れる。ギリギリ入ったなあ。
丸の内線で新宿に出て、それから京王に乗り換え。そのまま東府中へ向かう。途中調布で乗り換えて到着。少しばかり遅れた。
公園内の藤棚もまだ花が残る。
へそまがり日本美術展。後期展示を楽しむ。
展覧会の個々の感想はまた後日。
今風に言うなら「それはまた別のお話」ということ。

大変楽しかった。出たら入場制限してたのにもびっくり。
今回は武蔵小金井に向かうのでそのバスに乗る。
乗ったはいいが、バス停を一つ間違えて終点の武蔵小金井に出てしまう。
まあそれでも15分ばかり歩けばいいのさ。
連雀通を歩いたが日差しが強くて、火が差してても…日傘してても暑い暑い。
どうでもいいけど、「日傘して」が「火が差して」に誤変換するのは暑くてかなんな。

はけの森カフェの入り口が見えた。そうか、一つ曲がって下るとこうなるのか。
大岡昇平「武蔵野夫人」の現場らしい。
二度目、このはけの森美術館に来るのは。
今回はあれだ、カフェになってる元々の中村研一のアトリエと茶室が登録有形文化財になった記念の展覧会なのね。
先に中村の洋画を見る。
アトリエを描きこんだ作品などがある。

Caféでお茶。ああ、ほんのり幸せ。外観を撮り倒す。


庭も緑が濃いのが好ましい。
うちのオバの家は同じ野川沿いでもちょっと離れてる。
武蔵小金井の住人にとって野川と言うのはとても大切な存在なのだろう。

ひとつイケズな思い出話を。
以前知り合った西宮の女性が非常に自慢たらたらの人で、自分は政治家もたくさん住まう阪神間の金持ちの町のエエ氏、あなたは企業のない北摂の人=住民税が無駄に高いが恩恵は少なかろうの意、とオモシロいことを言うていた。
さて彼女、脱関西人を目指していて、ついに東京に住まうことに。それが武蔵小金井のマンションだった。更に団子坂近くの某洋館のボランティアにもなったそうで、これまた自慢たらたら。
武蔵小金井の美点を延々と繰り返すのだが、それはみんなわたしも知ってることだし、それ以外のことと更に昔の話もわたしは詳しいので、話に割り込んでそれを話し出すとたちまち顔色が変わった。
うちのオバは武蔵小金井に半世紀ばかり住んでいるし、わたしも学校の休みに、オバのところにたびたび逗留したからなあ。
それっきり縁が切れた。
それであるとき、例の洋館に行って彼女はいますかと尋ねると、もうやめたという。なんとなく含みを感じる物言いで、それはそれで厭なものを感じた。

人間、自分を良く見せるために、他人より偉いみたいな顔してモノを言うのはやめないとね。
これはわたしも自戒をこめての話。

六本木へ。ムーミン展に行ったところ、他二つの展示に向かう人が大行列。それでムーミン展の招待券を係の人に出すと、「さあこちらの線上を上がってください」とのことで、すまぬがささっと上り、更にチケットの改札と言うのかあの場所でも「優先です」と言われましてな。ありがとうございます。

ああ、ムーミン展、やっぱり混んでるがなー
これまで何度もムーミン展を見てきたが、今回が一番原画の数が多いのと違うかな。
前回見たムーミン展は作者トーベ・ヤンソンその人を中心とした展示だった。

綺麗な夕日を見てから東京へ向かう。ロッカーの荷物を出してホテルの送迎バスに乗る。
着くと仲良しのフロントIOさんがいた。
わたしの誕生日番号の部屋を用意してくれている。
いつもありがとう。
初日終わり。

二日目は憲法記念日。
9条を守ろう。

佐倉についてバスを待ち、川村記念美術館へ。



わたしもコーネルの箱は好きなのですよ。
ただもうここに近代日本画がないのが淋しくて悲しい。

バスは歴博経由のに乗った。
助かるわ。そして新入りの猫の親子を見た。



青砥で乗り換えて本所吾妻橋へ。
たばこと塩の博物館。展示作品がいいのは当然ながら、購入当時の事情などの裏話が大変面白かった。

都美へ。クリムト展。これがもう本当に金と装飾に入れ込むような内容でね。
巧いタイミングで見れてよかった。



もう少しばかり時間もあったので東博の常設も見に行く。



東博でも良いものを堪能。
この日は金曜で東京では「きのう何食べた?」を見ることが出来た。
相変わらずケンジの内野さんが可愛い…
二日目終わり。

堂島ビルヂングに入る

まさかのもしかで、堂島ビルヂングに初めて入った。
これは本当にまさかなのだが、わたしは堂島ビルヂングの名前は知っていても、とっくに失われていると思い込んでいたのだ。
そしてこのビルの前をそれこそ高校生の頃から数え切れぬほど通り過ぎていたのだ。
びっくりした!!!
とっくに綺麗に改修されてはいるが、それでも昔の名残は生きているし、立派なたたずまいなのだし、それが何故これまで気づかなかったのか。
不思議でならない。
1923年竣工、1960、1999大改修。
このビルは今東光「春泥尼抄」にも登場する。
パリのノートルダム寺院(!!!)のようだとその外観を誉めている。
ああ、どちらも失われてしまったか。

だが、このビルヂングは21世紀の今も丈夫に堅固に立派にオフィスビルとして活きている。
これからもそうであってほしい。

玄関
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文様がある。
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地下への階段にも装飾が見事に。
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これは昔の様子。
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ところで外観の写真のデータが飛んでしまっている。
それで去年のツイートからいくつか。










また近いうちにこの堂々たる外観を撮りに行って追加する。

ところで思い出したが、先日の大江ビルヂングに祖父母のことを少し書いたが、今確認したところ、祖母が勤めていたのはこの堂島ビルヂングだったそうだ。
祖父はこの手前の電停で降りて控訴院へ通勤していたのだろう。
道筋がわかってなんとなく面白い。

伏見町 旧宗田家住宅 現・CuteGlass Shop and Gallery

イケフェス大阪2018で見学した。
リノベーションされた素敵な和風建築で可愛いガラスが販売されている。
CuteGlass Shop and Gallery
わんこのガラス瓶の可愛いのが手ごろなので、友人に贈った。

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丁度リノベしてオープンしたばかり。
イケフェスの仲間に加わってくれて、とても嬉しい。

玄関回り
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複雑なところが好きだ。


見上げる。
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その足元
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上からも
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「窓」と「恋」とは似ている。


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中にお倉がある。


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欄間も素敵だ。部屋により文様が異なる。
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これは浜にある漁具のような。


階段の活用
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別室の欄間
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素敵な廊下いろいろ
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天井に網代
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装飾さまざま。
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また2019年もイケフェスに参加してほしい。
可愛いガラスを買いにゆこう。

大江ビルヂングの外観

去年のイケフェスで大江ビルヂングの見学ができてとても嬉しかった。
内部ではなく外観を挙げて行こう。

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1921年の建物だからもうすぐ百年。葛野壮一郎設計。
大阪控訴院が近いので、弁護士のオフィスなどの為の貸しビルとして繁盛した。
今もそうしたオフィスが入る。
それを思うとやはり内部撮影は禁止されている方がいいかもしれない。

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かっきりしたいい建物。

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装飾もあるが、けっして華美ではない。


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…でも可愛い。


玄関回りの鉄の装飾。
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屋根の華やかなところ。
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真珠と母貝のような華やかさがあるなあ。


窓など。
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地下もあるのです。


非常階段がまた素敵だ。これも当時のままらしい。
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通用口
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わたしの祖父はこの近所の大阪控訴院で長く裁判官を務めていた。
祖母はその近所のオフィスで窓を向いてタイプライターを打っていた。
祖母はいつも同じ時間に出勤する、やたらと背の高い男性を見て「背が高いなあ」と思っていたそうだ。
祖父はいつも同じ時間に窓を向いてタイプを打つ女性を見て「可愛いなあ」と思ったそうだ。
それから数年後に二人の間にわたしの母が生まれ、更に数十年後に二人の孫であるわたしが生まれている。
わたしは北摂で生まれ育ったが、なんとなくこの辺りを親しく思っている。

茶の湯の美術@大和文華館

大和文華館の所蔵する茶の湯の美術品を眺めた。

桜は終わったとはいえ魅力的な木花は多く、庭園を楽しみながら本館へ入った。
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切手の絵柄にもなった鴛鴦香合。久しぶりの再会となった。
チラシで見るとそうは感じないだろうが、現物はもう驚くほど小さく愛らしい。


なじみのいとしい絵が現れる。
蜀葵遊猫図 伝・毛益 遊ぶ猫
萱草遊狗図 伝・毛益 寝る狗
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猫一家と犬一家。楽しそうで何より。


今回の展示は2014年のと少しかぶる。
雪中帰牧図、鴛鴦香合、佐竹本の小大君などなど。
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こちらが今年
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雪中帰牧図 李迪 ただし左は本人のかどうか不明だという。



一閑蒔絵枝垂桜文棗  綺麗な棗でしたなあ。


秋塘図 伝趙令穣  この絵も本当に秋のわびしさを描いている。
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大きめの画像だと存外賑やかそうだ。

蜻蛉柄の釜がまた可愛い可愛い。
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とんぼもいろいろいそがしい。

多くの名品をとり揃えた「茶の湯」展。
他にも多くの名品がそろっててるので、ぜひ。
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