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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「驚異と怪異」展にゆく その5

ついに二階へ上がる。
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上がって一階を鳥瞰すると、怖かったものがハリボテに見える。なんだ、と思う。
けばけばしいもの・色褪せたもの・紛い物の仰々しさに、理性という名の正常バイアスが作動する。
なんだ、大げさな。
だが、と自問する。
本当にあれらは作り物か?
作り物にそこまでざわめくか。
もう一度じっくり見なくてはならない、と声がした。だがそれは今ではない、後で回るのだ。

第Ⅱ部 想像界の変相
・聞く
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ここで初めて<見る>以外の展示が現れた。

⽿⻑お化け(キサラリ) 北海道 NME アイヌの子供の遊びである。室内にいる子供らに向けて、室外から三本枝のものを振りながら、この世のものではないような声を出して脅かすのだ。
これは「ゴールデンカムイ」で教わった。アシㇼパさんが村の子供らにやるのをみて杉元も試すが、全然ダメ。迫力が足りない。
だが、後日偽アイヌの村で杉元はこの世のものとは思えぬような声を出した挙句、偽アイヌたちを殲滅してしまう。アシㇼパさんは絶句する。

『絵本百物語』より、⼩⾖あらい(パネル) ⽇本  「ゲゲゲの鬼太郎」では準レギュラーくらいな立ち位置にいたかな。特にわるいことをするでもない妖怪だそうだが、しょぎしょぎと音が立つのを山の中で聞くのは気味の悪いものだろう。

みんぱく映像⺠族誌「常ならざる⾳ー⽿を通して異界とつながる」( ダイジェスト版 13分) ⽇本 NME ビデオテーク No. 7247  これが凄かった。暗い部屋にスクリーンが垂れて、そこに音声の文字化かが現れる。
様々な音声のうち、個人的にどきどきと嬉しくなったのは、やはり歌舞伎の幽霊登場の「ヒュードロドロ」である。あれを聞くと「来た!」とやけに嬉しくなる。これは怪談芝居が好きな人にはわかってもらえると思う。落語の鳴り物も加わっていた。

・ ⾒る
・描かれた驚異譚と怪異譚 ジョン・マンデヴィル『東⽅旅⾏記』(複製) フランス NME(原本 フランス国⽴図書館)  何かのおばけが描かれているが、これが山海経での刑天によく似ていた。

展示替えが色々あったようだが太平記に登場する妖怪たちを集めている。
わたしが見たのは大森彦七が遭遇する化け物。
平家物語での怪異は清盛の見る髑髏のかたまりやネズミの話があるが、他は案外ない。しかし太平記は「妖霊星を見ばや」と舞う天狗の姿もあれば、化け物と戦う話も多い。

・幻獣観察ノート
変なものをみたという記録を人は記す。

「⼤坂城異獣の図」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館   うーん、妙に可愛いぞ。大体大坂城に出るようなのは愛嬌もんが多い。その点、白鷺城のガチの魔族一門とは違うのである。

「雷奇獣 寛政⼋年六⽉肥後国熊本」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館  雷関係の話も色々とある。桑原村に雷が落ちてそれ以来「くわばら、くわばら」と言うようになった話もある。

・諸国⾒聞録
これがまた怪しい。

マンデヴィル『世界の驚異の書―東⽅旅⾏記』(複製) スペイン NME(原本 スペイン国⽴図書館)
マルコ・ポーロ『東⽅⾒聞録』ラテン語版(コロンブスの書込み有、複製) (現ベルギー)ア ントワープ NME(原本 セビリア⼤聖堂 コロンブス図書館)
確信犯的にでたらめを本当のように言うてからに・・・と思いつつ、ドキドキする荘厳さがある。
そういえば「東方見聞録」について魚戸おさむ「イリヤッド」ではかなり面白い解釈がなされていた。
あれは面白すぎた。

三好想⼭『想⼭著聞奇集』より、⻯の卵 ⽇本 個⼈蔵  龍は卵生らしいが、 どれくらいの大きさだったのだろう。
佐藤さとる「龍の卵」は面白い作品だが、長く再読していない。久しぶりに読み返そう。

・予⾔獣
くだんのことか、と思ったら違った。
「肥前国平⼾において姫⿂⿓宮より御使なり」 ⽇本 国⽴歴史⺠俗博物館   何かをつたえるわけです。
そうなると「イワナの怪」などもそれに当たるのか。

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・ 紐の⽂学
ブラジルのペーパーブック。中身はわからないのだがなにやらマジカルリアリズムぽいような。
表紙はすべて木版画。とてもそそられる。読みたいものが多い。ブラジル北東部地⽅でしか販売していないのか。邦訳はなさそうである。
「やきもち焼きの⼥の夢」 「ダニエルと悪魔」「⻯と戦うランピオン」
「マリア・ボニータと悪魔」 「混乱と猛獣」 「ロバになったプロテスタント信者」
「悪魔に引きずられた男」 「悪魔と吸⾎⻤」 「⻯と王⼦」 「蛇と悪魔」
「背に上られた⽝」「⻯との戦い」 「ヴァレンタイン」 「若者と⻯」 …

・幻獣観光と商品化
幻獣の最たるものというか、世界的にみんなが大体知ってるものというとやはり
・ネス湖のネッシー
・ヒマラヤの雪男
が二大スターかと思う。
ツチノコ、広島のヒバゴン、フランスのジェヴォーダンの獣あたりは地元っ子人気だろうが、なかなか全世界人気を獲得というわけにはいかない。

ネッシー関連グッズをはじめ、ヨーロッパに伝わる幻獣モチーフの絵ハガキ、果ては土産の菓子などなど。
四国たぬき伝説「たぬきまんじゅう」、菓⼦「ヒバゴンの卵」…みんな可愛い。
ちなみに四国の狸というのは金長たぬきの話で、ここのお社を移転する・しないで色々とたいへん。
昭和初期にこの話を基にした映画で大もうけした映画会社がお礼に拵えたのだったかな。

パンポチェ寺院とクムジュン寺院のパンフレット ネパール ソルクンブ郡 個⼈蔵  ここらにはイェティの頭皮や手があるそうだが、何故それがあるのかというのも面白い経緯があったりする。

・知る
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怪物の地理学
昔の世界地図にはいろんな怪物・天使・動物などが描かれていた。
ヘレフォードの世界地図(複製) イギリス ヘレフォード NME(原物 ヘレフォード⼤聖堂) これは特に傑作。この世界観はファンタジー。実際にこんなのがいたらヤバいのだが、三浦建太郎「ベルセルク」の現在の世界相がこの地図に近いかもしれない。

『アレクサンドロス物語』が描き込まれた世界地図(ポスター) インド 個⼈蔵(原本 ベルリン イスラム美術館) こういうのもあるわけだ。

そしてネパールの占術ダイアグラムがなんだかもう凄すぎて…
日本の「万国⼈物図絵」は諸外国の民族を描いたりもしてるが、これがもうどこから情報を得たのか知らないが、面白すぎるのだった。
中にはなるほどというのもあるが。
他にもいろいろ出ていた。地図は面白い。実際の情報と希望を投入しているところもいい。

・驚異の知識体系
版画の挿絵がとめどなく面白いのだ。

プリニウス『博物誌』(パネル) イタリア ヴェネチア  真実が入るので見ていないものがリアルになる。

ディオスコリデス「ギリシャ本草」ナポリ写本(複製) イタリア NME(原本 ナポリ国⽴図書館)  どうみても諸星大二郎えがく「ヒトニグサ」なのがある。いいよなあ。

プトレマイオスの地理学(複製) イタリア ナポリ NME(原本 フランス国⽴図書館) 記された地に行ってみたいような…

ウリッセ・アルドロヴァンディ『怪物誌』 イタリア ボローニャ NME   これまた諸星大二郎えがく「あんとく様」としか…

ヨハネス・ヨンストン『動物図譜』 これが幕末の日本の絵師たちの種本。西洋風の絵を描いた絵師たちも浮世絵師もみんなここから。
この本が日本に入ったおかげで楽しいような不思議なような絵が生まれたのだ。

・怪異の知識体系
怪しい・・・

『⼭海経』 愛知県 名古屋市 NME  嬉しくなるよねえ。中国の怪しい生命体がてんこもり。
この本に興味が向いたのはやっぱり諸星大二郎のおかげ。

寺島良安 『和漢三才図会』 ⽇本 NME  これも実に膨大…江戸時代の百科事典。
わたしが最初に見たのは平凡社の東洋文庫、あれがたまたま目に入った。
となりに全然主旨の違う「デルスウ・ウザーラ」と「みかぐらうた」があった。
古書店で見たと思う。そうそう、「捜神記」を探してたのだ。

中村惕斎『訓蒙図彙』 ⽇本 兵庫県⽴歴史博物館 場⾯替えあり
唐⼟訓蒙図彙』 ⽇本 NME   タイトルは知ってても読んでないのだ。不勉強なのだ。←アライさんみたいなのだ。

元⾏ 『針聞書ハリキキガキ』 ⽇本 摂津(現⼤阪) 九州国⽴博物館   ははは、これ九博のキャラになってる奴らの本だなw

次から次へと怪しい本がずらずらと。
最後には朝比奈の浮世絵も。かれも諸国漫遊キャラとして幕末には高い人気があった。

ところで驚異の部屋というとやはりこれだな。
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この部屋にあるものたちについて、前掲の図鑑・事典類が絵や知識を開いてくれているのだった。

・創る
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五⼗嵐⼤介 圧倒的な画力で世界を創造している。
今回の展覧会のエンブレムも。
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いいなあ、ほんと、この通り。

そして墨絵で抽象的な表現で今回の展示のイメージを描く。
「⽔」 「天」 「地」 「聞く」 「⾒る」 「知る」 「創る」
最後は「異類の⾏進」

ヤン・シュヴァンクマイエル ⼩泉⼋雲『怪談』挿絵 チェコ  やっぱりきしょくわるいな…

江本創
龍、⼀⾓獣⼈ など、みんなとてもうまい。

最後にファイナルファンタジーXVがきたが、これはもう完全に知らないので見るだけしか出来ない。
そう、世界は広く深い。わたしは知らないことが多すぎる。

面白い展覧会だった。
またこんなのが見たい。

最後にこわいものを。
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いやいや、あかんて。

なお、こちらは常設で見たものたち。
この展示に出てきても不思議ではなかった。


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「驚異と怪異」展にゆく その4

まだまだ道のりは遠い。

・驚異の部屋の奥へ
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パネル展示によって展示されたものたちがなんとも凄い。
イタリアから。
ベネデット・ツェルティ、アンドレア・チオッコ『カルツォラーリの博物館』(パネル)
ヴェローナ フェッランテ・インペラート『博物宝典』より、フェッランテ・インペラートの陳列室(パネル)
ヴェネチア ロレンゾ・レガティ『コスピの博物館』より(パネル)
ボローニャ マンフレッド・セッタラ『博物館』より(パネル)
ミラノ レヴィナス・ヴィンセント『⾃然の驚異劇場』より(パネル)
オランダから。
アムステルダム アタナシウス・キルヒャー、ゲオルギウス・ド・セピブス『イエズス会ローマ学院』(パネル)
アムステルダム 『ウォルムのミュージアム』より、オーレ・ウォルムの驚異の部屋 オランダ アムステルダム NME
知的好奇心というものは形にするとこうした様相を見せもする。

明治の錦絵を見る。国輝「古今珍物集覧 元昌平坂聖堂に於て」 ⽇本 NME
この絵は元から大好き。この絵もまた「驚異の部屋」だったのだ。いや、そのものだということを認識していなかった。
中央に名古屋城の鯱が鎮座ましましているのが楽しい。背後の展示品の数々…
明治初期の日本での博覧会のありようがよくわかる。
まさに玉石混交のカオス状態で、そこが途轍もなく楽しい。

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・驚異の部屋の幻獣たち
部屋にいた奴らを紐解く…
幕末の拵え物大集合。見世物大好きな身としてはこのあたりは親しみがある。全てライデン国⽴⺠族学博物館蔵。
1989年頃かライデン国立民博のコレクションを見たが、あの時もびっくりしたなあ。

ろくろ⾸ ⽇本  ミイラだよミイラ、ろくろ首のミイラ。いやーいいよねー。こういうのを見たら小泉八雲「怪談」のろくろ首の話がリアルに感じられるね。
元は武士・磯貝平太左衛門であった旅の僧の袖に喰らいついたろくろ首。あれだあれ。

他にもこんなのがぞろぞろ。
四六のガマ、河童、人魚などなど。みんな創作並びに制作。
人魚の絵も頭だけ女で首なしのボディそのまま魚類なのが出ている。⿓なんてのもある。

⻤の⾸ ⽇本  これはきちんと角が見えるね。各地に鬼の首が保存されてるそうだけど、いちばん怖いのは永井豪の実話。
名作「手天童子」を描く前に所蔵寺院に行ったとき、住職に脅かされて「へええ」と思いながらもカメラマンが撮影したら、それだけ映ってない。
更には不穏な出来事が続く…まあ「祟り」ということですわな。

・⾃然と幻獣
無知からくる驚異と怪異でもある。

カマイルカの頭⾻ ⼤阪市 海遊館  何かわからないとそれは怪物の頭骨になるよね。

メガロドンの⻭の化⽯(天狗の⽖)  恐竜という知識はやはり西洋との出会い以降。それ以前はこうして天狗の爪と思われる。

平賀源内『⾵来六部集』より、「天狗髑髏鑒定縁起 テングシャレコウベメキキエンギ 」 ⽇本 個⼈蔵  源内は博覧会とは言わないが、会の幹事をしていろんなものを集めて展示したそうだ。

イッカクの⽛ カナダ NME  ユニコーンの角…北極圏の生命体なのだよなあ。

「ジェニー・ハニヴァー」 個⼈蔵  ああ、これはエイの干からびものか…

・⾒世物としての幻獣
⼩⽥切春江『名陽⾒聞図会』より、⼈⿂(パネル) ⽇本 (公財)東洋⽂庫  人魚は見世物だという認識があった。

小川未明「赤い蝋燭と人魚」でも金に目のくらんだ老夫婦は養女の人魚を香具師に売り飛ばすが、香具師も人魚を見世物としての価値しか見ていない。

⼈形⿂の引札 、摺物「⼈形⿂の図」、いろんなものがあるが、福岡の龍宮寺と言うお寺には巨大な人魚の骨があったそう。147メートル…オイオイ待て待て。

・信仰と幻獣
ここに展示されているものたちは有名なものもある。

⼈⿂の掛け軸(写真)、⼈⿂の⾻(写真)
福岡市 ⿓宮寺  そう、あるそうなんです。
各地のお寺に人魚の図が伝わっている。

学⽂路苅萱堂 カムロ・カルカヤドウ の⼈⿂の絵はがき 和歌⼭県 橋本市 近藤雅樹旧蔵  でました!久しぶりやなと言いたくなる。

⼈⿂、龍、河童 ⼤阪市 瑞⿓寺 ここのお寺はミイラを色々所持しているので有名らしい。
この章の人魚、河童、くだんらのミイラの画像をまとめたサイトはこちら

⽜⻤の⼿(写真) 福岡県 久留⽶市 観⾳寺  水木しげるの絵のイメージでいうと顔が牛で体が蜘蛛ぽいので、手と言われても…

⼭の神の供え物(オコゼ) 秋⽥県 北秋⽥郡 NME   これはなんとなく納得。唐揚げにしたら美味しい高級魚だが、顔の怖さというのがやっぱり…

・湯本コレクション
さて遂に登場。三次もののけミュージアムとしてオープンしたが、中身はこちらのコレクション。早く行きたいが三次はなかなか遠い。
辻村寿三郎のミュージアムと併せて見に行こう。
それにしても本当に凄いコレクション。

烏天狗ミイラ  六体の烏天狗たちが座禅中。
⼈⿂のミイラ  前頭部に鬼系の字が入る。魑魅魍魎とみなされているわけだ。
猫⻤の詫証⽂
猫⻤の頭蓋⾻


・薬としての幻獣
こちらは⼋⼾市博物館のコレクション。これまた凄まじい。
正体を考えれば古生物の骨などを漢方薬として使っているのかと思う。
⿓の⻭、猩々⽟、⽩⿓⾻、⼈形⼤⼈参、狸之⽟、⿓の肝、⼈⾯⽯、猿猴⽟  思えば怪しすぎる。
しかしこのラインナップを見ると、かぐや姫が求婚者たちに求めた贈り物の数々も別に不思議なものでもないような気がしてくる。
燕の子安貝、火鼠の毛皮…

人魚シリーズ。
⼈⿂⼆⽵⾻有、⼈⿂の⾻、⼈⿂の⾜⽪、⼈⿂の⽖、⼈⿂の⽛、⼈⿂の頭⽪などなど。
更には双頭の⼈⿂のミイラ(写真) なんてものもある。怪しすぎる。

ニヤニヤしながら角を曲がった途端、どきっとした。
王の⽕葬⽤塔(模型) インドネシア バリ島  ヒンドゥーの荘厳な塔が。物凄く巨大な現物は常設のところにあるが、いきなりこれが出てるとびっくりする。
どうしても映画「ロード・ジム」を思い出す。ピーター・オトゥール演ずるジムと協働し戦死したその地の王の息子(伊丹十三)の葬儀。結局ロード・ジムは処払いを命じられ、それを聞けば命は助かるのに敢えてとどまり、部族によって殺される…

色々と怖いものを見た。ナマナマしくその存在が近くにあるのを感じた。
もう一度場内をめぐると、異界巡りをする心持がわかる気がした。歩いているのに小舟を漕ぎながら見ている気がする。
一階はここまで。

「驚異と怪異」展にゆく その3


イメージ (2400)
地上に生息するものは、何もかもが正確に認識されているわけでもなさそうだ。
ここでは特に不思議な生命体が多く登場する。

・有角人
角があると言えば鬼を思い出すのだけど、ここでは悪魔系。
悪魔と鬼とはまた違う。

悪魔仮⾯ メキシコ ゲレロ州 NME
イメージ (2387)
いきなりこんなの現れたら泣くよ、叫ぶよ。メキシコ、こわい…

悪魔仮⾯(ディアブロ・コフエロ) ドミニカ共和国 NME  ドミニカもこわい。これ、どんな需要があるのか。
あれか、日本の仏像のお練りの悪魔版なのか。

呪術⽤の像(ンキシ) コンゴ⺠主共和国 NME   ザイールの昔だけでなく、今もつづくのか。

ヴェヒガンテの⾐装 プエルトリコ NME  赤と黒の衣裳に角三本って、ちょっとおしゃれなところもあるが、どのみち怖いよ。

バロンダンスの⾐装(ランダ) インドネシア バリ島 NME  とても爪が長い。ランダは魔女であり、正義のバロンと永遠に戦う。
しかし悪だからと忌避されるわけではない。彼女の存在があればこそ、バリ島の人々は勇気と力とを知るという。
バロンとランダの戦いについても高階良子の作品から教わった。
思えば「驚異と怪異」のいくつかを彼女の作品から知ったのは幸運だった。

・巨人
世界中に巨人伝説がある。
日本ではダイダラボッチ伝説がある。
ここでは九州のやごろどんが登場。
刀、下駄があるがめちゃめちゃ大きい。
常設展示の様子を挙げる。

他にオーストラリア、カナダ、ブラジルの巨人たちが紹介されていた。
少し違うがエストニアのアニメ「ビッグ・ティル」を思い出した。
そういえば巨人といえば「進撃の巨人」の「巨人」はギガントではなく「Titan」なのだった。

・変⾝獣
文福茶釜も白蔵主も鶴女房も狼男もみんなこれ。

大入道のおもちゃなどもあるが、これは巨人ではなくこちらに入る理由として、「狸の化けた大入道」というのが多いからだと思う。
⼤⼊道⼭⾞の張⼦⼈形、⾆出し⼤⼊道、⼟鈴(⼤⼊道) などなど。

ひょうきんなものというか、現代では「いやげもの」に分類されるものが出てきた。
ヒョウタン⼈形(狸) ⽇本(推定) NME  これはもう完全に今は…

狂⾔⾯(狐) ⼤阪府 東⼤阪市 NME  狂言の世界では「猿に始まり狐で終わる」というくらいのお役。「釣狐」ですな。
狂言でも壬生狂言のそれは更に古様で、中にヒトがいるとわかっていても、妙に怖い
神楽もそう。ヒトが面をかぶって他者を演ずるのはやはり怖いものだ。
面を被ることで人から神へも獣へも妖怪へも変身できる。正気も狂気も自在なのだ。

淡路⼈形(両⾯) ⽇本 兵庫県⽴歴史博物館  ヤヌス(両面の神)同様裏と表に顔がある。キツネと女と。正体はどちらなのか。
そう、金毛九尾の狐。その人形もある。尻尾ふさふさ。それに関する浮世絵も日により展示されていたが、今は違うものが出ている。
錦絵「佐藤正清怪物退治ノ図] ⽇本 兵庫県⽴歴史博物館  加藤清正である。かれもいろんなものと戦ってるなあ…

神像(ナラシンハ) インド カルナータカ州 NME  獅子の顔をした人。諸星大二郎「孔子暗黒伝」で主人公・赤とアスラの合体したハリ・ハラの往くべき道を示す存在。

ところでけっこうカナダの創作品が多いので、意外にも感じる。これはイヌイットの人々の伝承ということなのだろうか。
版画「⼈から狼へ」、⽯彫(半⼈半獣)、版画「狼に変⾝するシャチ」などなど。

個人の想像・創造したモンスターの登場。
紙細⼯(アレブリヘ) メキシコ メキシコシティ NME
⽊彫(ナワル) メキシコ オアハカ州 NME
ペドロ・リナーリスの創作から。1930年から始まったそう。太古の悪夢を見た男が現世に伝える、ということなのだろうか。

今後の謎な木彫り面が登場。
仮⾯(キフェベ・ムルメ、雄)、仮⾯(キフェベ・ムカシ、雌) コンゴ⺠主共和国(推定) NME   どちらもこの40年くらいの間に採集されたそうだが、彩色もされている。
ソンゲ族の中の結社の一つがこれをこしらえているようだ。

何しろ全くメンタリティがわからない。
わたしの世界が狭いのもあるが、本当にわからない。もっと知ろうとしなければならない。

・霊獣・怪獣 摺物
アジアのあちこちから。

「⽩沢の図」 ⽇本 個⼈蔵 摺物(⾒世物の⽩沢) ⽇本 NME  白澤といえば先日焼失を免れた沖縄の絵を思い出す。
更に言えば「鬼灯の冷徹」でええ加減な女好きの姿を見せてくれてるのは白澤だった。
けっこう人気なのか色んな白澤図が並んでいた。角がある生物。

⽔上⼈形劇の操り⼈形(⼀⾓の麒麟?) ベトナム NME  これも不思議な。動くところが見たくなる。

仮⾯(獅⼦) 中国 ⾹港 NME  大きい、たいへん大きい。ちょっとびっくりした。
相当大きいので、周囲の展示の人形らとともに眺めると、退治された酒呑童子の首のようにも見える。

シンガバロン型旗⽴て インドネシア ⻄ジャワ州 NME  青銅製。犬っぽいな。
バティック布の腰⾐(シンガバロン模様) インドネシア NME  やはり人気のキャラなのだ。

壁掛け(麒麟) 中国 雲南省 NME  足が可愛い。麒麟は中国では瑞獣、近代日本でもそう。麒麟麦酒。
しかし古代日本では「しし神」としてありがたがられなかった、災いをもたらす生命体、という位置づけで語られたのが諸星大二郎「孔子暗黒伝」だった。

仮⾯(⻁) マレーシア NME  いや、どう見てもちゃうやろ、というツッコミをつぶやく虎党の7eであった…
マレーシアで虎と言えばハリマオ…「マレーの虎」を思い出すよ。

⽊彫(トラの精霊)⽊彫(リスの精霊) マレーシア NME  なんにでも精霊はいるものですな。

仮⾯(プルキシ) ネパール NME  白象。ヒンズー神話にも仏教にも白象はいる。

浮世絵「寿という獣」 ⽇本 NME  干支の動物を集めたもの。楽しいよ。そうか、これもここに仲間入りか。

・蟲
虫と爬虫類とがあつまる。

仮⾯(ヘビの精霊) マレーシア NME  なんと前歯がある。…牙だけでなく前歯なのか。びっくりした。そうなんや。

舞踏劇の仮⾯(ドゥル) ブータン NME  ブータンの舞踏については「祝福王」で描かれたのがとても印象深い。実際に作者がブータンに取材に行ったかどうかは知らないが、非常に衝撃的な作品で、宗教家の内面の不可知の世界を捉えた情景はまさに煉獄だった。一方、現実のブータンの地への尊崇の念も深い。

ところで蛇はナーガラージャ、ヒンズーでも仏教でも善なる存在で、キリスト教とは全く存在のありようが違う。
ペルシャでは蛇は嫌われている。

仮面劇の蛇はあのにょろっとした様子を再現するわけではなかった。
それはスリランカでも日本の能面でも同じ。

1970―80年代のメキシコ製の謎な仮面がある。
イナゴ、カニ、クモ、サソリ…慣れ親しんだどうぶつなのだな。

悪魔仮面の方は二面ものや蛇とか色々あり、メキシコの造形センスのすごさにもう言葉も出ない。

⽊版画「コブラになった少⼥」 「コブラ男」 ブラジル 北東部地⽅ NME   毒にヤラレたことがこんな絵を絵がせるのかなあ。

絵画(ティンガティンガ)「⻤蛇姿の怪物」 タンザニア NME  大量殺人の現場。かなりこわい…

・ ⼈間植物

カチーナ⼈形 ナバホ族の人形達。(ウチワサボテン)、(トモロコシ)、(デビルズクロー) 、(オナモミ) アメリカ合衆国 NME   
薄暗い会場内でこうした人形が待ち伏せしてるのですよ…

版画「頭のなる⽊」 ブラジル 北東部地⽅ NME  どう見ても首吊りの木。なので「ベルセルク」ガッツの生まれるシーンを思い出したわ。

『健康全書』より、マンドラゴラ(パネル) ドイツ ラインラント地⽅ NME  これは出てくるのがおそかったね。

マネキン ⽇本 NME ・・・怖いんですが…

続く。

「驚異と怪異」展にゆく その2

「驚異と怪異」の次のコーナーへ向かう。
そこは「天」だった。宇宙ではなく天。空を飛ぶもの、肉眼で捉えることの可能なもの。
イメージ (2396)

・天象
中国の天狗
護符(甲⾺紙 天狗之神) 中国 NME
灯籠(天狗) 中国 NME
これで思い出すのが是害房の話。かれはわざわざ海を渡ってやってきたのにこてんぱんにやられ、日本の天狗たちに担架に乗せられて温泉療法に。曼殊院本、住友本など異本があるが、なかなか好きな話。

日本の天狗面
⻤祭の仮⾯(烏天狗) 愛知県 豊橋市 NME
仮⾯(⻘天狗) 福島県 NME
⻤祭の仮⾯(天狗) 愛知県 豊橋市 NME
仮⾯(⾚天狗) 福島県 NME
仮⾯(天狗) 愛知県 北設楽郡 NME
⼤償神楽(オオツグナイカグラ)の仮⾯(唐⼟天狗) 岩⼿県 花巻市 NME
地域により多少の差異はあるが、基本的に鼻の長い造形である。

ところで京王急行では天狗伝説のある高尾山への案内がある。
あるとき、大天狗がちびっこ天狗たちに夏の高尾山へゆく心得を教える絵を見た。帽子かぶれとか水を飲めとかの訓示。
可愛かったなあ、ちびっこ天狗たち。ちびっこすぎてまだ鼻が低く、まるで河童みたいだった。

天狗のグッズもある。
⼀本⻭下駄 熊本県 NME   修験道の人もこれだな。

絵馬の天狗も色々あるが、これは何を祈願するのか。たまたまその土地の神社が天狗の取り扱いがあるからか。
また、天狗の親族のような意味なのか、能⾯(⼤癋⾒)もあった。

天狗に関する話ではやはり平田篤胤少年寅吉の話を基にした「仙境異聞」や、能「花月」の話などがいいな。
そうそう思い出した。天狗の面をかぶって現れる神様と言うのもいてはったそうな。
あとやはり鞍馬の天狗。牛若丸に武道を学ばせた天狗たち。

版画「ハレー彗星」 カナダ NME   この星もまた妖異なものとして捉えられていた。「妖霊星」というもの。
夏目漱石も澁澤龍彦もどきどきした彗星。わたしもあの時どきどきした。

日本では宗達、光琳、抱一、其一と琳派の人々が風神雷神を描き、今に続く人気を博した。
樹⽪画「雷神」 オーストラリア NME
影絵⼈形(雷公) 中国 NME
版画「サンダーバードとイナズマヘビ」 カナダ NME
儀礼⽤ブランケット(サンダーバード) カナダ NME
…わたしは「イナズマン」を思い出したぞ。

・霊⿃・怪⿃・⿃⼈
自分の中で「霊鳥」といえば神鷲、そしてそれは迦楼羅でありガルーダだという認識はあるのだが、ガルーダと来るとどうしても世代的に「コンバトラーV」の敵方美形キャラ・ガルーダを思い出すのだった。
丁度仏敵提婆達多をダイバダッタと表記すると「インドの山奥で修行して」と歌い出してしまうのと同じに。
そして「怪鳥」とくればこれは完全にロプロス、そう「バビル二世」の三つのしもべの一、怪鳥ロプロスなのだった。
最後の「鳥人」も決まっている。「いやはや鳥人」というCMの記憶と共に、阪神タイガース奇跡の日本一への途上にあった北村選手の相手チームのホームランを取ってアウトにしたあのプレイに対し「鳥人北村」と讃えた記事、これだ。

⾸⻑⼈形(⼤天使) ペルー NME   台湾あたりの少数民族の「首長族」かと思いきや、これはアルパカ由来の首長の人形。
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美人である。それにしても1990年の製作とは存外近いなあ。
大天使、か。しかし翼のある人としては「風の谷のナウシカ」の伝承イメージに近いな。

ケツァルコアトルの(⽻⽑蛇)の浮彫(複製) メキシコ トゥーラ遺跡 NME(オリジナルはメキシコ国⽴⼈類学博物館)  こちらは複製で原本は12世紀のものらしい。この霊鳥は高階良子のマンガでしった。「インカ幻帝国」「幻のビルカバンバ」ね。

カチーナ⼈形(アメリカワシミミズク) アメリカ合衆国 NME   最初に見た時は「ああ、アメリカ」としか思わず「イーグルサム」の先達やなと思ったが、このチラシで認識を変えた…
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やっぱりやばいわ。

舞踊劇ワヤン・オランの⾐装(ジャタユ) インドネシア NME  「ラーマーヤナ」に現れる鷲の王。さらわれたシータの消息を伝えて死ぬ役らしい。

他にインドネシアの影絵芝居ワヤン・クリットの ⼈形がいくつか。
みんぱくのほかにこの影絵人形を見たのは天理参考館。他では見ていない。
⽔上⼈形劇ムアゾイ・ヌオックの操り⼈形からは鳳凰と不死鳥が出ている。
東南アジアの人形たちはいずれも魅力が深い。

次に個人的に凄いものを見た、と思ったのがこちら。
これは配置の妙と言うべきもので、その取り合わせが見る者の心に強く残る作用を齎した。
二つの像だけが角の空間にあった。
有翼の獅⼦シンガまたは守護霊サエ インドネシア バリ島 NME  この「天」の紹介の画像。
彫像(ガルーダ) インド NME
シンガが小さいガルーダを見下ろす・あるいは見守るという立ち位置にある。
しぃんとした空間でこの二者だけが存在する。強い緊張感があった。

誠に残念なことに図録ではこの二者の緊張感は再現されなかった。
意図的にそうなったのかもしれない。あるいは編集者には特に認識されなかったか。
会場にいてその様子を目の当たりにするしか、この緊密な関係性を確認できないのだ。
だからここへ行かぬ限りはそれを味わえない。そして11/26までしかこの緊迫感は持続しないのだ。

中国・少数民族の凧が現れた。
凧(鳳凰) (恐⻯) 中国 広⻄壮族⾃治区 NME  古いものではなく意外に近年だということを想う。

・天⾺
絵⾺(天⾺) ⽇本 NME  漆喰の白馬である。浮彫ではなく貼り付けか。とても立体的。

ガラス絵(天⾺ブラーク) セネガル NME  2000年と1930年に制作されたものが二点並ぶ。
セネガルはフランス領だったが、そこの人々は神秘的な事柄を信じていたと聞いたことがある。

天馬と言えばペガサス、というのが認識としてあるので、ギリシャ神話関連のものがないのは意外だった。
そう言えば中央アジアの天馬もない。

つづく。

「驚異と怪異」展にゆく その1

国立民族学博物館、みんぱくというところは恐ろしく魅力的な博物館で、常設展示が最高に素晴らしいだけでなく、企画展が時折とんでもなく物凄い内容だということがある。
人間の営みの中で形になったものを集めている博物館なので、目に見えるモノが世界各地から集まってくる。
だが、こうした目に見えるモノだけでないものも集められている。
想像の産物と<規定>された存在を<形>にしたものも集めているのだ。
かれらの生息地を「この世のキワ」とし、そのキワからはみ出して人の営みに入り込んでくるものをクローズアップもする。
今回の展覧会「驚異と怪異 ―想像界の生きものたち」展はその「この世のキワ」にいるものたちを集めた内容だった。

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新館の特別展示室に入ると、道が少しばかりうねっていた。
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上から見れば巻貝の内部に入り込むような、巴形の内側を往くような通路である。
そこにイランの美麗な写本が飾られていた。
二ザーミー「ハムザ(五部作)」より ソロモンと百獣」である。
チラシにも選ばれている。
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賢い王様ソロモンのもとへ人も獣も相談に来る。みんな解決し、明るい顔になる。
中にはどう見ても人でも獣でもない、ましてや鳥でも虫でもない存在がやはり王の言葉を聞きに来ている。
妙に可愛い奴ら。
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智慧の光か、燃えている。
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つまりはそういうことなのだ、とここで唐突に納得する。
この世にはこうした見知らぬものたちも存在し、それが想像界の生きものだと規定しつつも、共に描かずにいられないのだ。
人間はかれらを恐れつつも愛しているのだ。
だからこそ、こんなにも世にオバケがあふれている。

なお、今回の展示の大半はNME、つまりみんぱくの所蔵品が大半を占めている。
こんなにも膨大な数のただならぬものたちが民博に生息しているのだ!
後は三次もののけミュージアム、兵庫県立歴史博物館、ライデン国立民族学博物館などである。
詳しくはリスト一覧を参照してください。こちら。Pdfです。

1. 想像界の生物相

水に関する怪物・妖怪・異形のものについては非常に多くの報告がなされている。
ここでは三つに分類したものがそれぞれの場に集められていた。
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・人魚
人魚というものは洋の東西を問わず<存在>している。実在か否かは重要なことではない。
海は一つだからかもしれない。ただ、その形・定義は多少異なるらしい。
個人的感慨として、人魚と言えばアンデルセン、小川未明、谷崎潤一郎の作品がまず思い浮かぶ。
椿実「人魚紀聞」というのもある。そういえば山田章博のデビュー作は「人魚變生」だ。
いずれも魅力的な人魚ではあるが、未明のそれは哀れが深い。
アニメやマンガでは「海のトリトン」のピピ、「海底少年マリン」のネプティーナ、「魔法のマコちゃん」、「ベルセルク」のイスマなどがいた。いずれも可愛い。
(ポニョは幼女すぎてここでは挙げない)
だが、必ずしもどの人魚も可愛くて哀れなわけではない。
怖い人魚を挙げる。
高橋留美子「人魚の森」シリーズ、諸星大二郎「サイレン」「悪魚の海」は完全にホラーだ。
二人の描く人魚はこの展示に登場しても決しておかしくはないのである。

まずは日本製
江戸時代までの人魚はほぼ人面魚に近いような表現が多く、あまり魅力的とは言えない。
例の八百比丘尼は人魚の肉を食って不死となったが、見た目が魚肉なのでそんなに嫌ではなかったかもしれない。
最初に人魚をもらったのは父の長者だが、その時はそのままの形でもらっていて気持ち悪く思い、捨て置いた。
しかしその肉をさばいたばかりに娘が食べてしまったのだ。

人魚の瓦、根付がある。ほぼ前述。皿に描かれたのは坊主の人魚でこれまた可愛くはない。
やはり西洋の物語が入らないと人魚は可愛くならないらしい。
とはいえどこの国の民話か忘れたが、人魚一家の悲劇があるので、皆が皆人魚にロマンティックな夢を見ているわけではないのだ。

人魚ではなく半魚人にしか見えないものを挙げる。
トビウオ漁⽤ 釣具 ソロモン諸島 サンタ・アナ島(推定) NME  どうみてもこれは半魚人である。
そう、「大アマゾンの半魚人」のあれ。
樹⽪画「⼈⿂になった姉妹」 オーストラリア NME  こちらは半魚人ラーゴンだ…
決してサンリオのキャラ「半魚どん」ではないのである。

ジュゴンが人魚の正体だという説がある。
島国であるオーストラリアにはジュゴンをモチーフにした作品もあった。

樹⽪画「虹ヘビ(ジンガナ)と⼦供」 オーストラリア NME  男児女児がいる。元の物語を知らないとわかりにくい。
虹蛇とはアボリジニの神話に現れる蛇の神であるそうだ。

映像を見る。
宮廷舞踊「ルウン・ソヴァン・マチャー」 カンボジア プノンペン NME ビデオテーク No. 6011  なんとこれは1990年代の映像である。あの大虐殺でカンボジアの舞踊手の9割が虐殺されたというが、今の人にもこうして伝えられているのか。そのこと自体に感動した。
物語は「ラーマーヤナ」から、猿の王ハヌマーンの恋を描く。
人魚の姫に魅せられたハヌマーンだが、つれなくされるというシーン。
人魚の踊り手は腰の後ろに綺麗な鰭をつけてプルプルと振った。まるきり魚の動きである。とても優美な踊りを見せてくれた。
これはビデオテークにあるようなので、いつか全編をきちんとゆとりをもって見てみたいと思う。

飾り板(ベニンの⿂⾜王) ナイジェリア ベニン(推定) NME  旧名ベニン王国では王の威を示すために真鍮製の飾り板で王たちの姿を拵えてきたそうだ。
この魚足王についてはこちらに詳しい論がある。とはいえこの王は足がマヒしていたともいわれる。

仮⾯(⼈⿂) メキシコ NME  オジサンである。
他にカナダの石造の人魚がたくさんあるが、寒い海と暖かい海とどちらが人魚が多いのだろうか。

・⿓
東アジアとヨーロッパ、キリスト教圏での龍(=ドラゴン)は別物である。前者は皇帝の印、後者は悪の存在。

中国人の龍好きは今も変わらないようで、たくさんの龍モチーフのものが出ていた。会場の中空には⿓がうねっている。
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⿓頭ムカデ凧 中国 広東省 NME これだよこれ、これがまたもう本当に中華民族の龍好きを示してるよね。なんかもう嬉しくなるよ。
わたしは龍と虎なら間違いなく虎派なんだが、龍もいいよ。

掌中劇の指⼈形(東海⿓王)、影絵⼈形(⾠)、切り紙細⼯、護符(甲⾺紙 ⽔府⿓王、甲⾺紙 五⽅⾮⿓ 三姑娘娘)などなど。
衣服にもちろん龍。かつては皇帝の衣装の意匠にしか使えなかった。これは中国も朝鮮も同じ。

日本の民芸とかその地その地の玩具にも龍がたくさんある。朝鮮もそう。
龍は中国語でロン、朝鮮語でヨンだったな。
村上もとか「龍 RON」でも主人公・押小路龍は日本にいる間は「りゅう」だったが、大陸に行ってからは「李龍」リ・ロンを名乗っていた。
その彼を慕う朝鮮人のスンヨンのヨンは龍、そうした関係性を描いた。
この龍は皇帝の秘宝を隠そうとして苦闘していた。彼の使命としての秘匿。
更に最終話「龍の時代」ラストシーンでは老いた龍が妻と共に安住の地として選んだ場所はブータン、即ち「龍の国」なのだった。

朝鮮は巫女の力を信ずる国だった。今もその意識があると聞く。
巫神図  ムシンド (⿓宮⼤神) 韓国 NME  こうした図もいい。

アジアの人々が共有する龍への畏怖の念と尊敬と愛情とは様々な形で表現される。
東アジアだけでなく東南アジアにも龍は飛ぶ。

マレーシアでは凧絵にだけではなく、⽊彫(碇の精霊)にも龍が姿を見せる。
龍の仲間としてか⽊彫(ニシキヘビの精霊)もある。

影絵芝居ワヤン・クリットの ⼈形(蛇または⿓) マレーシア NME  にょろにょろと長く。
人形劇にも龍は大きな存在として現れる。
ヨウテー・プェー劇の操り⼈形(⿓) ミャンマー NME
⽔上⼈形劇ムアゾイ・ヌオックの操り⼈形(⿓) ベトナム NME
ビルマのヨウテー・プェー劇を最初にみたのは一枚の小さな画像だったが、非常にときめくものだった。
いまもその小さな画像は大切にしている。
ベトナムの水上人形劇の素晴らしさも決して忘れない。なんであんなにも見事なのだろう。

装飾(⿓) ブータン(推定) NME
舞踏劇仮⾯(ドゥルック) ブータン NME
前述のとおり「龍の国」=ドゥルック・ユルであるブータン。
国旗にも龍が描かれている。この国にとって龍がいかなる存在なのかを知るには、こちらのご一読をお勧めする。

軍旗 ガーナ NME  左上にユニオンジャックのアップリケがあり、その下になかなか意味深な図像がある。左側にはカナてこにつながれたパンサー、中央にはそれを指さす人間、更にその人間は右側の羽根のあるドラゴンをも指す。人間の頭上には鳥もいる。羽根のあるドラゴンはパンサー同様人間にとって油断ならない存在というところだろうか。
ガーナのそうした意図はわたしにはわからない。 そしてこのドラゴン、諸星大二郎「マッドメン」のン・バギによく似ている。主人公コドワの守護霊獣。

東欧と南欧の龍退治。
ガラスイコン(聖ゲオルギウス) ルーマニア ブラショフ県 NME
陶板画(聖ゲオルギウス) スペイン カタルーニャ地⽅ NME
キリスト教圏では「悪龍毒蛇」として、忌避されるべき存在として、よくは描かれない。
ところでこの言葉は単にキリスト教において使われるわけではない。
歌舞伎「勧進帳」の弁慶のセリフにもある。
「世に害をなす悪獣毒蛇を退治して」と修験道の道を説くのだ。

悪魔踊りの仮⾯と⾐装 ボリビア NME  頭上に三匹の龍が載る・顔はあくまでも怖い。ビーズだらけの装束。南米のメンタリティをわかっていないので、正直驚いた…こわい。

・⽔怪
数多い文学者のうち、泉鏡花ほど水に親しむ作家は稀有だった。
1995年には神奈川近代文学館で「水の迷宮」展が開催されたが、そこで取り上げられた作品は水にまつわる幻想的な作品だった。それらとはまた別に鏡花の世界には水妖・水怪が多く登場する。鏡花は「オバケ好き」と自称し、随筆まで記した位である。
実際作品に登場するのは河童だけでなく、「海異記」のように正体不明な水怪もいる。
ここにいるのはそんな連中である。

影絵⼈形(怪形) 中国 NME  1981年  「白蛇伝」の海上・水中での戦いのシーンがカラフルに展開する。
白妹と和尚の迫力ある戦闘。白妹の正体は白蛇であり、侍女は魚妖。これは京劇の影絵ものだと思う。
わたしは東映動画の「白蛇伝」を偏愛している。その原典がこちらにあたる。

版画「蛸」 カナダ NME   タコと言うのも外見が案外怖いものらしい。日本では食用として愛されているが、タコを食べる民族は少ないらしい。「悪魔の生きもの」と呼ぶところもあるそうだ。日本でタコでオバケといえばタコ入道に北斎の春画の…

⽊彫(怪⿂にのまれる⽝) インド ラージャスターン州 NME  すごい迫力である。思えば怪魚といえば仏教に出てくる魚もなかなか…普通は犬が魚を食うことはあっても魚に、というのはないので、その逆転の発想が怪異なのだ。
そういえば北海道土産の木彫りの熊が鮭を咥えるあれも数年前、逆に熊が鮭に噛まれる像が作られるようになり、妙にヒットしたそうな。そういうことか、とも思う。

マレーシアは精霊が多い国だと思う。
仮⾯(ナマズの精霊) 、⽊彫(カブトガニの精霊) 、⽊彫(かまどの精霊) マレーシア  アジアには精霊がまだまだ生きているのだ。それにしてもナマズにカブトガニとはなあ。いや、日本でも確か能でナマズの化身が出てきたような…

能⾯(猩々) ⽇本 個⼈蔵  赤い顔の猩々はめでたい妖精だという。酒で赤くなっている。

『⼭海經』より、猩猩 愛知県 名古屋市 NME  これは立っている猿ではないか。

河童類が集まる。
護符(甲⾺紙 河伯⽔神) 中国 NME  これは水難防止なのか。

若松かっぱ凧 福岡県 北九州市 NME  この地でも河童を愛したという。

仮⾯(河童) 京都府 NME  なんと2008年制作の紙粘土のお面である。

他に日本国内の民芸玩具としての河童が集まっていた。
張⼦⾯(河童) ⼭形県 NME
絵⾺(駒ひき河童) ⼤分県 中津市 NME
河童姿の⽔⻁(スイコさま) ⻘森県 ⻄津軽郡 NME
⼟鈴(河童) 福岡市 NME
⼈形(河童) ⽇本 NME
⼟鈴(があたろう) ⻑崎県 佐世保市 NME
河童も地域によって「があたろう、かわたろう、がたろ」などと呼び方が変わる。

寺島良安『和漢三才図会』より、川太郎 ⽇本 NME  川太郎と水虎。
そういえば折口信夫の家には水虎(しっこ)が祀られていたそうだ。

つづく。

なおもう予定数終了だが11/23にはこんな催しがある。
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「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」をみる その3

「王朝の美」とタイトルにあるが、ここでは公家から権力が武家に移った時代に生まれた美術品をみる。

第5章 鎌倉時代の和歌と美術

公家列影図 一巻 鎌倉時代 十三世紀 京都国立博物館  右向き組と左向き組の並びが面白くて、初見の時数えたりしていた。これを見るとその時の気持ちが蘇る。

実際のところ、当時は「似せ絵」=肖像画しかなく写真はないのでリアルな風貌を知ることはなかった。
しかも百年以前の古人を描くわけだから、好き勝手に描いてもいいわけだが、何か規定となるものはあったのだろうか。
現在の日本では写真が残る古人であっても、キャラとして使われる時は似ても似つかぬ素敵なヴィジュアルにされる。
その発想と根源は同じなのだろうか。

熊野懐紙「山河水鳥、旅宿埋火」 後鳥羽上皇宸翰 一幅 鎌倉時代正治二年(一二〇〇) 京都国立博物館  二十歳の文字。
二十歳でも「上皇」。その2で挙げた三点の絵のときは「院」だった。ややこしい院政期の時代。

松浦宮物語 一帖 鎌倉時代十三~十四世紀 東京国立博物館  きらきらー金銀泥に浮かび上がる下絵の美。

西行物語絵巻 詞 伝藤原為家筆絵 伝土佐経隆筆 一巻 鎌倉時代 十三世紀 愛知 徳川美術館  井戸廻りにいる庶民の様子がいい。洗濯などの様子。
  
西行物語絵巻 一巻 鎌倉時代 十三世紀 文化庁  こちらはまた西行の隣家シリーズとでもいうか…いろんなシーンが展開する。常に西行は庵の中で一人何をすることもなく座るだけ。隣で家鴨を買っていたり、稚児と碁を打つ僧侶もいる。紅葉の時期もある。子供らが楽しそうに遊ぶ様子もある。
つねに『隣人」であり続ける西行。
吉野ツアーでは自然の中に埋もれる。三蔵絵巻のような山々の吉野。虎はいない。
熊野ツアーに出て、そこで初めて行動する。八上王子の瑞垣に何やら記している。

一品経和歌懐紙 西行筆 一幅 平安時代 十二世紀 京都国立博物館  薄れたり消えたり、この文字の様子自体が東博の等伯「松林図」に似ているように思えた。

隆房卿艶詞絵巻 一巻 鎌倉時代 十三世紀 千葉 国立歴史民俗博物館  二人で庭の桜を見る男女。室内にいる時は傍らに女房達がいる。中庭には枝垂桜。ある時は二人の男と共にいる女。

伊勢新名所絵歌合 一巻 鎌倉時代 永仁三年(一二九五)頃 三重 神宮徴古館農業館  これが意外と庶民的。秋の里の様子。砧打つ女達、火をたく女などなど。三津湊には水鳥がたくさんいて可愛らしい。

第6章 江戸時代の歌仙絵
まだまだ愛されています。

三十六歌仙図色紙貼交屛風 土佐光起筆 六曲一双 江戸時代 十七世紀 三重 斎宮歴史博物館  右は赤・白・ピンクの撫子の絵が、左は金の秋草など。配置の分け方が素敵な屏風

三十六歌仙歌意図屛風 狩野永岳筆 六曲一双 江戸時代 十九世紀 静岡県立美術館  いかにも狩野派な山や松と鶴などが展開する。和歌のみ色紙にある。

三十六歌仙図屛風 鈴木其一筆 八曲一隻 江戸時代 十九世紀  小屏風で金地。みんな大集合。

とても見ごたえのある展覧会だった。
11/24まで。みのがしてはならない。





「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」をみる その2

二階へ。
第3章 〝大歌仙〞 佐竹本三十六歌仙絵
その前に応挙館。
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1919年12月20日の古写真が大パネルで展示されている。
いい建物だ。
しかしここでやったのだなあ…

応挙館(旧明眼院)障壁画のうち 芦雁図襖 円山応挙筆 江戸時代天明四年(一七八四) 東京国立博物館  雁の絵。5羽ばかり。
関係ないが、どうしてもわたしは寺の襖絵で雁というと水上勉「雁の寺」を思い出すのだ。それも原作ではなく川島雄三監督の映画の方。二代目中村鴈治郎が絵師で三島雅夫が住職というあれ。

月丸扇紋蒔絵巻物箱 一合 江戸時代 十八~十九世紀  3扇が縦並び。



さていよいよ…
三十六歌仙分離引受申合 一通 大正八年(一九一九)  世話役の益田鈍翁、高橋箒庵、野崎幻庵の三名。
籤取花入 一口 大正時代 二十世紀 京都 土橋永昌堂  これは鷹が峰の青竹を使ったそう。
籤そのものは以前に逸翁美術館で見ている。

佐竹本三十六歌仙絵(模本) 田中親美作 二巻のうち 一巻 大正十一年(一九二二) 京都国立博物館  素晴らしい出来ですわなあ。これを以前にも見たように思う。「平家納経」もだが、田中のような素晴らしい職人はもう今の世にはいない、いや、いられないのだ。そのことをつくづく無念に思う。

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満を持して登場。
大方は重文なんだがあえて指定を受けなかったものもある。
佐竹本三十六歌仙絵 伝後京極良経筆 絵 伝藤原信実筆 一幅 鎌倉時代 十三世紀
作品一つ一つに何か細かいことを言うのをやめて、他のことを記す。
例によって脱線する可能性が高い。
なお、1919年当時の分断・籤引き直後の所有者の名についてはwikiに一覧表があるので、そちらを参照する。

柿本人麻呂  東京 出光美術館  昨年6月「人麿影供900年 歌仙と古筆」展に主賓として出席。
大伴家持  遠見する様子だが、家持の代ではもう武人の家であることを半ば諦めているので、これはやはり歌の心による仕草かと。
在原業平 大阪 湯木美術館  この絵が湯木美術館友の会案内のヴィジュアル。
素性法師  当初この絵が斎宮女御を狙っていた鈍翁に当たったと言われる。
藤原兼輔  「人の親の心は闇にあらねども」の和歌は今も腑に落ちる。曾孫・紫式部により「源氏」にしばしば引用もされた。
藤原敦忠  衣の線がくっきりしているので、裁断・裁縫のことが気にかかった。
源公忠 京都 相国寺  藤田から大原そして萬野に入り、萬野からここへ。中廻しの蝶々の刺繍が綺麗。
源宗于  展示替えで不在
藤原敏行  意外なくらい水色と朱のはっきりした絵である。
藤原興風  愛知 メナード美術館  すーっと長い裾の裏は何故か肌色である。
坂上是則  文化庁  この表層の素晴らしさ。チラシにもわざわざ挙げられている。とてもいい。
小大君 奈良 大和文華館  近年では「書の美術 ―経典・古筆切・手紙ー」展に出席
大中臣能宣 長野 サンリツ服部美術館  諏訪湖に行ったとき会えなかったが、絵ハガキを入手したように思う。
平兼盛 静岡 MOA美術館  実はこちらの表層も是則とお仲間。派手でいいな。
住吉大明神 東京国立博物館  人の姿を見せないのがこの和歌の神様である。縹渺という言葉がふさわしい。
紀貫之 広島 耕三寺博物館  上下に扇面の表装。
山辺赤人 思えばこのメンバーの中で特に古い時代の人ではないか。
僧正遍照 東京 出光美術館  こちらも可愛い表装。
紀友則 京都 野村美術館  千鳥に花に蝶の刺繍の中廻し。
小野小町  展示替えで不在
藤原朝忠  後ろ向き、背を見せている。
藤原高光 逸翁美術館  美術館の中の人が今回の展覧会でイチオシです、とおススメしていた。ご近所さんなので応援する。
壬生忠峯 東京国立博物館  東博に住吉と共に住まうが、こぢんまりしているところが妙に良い。 
大中臣頼基 埼玉 遠山記念館  絵と関係ないが、ここも耕三寺も母上の為に作られたというのを思い出した。
源重之  袴ばかりがくっきり。 
源信明  京都 泉屋博古館  俯きの人。この絵は百年住友のもとにある。流転はしていない。えらい。
源順 サントリー美術館  笏を立ててぼーっとしている。「もののあはれと日本の美」展に出ていたようだが、実はわたしが行った時には代わりに仲文がいた。
清原元輔 五島美術館  展示替えで不在。
藤原元真 文化庁  元は嘉納治兵衛が入手したので、そのままだったら白鶴美術館にいてくれたのに。
藤原仲文 北村美術館  裾のびろんびろんの影がいい。
壬生忠視  緌(おいかけ)のついた巻纓(ケンエイ)をかぶる。これは「日本服飾史」によると「平安中期五位の公家武官夏の束帯」のかぶりものらしい。正直な話この人と言えば岡野玲子「陰陽師」のエピソードが最初に思い浮かぶのだ。「恋すてふ」が負けて悶死する話。

佐竹本三十六歌仙絵(模本) 田中訥言筆 二巻 江戸時代 寛政六年(一七九四) これもまた良い出来の模本で、小大君と小町などが出ていたが、色指定の文字も残っている。

ところで佐竹本と呼んでいるが、これについて面白い資料が出ていた。
蒹葭堂雑録 暁鐘成編 五冊のうち 巻一 江戸時代 安政六年(一八五九)刊 京都国立博物館  天下の木村蒹葭堂が記しているのは、元々この絵巻は下鴨神社に伝来した、とのこと。
かれは下鴨で見たらしい。みたらしい…下鴨だけにみたらし。←みたらし団子は下鴨神社発祥だそうです。おいしい。
そしてこの絵巻をどうやら佐竹家では最初から、いやいや、万一の場合はて▲ば……いやいや、なんもない、なんもない。
結果だけが残るばかりさ。

佐竹本三十六歌仙絵を出品させてくれはった美術館のうちいくつかのところは、更にわがとこの名品をもつけなさった。
京博の企画の方も所蔵先も皆さん良い方々だ。ありがたいことです。

野村美術館から良いものが二つ。
紅葉呉器茶碗 一口 朝鮮半島・朝鮮時代 十六~十七世紀  ほんのり紅い。
竹茶杓 豊臣秀吉作 一本 桃山時代 十六世紀  こちらは更に赤い。同時代の東アジアの美意識。

泉屋博古館分館からも。
文琳茶入 銘 若草 仕覆(11/6─24)が付属 一口 中国・南宋~元時代 十三~十四世紀 東京 泉屋博古館分館  可愛いなあ。仕覆は四つも。わたし、仕覆大好きです。
小井戸茶碗 銘 筑波山 一口 朝鮮半島・朝鮮時代十六世紀 東京 泉屋博古館分館  朱ぽい。あっさりと。
分館は六本木だが、本館は鹿ケ谷。
鹿ケ谷の本館と野村美術館とは徒歩5分くらいの距離。
どちらかに行かれたら、どちらかにもぜひ。

第4章 さまざまな歌仙絵
何も佐竹本だけが宝というわけではなく、他にも素晴らしい歌仙絵がある。

二次創作の極みというか、ファンの望みを具現化した絵が登場する。
時代不同歌合絵である。和歌バトルのアベンジャーズというか、クロスオーバー作品である。
誰と誰とを戦わせるかどう決めたのだろう。絵師一人の考えか、ファン投票か。
鎌倉時代の楽しい創作である。

多くの絵師が自分らの生まれる以前に活躍した歌仙たちを描いた。
藤原為家の作品がかなり多いが、彼の代表作は「上畳本」と呼ばれる三十六歌仙絵。
繧繝べりの綺麗な畳の上に鎮座まします歌仙たち。
こちらも多くの所蔵家に分けられている。

後鳥羽院本三十六歌仙絵 小大君・伊勢・中務 詞・絵 伝後鳥羽院筆 三幅 鎌倉時代 十三世紀 三重 専修寺  牡丹の中廻しに蒲公英まで上下に。可愛らしい表装。
あの剛毅な後鳥羽院は絵も描いたのか。この人の大きな掌痕を四天王寺でみた。剛毅でありつつ歌心も深いひとだったが、絵も描いたとしたらやはり凄いものだ。三人美女、それぞれなかなかいろっぽい。とはいえ、描き分けられているのが面白い。

しかしながら歌仙絵がよいのはやはり鎌倉時代まで。今回前期に南北朝のが出たそうだが、そちらは未見なので何とも言えないが。

続く。





「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」をみる その1

京博でついに佐竹本三十六歌仙絵を中心とした展覧会が開かれた。
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31人もの出席。これはもう大事件である。全体をいれると37枚、欠席数が少ない。
これは凄いことだ。
あと80年ばかり21世紀はあるが、これだけのラインナップで展示が出来るかどうか。まあ無理な気がする。
わたしも1990年頃から見ているが、もしかするとこれでほぼ全員見たか見ていないかというところに来ている。
今回の欠席は斎宮女御など数人だが、その斎宮女御は1990年の京博「やまと絵の美」展でみているから、数に入れる。
それにしても随分と集まったものだ。こんなことがあるとはなあ。
絵巻切断事件から丁度百年。
佐竹家から売り立てられてあまりに高価だということで断簡にすることになったのだが、やっぱりそこにわたしのような庶民は怨みを懐く。
そのままでいられないということでの切断で、先に当代きっての名手・田中親美による精密な模本が作られる。
実は田中自身も本当はこの分割会に仲間入りさせてもらえるという話だったが、それは反故にされ、田中は晩年まで憤っていたそうだ。
この辺りの経緯をまとめた面白い読み物がある。
「絵巻切断―佐竹本三十六歌仙の流転」1984年刊行で、今では随分な高値がついている。

さて真打登場までに同時代の美を堪能しよう。

第1章 国宝《三十六人家集》と平安の名筆
奈良時代の漢字の美からかなの美へ移行した平安時代。
三筆、三蹟などと能書が多く、流派も立ったのがこの時代。
字そのものもよいが、それを書く紙に工夫が凝らされ、贅の極みを見せもした。

国宝 手鑑「藻塩草」 一帖 奈良~室町時代 八~十六世紀 京都国立博物館  やはり良いものばかり集めた帖は見ごたえがある。

綺麗な色紙が集まる。
継色紙「いそのかみ」 伝小野道風筆 一幅 平安時代 十一世紀
升色紙「かみなゐの」 伝藤原行成筆 一幅 平安時代 十一世紀 東京 三井記念美術館
寸松庵色紙「ちはやふる」 伝紀貫之筆 一幅 平安時代 十一世紀 京都国立博物館
高野切(第三種)「貞観御時に」 一幅 平安時代 十一世紀
堺色紙「わたつみの」 伝藤原公任筆 一幅 平安時代 十二世紀 大阪 逸翁美術館
これらにはそれぞれ逸話があり、それに因んだ呼び名が与えられている。
字だけでなくそうしたところを踏まえて鑑賞するとなお面白い。

『和漢朗詠集』巻下断簡「帝王」 藤原定信筆 一幅 平安時代 十二世紀 京都国立博物館  これなどは表具がとてもいい。獅子がいて可愛い。更紗が使われているのもいい。
定家の字はアクが強くて読みにくすぎてはっきり言ってすごくニガテだ。
学生の時に彼が筆写した「更級日記」には非常にてこずった。あの怨みが今もある。
(同じように個性の強い蕪村の字は「いいよねー」と思うので、これはもう完全に授業が悪いのかもしれない)

やはり特別奇麗なのがこちら。
本願寺の三十六人家集 素性集 一帖 平安時代 十二世紀 京都 本願寺  わたしがみたのはこの分で、継紙がまことに優美。
他の歌人の分も素晴らしい。
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第2章 〝歌聖〞 柿本人麻呂
人麻呂尽くし。いろんな絵師による人麻呂絵。

漆器のいいのが集まる。
州浜鵜螺鈿硯箱 一合 平安時代 十二世紀  州浜の上に鵜。周囲に千鳥の群れを配す。手の込んだ構成。

菊慈童蒔絵硯箱 一合 室町時代 十五世紀  留守文様。菊と柄杓と観世水。

住吉蒔絵硯箱 一合 室町時代 十五~十六世紀 京都国立博物館  蓋の裏に太鼓橋があるそうな。だが横げたがなく橋げたのみ。珍しい。

つづく。

聖域の美 中世社寺境内の風景

大和文華館の秋の特別展は中世の信仰の場を描いた絵図を集めていた。
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わたしは地図を見たり観光マップを見たり、鳥瞰図や参詣曼荼羅を見るのが好きだ。
社寺境内図も好きだが、寺院の場合これはきちんと配置に形式があるそうで、どこに何があるか謎ということはあり得ない。
四天王寺様式、法隆寺様式などがそれだ。どちらも聖徳太子建立の寺院。
だからか、四天王寺へ行くと大工の始祖として聖徳太子は崇められている。
金剛組という世界最古の会社も四天王寺建立のために組織された集団だった。
とはいえ、今回はそれは措いておく。

1. 聖域の静謐と荘厳

女神像 平安時代  檜材の一木造り。平安初期の信仰の形がここにある。女神像はもう木肌が露になり色はとどめていないが、まだ形は活きている。
片膝を立て、その左手には持仏を支えるのだが、その持仏の首も女神の手首から先も失われている。右手もない。
しかしそれで荘厳さが失われたわけではない。欠落は信仰心・畏怖心を失わせない。形が変わろうとも。
この像はどうやら宇佐神宮から流出したものらしい。全ての八幡神の始まりの社。
それにしてもこの像をここで見るのは初めて。

一字蓮台法華経 平安末期  この時代の法華経への熱く・篤い信仰心は殆ど熱狂的な潮流だと思う。だが、見返しの絵がなかなか笑える。
一室で法会の最中、数人の法師がいるが、みんなええ加減である。貴族の男は居眠りしているようで、傍らの女がそれを見ている。
「扇面法華経冊子」の下絵でもそうだが、みんなイキイキ好きなことをする。

笠置曼荼羅 鎌倉時代  この絵を見ると、かつての笠置の繁栄を思うのだ。わたしなどは今の笠置を見知っているから、それが笠置の摩崖仏であり、こんなにはっきりした絵があったというのがうそのようだ。南北朝のあの戦いで失われてしまったものは大きい。
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ここでは回廊などもあり、花壇もある。遠くから来たらしい女人もいる。
現代ではお寺はあるが、信仰の場所というより楽しいハイキングにちょうどいい所となっている。なお、後醍醐天皇行在所の碑がある。詳しくはこちら

柿本宮曼荼羅 鎌倉時代  檪本の和爾下神社(治道社)がそのあたりだという話。
早くに荒廃していたらしい。本地仏が浮かぶ。

日吉曼荼羅 鎌倉末期  十社殿ごとに金色の円相。神仏の影。
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春日曼陀羅 南北朝  上空に浮かぶ本地仏たち。月が丸い。

ここまではしばしば展示される大和文華館の仏画。
2014年の「社寺の風景 宮曼荼羅から祭礼図へ 」展にも出ていた。
当時の感想はこちら

比叡山東塔図 鎌倉時代 京博  剥落と劣化が著しいが、一方で小さく描かれた社殿それぞれには朱が鮮やかに残る。

高野山水屏風 鎌倉から南北朝 京博  これがとてもよかった。
チラシはその一部。
右隻 雪の残る奥の院から始まる。3扇までは緑、4扇には紅葉となり、鹿もいる。鹿、鹿、鹿。5扇にはかなりたくさんの鹿。くつろぐ鹿たち。途中の寺院の中庭には見返りの犬もいる。そして下部には半身だけのぞく猪が登場。6扇にはとにかくやたらと鹿が多い。高野山、鹿が多かったのだなあ。
左隻 白い狛犬が見える。稚児を連れた僧侶も歩く。春の花が咲く。牡丹など。旅人もいる。3扇には猟師二人も。柳の下には鹿。4扇は桜、桜、桜。5扇は池。カモやオシドリがいるから時間が進んだのか。そして6扇には嫌がる馬を引っ張って門内に入ろうとする武者。これが実は13世紀の事件をモチーフにした絵らしい。
何やら不穏だが、何があったのかわたしにはわからない。

園城寺境内古図 狩野派 桃山時代 京博  元は前期に出た鎌倉から南北朝の図。これ。
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それを数百年後に狩野派がカバー+いろいろ。
惣門、浴堂など。桜咲く境内。五大堂、勧学院、稲荷社、月輪門など。大寺院の様子。

出雲神社絵図 鎌倉時代 京都・出雲大神宮  亀岡の丹波一之宮の社。
そういえば現代の日本画家で諸国の一宮ばかりを描く作家がいる。西田眞人という人で、去年神戸ゆかりの美術館で展覧会があった。

2. 物語をはぐくむ場所―縁起と境内

伊勢曼荼羅 南北朝 正暦寺 内宮・外宮それぞれを描く。共通するのが四天王が四方の隅にいる表現。この状況を見ると山下和美「ランド」を思い出す。四神が住民を見張る。こちらは四天王が内宮・外宮を守護する。中には赤い色の顔があり、緑の顔はない。
大和姫(皇女)と出会う山神(猟師の姿)。なお倭姫ではない表記。
外宮にはぐるぐる道がある。

高野山曼荼羅 室町時代 東京藝大  目立つのは白い石塔、五輪塔と卒塔婆。それがぐるぐると続き、気づけば奥の院へという道のりなのである。ところどころに鹿がいたり、僧侶と参詣人などなど。高野聖もいるだろう。ずーっと続く道、生者より死者の方がずっと数が多いのだ。

東大寺縁起 室町時代 奈良博  色がいい。金ぴか―っ参詣人がたくさんいて賑やか。大仏殿どーん。たなびく雲には鋳物師と牛飼い少年とが仏になって乗っている。二月堂の前には良弁杉があるが、そこに金色の鷲がとまり、成人した良弁もいる。
聖人伝説としての鷲による人さらいなのだ。だから金色の鷲。

東大寺曼荼羅 室町時代 奈良博  こちらはこれまた色のはっきりした上に形もきちんとしていて、まるで山口晃画伯描く都市風景図のようだった。←修復済み。
手向山、三月堂、大仏殿、その大仏殿の配置がまたトリッキーで面白い。良弁杉にはやっぱり金鷲と幼子と。参詣人はあっちこっちに…
なお、奈良博は収蔵品データベースを公開しているので、そちらで画像を見ることが可能。

かるかや 室町時代 サントリー美術館  素朴絵。荒々しい筆致の背景と素朴なキャラとの対比。
自然風景、定規で描いたような建物、キャラ…みんな違う。
場面は石童丸が高野山に入り、父と知らず道心と出会うところ。納骨と卒塔婆とで荒涼としている。
わたしは善光寺手前の西光寺でだいこくさんの語られる絵解きを二度ばかり見たが、わかっているのにやはり泣いてしまった。

3.境内の記憶と再興

東山泉涌律寺図 室町前期 泉涌寺  応仁の乱以前の寺院のありようを描く。素朴な絵柄ながら唐風と和風の建物の混在を描く。

慧日寺絵図 室町時代  福島・恵日寺  9世紀初頭、興福寺の徳一の創建で明治初頭に廃寺。会津磐梯山のふもとにあるそう。今のお寺は明治37年に復興され、その時に今の名に変わる。30年後の復興が早いのかどうかはわからないが、そんな由緒のある寺も飛んだ災難を受けたのだ。 
絵では右上に会津磐梯山が見える。桜や柳が描かれている。
どうでもいいが、ツイッターで「会津磐梯山」ならぬ「会津パンダ遺産」と言うのを見て笑ったなあ。

松尾神社絵図 室町時代 松尾大社  稚拙な絵柄ながらリアルらしい。室町時代の境内。
わたしは平成時代の松尾大社しか知らない。

雪舟細川荘絵図 室町時代 16世紀半ば 池田氏歴民  おお、久安寺。多田荘平野湯…ここがあれよ、三矢サイダーの発祥の。もともとこの辺りから宝塚、有馬には鉱泉があるから炭酸せんべいもサイダーもあるのよ。
大道法師足跡というのもあり、なんやと思ったらダイダラボッチでした。この辺りにもそんな巨人伝説があったのだね。
今の高槻市藤の里というところに碑が立っているそうな。
絵の下方に猪名川が長く流れる。

三上古跡図 室町時代 滋賀・御上神社  いわゆる近江富士の三上山、俵の藤太のムカデ退治の話がある。
草深い中に家々がある。薄水色の山々。意外なほど多くの寺社があった。

報恩律寺七堂図 1568 兵庫・報恩寺  1505年に焼失したのでこの境内図を拵えて勧進して回った。

4.にぎわう境内

釈迦堂春景図屏風 狩野松栄 室町 京博  実に楽しそうな人々が行き来する。お店も長屋の井戸も活気がある。
洗濯する人々、舞う少年、鷹狩、猿回し、みんな楽しそう。

洛中洛外図帖 狩野派 室町 奈良県立美術館  宇治、金閣、大徳寺、北野、相国寺、この辺りが出ている。
金雲。賑わう宇治、石の舞台に松が集まる相国寺など、どこもかしこもいかにも。

吉野花見図 狩野派 桃山 細見美術館  太閤の花見だけでなく庶民の愉しむ様子も活写。説経語りもいれば物売りも色々。左へ向かうほどに桜も増す。太閤は唐風な輿に乗って鳥居をくぐる。

京奈名所図扇面冊子 江戸 60冊のうちから12点。前掲の展覧会の時にもたくさん出ていた。久しぶりの再会。
今回は日吉山王、石山、竹生島、白髯神社といった滋賀の名所も。離宮八幡、石清水八幡、宇治、奈良は東大寺、春日大社、三輪大社、龍田川…細密描写なのでとても緻密でいい。

竹生島祭礼図 江戸  たくさんの船が島の廻りに。

高野山図屏風 江戸 堺市博物館  町石道と不動坂の道、たくさんの寺院が見える。白い五輪塔や墓が並び、ところどころに石仏も。

浅草寺境内図屏風 蹄斎北馬 江戸 福井市立郷土歴史博物館  12/17,18の年の市の様子。とにかく賑やか。それも小さく描かれた人々がひしめきあうのなんの。冬で寒いからかほっかむりが多い多い。

野々宮図 富田渓仙 昭和  これは初見。渓仙はこの界隈に住まったのでお散歩コース。小さいお社が3つ並ぶ様子を小ぢんまりと描く。和やか。キャプション曰く「和菓子のように甘く落ち着いた色調」…小豆色や薄い抹茶色が載るね。
ほのぼのとよい絵。

出かけたくなるところが多かった。
11/17まで。


文字を語る 白鶴コレクションにみる漢字造形の変遷

東灘アートマンスの始まっている最中、白鶴美術館へ登った。
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古代の文物に刻まれた文字から、日本の中世までに描かれた仏画や絵巻の文字をピックアップした展覧会だった。

青銅器に刻まれた文字をみる。
とはいえこちらはその古代の亀甲文字も中国語も読めないので、研究・解読された言葉を見るばかりだ。
今回は殷のは一つだけであとは西周のばかり。奉納ものが多く、そうした需要での制作ということを知る。
他にもこれを所蔵する理由と言うのも知る。

象文卣(ぞうもんゆう)案外ゾウさんがどこにいるかかわかりにくくもある。
この当時既にゾウさんは中国大陸にも来ていたようで、出光美術館の青銅器にもゾウさんがのしのし。
ゾウ使いも一緒というのがある。

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賢愚経甲巻 本当なのかと思うほどに白く綺麗な紙にいい字が載る。これはマユミの和紙。
和紙はやはりつよい。保たせ方にもよるだろうが、今の紙ではこんなに長くは保たないそうだ。

わたしの大好きな白石蓮台も出ていた。以前のツイートから。

ところでこの白石蓮台、ここにも文字があり、呂景により「国の繁栄と儲宮(皇太子)の幸を祈る」という意味のことが書かれているのだった。
セルロイドのフィギュアぽいのが可愛いが、これもまたこうした意図を込めて作られたものだった。

高野大師行状記 四巻分が出ていた。全面ではないが、なかなか見れないので嬉しい。
巻数ごとに執筆陣が違うことが記されている。仁和寺関連の人々。絵は金岡有康。
・波間に龍が出現 ・恵果和尚 ・虚空に文字を書く大師 ・川越しに書いた字が寺の扁額になる

敦煌の莫高窟から出たものがあった。
映画「敦煌」で莫高窟の仏画を描き続ける柄本明の演技が怖すぎて、いまだに莫高窟の仏画を見ると「こわ…」となる。
薬師如来画像 929  昔は本当に痛切にすがっていたから信仰が広かったと思う。  
千手千眼観音菩薩図  やたらカラフルだが、やはり怖いのだった。

文殊菩薩図 伝・珍海 鎌倉時代  これは文殊少年で五髷。髪をかなり引っ張っているのがよくわかる図。

お経色々。
・法華経 巻第八(色紙経) 平安時代 金峯山伝来  明治に流出だろうな。色々と素晴らしいお経で、やはり平安時代のは派手で華やか。
・中尊寺経 平安時代 中尊寺伝来  銀文字。とても綺麗。
・二月堂焼経 奈良時代 東大寺伝来  入法界本である。善財童子の旅。銀文字の美。焼けたことで色が留められた。
素晴らしい美。
「法身遊行 十方見諸 如来菩薩」という文言が目に残る。

青磁日月花生 元から明代  さすが濃い色。胴に八卦が。中国のこの時代の青磁の濃さ、好きだ。

三彩詩文枕 金代  これも以前から何度も見ていて詩文を写していたと思ったが、見当たらなかった。
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月明
池四面垂楊柳涙
濕衣襟離情感𦾔人
人記得同携手口
従来早是不廊溜悶
酒児渲得人来痩睡
裏相逢連忙先走只
和夢裏厮馳逗

常記共伊初相見対
枕前説了深又願到得
而今煩悩無限情人
観着如天遠■
好事間祖離愁怨似
梢得一口珠珎米飯嚼
却交別人嚥

中呂宮 七娘子


文字入りのやきものは他にも。
文字天目茶碗 南宋  「福寿」などと字が入る。

文字への深い執着があった。

続いて新館の絨毯。
こちらはイスラーム世界のものを主に集めていた。
様々な意味などがあるのだろうがやはりよくわからない。

チューリップだけでなく他の花も文様化されている。
わたしの好きな故事を描いた絨毯も出ていた。
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下から上へ物語は推移する。

12/8まで。
絵などは展示替えがある。

「西洋近代美術に見る神話の世界」をみる その2

続き。

マックス・クリンガー 『オヴィディウスの「変身譚」の犠牲者の 救済』 1879年 高知県立美術館 エッチング、アクアチント
シリアスな絵柄で壮大なパロディ。ギャグになってしまったのがこちら。
・ピュラモスとティスベ  起承転結になっているのかいないのか、アララな展開に。
鼠柄の柱、リュカオンの来訪、けがで寝込んだり…なんやかんやとシリアスな絵で「犠牲者の救済」を謳いながらも全然そうなってないところがミソ。
・アポロンとダフネ  こちらもそう。出会いの後、逃げて月桂樹になるはずの女が、案外乗り気になったところへ牛登場。そのままアポロンは牛に連れていかれてしまう。
まあいろいろあるわね。

フランツ・フォン・シュトゥック 《ミュンヘン造形美術家協会(分離派) 国際美術展》 1898-1900年頃 リトグラフ・紙 77.7 × 37.3 cm サントリーポスターコレクション (大阪中之島美術館寄託)
ミュンヘンのゼセッシォン。宛名の横顔を描く。シュトゥックは妖艶なサロメも描いているが、これはシンプルな横顔。
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サントリーポスターコレクションといえば1990年にグランヴィレ・コレクションを入手したサントリーが当時存在していた大阪府立文化情報センターで展覧会をしたのが最初だった。
その後に天保山のサントリーミュージアムで所蔵保管していたが、閉館後は大阪府が寄託されていた。


第Ⅱ章 伝統から幻想へ

ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 《ユピテルとテティス》 1807-25年頃 油彩・カンヴァス 82.0 × 65.0 cm 東京富士美術館
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色のはっきりくっきりした作品。巨大なユピテルと細いテティス。ほぼ同じような構図の作品がモローにもあるが、あちらは「ユピテルとセメレー」。
ただしこのテティスはユピテルに誘惑されたのではなく、逆に自分の息子アキレウスの為にユピテルを懐柔しようとする様子。

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 《愛の秘密》 1855-56年 油彩・カンヴァス 33.0 × 61.0 cm ユニマットグループ
寝そべる裸婦の傍らのキューピッドが何かをささやく。女の手は川に少しばかり浸かっている。
コローの数年前「美人画」ばかり集めた展覧会が西洋美術館と神戸市博物館で開催され、多くのお客さんを集めたが、わたしもコローは森林の風景描写より美人画の方が好きだ。
風景画をメインにした人の人物画というのはとても魅力的なことが多い。コローの美人画も英国のターナーの春画もよかったことを忘れない。

ナルシス=ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ペーニャ 《クピドから矢をとりあげるヴィーナス》1855年 油彩・カンヴァス 67.5 × 39.0 cm ユニマットグループ
この人の絵にも会えるのは嬉しい。アルマ・タデマ同様、いつかまとめてじっくりと見たい画家のひとり。
ちびこから「こらっ」。でもすぐに元の木阿弥。

オノレ・ドーミエ 『古代史』 1841-43年 リトグラフ・紙 伊丹市立美術館
例によっていかにもな展開の絵。
・アリアドネの糸  その糸を巻いてゆく男
・美しきナルシス  どう見てもおっさん。
・ピュグマリオン  「割れ鍋に綴じ蓋」というのが西洋にもあると思う。

ジャン=フランソワ・ミレー《眠れるニンフとサテュロス》1846-47年 油彩・カンヴァス 38.1 × 30.3 cm ユニマットグループ
背を向けて眠る女。闇に紛れて入り込もうとするサテュロス。
ユニマット美術館があった頃にもっと見に行けばよかったなあ。

テオドール・シャセリオー 《アポロンとダフネ(『アルティスト』誌より)》 1844年 リトグラフ・紙 22.7 × 15.9 cm 町田市立国際版画美術館
男の目がじっ とみてくる。

アレクサンドル・カバネル 《狩の女神ディアナ》 1882年 油彩・カンヴァス 106.5 × 75.5 cm 栃木県立美術館
今回のチラシ。頭上に下弦の月の飾りをつける。(黒目に「上弦」とか「下弦」とか入るわけではない)
手に弓矢を持ちつつ休息中の様子。何か物思いにふけっているらしい。
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ジャン=ジャック・エンネル 《横たわる裸婦》 1861年 油彩・カンヴァス 69.5 × 93.5 cm ユニマットグループ
こちらを見ている。青い布が少しばかり身を隠す。池のほとりでこんな女がいるだけでも古代的なのかもしれない。

ジャン=ジャック・エンネル 《アンドロメダ》 1880年頃 油彩・カンヴァス 182.0 × 108.0 cm 株式会社フジ・メディア・ホールディングス
ほぼ実物大椎図のアンドロメダ。縛られた両の手首には血がにじむ。白い肌に美しい髪。

エマニュエル・ベンネル 《森の中の裸婦》 1880年 油彩・カンヴァス 182.0 × 91.0 cm ユニマットグループ
二人の少女。立つ少女は髪をまとめようとし、座る少女はその腿をみる。
つくづくユニマットのコレクションはロマンティックなものが多くて素敵だ。

アンリ・ファンタン=ラトゥール 《オンディーヌ》 1880年頃 油彩・カンヴァス 37.0 × 45.0 cm ユニマットグループ
岩の上でちょっとばかり艶めかしい姿態を見せる水の精。顔まではわからない。

オディロン・ルドン 《アポロンの二輪馬車》1907年 油彩・カンヴァス 65.3 × 81.1 cm ポーラ美術館
ロングで捉える。ひっくり返りそうな勢いで駆ける馬車、これを見るとそりゃプロでもこれだから素人の息子が御せるはずもなく、パエトーンは死ぬわなと納得。
ルドンのフルカラーは好きだ。黒のルドンより。

オディロン・ルドン 《ペガサスにのるミューズ》 1907-10年 油彩・カンヴァス 73.5 × 54.4 cm 群馬県立近代美術館
こちらは一人乗り。決して困らない速度。

ラファエル・コラン 《田園恋愛詩》 1910年頃 油彩・カンヴァス 65.3 × 46.3 cm 府中市美術館
ダフニスとクロエの純朴さ。 ほのぼのとした幸せ、牧歌的な喜び。
わたしには全く無縁なものだけに何も思わずただただ楽しむ。

エミール=アントワーヌ・ブールデル 《横たわるセレーネ》 1917年 ブロンズ 84.0 × 74.2 × 26.4 cm 姫路市立美術館
腕の線がとても綺麗。ブールデルはいつも腕の構造の良さを感じる。
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第Ⅲ章 楽園の記憶

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《泉(横たわる裸婦)》1905年 油彩・カンヴァス 50.2 × 117.6 cm ユニマットグループ
ふっくらゆったり。もう晩年の作とはいえ、この優しさがいい。

こちらはバリバリ描いていた頃
《水のなかの裸婦》 1888年 油彩・カンヴァス 81.3 × 65.4 cm ポーラ美術館
肌が真珠母貝のようなきらめきを見せる。水面の青のグラデーションに暖色がまじることで水の奥行きがみえてくる。
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コンスタンティン・ブランクーシ 《ミューズ》 1917年 ブロンズ 43.5 × 24.0 × 20.0 cm 姫路市立美術館
かっこいいなあ。姫路で見たときより、こうしたコンセプトの展示で見る方が興味を惹かれる。

ラウル・デュフィ  アポリネール『動物詩集あるいは オルフェウスのお供たち』 Guillaume Apollinaire, Bestiary or the Parade of Orpheus 1911年刊行 木版・紙 群馬県立館林美術館
ひれは五年ぶりの再会。「デュフィ展をみる」のブログで感想を挙げている
・オルフェウス・亀・アイビス
三点出ていたが、これは楽しくて好きだ。線が多く、可愛くはないのだが、楽しい。
そういえば今汐留でデュフィ展が開催していたが、これも出ているかな。

ラウル・デュフィ 《アンフィトリテ(海の女神)》1936年 油彩・カンヴァス 188.0 × 160.0 cm 伊丹市立美術館
手に貝を持つ。1936年当時の最新のかっこよさ、そんなのを感じる。

ラウル・デュフィ  《ヴィーナスの誕生》 1937年 油彩・板 16.0 × 41.0 cm 宇都宮美術館
こちらもそう。その時代の最先端なヴィーナス。別にモードがそうだというのではないが、 なにかカッコいいのだよな。

ラウル・デュフィ 《オルフェウスの行進》 1939年 油彩・カンヴァス 61.0 × 176.0 cm 宇都宮美術館
こちらは28年後。ゾウも虎も飛ぶトラ猫も…

ラウル・デュフィ 《アンピトリテ》 1945年 油彩・板 16.8 × 50.3 cm 宇都宮美術館  先のと同じAmphitriteなのにこちらはピ表記。
嵐の中の美誕。そしてやはり1945年風なムードがある。海岸がそうなのか、なんなのか。いつもその時代の最先端にいる。そしていつも古びない。

マリー・ローランサン 《三美神》 1921年 油彩・カンヴァス 81.0 × 65.0 cm マリー・ローランサン美術館
トリコロール美人。青・白・ピンク。 仲が悪いわけでも張り合ってるわけでもなさそうなところがローランサン。

マリー・ローランサン 《レダと白鳥(Ⅰ)》 1925年頃 油彩・カンヴァス 54.0 × 44.0 cm マリー・ローランサン美術館
白鳥の下心がな…

マリー・ローランサン 『サッフォー詩集』 1950年刊行 エッチング・紙 21.5 × 13.5 cm マリー・ローランサン美術館
作品から三点さし絵がでている。
ギターを持つ女、スワンと。妖女。いずれも深いところまではわからぬながらも惹かれる。

第Ⅳ章 象徴と精神世界

パブロ・ピカソ  『ヴォラールのための連作集』 1930-37年(1950年刊行) エッチング・紙 北九州市立美術館
このミノタウロスのシリーズは好きだ。
・剣でさされたミノタウロス  相手はなかなかの美男。
・カーテンの後ろのミノタウロスと女  こちらの女も綺麗で肉感的。
とはいうものの、醜いはずのミノタウロスだが、わたしはどうしてか彼を焼いて食ってしまいたくなる。

ポール・デルヴォー 《水のニンフ(セイレン)》 1937年 油彩・カンヴァス 103.0 × 120.0 cm 姫路市立美術館
夜、神殿のようなどこかのステーションの中のような、プールのようなところで女達。
いつも、不思議。

ほかにも神話的な風貌を見せる作品、わたしでは理解できない作品がある。
とても面白い内容だった。
11/17まで。

「西洋近代美術に見る神話の世界」をみる その1

美術館「えき」で「西洋近代美術にみる 神話の世界」展が開催中。
こうしたコンセプトの展覧会は大好きで、これまでにもいくつか見ている。
今回の展示もとても良かった。
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序章
古 いにしえ なるものへの憧れ Longing for Ancient Times
いい英訳だな…

ジョヴァンニ=バッティスタ・ピラネージ 『ローマの古代遺跡』1756年刊行 エッチング・紙 町田市立国際版画美術館
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・アントニヌス記念柱 ・アントニヌス神殿の遺構 ・パンテオンの入り口の景観・パンテオン内部の景観・大きな大理石棺  
いずれもピラネージの妄想炸裂でとても魅力的。建築物の確かさはさすがだし、そこに生きた人を配置してもどこかうそ寒く、廃墟感があり、不思議な空虚さが満ちている。
大きな大理石棺 これはローマの夫婦のためのらしく、蓋の上に生前の夫婦の像があり、棺の彫刻も手が込んでいる。蓋には狩猟文の連続、本体にはローマ神話の英雄や神々が刻まれている。
 
『古代の壺、燭台、石碑、石棺、三脚台、 ランプそして古代の装飾』1778年刊行 エッチング・紙 町田市立国際版画美術館
・古代の骨壺・古代の大理石骨壺  きわめて抑制的に描かれているが、それがまたこちらを煽る煽る。
スフィンクスの像がついているのにときめくわけですよ。

さてこちらは本物の古代の遺物。
《赤絵手人物文ピュクシス》 前5-前4世紀(ギリシャ、アッティカ地方) 陶器 高さ14.5 × 胴径31.5 cm 東京富士美術館
舞楽の胡蝶そっくりな羽の生えた人がいるが、胸のふくらみはあっても下半身には別な性が生きている。両性具有の美。

《奉納物を持つ女性像》前20-20年頃(ポンペイ) フレスコ、テンペラ 26.2 × 65.8 cm 岡崎市美術博物館
Woman with an Offering と訳すのか。こうして一つ覚える。
左側に女性が立っていて、手に角盆を持つ。その上には果物らしきものがある。右側へ進もうとしているよう。しかしその右は今のところ虚無で、端にだけ白でレースを思わせるような文様が描かれている。

リュシッポスの作品による 《ヘラクレス・エピトラペジオス(卓上の ヘラクレス)》 1-2世紀(ローマ時代) 大理石 53.0 × 21.3 × 26.8 cm 東京富士美術館
後世の模造品。既にこの時代にこうした模造品が作られ、人気があったのだ。力強い造形。膝のところでパーツが分かれている。


第Ⅰ章 甘美なる夢の古代
ここでも近世の作品が現れる。

ジョン・フラクスマンの端正な線描による版画。
全てローマ神話の図像学に基づくと思われる。

『ホメロスの「イリアス」』1793年(1795年刊行) ラインエングレーヴィング・紙 郡山市立美術館
・パリスをたしなめるヘクトル  末弟が災いの女を連れてきたことについて長子は色々というが、女の色香に溺れるパリスは聞こうとさえしない。その傍らの災いをもたらす女は手にあの林檎をもって素知らぬ顔で座るだけ。
・不和の飛来  「不和」という概念も擬人化される。この場合は神格化されるというべきか。数多くのガレー船がゆく海上のその中空に、松明を手にした「不和」の女神が飛んで来る。

『ホメロスの「オデュッセイア」』 1793年(1805年刊行) ラインエングレーヴィング・紙 郡山市立美術館
・オデュッセウスを救うレウコテア  へたってる彼を救うのは大抵女なので、ここでも船乗りを海難事故から救う救い手としてのレウコテアが来た。
・弓矢を放つアポロンとアルテミス  中空からきょうだい並んでシャッと勢いよく射る。

『神統紀、仕事と日々とヘシオドスの 生きた時代』 1817年刊行 スティップル・ラインエングレーヴィング・紙 郡山市立美術館
・服を着せられるパンドラ  足元にあるのは既に開かれてしまった箱。そこにはネックレスがある。何人もの手で検分されるように衣服を。
・ヘシオドスとムーサたち  和やかな雰囲気。月桂樹の枝を渡される。

フラクスマンは18世紀末に活躍したが、この線描は色彩を載せると1920年代の作品にも見える。
そんなシャープな良さがあった。

フレデリック・レイトン 《月桂冠を編む》1872年 油彩・カンヴァス リヴァプール国立美術館 ウォーカー・アート・ ギャラリー
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正面顔の綺麗な女。レイトンは1989年の「ヴィクトリア朝の絵画」展で知ったが、あの時もこの端正で美麗な絵に強く惹かれた。
かれはラファエル前派とは違いアカデミックの長なのだが、神話をモチーフにする辺りは彼らと近いように思われる。
英国絵画の最も耀いていた時代の画家。

エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ  『フラワー・ブック』 1882-98年(1905年刊行) リトグラフ(一部手彩色)群馬県立館林美術館/郡山市立美術館
丸い画面に描かれた連作もの。タッシェンから美本も出ている。
・ヴィーナスの鏡
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月がヴィーナスの鏡。とても綺麗。足元の鳥達はヴィーナスだから鳩。鳩の群れが水にすれすれのところで飛ぶ。
・天国の薔薇 こちらのヴィーナスは中空の道を鳩の群れと共に行く。
・ヘレンの涙 炎上する城外、トロイのヘレネーなのだ。何を泣くことがあるのだ、彼女が。
どうしても山岸凉子「黒のヘレネー」のイメージが常にあるのでわたしも彼女にあたりが強い。
そしてこのヘレネーの衣裳は裾が青く光るけれど、全体が黒なのだ。

ローレンス・アルマ=タデマ   《お気に入りの詩人》 1888年 油彩・パネル 38.6 × 51.5 cm リヴァプール国立美術館 レディ・リーヴァー・アート・ ギャラリー
この人の絵を見ると嬉しくなる。いつか展覧会があればと常々思っている。
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大理石の床のリアルな触感が絵から浮かぶ。絹の柔らかさもまた。
詩人の言葉をよむ。とても長い長い巻物。甘美なる無為を味わう背後の女と壁画とがまたとてもいい。

エドワード・ジョン・ポインター 《世界の若かりし頃》 1891年 油彩・カンヴァス 76.2 × 120.6 cm 愛知県美術館
額縁もとてもいい。イオニア柱がついたもので、その中の絵はまるで宮殿の奥の様子に見える。
花の彫刻をまといつかせた柱。タイルも素敵。プールには花弁が散る。蛇の噴水から水が。
窓の向こうには夕暮れつつある山が見える。窓にもたれて眠る女。
その手前では二人の女が動物の骨を使ったサイコロ占いをしている。一人がサイコロを持ち、一人が何か笑いながら指差す。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 《フローラ》 1914年頃 油彩・カンヴァス 102.5 × 69.4 cm 郡山市立美術館
久しぶりの再会。花を摘む美しい女。その首筋がとてもいい。

チャールズ・リケッツ   オスカー・ワイルド『スフィンクス』 1894年刊行 木口木版・紙(本)町田市立国際版画美術館
セピア色の装幀。惹かれる。


続く。

コートールド美術館展をみた その2

続き。

セザンヌは同一モチーフで何点か別バージョンを描いた。
カード遊びをする人々 1892-96  メトロポリタン、オルセー、個人蔵のは1x1、バーンズは3人と見る2人などと少しずつ違っている。ところでこれはどっちが勝ってるのかな。
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モディリアーニ 裸婦 1916  胸も腿もいい感じだな。目を閉じてるのでどんな眼なのかがわからない。黒塗りなのか黒めありなのか。

ロートレック ジャヌ・アヴリル、ムーランルージュの入り口にて 1892  えらく老けて見えるが実はまだまだ若い頃らしい。
人気の人なのにこういう顔つきで描かれると本人としてはどうだったのだろう。

シスレー セーヌ川の船 1877  ポンポン船、洗濯船、昔からこれがフランスのわからんところなのだよ。「洗濯船」ね。
パリの日常を支える情景。わたしはこの絵を見ると1934年のジャン・ヴィゴ「アタラント号」を思い出すのですよ。
あれは艀だったけれどね。


船と言えばモネは「アトリエ舟」とやらに乗りこんでこの絵を描いたそうだ。
秋の効果、アルジャントゥイユ 1873  見事なさかしまでもある。こうして見るとフランスの秋の美しさと言うものが伝わってくる。
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6:2:2の分割か。視覚効果、いいなあ。

この展覧会ではコートールド美術館の展示の様子などがパネル展示されている。そして壁面の再現などもある。
それをみると、セザンヌのパイプを咥えた男の絵の横になぞの中国人旦那一行の革製椅子があったりする。
暖炉を中心に絵を飾ったり、いいインテリアの配置もあって、とても素敵だ。

ルノワール 春、シャトゥー 1873  緑の中、向こうに誰かがいる。とても幻想的な様子。

ルノワールの彫刻もある。
洗濯する女 1916  ブロンズなのだがなかなか力強そう。

ドガ 踊り始めようとする踊り子 1885-90 ブロンズ鋳造は1923以前  こちらのは赤楽みたいな色合い。きりっとしたポーズ。

マネ 草上の朝食 1863  例のオルセーのあれの練習その1.

マネ フォリー=ベルジェールのバー 1892 この絵を最初に見たのは高島屋での展示で1998年なのだが、その展覧会の時にこの絵の不思議さについて色々とレクチャーを受けた。腕の長さについてとか鏡面にうつる男や左端の足とか色々。
そして今度の神戸市立博物館のチラシでもそのあたりを指摘している。
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1872-75、ここは「娯楽の殿堂」として人気が高く、2フランで入れたそうだ。
カンガルーのボクシングや、出し物なのか『パガニーニの亡霊』というのもあったようだ。

ところでここに描かれている果物はどう見てもみかん、それも温州ミカンにしか見えない。
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それで思い出すのがトリュフォーの「二十歳の恋」アントワーヌ・ドワネルのシリーズ第二作である。
好きになったコレットにフラレたアントワーヌをそうと知らず彼女の両親が家に連れてゆき、「みかんを食べなさい」とすすめる。
みかんを食べるアントワーヌだが…
そう、みかんでしたね。この絵のと同じ。ニュージーランドに温州ミカンがあるのは知ってたが、フランスにもあるとは知らなかったので、とても印象に残っている。後に調べたらオレンジではなくやっぱりみかんなのだった。

みかんはみかんでもこちらは未完。
オノレ・ドーミエ ドン・キホーテとサンチョ・パンサ 1870  未完でも迫力がある二人。

ドガの二枚の女性の絵の違いが面白い。
窓辺の女 1871-72  精油で溶いた絵具で描いたのでソフトでマットな仕上がりになっている。
傘をさす女性 1870-72  やや猫背の女が大きい傘をさす。どうも日本画に見える描き方なのだ。
ほぼ同時期に描いていてもこんなに違うのが面白い。
谷崎潤一郎「お艶殺し」「金色の死」とが同年の作で、全く肌合いが違うのとよく似ているように思う。

ボナール 室内の若い女 1906  丸顔のマルト。椅子に座っている。青黒い服を着て手に葡萄らしきものを持つ。
くつろいでいる。日常の様子。

ロダン ニジンスキー 1912 ブロンズ鋳造1958  「牧神の午後」直後に制作したらしい。
あのセンセーショナルな<事件>の最初にニジンスキーを擁護どころか大絶賛したのはロダンだった。
凄い太腿なのはリアル。片足立ちし右足甲を左手で持つ。

作品だけでなく資料も色々あってそれもなかなか興味深い。

20年ぶりにいい再会になってよかった。
都美は12/15まで。神戸は来春から。

コートールド美術館展をみた その1

コート―ルド美術館展を見てきた。
東京都美術館で12/1まで開催し、その後は巡回する。関西にも来る。
チラシはやはりマネのこの絵である。
フォリー=ベルジェールのバー
イメージ (2322)イメージ (2321)

前回のコート―ルド美術館展の時も同じだった。
あの時は難波の高島屋で見た。
当時の高島屋も大丸も海外の美術館博物館の名品を展示できる力があった。
わたしなどはデパートの展覧会で学んだことがとても多い。

コート―ルド美術館はロンドンにある。
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ロンドンは親しいように思っていたが、それは知識だけのことで、わたしは未踏だ。
ヒースロー空港の内部しか知らないので無縁だと言っていい。
しかしこうしてコート―ルド美術館のことを知り、所蔵品を知り、楽しむことが出来る。
まことにありがたい。
前回、なかなかいい図録が作られた。論文もいい。
わたしは今も大事に持っている。

3つほど章立てされているが、あまりそのことを考えずに見て回った。
その意味ではキュレーターの方々には申し訳ない。
恣意的な愉しみ方しか出来ないのでこんなことをしてしまう。

ホイッスラー 少女と桜 1867-72  薄物というより羅と呼びたいような衣をまとった若い女。赤味がかったオレンジ色のかぶりものが印象的。
しゃがんだ彼女は桜を生けようとする。足元には幾枚もの衣が。花びらの美しいある日。

この展覧会では全作品をツイートで紹介してくれている。びっくりした。

このように。
いつまでこのアカウントがあるのかは知らないが、ありがたいことではある。

ゴッホ 花咲く桃の木々 1889  柵の内側に桃の木が並ぶ。これを見ると府中から小金井街道を通って武蔵小金井に向かう道の途中の風景を思い出す。
桃ではないのだが。この絵の桃は食べるための桃の木なのか花のための木か。
ゴッホのアルル時代の桃。

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ドガ 舞台上の二人の踊り子 1874  演技中なので背景は書割だが、その背景画が存外よい。赤、ピンクの花冠の踊り子と緑の冠の踊り子とが語らうようなポーズをとっている。
わたしはバレエに詳しくないのでわからないのだが、これは何の演目なのだろうか。

書割と言えばこの絵は歌舞伎の書割のように見える。
モネ アンティーブ 1888  遠近感の問題なのだろうが。そしてわたしはこの風景から真山青果「荒川の佐吉」の大詰めの旅立ちの様子を思い出すのだった。

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さらにはこれはその芝居を観る観客のご婦人かと。←なんでやねん
ルノワール 桟敷席 1874  縦縞のドレスが印象深い。傍らの男は美人を物色中。

セザンヌ アヌシー湖 1896  左手に幹があり、湖面には形を変えて反映する城や木々。
こちらは新劇の書割のようだ。
断っておくが、わたしは芝居が好きなので「書割のようだ」というのは決してわるくいう言葉ではないぞ。

モネ 花瓶 1881着手  つまり40年後に加筆したのだ。白にピンク交じりの何かの花。大量に活けられた花。
画家が何十年も手元に置いて加筆し続ける、変えてゆく、というのは凄いことだが、素早く描く絵もとてもいいと思う。
日本でも石本正は何十年後にも加筆する人なので完成年は不明と言うものが少なくない。

セザンヌ レ・スール湖、オスニー 1875  ペインティングナイフによる制作。森の中の湖。風や匂いも感じる。まちまちの色がこの世界を構築する。計算され尽くした色彩なのだが、そうであってもこうして情の世界で感銘を受ける。

セザンヌ 大きな松のあるサント=ヴィクワール山 1887  よーく見ると右の奥に鉄道用の橋がある。この山の前を通っているのか貫通しているのかは知らない。解説に「普遍的な山の存在」とあるが、セザンヌのサント=ヴィクワール山は日本人の富士山と同じ立ち位置にあるのかもしれない。だがそうなると「普遍的」ではないか。いや、どうなのだろう。

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ゴーガン テ・レリオア 1897  タヒチ美人のいる室内には意味深な壁画が施されている。幼女、床には猫。こちらを向くタヒチ美人は女優の小雪に似ている。そして外の景色なのか幻なのか、山やヤシの木が見えもする。
タヒチの絵はどれもみな複雑な構造を持っている。

長くなるので続く。


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