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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

入江泰吉と奈良を愛した文士たち

新薬師寺の隣にある入江泰吉記念奈良市写真美術館に出かけた。
『入江泰吉と奈良を愛した文士たち』既に展覧会は終わっているが。
會津八一、亀井勝一郎、志賀直哉、高浜虚子、堀辰雄、正岡子規、森鴎外、和辻哲郎。
八人の文士が奈良について書き起こした詩歌と随想とが、入江泰吉の写真と共に展示されている。

わたしの学校は著名人を招いて特別講義や演奏会を定期的に開催していた。
入江泰吉先生は夏休みの集中講座に来られ、犬養孝博士は秋に来られた。
入江先生は優しい物腰ながらハッキリ仰られる方で、「青と黒とを合わせるような服飾はいけない」と誡められた。昨今はその取り合わせが素敵なムードを醸し出すことも多いが、頭の中にいつもその言葉が残っている。
優しくてダンディな方だっただけに、先生の面影が瞼に煌くことも多い。

さて展覧会。
入江作品と文章とのコラボレートが続く。
東大寺僧坊跡晩秋mir449.jpg

ここには志賀直哉『奈良』が寄り添う。
「兎に角、奈良は美しい所だ。」
断言。絶対性を疑えない言葉。
文章のリズムと静かに積もる紅葉との対比に魅せられた。
中年の頃志賀直哉は奈良・高畑にサロンを開くように暮らしていたようで、遺された家を見るとひどく住みやすそうな、良い佇まいを見せていた。馬酔木にまみれた家には小さなプールもあった。
わたしは昭和15年刊行の里見『若き日の旅』を所蔵し、愛読している。
明治41年春に里見、志賀直哉、木下利玄の三人が関西ツアーをした模様を、30数年後に旅行記とも青春小説とも随筆とも分けかねる気さくな語り口で描いた作品だった。
何度読んでも飽きない作品だが、とりわけ奈良ツアーが楽しい。

「法隆寺はなつかしい御寺である。法隆寺の宿はなつかしい宿である。しかしその宿の眺望がこんなに善かろうとは想像しなかった。これは意外の獲物である。」 高浜虚子『斑鳩物語』より。
mir456.jpg

写真は’50年頃の法隆寺界隈・小説に現れる大黒屋という宿屋を写している。
小説にはお道さんという娘さんがいるが、この作品を読んだ前述の三人組は、虚子のいた部屋に泊まりこむ。そして小説のエピソードそのままの行動を取る。
更に虚子にあてて、その宿にはもうお道さんはいなかったというようなことを、旅のエピソードを散りばめながら、苦心惨憺して葉書に書き上げる。「ご存じなき三人」と署名して。


興福寺・阿修羅像mir450.jpg

堀辰雄『十月』より。
「・・・ちょうど若い樹木が枝を拡げるような自然さで、六本の腕を一ぱいに拡げながら、何処か遥かなところを、何かをこらえているような表情で、一心になって見入っている阿修羅王の前に立ち止まっていた。なんというういういしい、しかも切ない目ざしだろう。こういう目ざしをして、何を見つめよとわれわれに示しているのだろう。」
文を読んでから写真を見ると、堀の示した感覚がそのままこちらの意識をも支配して、まさにそのとおりに見てしまう。

この美術館のある界隈について「廃都」と表現する文士も少なくはなかった。
「廃都らしい気分のますます濃くなってくる狭い道を、近くに麦畑の見えるあたりまで行ってわれわれはとある門の前に留まった。・・・(中略)このようなすぐれた建築が、どうしてこんな所に隠れているのだろうというような驚きの情に高まってゆく。そうしてそれは、美しさから受ける恍惚の心持ちに、何とも言えぬ新鮮さを添えてくれる」亀井勝一郎『大和古寺風物詩』より。
mir452.jpg

わたしもこの界隈を歩いて「廃都」の風情を味わっていた。自分の目で見る風景は2007年の年末の風景なのだが、ここにある写真は’50年代のものなのである。半世紀の間に家も増え道路もきれいになった。しかしその50年後の今でさえも静かな「廃都」の風情は活きていた。

「白毫の 寺かがやかし癡人の 買ひていにける 塔の礎」 森鴎外『奈良五十首』より。
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癡人と書きシレビトとルビを振る。これはこの寺の由来を知れば面白さも感じるのだろうが、あいにくこのお寺には一度行ったきりでよくは知らない。
しかしながら使われている漢字を見るだけでも何とも言い難い焦燥感のような味わいを覚えてしまう。写真では萩が乱れ咲いている。石段にはびこる雑草は萌えて、花の色を見せる萩もまた彼らの身内だと知る。
わたしはおと年の春に出かけた。椿を見るために出かけ、椿と桜を眺めた。奈良の良さを深く味わうのは高畑からこの辺りなのだと実感した。
・・・廃都らしい味わいがあるから。

「奇妙なことかも知れぬが、腕の取れた彫刻などでも、あまりに近くへよると、不思議な生気を感じて、思わずたじたじとすることがある。」 和辻哲郎『古寺巡礼』
唐招提寺破損佛mir454.jpg

この写真を見て、何年前か忘れたが明治の廃仏毀釈の頃に被害に遭った仏像写真を見たことを思い出した。人間のナマモノの身体で首がないのは怖いものだが、ヒトの形をした彫刻などでは却ってそこに深い美を感じる、と言うことがあるのはなぜだろう。欠落を欠落と感じず、剥落こそが永遠の美だと感じる感性が内側にあるからかもしれないが。

中宮寺の弥勒菩薩には高校生の頃、ひどく焦がれた。
この感情はほとんど恋に近かったが、そのため随分苦しんだ。
目を閉じれば不意にその円満具足なおもてが浮かぶ。目を開けていても遠く近くに影が映る。苦しい恋はしかし、終わってしまった。
しかし今、この写真を見てわたしはまた苦しい想いに駆られかけている。
mir455.jpg

「みほとけの あご と ひぢ とに あまでら の あさ の ひかり の ともしき ろ かも」會津八一『南京新唱』
秋艸道人の短歌には(わたしにとって)言葉にできない想いが全て、籠められている。

展覧会の最後には子規の「柿くへば」があったが、それよりもこちらにずっと惹かれた。
「うつとりと 人見る 奈良の鹿子哉」
そこにはこんな写真が充てられている。
mir451.jpg

やっぱり奈良には鹿が何よりも合うようだった。

よい展覧会に出逢えたことが何よりも一番幸せなのだ、と言うことを久々に実感する内容だった。大雨の日に出かけた甲斐があった。
展覧会の感想文は今年はここまで。次は来年になります。
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コメント
遊行さん、弥勒菩薩の指折らないでよかったですね~

写真美術館、私が出かけたときは、すでに冬季休業に
入っていました。
このあたりにもクリスマスイルミネーションが輝きだしたの
ですね。廃都復興でしょうか・・・・・

癡人の意味が分からなくて、調べました。
ああ自分のことだなぁとよくわかりました。

では、来年もよろしくお願いいたします。
2007/12/29(土) 05:44 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
一村雨さん こんばんは
>クリスマスイルミネーションが輝きだしたの ですね。廃都復興でしょうか
イエナリエなさってるところを見かけましたが、あれかしら・・・

>癡人の意味
うふふ、me tooですよ♪

今回はその廃都の良さに目を開かされました。
こんなにいいとは思いもしませんでした。
まだまだ知らないものが世の中には沢山ありますね。
2007/12/29(土) 17:20 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんばんは。
鹿の親子図は、以前テレカになりましたね。
テレカ、懐かしい~~
白毫寺のこの階段は怖かったです。
崩れ落ちるのではないかと思いました。
お寺に無事ついてホッとしたことを覚えています。

入江先生に最初にお目にかかったとき、
知人が私のこと指して、あぁ、センセ、このひとまだ結婚してないんですって紹介したのです。
えぇ~@@~~~でした。
亡くなった時、この写真館を車で一巡したのだそうです。

菩薩様を見ていると、仏師は仏様を抱いている気にならないのかと不安になったことがありましたが、口にしてはいけないことだとも思っていました。恋し、狂った仏師がいたはずだと思うのです。

今年も遊行さんに楽しいこと、沢山教わりました。
美を見つめる視線の熱さと造詣の深さにはいつもながら感心しております。
遊行さんがこのまま永遠に底なし沼に生息し続けて欲しいと願っています。一年に深謝。来年も変わらぬご健筆熱烈期待です。
2007/12/29(土) 23:09 | URL | あべまつ #-[ 編集]
あべまつさん  こんばんは
>菩薩様を見ていると、仏師は仏様を抱いている気にならないのかと不安になったことがありましたが、口にしてはいけないことだとも思っていました。恋し、狂った仏師がいたはずだと思うのです。

そうした情感を描いたコミックがありました。
今現在の日本文学よりも、コミックの分野のほうにこそ、真に文学的な要素の物語が多いように思います。
息の詰まるような物語でした。

しかしその知人さんには飛び蹴り食らわさないといけませんな。
2007/12/30(日) 00:59 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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