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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

耳鳥斎!にヤラレタ

 大阪は昔から諧謔に満ちている。
今の、芸のないお笑い芸人たちも舞台やTVよりも素のときの方が面白いのではないか。

耳鳥斎にちょうさい。江戸時代中期の商人で絵師。チラシをもらったときから早く行こうと思いつつ、行き損ねて最終日に来たら、やっぱり悔いた。めちゃくちゃ面白いのである。本も完売。残念なり。戯画だが、政治批判の趣はない。大阪は昔から、太閤さんのあとからは上に誰も持たぬので、自由な気風がある。―それが色々な意味で弊害も齎すのだが。
耳鳥斎も洒脱というか、当意即妙に機嫌のよい絵を多く残している。全てマンガチックというか、ギャグなのだ。

『世界ハ是レ一つノ大戯場』だと言ったそうだが、まさにその通りで、縦横無尽にケッタイでシュールなギャグをてんこもりにしてくれた。
忠臣蔵が好きで(昔の日本人はみんなそうだ)彼も十二段をそれぞれ描いているが、なんだか楽しい。悲劇なのに、それこそ全員が鷺坂判内のようなのだ。地獄図巻といった絵巻は、亡者を道具に鬼たちが楽しそうに三味線の稽古をしたり、煙草を吸ったりしている。亡者のほうも苦しそうではなく、なんだかへんに楽しそうな顔をしている。地獄で家庭菜園でもしてそうな感じ。
人を楽器にした絵は、バルチュスでもみたが、あの不安な感じはどこにもなく、弾くほうも弾かれるほうもアラエッサッサッなのである。ベロをだした時平なんかあまりに可愛らしくて、フィギュアにほしいくらいだ。
同時代人の戯画も楽しい。蝦蟇の大きな白い腹が可愛いな、と思ったらその隣に百福図と称して、わらわらわらわらーっと蛙の大群がいる。並べ方にもヤラレタ!
大津絵も崩されて、ワハハなことになっている。楽しい展覧会だ。浮世絵の国芳や河鍋暁斎のギャグとはまた趣が違うが、それは大坂と江戸の気質の違いでもある。上にえらいさんがいる・いないでは大きく違うものだ。
しかしギャグばかりの耳鳥斎ではなく、一枚だけ美形の絵があった。しかも墨絵に朱を使ったきれいな絵である。猩猩が後姿で月を見ながら大盃を傾けている。手の描線のしなやかさ、赤い髪の美しさ。顔を描くことなく、後姿だけでときめかせてくれた。
最後に一つ。
チケットのもぎり部分に絵があるのはどうかと思う。切れて残念無念だった。
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