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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

美の壷を楽しむ 2

昨日の続き。

掛け軸入門・表具 またまた好きなものが現れた。
装身娯目帖 これは表具師の家に伝わる大正時代に制作された雛形帖。実物の何分の一かの愛らしい表装が並んでいる。
その当時の書家や画家にそれ用の作品を作ってもらったそうで、そのこと自体が楽しい。

こちらは「絵因果経」益田本、五島美術館蔵。mir587.jpg

古裂の面白さがよく出ている。
一方、表装を自分好みのものに変える、ということを<ツボ>にしたコーナーがあった。
北村美術館の北村謹次郎の例が展示されている。
熊野懐紙集や蓮月尼短冊など。CGで元のものと、現行のものとを比較展示している。
そして剥がしたものは別に帳面に綴じられているが、それはそれで楽しいものになっている。
相性がよくない、ということを考える。美意識の在り方を思う。
現行のそれがベストなのかどうか、わたしにはわからない。しかし見ていて邪魔にならないというのは、やはり成功していることなのだ。
陽明文庫展で見た家煕表具のような豪華絢爛なものばかりがベストではなく、さりげなさと言うのも大切なことだ。
・・・と言いながら、わたしはけっこう表装に色々したい方なので(実際にする機会はないのだが)そう言うこと自体を楽しく思う。
京都には山本之夫氏と言う表具師がいて、彼の作品を’02年に京都むろまち美術館で見る機会があった。優れた表具師や庭師は同じことを口にする、とそのとき思った。
「作品本体を活かすため、目立ちすぎてはいけない」
釣り合いと言うものの感覚を養わなければならぬのだった。
他に金襴や緞子、間道の布が大きいままの姿で置かれていて、それにも感心した。
わたしは茶道具のうち、何が好きと言うてもお仕覆がいちばんなのだ。

切子。メイド・イン・(かつての)ジャパン。江戸系と薩摩系とがあった。
ギヤマンがカットガラス系、ビードロが吹きガラス系だったか。
仮面の忍者赤影の追うギヤマンの鈴は洋物なのだったハズ。
話はまたも脱線するが、妹の友人が面白い子で、英語の設問にこんな答を出した。
Q、わたしは東京に住んでました。
A、I live in EDO
・・・ウケたなぁ。要するに、そのlive in EDOの頃に制作されたガラス。
ガレのような不透明に多重層の色を、というのではなくに、それこそボヘミアやヴェネツィア風のカッティングが入るから、切子なのだ。
その中でも黄色や青や赤を入れたものがある。
ここには出ていないが、サントリー美術館所蔵の蝙蝠形切子鉢は最高にすばらしい。
薩摩切子のカッティング技法は<ストロベリーダイヤモンドカット>と言うそうだ。

高島屋ならではの特別コーナーがあった。
レトロポスター。わたしの大好きな北野恒富と橋口五葉のポスター三枚が出ている。
mir590.jpg

恒富のは高島屋史料館に蔵されているもので、これは十年以前、サライか今はなきアサヒグラフで見て、途端にのめった作品。大体商業芸術も好きなので、嬉しい。
肩脱ぎのポスターは当時道行く人に獲られまくったそうだ。人気沸騰。
五葉のは日本郵船のポスターで、束髪娘がこちらを見る図。
(実はこの後に堺筋の高島屋史料館へ走った。今回は池田遙邨の金閣などを見た)

他にも友禅、藍染め、江戸文様などをみた。
藍染は実物がそこにあり、触れるように支度されていた。気持ちの良い感触。目の前には千鳥に波を絞りで示した浴衣があった。
有松絞りはなかなか素敵だ。
江戸の文様は型紙が置かれているが、これは今で言うシルクスクリーンなのか。
幕末から明治の「縞に蝶」「波濤に蝶」などが気に入った。先のは小さく、後のは大きい蝶。
基本的に蝶が大好きなので、そんな柄を見ると嬉しくて仕方ない。
松ぼっくりや雪などのパターニングも可愛い。
うちの母は江戸小紋などが好きなのだが、わたしは友禅が好きだ。目標・宇野千代先生。
それにしても型紙を見ていると、欄間とどこか通底するものを感じる。

唐津焼。始まりが染付で〆が唐津焼と言うのもええ選択ですね。
・・・とは言うものの、実はわたし唐津焼にあまり縁がない。見ていても良さがよくわからない。
唐津の本場に行ったのに、唐津焼を見なかったタタリか。
しかし一枚よいのをみつけた。目跡がくっきりするもの。これは可愛い。
他にぐい呑みが並ぶが、酒を飲まないので実際のよさがわからない。残念なり。

最後に反省。昨日の記事冒頭で染付吹墨山羊文皿を初見などと書いたが、「それはおかしいな」と今朝いきなり思い出した。
探すと自分の絵はがきコレクションの中に(絵はがきではなく切り抜きなのだが)鎮座ましましておりますがな。
これです。mir588.jpg

ついでに言うと、これは見た実物のとは別物で、兄弟皿だと思う。
月の位置が前後に異なっている。・・・もしかすると時間が経って月が移動したのかもしれないが。
中国の「図絵宗彜」ずえ・そうい から採られた構図らしい。

ああ、自分のダラクと衰退を感じるなぁ・・・
書くときはきっちり調べて書かなアカン、と反省の遊行七恵でした。
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