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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

藤井達吉のいた大正

藤井達吉の作品を初めて眼にしたのは、たぶん’05年の工芸館での『日本のアールヌーヴォー』で観た諸々の作品だったと思う。次に’06正月の松涛での『芝川照吉コレクション展』ではっきりと認識した。なにしろ藤井作品の写真が欲しいために図録を買ったのだ。
帰宅して前述のと比較し、とうとう自分が藤井達吉のファンだと自覚した。
下がって2008.4.5。藤井達吉の郷里・碧南市にその名を冠した美術館がオープンした。
初日は午後から開館し、二日間は無料オープン。わたしは初日の午後三時、遥か遠い藤井達吉現代美術館にたどりついた。
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展覧会は三章に分かれている。全てがこの美術館の所蔵品を集めて、と言うことではなく、東近美、愛知県美、神奈川近文、個人所有品・・・などなどを集めてのことである。

第1章 フュウザン会第一回展に参集した人々
清宮彬、斉藤與里、岸田劉生、木村荘八、川上涼花、萬鉄五郎、田中恭吉、小林徳三郎、藤井、高村光太郎、濱田葆光・・・らが参加したのは、木村の作品からもわかっている。
その彼らの作品を集めている。絵画、工芸品などなど。
その中でも特に目を惹くのがチラシ下段左端・斎藤『木蔭』だった。
彼の作品は日本家屋の中で鶯の声を聴くだけのものであっても、そこに何らかの物語があるような気にさせられる。
この『木蔭』も無論そうだ。色調はパステルカラーとアースカラーと言うあいまいなもので構成されているのだが、印象に残るものだった。思えば斎藤の作品は全て、印象に残るもの、だといえる。この装飾性は尊いくらい稀有なのだが、どうしてか回顧展が開かれない。あれば万難を排してなんとか出かけたく思う。

劉生『赤土と草』 これは東近美の切通之図の先駆けと言うか前哨戦とも言うべき作品で、なるほどこの絵を描いてから、あれが生まれたのかと納得できる。チラシで見るだけでは実感が伴わないが、赤土と草とのナマナマしいリアルさ、土の感触・草の匂いそれらが目の前にあるような感覚の絵だった。

荘八『祖母と仔猫』  長兄・荘一の肖像同様、親しい距離がある。おばあさんに抱かれる仔猫は気持ちよさげで、おばあさんも穏やかな日々の中に埋没している。
少しばかりゴッホの描く女の人に似ているような気もした。

わたしはあまり萬鉄五郎を好きではない。東近美所蔵の雲のある自画像などは、頭の上にエクトプラズムが出てて、つのだじろうの描く亡霊みたいだと常々思っている。
しかしここで見た『風景(春)』 この作品は悪くないと感じた。ピンクと臙脂色の共演が、いかにも春らしくて、和やかさと同時に浮かれ心が湧き出してくる。そしてやっぱりこれが東北の春のような気がするのだ。じわじわではなく一挙に、春。それを萬は描いている。

田中恭吉の版画作品には、いつもせつなさと焦燥感を感じる。その焦燥感はわたしの勝手な焦燥感なので、田中には無関係なものだが。せつなさで胸が疼く、というのが一番正しい。だからどの作品を見ても(広告であったりカットであっても)秘かに胸のきやきやするのを止められないでいる。

藤井のタペストリーが数点壁に掛かっていた。個人蔵のものも愛知県美のものもひどく傷んでいる。つまり観賞用ではなく実用として愛された証左でもある。
紺色は剥落し、ロウケツ染めと言いながらも、それは生まれた当初に過ぎぬような。
ただ刺繍の作品は糸も解けず、しっかり活きていた。輪郭線を太線で縫い取り、赤い銀杏を紺地に映えさせ、青く光る素材の布で小鳥たちをそこに飛ばせている。
どことなくフレスコ画風な、またはイスラーム絵画のパラダイス(閉じられた庭園)を描いたような、永遠に続く温厚な静けさを見出せた。

濱田『目黒川』  わたしは桜の時期の目黒川も好きだが、年の暮れ頃、そろそろ宵闇が広がり始めた時間帯の目黒川を橋の上から眺めることも好きで、苦しいほどだ。
丁度十年前にそんな状況にあった。熱で潤んだ眼で眺めた川はひどく艶かしかった。
ここに描かれている目黒川は桜でも年末でもなく、緑の濃い時期の川辺風景だった。
水面の光、映る緑・・・正直、わたしのような素人でも描けそうな、明るさのある絵だった。
こうした素朴で楽しそうな絵には、そんな誘惑がある。
実際に描けぬことはわかっていても、誘われてしまうのだった。

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第2章 藤井達吉と交流した人々
ここでは本の装幀等が主に出ている。

津田青楓『刺繍壁掛』  縫込みの多い作品で、手が凝っている。工芸品で凝ったものを見ると、妙に気合が入る。わたしは刺繍どころか普通の縫い物も編み物もダメな女だが、釦付けや裾上げを始めると妙に力が入ってくる。大体なんでもやりだすと止まらないので、延々と同じことをしたくなるナンギな性質なのだ。
青楓のこの作品を見てシンパシーを感じたのは、その凝りようの深さなのかもしれなかった。

昔のハードカヴァーは大抵布と縁のある装幀なので、それ自体が一個の芸術品のことが多い。また出版社も規模の大小に関わらず力を入れたものには惜しみなくカネをそそいだので、本当にすばらしいものが多かった。
ただただ感心して眺めるばかりだった。

岡田三郎助『萩』  15年以前に初めてみたとき、胸を衝かれた。既に泉鏡花のファンで清方・雪岱ら日本画家の絵には親しんでいたが、同じ鏡花宗の先達・三郎助の絵と直に向き合ったのは、この絵が最初だったのだ。
そのときは何かの雑誌で見て、それをちょきちょき切り、ファイルした。
やがて実物を(兵庫県美術館に発展解消した)兵庫近代美術館でみたときの歓びは深かった。それまで洋画の美人画として最愛だったのは、藤島武二だった。そのときから彼と列んで三郎助の美人画もまた、偏愛の対象になった。
百年前の美人。時代がどんなに過ぎようとも、小柄な彼女は静かにそこに佇んでいる。

『浴衣の少女』  これはメナードで見たが、きつい面立ちの美少女だと思った。吉田節子つまり後の三岸節子の横顔だと知ったのは、少し後になってからだった。
こんな娘の頃から彼女のまなざしは真っ直ぐだった。老境に入り、満開の桜の木を絶筆にした彼女のまなざしも、やはり真っ直ぐなままだった。
宇野千代・三岸節子は、わたしの心のお師匠さんだと、勝手に思い込んで生きている。

この辺りから鋳造品を色々と見た。
実は鋳造品といえば第一に思い出すのは、実はわたしの場合マンホールの蓋である。
あれは鋳造品の中でもなかなかたいへんなのだが、それをここで語るわけにはいかない。

高村豊周という作家は知らないが、彼の作品がそこに並んでいる。青銅の鋳造品で、ぎぼし風の香炉や万年青文花瓶などがある。レリーフと言うより裏打ちしたような感じで、これらはなるほど鋳造だからこそ出来る細工だと思った。
しかしちょっと使いにくそうである。用の美というのからは少し離れていそうにも思えた。

藤井『銅切透七宝若草文手箱』 これは’20年の作品だと言うが、古風な味わいの作品で、一見したところ平安朝の仏具のようで、そのくせアールヌーヴォー調の、まったく見事な透かしだと思った。トルコブルーの不透明釉薬の七宝と金とで彩られているのだ。
ああ、工芸品の美と言うのを堪能したと感じるのは、こうした作品を見たときなのだった。


第3章 大正時代と藤井達吉の前衛
工芸品は展示するためだけのものではなく、使う前提で生まれ来る・・・そのことを思いながら作品を眺めた。

與里『塩原錦秋』 油彩の一曲屏風。これは埼玉近美にあるもので、以前から垂涎の的だった作品で、図録とは言えとうとう手に入れた(眼に入れた)。
塩原といえば塩原多助の「コレ、アオよ」の人情噺しか知らないが、見事な秋の風景なのだと思った。わたしもこの風景を楽しみながら温泉に浸かりたいものだ。

藤井『草木図屏風』 東近美所蔵の名品。木彫に螺鈿・七宝・鉛象嵌・彩色という手順を以って、技巧の限りを尽くした名品。技巧に技巧を重ねる美に震えるばかりだ。
やはり工芸品と言うものは、人の手の極限まで行き着かねば、本物にはならないのだと実感した。

藤井『大島風俗図屏風』 チラシ表の大作。こちらは打って変わって刺繍と彩色で作り出されている。藤井達吉はどんなものでも生み出す魔法の指を持っている。
螺鈿と刺繍とが同時に彼の中では活きている。凄いとしか言いようがない。
実はこの展覧会を知ったのは、大津歴史博物館でのチラシからなのだが、碧南市そのものを知らないわたしが「絶対行くゾ」になったのが、このチラシからなのだから、やっぱり藤井達吉の力と言うのは凄いとしか言いようがない。
再訪できるかどうかわからないが、本当にこのチラシ一枚で出かけたのだから、技芸の威光畏るべし、というところだ。

藤井のパトロンは芝川照吉氏だった。
本宅は焼失したが、今も淀屋橋に芝川ビルがあり、それは芝川さんの同族のビルなのだ。
以前ビルを撮影してもいる。
その芝川さんのために作った品々が並んでいた。
座布団カバーやクッションの下絵などなど・・・
こういうものを見ると、過ぎ行く日々の中での楽しみ、と言うことを深く想う。
工芸の美とは即ち、ひとを喜ばせるものなのだ、と思う。

他にもいいものが多く出ていた。この先この美術館がどのようにして活きてゆくのかは正直わからない。しかしこの三河地方の静かな地で、藤井達吉のような百年に一人もいないような工芸家がいたことは、本当に誇りに出来ることだと思う。
美術館の発展と、今後の藤井達吉芸術の<再発見>とを祈願して、この記事を終える。
展覧会は6/8まで。駅からは徒歩6分程度。名鉄利用で終点まで向かわれてください。
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コメント
参考になりました。
こんばんは。
近々、碧南まで行ってみようと思います。
私の育った町は同じ西三河。
西尾市の岩瀬文庫創立100年記念展とセットで楽しんできます。

劉生も出ていると知り、楽しみです。
2008/04/16(水) 20:42 | URL | meme #z8Ev11P6[ 編集]
memeさん こんばんは
一階フロアではカフェコーナーもあり、ロールケーキがおいしそうでした。
セットで楽しめるとはけっこうですね♪かなり遠かったのですが、本当に良い内容でした。お楽しみくださいね。
2008/04/16(水) 22:10 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
藤井達吉、小生もチラシにガツンとやられた口です。なんでガツンとやられたか?自分でも分からなかったのですが、工芸館の「日本のアールヌーボー」で見ていたのか!と甦りました。「意匠」と言う言葉が古臭くなく響いて来る作品です。「意匠」・「図案」という言葉の時代の中で、ひたむきに用の美を追求し、アルチザンたらんとしたのか!純粋芸術も工芸も関係なく高みへ高みへと進んで行った彼らと、その作品に会いたくなりました。レポありがとう!
2008/04/18(金) 14:33 | URL | 悲歌・哀歌 #-[ 編集]
悲歌・哀歌さん こんばんは
この展覧会は本当に良かったです。
手工芸のよさを満喫しました。
実に素晴らしいです。
芸術家ではなくアルチザン。
そこにこそ、本当の美がとめどなく生まれくるのだ、と実感しました。

2008/04/18(金) 23:48 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
本当に良かったです。
こんばんは。
藤井達吉の名を知らない自分が恥ずかしく思える程、素晴らしい内容でした。
こんな方が埋もれているのは、本当に惜しいです。
一人でも沢山の方に見ていただけたらと思いました。碧南は、刈谷までJRで行き、そこから名鉄に乗り換えた方が早いです。
もっと早いのは三河安城の新幹線からレンタカーですが。。。
2008/05/06(火) 22:09 | URL | meme #z8Ev11P6[ 編集]
memeさん こんばんは
地元っ子ならではの交通情報ですね。
確かにこんな凄い、すばらしい作家が埋もれたままと言うのは日本文化の損失ですよ。
わたしたちだけでなく、どんどん藤井達吉を応援したいですよね!
東近工芸美にも彼の作品がいくつかありますが、もっっと回顧展してほしいです。
2008/05/06(火) 22:47 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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