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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

コロー 光と追憶の変奏曲

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いよいよコロー展も今月末で上野から去り、神戸へ移る。
そのコロー展に行く。有終の美を飾るのかどうか知らないが、お客さんも多いし皆さんニコニコしている。
コローは昔々から日本の老若男女に愛されている。「コロ」と表記されていた頃から人気だったが、近年はコローの田園風景より人物画に評価が高くなっているようだ。
わたしも人物画がいい。というより田園風景にあんまり関心がないのですよ。
それで気に入ったものだけジーッと眺め、ニガテな田園は軽く眺め・・・ということにならないのが、さすがにコロー。
人混みの中でなんだかんだ言っても一点一点じっくり眺めましたのさ。

<初期の作品とイタリア>
コローの描いたイタリアの風景は二百年近い前の風景なのだが、不思議とそんな遠い過去の景にも見えない。
イタリアの風土がそうさせるのか、それともコローの絵に近代性の明るさがあるからなのか。
特に気に入ったのは『ヴィラ・メディチの噴水』だが、この絵の隣にはドニの同じものを描いた絵が並んでいた。コローから80年後の絵。こういう試みはなかなか面白いが、実はわたしはコローには申し訳ないが、近代のドニに惹かれるのだった。

ヴィラ・デステ庭園mir765.jpg
この少年が可愛いなぁと思ったら、構図のバランスをとるために後から描き加えた少年だったそうだ。
わたしが「コローの人物画」に惹かれるのは、一枚絵のそれではなく、風景の中にいる人物なのだ。

<フランス各地の田園風景とアトリエでの制作>
フォンテーヌブローやヴィル=ダヴレーという地名を知ったのは、コローやミレー辺りのおかげなのだが、ヴィル=ダヴレーじたいは往年の名画『シベールの日曜日』で見知った。
だから今でもわたしにとって画家の描くヴィル=ダヴレーはシベールとポールのいた森と言うイメージがある。

ホメロスと牧人たち  ホメロスの話を聞く三人の少年たちが可愛い。体の線は柔らかで、撫でるときっと若い脂を指の腹に感じるだろう。
ホメロスと言うよりどことなくプラトンを思い出す構図だった。

少年と山羊mir766.jpg
可愛い、可愛いとしか言いようがない。日本の美術館でコローを多く持つといえば村内美術館と山梨県立美術館と山形後藤美術館、東京富士美術館などだが、これはその村内コレクション。こうした作品を所蔵するのを知っては、やはり行かねばなるまいと決意が湧いて来るものだ。山羊の無邪気さが本当に可愛い。

<パノラマ風景と遠近法的風景>
ちょっと見ただけでもドランやシスレーが目に入る。百年の歳月を少し考えたが、コローにはあまりそうした差異は関係ないのかもしれない。
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ドゥエの鐘楼  卵色の壁などや白い雲を見ると、昼間なのだと感じられた。手前に少し大きな窓があり、画面奥に長く延びる時計台でもある鐘楼が見える。
道行く人々は小さく描かれている。視覚、というものをよく考えてある作品。

その隣にはシスレーの『アルジャントゥイユの大通り』が並ぶ。一年違いの作品。
近代の町並みという感じがある。薄紫の雲の表現がいい。けれど二枚並べると、老大家も中堅もそんなに大きな差を持たないように思えた。

<樹木のカーテン、舞台の幕>
このコーナーでは実はコロー以外の絵にばかり気を取られてしまった。それはやはり好きな画家の絵があったからだと思う。
モネ『木の間越しの春』、ピサロ『夏の木蔭の小路』などが特に良かった。春のよさ・夏の楽しさをあからさまに見せてくれているようで、見ていてとても気持ちよかった。
コローの作品には特に何も感じなかった。
しかし実はそれこそが、コローの素晴らしさだという証明でもある。
描かれた森の中に、わたしはいる。
特に目を惹いたのはそれだけが周囲と違うから―――。
つまりコローの描いた森の中にいるからこそ、他の絵に気づくのだった。

<ミューズとニンフたち、そして音楽>
個人的にはこのコーナーが一番わたしの好みに合う。
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鎌を手にする収穫の女  ちょっと不思議な感じがあった。衣服から大きくのぞく左肩の肌色、その石膏のような白さと青さを潜ませた雲と、向うで働く人々と。
音のない世界。女の口が少し開いている。何か言うのか、笑うのかはわからない。
黒目がはっきりとこちらを見ているのに、とても遠い。
手を伸ばしても決して届かない距離がそこにある。

本を読む花冠の女、あるいはウェルギリウスのミューズ  今回、青いドレスの女が二人ばかり展示されている。チラシにも選ばれている当世風ドレスをまとった『青い服の婦人』と、こちらと。
この古代の女神のドレスにも惹かれた。シンプルで、そしてとても触り心地のよさそうな衣服。裾から除く白い足先。
「背伸びして ミューズのあしを くすぐらん」 
こんな俳句もあるが、わたしはその白い爪先をゆっくり踏んでみたい気がした。

ルイーズ・オディアの肖像  しっかりした顔立ちの、欧州にしかいない感じの婦人。どことなく、さいとうたかをの描くイギリス婦人を思い出したが、きっとそれは鼻の形なのだ、と思った。

若い娘の肖像が数点あるが、どれもとても柔らかで優しい作品だった。身づくろいをしたり、物思いに耽ったりしている。何気ない仕種の一瞬を捉えられ、それが永遠を生きる。
彼女たちは皆、頬の肉の実感を掌に感じさせてくれるような娘ばかりだった。
髪を指で梳く娘には、ムンクの『思春期』の少女と同じような不安ささえ感じられた。ただし神経症的な不安ではなく、漠然たる心配。
かつてわたしもこんな表情を人に見られていたのだろうか。

真珠の女  チラシに選ばれているひと。わたしは彼女の細く白い指に惹かれた。白い額でも、薄いばら色の唇でもなく、優しい胸元や静かなまなざしでもなくに。
上に置かれた左手の優美さに惹かれ、そこばかりをじっ とみつめた。指輪、第二関節、爪。手首の影にも惹かれ、その手ばかりに意識が残った。

マンドリンを手に夢想する女  白い胸元が綺麗だと思う。こんなブラウス、着る当てはないが、何故か惹かれる。彼女が何を夢想するかはわからない。彼女を見るわたしが何を想っているかも、彼女にはわからない。
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ジョルジュ・ブラックもこの絵にインスパイアされた絵を描いている。 
塗り方がステキだと思う一方で、あのブラックが?と不思議に思う。

エデ  どんな物語が背景にあるのかはわからない。
どこを見ているかもわからない女。長い上着や頭飾りからそれを探ろうとするが無駄な気がした。コローの女たち、視線をこちらに向けていない方に、惹かれる。

水浴するディアナ  綺麗な裸婦。膝が少し赤いことにも惹かれる。綺麗な身体、綺麗な彩色。

同じく神話からもう一人呼び出されている。
傷ついたエウリュディケ  この傷から彼女は地獄へ流され、挙句は二度にわたる別離の悲しみを味わうことになるのだった。そのことを思いながら絵を見ると、彼女のあまりに無防備な姿に、小さな痛みを覚えた。

芝生に横たわるアルジェの娘と、マティスのオダリスクを眺める。
どちらもとても好きなのだが、この二つの作品の間には50年の歳月があることにも気づく。
コローのアルジェの娘には実感があり、マティスのオダリスクには憧れによる夢想がある。

今回残念ながら東京富士美術館の『ユーディット』が出なかった。わたしはコローの描く人物のうちでも殊に彼女が好きなのだが。


不思議な技法の版画も眺め、少しばかりおっとりした気分になって、最後の<想い出と変奏>を楽しんだが、ここでは個々の感想を書くことはもういらないと思った。
優しい気持ちで森の中を散策する。小川や池があり、木々が風に揺れている。
それだけで幸せになる。
田園風景がニガテだとはいえ、コローをここまで見て回ると、自然といい気持ちになっていた。

嬉しい限りだった。
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コメント
コロー展
とても気持ちの良い展覧会でした。企画と構成の見事さなのでしょう。
今朝、西美に行きましたが、皇后陛下が見に来ておられました。予定時間をオーバーしてご覧になっていたようです。
2008/08/13(水) 19:19 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
☆とらさん こんばんは
コローは優しい気持ちにしてくれる画家ですね。
こんなに多くの作品を見たのは初めてです。

皇后陛下は優しい絵がお好きらしいので、喜ばれたのではと想像します。

興奮はない替わりに安寧を感じました。よい展覧会でした。
2008/08/13(水) 22:09 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんにちは。

コローがこんなにすばらしいとは、
特に人物画、びっくりしました。

何となく知っていて、結局なにも
知らないで過ごしていた、という
感じ、新鮮で、静かで、心安らぐ、
堪能しました。
2008/08/14(木) 17:22 | URL | すぴか #-[ 編集]
無事のご帰還なにより
遊行さん、こんにちは
無事のご帰還なによりです。
遊行さんがハイカイしていた頃は、東都も少し暑さが和らいだようです。
コロー展の監修者である橋さんのお話で、ちょっとショックを受けたことがありました。それで、ハイカイ記事が終了する前にコメントを・・・。
話によれば、コローの人物画において、画題には意味が無いのだそうです。モデルは近所の人たちが多く、その人たちに衣装を着せて描いたのだそうです。よって、描かれている人物と画題は一致しないのだそうです。
コローは、構図やフォルムに興味があって、その材料に人物を使っただけなのです。具象絵画なのに、実は抽象絵画の趣を持っていたのですね。テーマにこだわって、あれやこれやと見ていた私はなんなのでしょう?世の中引っくり返った気持ちでした。
でも、コローはやっぱり西洋絵画で大好きな画家のひとりです。
小生は、ロイスダールなどのオランダ絵画に見られる、木の葉の煌き、サヤサヤした木々の佇まいに心魅かれるものがあり、それがコローにも見られて嬉しくなったのでした。おそらく、こんな見方は異端かも知れませんが、小生には大事なことでした。
そんなこんなで、コロー展を再訪し、テーマ・画題から離れて、純粋に絵画を味わう、楽しむに気持ちを切り替えました。やっぱりコローは良い!絵を楽しむ心地よさを頂きました。
おやまぁー!こんばんはの時間になってしまいました。
いずれまた、お邪魔します。
2008/08/14(木) 17:45 | URL | 悲歌・哀歌 #-[ 編集]
遊行さんこんばんは。
コロー大好きになりました。
本当に素敵な展覧会でしたねー♪

私好みの絵ばかりで、最後の「幸福の島」などが飾ってあるフロアで、壁が一面紫色だったのが、とても印象的でした。

本を読む花冠の女は、女性の中で一番素敵でした。魅了され、結局額縁入りで家につれてきました。

それにしても、遊行さんの感想はいつも小説みたいで本当に面白いです。小説風なのに詩も感じられて、味わって読むことができます。

楽しませていただきました。ありがとうございます♪
2008/08/14(木) 20:43 | URL | marimo #-[ 編集]
コロー好きです
ぼんやりするのが好きなせいか、コローの森の絵は性に合います。
「パン屋の中庭」とか、シスレーの「ヴヌー=ナドンの岩の森」がマイベストでした。
2008/08/14(木) 23:26 | URL | ogawama #-[ 編集]
☆すぴかさん こんばんは
数年前からコローの森の中の人物などに惹かれてまして、一枚絵で見て「おおっ」でした。
特殊な美貌と言うものはどこにもないですが、静かな優しさを感じるばかりです。
森の様相も、心に染み透るような緑と風にただただ安らぐばかりです。
自分もこんな森の中を歩いてみたい・・・そんな気持ちになりました。


☆悲歌・哀歌さん こんばんは
よい講演会を聞かれたのですね。
なんでもコローは若年の頃は人物画ばかり描いていてそれを非難されてから方向転換したそうですが、構図やフォルムにしか関心がなかったとしても、観客たるわたしたちはその人物画から醸し出される静けさに、どうしようもなく惹かれますね。やっぱりそこがコローの凄いところだと思います。
コローの描く自然は人間を受け入れてくれる優しい場所でした。


☆marimoさん こんばんは
普段緑から遠いところに生きているので、緑に近づくのが怖いような気がしていました。
でもコローはそんなわたしにも優しかったです。
「幸福の島」の飾られているあたりは、もう絵画としてどうのとか言うのを通り過ぎて、ただただ和む空間だと思いました。現世にあるとは思えない「幸福の島」ですが、それを眺めることが心の平安を生み出してくれるとは、嬉しい驚きでした。
2008/08/14(木) 23:36 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
☆ogawamaさん こんばんは
コローの絵には緊張感を強いるところがなくて、本当にほっとしますね。
わたしはいつもセカセカ動き回り、リゾートとはなんぞや?な女なので、コローとは合わないだろうと思ってましたが、気持ちよかったです。
共生はできませんが、ときどき訪ねてのんびりした居場所だと思いました。
2008/08/14(木) 23:53 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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