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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

鏡花作 清方描く

夏の鎌倉に行くのも久しぶりだが、清方記念館で『鏡花作 清方描く』展があるなら何を措いても出かけねばならない。
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清方が鏡花の死後に描いた『小説家と挿絵画家』の出会いの絵は、友愛を感じる爽やかに優しい作品である。
この二人は生涯仲良くつきあった。
鏡花が昭和17年に没した後も、長命の清方はそれから30年間、折に触れて絵や随筆で鏡花の作品と思い出とを描いた。
鏡花は鏡花宗とも呼ばれる熱烈な信奉者に囲まれて、自分の好きなものだけを描ききって、彼岸へ旅立った。
清方は鏡花が一本立ちした頃から「わたしの作にはあなたの絵を」と言われて、麗筆をふるい続けた。
挿絵画家から一枚絵の画家になった後でも、清方は鏡花の作品には関わった。

鏡花の作品には清方と小村雪岱の二人が主に、挿絵・口絵・装丁を請け負い、今日に残る美麗な本を残してくれた。
清方は自身の随筆の装丁を雪岱にたのみ、鏡花を通じた広がりをも楽しんだ。

清方が最初に描いたのは『三枚続』の口絵である。
(記念すべき作品だが、正直言うとわたしはトリがニガテなのでサヨナラだ)

そして『高野聖』『続風流線』『神鑿』などの口絵を描いた。
わたしは鏡花の作品中、長編ならば『風流線』が何より一番好きだ。
『風流線』の口絵は鰭崎英朋、『続風流線』が清方。
村岡不二太を伴ったお龍が風流組の前に姿を現す。
そして村岡と瓜二つの捨吉が彼女と対峙する。
彼女にすがる娘をかばいながら、お龍は捨吉ににっこり笑いかける。
「いい日を見つけてお殺しなさいな」
捨吉はその場で彼女を頭領と認め、以後彼女のために生きる。

とりわけ『高野聖』は『註文帳』ともども清方の偏愛をうけ、読者の需要もあったろうが、後年に至るまで清方はしばしばそれらを様々な趣向で描いた。

高野聖』は玉三郎も偏愛し、それを原文に沿って演じているが、あれはやはり三次元での表現は不可能に近いと思う。20年ほど前にアニメーションになったのを見たが、それも不満が残る。天才武智鐵二にも演出は不可能だった。
つい最近、丸谷才一が新聞に「原文どおりに演出」した玉三郎の試みを批判し、自分ならこう演出する、と言うプランを書いていたが、それは丸谷本人の芝居にすぎず、やはり物語の妖異な美しさは失われていた。
ジュサブローの人形はそこに立つと、それだけで山中のあやかしの美女だとわかるが、そのジュサブローの人形ですら、妖異の世界を全て表すことは出来なかった。
一枚絵にはなるが、連続性のある「物語」としては活きない、というべきか。

彼らの先達たる清方は全てを表現せず、好きな場面場面のみを絵画化した。
つながりのないように見える作品たちは、そこに「行間」が活きているのを見るべきなのだ。
たとえば、美女が実は恐ろしい正体を隠しているのを文中では最後に暴かれる。
しかしそれを清方は描かない。そこに清方の美意識があるのかもしれない。

今、久しぶりに『註文帳』の数葉の画布を眺めては、ときめきがみちてくるのを感じる。
『註文帳』は因果譚である。死んだ遊女の霊に憑りつかれた娘は、剃刀で自らと男とを抉る。
心中の生き残りの男の遠縁に当たる青年は、不条理な死を受け入れる。
清方はこの物語に対し、自分の好む情景を描いた。
発端と、ご維新での零落による売り立て、幽霊、因果に導かれるお若の姿などである。

実際の死の情景は描かれていない。
情死を強いられる不条理さも、それを受け入れて死んでゆく哀れさも、全てを通り抜けた後の、その情景を描いている。
だから物語を知らない人には、わかりにくい絵の連なりになっているかもしれないが、しかし清方は不要な説明を排除する。
物語を知らなければ物語を読む手間を惜しむな。物語を愛すればこそ、この絵は生まれたのである。
・・・・・・そんなことを思いながら絵を見続けた。
実際、この『註文帳』は発表された当時から評判が高かった。
小村雪岱『日本橋檜物町』にもその感想が縷縷述べられている。
リアルタイムの喜びと幸福と愉しみの感情が、こちらにも伝わってくるような文だった。

卓上芸術を標榜した清方は、手元で楽しめる作品の製作にいそしみ、そして楽しんだ。
描くのは若い頃から自分が愛してきた文芸作品。
すなわち盟友・泉鏡花の作品、その鏡花から教わった樋口一葉の作品などなど・・・
挿絵画家として出発した清方が、功なり名遂げてから、元の挿絵芸術に回帰する。
卓上芸術としてのそれに。

それらを眺めながら静かな嬉しさが湧き出してくるのを深く感じた。
やはり清方はいい。タブローもいいが、文芸性の強い作品にときめくばかりだ。

嬉しい展覧会を見て、鎌倉から去る。梅花はんぺんをおやつにしながら。
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コメント
鏡花先生も清方先生も大好きな私にとってはたまらない展覧会ですね(笑)なかなか鎌倉まで行けませんが・・・
鎌倉の地そのものもまだ足を踏み入れたことがないので、ぜひいつかは訪れたいと思っています。
鏡花先生の作品は、確かに、演劇や映画にしたいものがたくさんありますが、読者の人それぞれの心の中で映像をイメージしている状態がいちばんいいのかもしれませんね。
2008/08/21(木) 08:23 | URL | tanuki #s.Y3apRk[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/08/21(木) 21:43 | | #[ 編集]
☆tanukiさん こんばんは
本当に鏡花の作品は映像化するのは実は不可能ではないか、とすら思うことがあります。
それでもやはり清方の絵はステキで、鏡花と清方が同時代に生きていたことが凄いことだと思ったりもします。

鎌倉の良さはわたしもまだまだわかりませんが、脇道にそれると、ふと昭和の匂いがするところが好きです。
2008/08/21(木) 23:08 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行七恵さん、こんばんは
tanukiさんも仰っていましたが、鏡花&清方ファンには堪らない展覧会ですね!
丸谷才一の記事は僕も読みました。玉三郎の芝居を見ていないので何とも言えませんが、新聞を見る限りは、遊行さんが仰るように丸谷の案もいまひとつのような気がしました。
『高野聖』を映像化するなら、ストーリーの再現を捨てて、アニメーションによるイメージと音楽とセリフで構成するPVのような感じの方がいいのではないか、と夢想しました。(笑)
2008/08/22(金) 20:46 | URL | lapis #e8.b9ePc[ 編集]
☆lapisさん こんばんは
>『高野聖』を映像化するなら、ストーリーの再現を捨てて、アニメーションによるイメージと音楽とセリフで構成するPVのような感じの方がいいのではないか

絵巻風に繰り拡げられるのもよさそうです。(某五輪開会式のとは違いますよ)
日本人作家ではなく、たとえばタルコフスキーなどが却ってよいようにも思います。

丸谷のはちょっと教条的な感じでしたね。
2008/08/22(金) 23:38 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行さんこんにちは。さすがお詳しい…。これほどの知識がおありですと、やはり見るべきところも違いますね。恐れ入りました…。

>物語を知らなければ物語を読む手間を惜しむな。物語を愛すればこそ、この絵は生まれたのである。

清方の物語への愛情は私も何となしに感じられました。
作中の光景を彼なりに昇華させた、また別個の理想風景を描いていたのかもしれませんね。
2008/08/26(火) 20:15 | URL | はろるど #GMs.CvUw[ 編集]
☆はろるどさん こんばんは
わたし鏡花オタクなんですよ~~(笑)
鏡花から清方にハマり、國貞、国芳にという道順なんです、アハハ。

>別個の理想風景を描いていたのかもしれませんね

「一葉の墓」がそれだと思いますよ。
たけくらべの美登利が一葉女史の墓にもたれている。
現実にはありえないけれど、それを描くのが一番清方の心に適う・・・
素敵です、本当に。
2008/08/26(火) 22:06 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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