夏の邸宅、そのタイトルを聞くだけで光を感じる。
舟越桂のドローイング、彫刻などを集めた作品展が、アールデコの館・東京都庭園美術館で開かれている。

あの独特の静かな佇まい、詩のようなタイトル、優しいまなざし・・・
静謐な優しさ。
彼の作品にはそんなイメージが強かった。
しかし近年、そこから大きく踏み出した作品群が生まれ続けている。
両性具有、スフィンクス・・・
メールでもフィメールでもなく、どちらの性をも持つ人物、そして生物学的に多重複合性を持つ怪物。
舟越桂が何故かれら(彼女たち)を生み出すようになったのかは、わからない。
庭園美術館に来ると、いつも「朝香宮様のお邸にお招ばれした」という心持になる。
先人のセンスのよさに畏敬の念を懐き、少し姿勢を正して邸宅のうちに入る。
ここに詰めている方々は皆さんがご年配で、そして礼儀正しい。
それがいよいよ邸の格を高める役割を果たすように見える。
舟越桂の作品が最初に現れるのは、その玄関の小部屋からだった。
『戦争を見るスフィンクス』
まだ静かな佇まいを見せている。
表情も温和で、目にも優しい光しかない。
どんな戦争を見るのか、それとも既に見てしまった後の眼なのか。
この木造彩色の像は答えてはくれない。
木彫彩色と書けば、仏像とも共通する説明だと気づき、少しおかしくなった。
しかしその躯体はやはりその通り、木彫彩色なのだった。
そして眸にはガラスが嵌められている。
この美術館の特性として、「邸宅である、と言う性質を生かしての展示」が挙げられる。
つまり観客はこの邸宅を飾る絵画や工芸品を眺めて廻る、というシステムで動く。
確かにドローイングはその通りの展示だった。
額に入れられて壁に掛かっている。
ドローイングは舟越桂の場合、下書きや習作ではなく、一個の宇宙を持つ作品として活きている。ドローイングの語源を思う。実物を眺める。色々なことを考える。
三次元体のものを作り上げるためのエスキスや思考の散策、という位置づけではないこれらの絵に、一つ一つの意味を求めて眺めるのをやめてみる。
漠然と眺めることで、違ったものが見えてくる気がした。
そしてそのとき初めて、詩のようなタイトルが心に映るのを、感じる。
『遠い手のスフィンクス』は香水塔の置かれていた部屋に置かれていた。
置かれていた、と書いたが果たしてそれが正しいのかどうかはわからない。
舟越桂が選んだ場所がそこなのか、それとも『遠い手のスフィンクス』自身がその場に置かれることを望んだのかは、知らない。
彼女の乳房をじっ とみつめる。
楠の特性はわたしにはわからない。ただただ彫り痕を眺める。それが彼女の(その代名詞でよいのかどうか)細胞質であり、血管を隠した皮膚だと意識する。
触ることは許されていないが、その乳房の間に顔を押し付ければ、鼓動が聞こえるかもしれない。
『肩で眠る月』 今では暦が一回りして、少し昔のスタイルになった。
谷山浩子の歌が思い出される。
警官の制服の肩から生えてるまもるくん・・・
美術館ニュースを見ると、『言葉を掴む手』を三つの異なる場所に置いてみる実験写真があった。
書斎にいると女性バーテンダーのように見え、

小客室にいるとマヌカンらしくも思え、

大食堂の暖炉の上、背景に庭園の絵を見せる場に在ると、
マネの『フォリー=ベルジェールのバー』のこちらを向く女に見えた。

『遅い振り子』 多分いちばん最初に見た作品。それより早くに舟越桂の作品を見ているかもしれないが、好きだと認識したのはこの作品が最初だった。
今ちょうど、夜間開館されているそうだ。
喧騒から遠く離れた静かな地の、豊饒な空間で対峙する楽しみは大きいものだと思う。
建物の背後、または隣に広がる庭園からは、秋の虫の音が聞こえるくらいだろう。
そして館内では静かな足音と時々洩れるため息とが。
音は調和して、流れるような時間を楽しむ喜びに満たされるのだ。
そのとき、木の躯体からの忍び笑いが混じっているかもしれないが。
わたしが訪れたのは白昼だった。
蝉の鳴き声が遠くに聞こえる時間帯。自然な採光が入る時間。
そんなときに眺めるのも心地よかった。
『夏の邸宅』は秋分の日まで続いて、終わる。
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関西から帰って、ようやくいつもを取り戻しつつ・・です。
六本木から、この目白界隈をいつ行こうかと思案中です。
きっとあちらこちらに遊行さんの足跡を見つけることでしょう。
それもまた、楽しみです。
庭園美術館に彫像って、どんなのか、
不思議な感じでワクワクします。
初期の作品は、シュテファン・バルケンホールとならんで好きかな。
どうも、変な所から腕が出ている作品はすきになれません。
サントリーからここへですか。
少し歩いて六本木一丁目から白金高輪かなぁ、とか勝手に考えています。
彫刻自体はとても静かな佇まいを見せています。
好きなものとイヤだと思うものに分かれるかもしれませんね。
眺める喜びに浸っていました。
☆鼎さん こんばんは
わたしも初期作品が好きです。
しかしスフィンクスも向き合うと、なにかしら言葉を伝えてきそうな感じがしました。
ドローイングもたいへん良かったです。
この空間と不思議な調和をみせていましたよ。
多分、今開催されている
展覧会の中で一押しなのがこれ。
驚いて記事書けません。
心を配ったのですね。
言葉を掴む手は、やはりあの浴室での姿が
いちばんだったなぁと思います。
もう夏も終わりなんですね。
現代彫刻がこのような伝統的な建物のなかに、とても自然な姿でおさまっていることに驚嘆しました。
考えてみると、美術品はホワイトキューブの美術館に置かれるのではなく、このような居住空間に安住すべきものなのですね。
舟越さんの作品ももちろんですが、展示されている室内の雰囲気もぜひ味わいたくて・・・
いつも東京に行くのをためらっている私ですが、今度こそ行っちゃおうかな~(笑)
お父様の保武さんの聖母像などの作品も大好きなのですが、息子さんはまた独自の世界を作ってらっしゃいますよね。なんか、有元利夫さんの絵にも通じるというか・・・
スフィンクスの謎めいた魅力を静謐な母性のようなもので表現されてますね。
やっぱり行こうかな~、スフィンクスに会いに行こうかな~・・・
私も8月中に行こうと思っていたんですが、そろそろ9月になっちゃいますねぇ。『夏に邸宅』ってタイトルなのに・・・。
それにしても、舟越さんの作品、朝香宮邸にピッタリですね。
たしか、木製のアクセサリーとか、身につけて行くと、割引があるんですよね。遊行さんは、何か身につけて行かれましたか?私は木製のピアスがあるので、着けて行きたいと思っています。
ピノキオの彫刻は、え、これも舟越さん?て感じでした。
わたし、普段は
「現代美術はニガテです」とか言ってますが、
舟越さんと森村さんだけはせっせと見に行きます。
今回の展覧会、過去に見た中でも一番よかったです。
「ここにいるあなた」・・・そんな感じで眺めて回りました。
>驚いて記事書けません。
またま~た・・・お待ちしています♪
☆一村雨さん こんばんは
「この場所だから彼がいる」「ここには彼女しかいない」
そんな確信が胸に湧いてくるような展示配列でしたね。
3ケ所の放浪の果てに浴室に落ち着いた『言葉を掴む手』、
彼女はそこでくつろいでいるように見えました。
なのにわたしたちはそんな彼女を覗いてしまう・・・
かすかな罪悪感と愉悦とがそこにある。
夏の邸宅にも少しずつ秋が始まりだしているようです。
☆とらさん こんばんは
アールデコ、という性質が現代彫刻を受け入れたのかな、と思います。
旧時代から新時代へ入って、未来を求めた時代の建物。
それがマッチしたのでしょうね。
いい企画だと感心するばかりです。
王侯貴族の屋敷を飾るための装飾の一つ、それが美術品の始まり。
それを思うとやっぱりこの美術館は貴重ですね。
いつまでも今のままでいてほしいです。
☆tanukiさん こんばんは
今度10/1~13まで建物そのものの公開ですよ。
本当にこのアールデコの館はすばらしいです。
お父様はキリスト教に基づいた造形作品が多いですが、
息子さんは心のままに、という感じです。
>有元利夫さんの絵にも通じるというか・
ああ、そうですね。同世代の方でしたしね。
共に静謐さが印象的です。好きです、とても。
☆えびさん こんばんは
>木製のアクセサリーとか、身につけて行くと、割引があるんですよね。
遊行さんは、何か身につけて行かれましたか
わたしは「木で鼻をくくった」ような女ですからそのままGO!ですよ(笑)。
人の少ない時間帯に行くと、わたしたちが「見る側」から「見られる側」に移行するのを感じました。
ガラスの目玉に映るわたしたちを、彼女たちはじっとみつめているような・・・
☆ogawamaさん こんばんは
彫刻とは視線が絡まないのに、
ドローイングに描かれた瞳とは視線が絡むことが多いんですよね、
版画もそうです。
>ピノキオの彫刻
以前、舟越さんが子供さんのために木製おもちゃを造られたのを見ました。
ちょっとした街が出来上がっていた感じです。
それに共通するものを感じました。
温かいんです。
芸術新潮でみたのかな・・・
この企画を持ってきた目におぉ~!です。
質感という温かみが建物から滲んで、
包み込まれている幸せ感が素敵でした。
帰りにピノッキオと同じように首を垂れて
ベビーカーに乗っているオチビちゃんがいて、
めっちゃかわいかったです。
ますます建築の存在が気になるのです。
この企画は今年の展覧会のなかでも上位ベストに入りますね。
本当に魅力的でした。
赤ちゃんも首を垂れてポーズを取ってたのかしら?
建築って全ての美術品を内側に含むことが出来るんですよね。
そのことを時々考えます。