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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

池田遙邨回顧展

本日まで東大阪市民美術センターで池田遙邨の回顧展が開かれている。
mir805.jpg『あたらしい法衣いっぱいの陽があたたかい』

先週友人と見に行った。
この友人と遙邨の絵を見るのは、実に20年ぶり。つまり没後すぐの京都での回顧展に一緒に出かけたのである。
わたしは子供の頃から日本画が好きで、最初に好きになったのは速水御舟『炎舞』で、次が上村松園『花筐』、そして菱田春草『黒き猫』、竹内栖鳳『班猫』、村上華岳『裸婦』、鏑木清方『刺青の女』・・・という道を辿っていた。
この系統から行けばちょっと池田遙邨と言うのは異質なのかもしれないが、しかしながら出会いと言うのは面白いもので、この20年ばかりの間、いよいよ好きになってくるばかりだ。
展覧会に行く気のなかったある日、ニュースで遙邨の絵を見た。白鷺が一斉に奔る図。
再現不能な衝撃があった。
それで早速出かけた。
『美の旅人』というのが副題だが、納得した。実際遙邨は旅人だった。
東海道をまるで双六遊びのそれのように、何度も往復している。

京都で見た回顧展から、一挙に意識の幅が広がった。
田舎風景を好まないわたしだが、遙邨の絵なら好ましく思えた。
そこにはとぼけたタヌキやキツネやネコがいる。
わたしの大好きな夜の風景の中で彼らは静かに歩いている。

‘92年、難波の高島屋で見た回顧展もたいへん良かった。
その後くらいか、倉敷に遙邨の作品が沢山所蔵されていることを知って、’94年にはそこへ出かけてもいる。

今回の東大阪の展覧会は、広島の「海の見える杜美術館」「倉敷市美術館」の巡回で、楽しみに待っていた。友人もどうしても行きたいと言ったので、日が合うのを待って出かけたが、本当に良い展覧会だった。

会場の前では遙邨の紹介VTRが流れていて、それを眺める。
わたしはあんまり映像を見るのが好きではないが、見ればやはり色々と面白いし、発見もある。しかし申し訳ないことにすぐに眠くなるのだ。
レム睡眠の深度を示す針が傾いたとき、友人に「さぁ見よか」と声をかけられて、一挙に体調が悪くなった。
意識が定まらない状態で絵を見るのは厭だが仕方ない。

ところが不鮮明な意識のまま絵に対すると、遙邨の柔らかさ・優しさがいつも以上に心地よいのだ。
いちめんの芒原の絵の前に立つと、そこからの秋風がわたしにも届いて、静かな気持ちよさを感じた。
『ぐるりとまはって枯山 山頭火』mir806.jpg
漂泊流浪の日々を送った種田山頭火の自由律俳句をモティーフにしたシリーズの一枚。
緩くくねった道の先に「気をつけ」姿勢で佇むキツネと、手前の石仏とがとてもいい。
配置がとか構図がどうの、というのをやめて黙って眺めると、ただただ気持ち良くなるばかりで、何とも言えず優しい心持になる。
作画構成のタイル目状の設計図(小下絵)も見たが、画家の意識の変遷などが伺えて面白いものの、むろん感動は受けない。
完成した絵の前に立って初めて、心の漣に気がつくのだ。

遙邨の絵に「綺麗」という感じはあまり持たないが、「可愛い」というのは、ほぼどの作品にも感じる想いだった。
スタイルが確定した後からの遙邨の絵はどれもこれも「可愛い」。
『森の唄』 mir806-1.jpg
色んな動物たちが木の周りにより集っている。ミミズクの可愛さに目が行くが、へんな鹿にも気をつけねばならない。あやしい鹿。
実はこの絵が’94年の倉敷のポスターに使われていて、それで飛んでいったのだ、わたしは。
バックの綺麗な色(名前を知らない)これは海老原ブルーだったか・・・

遙邨には森だけではなく海の絵も色々多い。
鳥が飛ぶ先には森があり、それを越えれば海を渡らねばならなくなる。
『岩礁』 mir806-2.jpg
鵜なのか何なのか知らないが、鳥は真っ直ぐに飛ぶ。塗り籠められた青の中、細い鳥がどこかへ向かって飛ぶ。白く丸い光は月影なのか。鳥はやがてそこを通過する。
通過するその短い時間、白い光は鳥の影に貫かれているだろう。

灯台の絵も多い。三日月と友達のような灯台もあれば、海から見た影の一つのような灯台もある。
「お東さんのローソク」と揶揄られる『京都タワー』を初めて絵にしたのも遙邨だった。
あれは海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたらしいが、その意味ではやっぱりこれもその仲間なのだった。

『影』 mir806-3.jpg
この巨大な影がお東さんのその影なのか、西本願寺のものなのか、あるいは全く違う社寺のものなのかはわからないが、この絵を見るといつも西本願寺を見学したときのことを思い出す。
実際こんな情景を見たような気がする。細かい砂利の敷き詰められた巨大な前庭、そこに落ちる巨大な影、鳩の群れ・・・何百年も続いた風景の一つ。
しかしそれを遙邨のほかには誰も描かなかったのだ・・・。
ところでなんで見学したことを必ず思い出すかと言うと、お弁当のおかずの炊いた筍があまりにおいしくて、それから筍好きになったから、忘れられないのだった。←イヤシ。

『灯りの饗宴』 夜の港湾内の船の灯り・・・楽しんで描いたように思える作品。見ているこちらが嬉しくなるのだ。本当にきらきらしていて、近くで見てもいいが、少し離れて眺めると、長崎にいる気分になる。

しかし野にある風景がやはり、何よりも心に残る。
草原の中にきつねがぽつんといたり、たぬきがこちらを見ているような絵を前にすると、何とも言えず胸がきやきやする。畦道を歩くネコともタヌキともつかぬ小動物には、声をかけてみたくなるのだった。

晩年に至っても名品はどんどん生まれ続けていた。
山頭火シリーズでは初期のものは山頭火本人の姿も描きこまれていた。
『鉄鉢の中へも霰』 山間の宿場町へ差し掛かる山頭火、地元の人、石の坂を上る女。
女の顔は見えないが赤い蹴出しがのぞくのが、わびしさを強める。
『あすもあたたかう歩かせる星が出ている』 木にもたれ星を見る山頭火を眺めるネコ。
今回出ていないが『うしろ姿のしぐれてゆくか』の見返り山頭火も何とも言えずわびしかった。
しかし、シリーズの途中で画面から山頭火が消える。
不在でありつつ彼を示す、留守紋様という手法がとられ始める。
笠や法衣や数珠だけがそこにある。
やがてそれすら消えて、ねこやきつねが顔を見せるだけになる。
そうなってからの方が、深い豊かさが生まれているように思われる。
そして遺作とも言われる『家を持たない秋が深うなった』では、その小動物ですら姿を消し、秋の里山の中、小さなお地蔵さんだけがそこにあるだけになる。
豊かな色彩の中、ぽつんとお昼寝でもしていそうなお地蔵さん。
シリーズの末尾にこんな豊かな作品が残されていたのだ。
静かな満足が見る側にも湧き出してくる。
ふと「豊かな諦念」という言葉が浮かんできた。
遙邨の(公式の)遺作がこの絵だと言うことが、そう思わせるのか。

長い生涯、画境の変遷もあったが、暗い作品群を生んだ時期を経たからこその、豊饒が待っていた。そんな風に思う。

会場では他に初期作品群や絵日記なども展示されていた。
わたしは遙邨の絵日記がけっこう好きだ。可愛くていい感じ。

本当に好きな絵が多い展覧会だった。
他のお客さんも喜んで見ていたように思う。
これからもこの東大阪市民美術センターでは、こうした良い展覧会を開催してほしい、と思う。
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コメント
池田遙邨の絵は、
京近美の常設では、何度か見た事がありますが、まとまって見た事がありません。
東京または東京近郊には、来ないんでしょうね。

ちょっと、とぼけた絵ですよね(笑)。
2008/08/31(日) 22:16 | URL | 鼎 #PgtEBqSc[ 編集]
☆鼎さん こんばんは
なかなか東まではお出ましがないようで、残念なり~です。

>ちょっと、とぼけた絵ですよね(笑)。
そうそう。そこがいいんですよね。
ほのぼのするんです。見てたら尖った気持ちになることがない。
ぽつんと芒原にキツネがいても、淋しそうではあるけれど、なんとなくシミジミしたココロモチになります。
2008/08/31(日) 22:55 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
この展覧会見たいですね。
京都近美でみた《朧夜》のキツネ、日展100年でみた《稲掛け》のタヌキ。
池田遙邨は見るたびに絵はがきを買ってしまいます。
http://cardiac.exblog.jp/m2007-05-01/#6902888
2008/09/01(月) 20:47 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
☆とらさん こんばんは
シミジミいい作品が多いんですよね。
若い頃よりトシ降るほどに、豊饒になってゆく…晩年の作品は本当に何もかもがいいです。
>《朧夜》のキツネ、日展100年でみた《稲掛け》のタヌキ
やつらの目つきがこれまた可愛いです。

わたしも遙邨の絵はがき集めてまして、そのフォルダのタイトルは
『遙邨のゐた場所』とラベル貼ってます。
2008/09/01(月) 22:13 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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