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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

美をつくし 大阪コレクション

大阪市立美術館では佐伯祐三展にあわせて、近代美術館(仮)コレクション展も併催していた。前月は芝川コレクション展が開催されていて、視に行き損ねたのが残念だった。
先に近世写生画・近世文人画・近代日本画を見たのでその感想を書く。

近世写生画
応挙 芭蕉童子図mir876.jpg
応挙はこの絵の他にも芭蕉童子図を残している。こちらは淡彩だが、片方は金地にフルカラーの芭蕉童子図である。どちらの子供も可愛い。
応挙の狗児も童子も共にコロコロして愛らしい。江戸時代でも憎たらしいガキは多かったろうが、応挙が描く子供らはいたずらはしても愛嬌で通るちびころばかりである。
ここでも葉陰にいる子、目隠しする子・される子、座った子、みんな愛らしい。
応挙センセイは家では猫を飼っていたが、描くのは近所のわんころばかりだった。
なんとなくその気持ちがわかるような気もする。
愛する猫を描くより隣近所のわんわんを描く方が、本当の意味での「写生」になるだろう。

若冲 蔬菜図 六曲一隻  墨絵で大きく野菜を描いている。八百屋の旦那だけにやっぱり巧いし、美味そうだ。(本当は問屋だったか)・・・家業は弟が継いだらしいが、もしかすると絵ばかり描く兄貴に弟は、「にいさん、たまには店の宣伝に野菜の絵でも描いてもらえしませんかね」と言うたかもしれない。
しかしこの野菜たち、一枚につき一種類ずつ大きく描かれ、背景に豆の茎のようなものがついている。つまり、少女マンガでキャラの背景に花が咲く、あんな状況。
それでまことに申し訳ないが、わかる野菜とわからない野菜とがあったので、エエ加減だが、一応名前だけ書いてゆく。左から右へ向う。
白ピーマン風。パプリカに似ている。いくら伊藤八百屋本店でも、この時代にパプリカはないから(オーパーツでもなさそうなので)本当は何なのか。
蕪。小さい蕪。大きい蕪ではなく、これはもしかすると聖護院蕪かもしれない。京野菜ですなぁ。
カボチャ。ナンキン、という方がリアル。コツマナンキンよりは大きい感じ。中がホクホクそうな感じがあった。
シイタケ。ああ、おいしそう。石突もぐの、勿体無いくらいな感じ。シイタケの傘の裏のビラビラした感じもよく出ている。
ナス。フツーのナスと丸々した賀茂ナス。わたしはつい近年からナスが大好きになった。こんなおいしそうなナス見てたらヨダレ湧くばかりやわ。
カリフラワー風。一体何なのかわからないままだが、カリフラワーに似ている。

応挙 波に千鳥図  これは襖絵で、千鳥たちがわらわら飛んでいる図。ええ感じ。
他に竜の図や、若冲のトリ柄襖絵があったが、どちらも好みくないのでパス。

近世文人画
浦上玉堂 佳山山処図  これまで一度も玉堂にええなと感じたことはないが、これは別。実によかった。中国風な連山がある。指のような感じ。それも細い指ではなく、節くれだった指の並び。そんな山なみが見える。小さい絵だが、豊かなものを与えてくれた。

池大雅と弟子の福原五岳が泉南に出向いたときに、襖の裏表にそれぞれ描いた、という作品が出ていた。たぶん、1773年の作品。
師匠は竹林書屋図、弟子は唐美人図。
師匠の中国文人は小さい家に童子らと住んでいるらしく、なんだかんだとちび共が働いている。台所は継ぎ足しで造られたか、離れなのか、少し母屋と分離している。
そこで茶を沸かす坊やがいる。その後ろ姿がかなり可愛い。ふっくらほっぺた、ちょっと丸い背中。団扇でパタパタする姿が可愛くて可愛くて仕方なかった。
その裏の唐美人たち。mir878.jpg
テーブルに向って琴を弾く美人、碁を打つ美人たち、侍女ら、で構成された彩色豊かな絵。琴棋書画図の可能性があるが、書画図はみつからない。・・・もしかすると、書画は裏の師匠の文人が為しておるのかもしれない。白梅が咲き、如意持つ美人もいた。何とも言えず安楽なよさがあった。

近代日本画
梥本一洋 出潮  いかにも梥本一洋らしい色調の柔らかな作品。潮がざばーんっと岩にぶちあたるのを、中空で三日月が見ている。空は薄い青灰色。

小野竹喬 秋陽  やっぱり竹喬の秋の絵は独特の良さがある。手前に葉の落ちた枯れ木が一本立ち尽くし、その背後に秋の夕日があけあけと照っている。それは黄山、赤山として描かれている。時期的には今よりもう少し後の風景だろうか。

児玉希望 枯野mir879.jpg
この秋の終りの野を行くキツネの姿には、いつもいつも何かしら感銘を受ける。それが何かは言葉には出来ない。来た道を見返るキツネの鋭いまなざし、深まる秋の野は「枯野」として表現されている。真ん中には真ん丸ではない銀の月が浮かんでいる。キツネの独り野を行く姿に、静かな感動が生まれる。

矢野鉄山 荒涼  1932年の作。縦長の画面には、右上に廃墟と化した塔が建ち、左上には砂漠に生きる黒い鳥たちが円を描いて飛んでいる。舞い舞いするカラスども。
そして左下には疲れ果てた荷車と、べったり座り込む人の姿がある。
シルクロードのどこかの光景なのだろう。たどり着くべき場所は果たしてあるのだろうか。

都路華香 掬水図  大木の緑が揺れる下にニコニコ顔の男が瓢を手に立っている。水を掬うたらしい。これが瀧の絵ならとんだ養老図だが、そうでもないようだ。
以前から思っていたが、華香の絵にはいくつか特徴がある。
緑の揺らぎ、水の表面、そして機嫌よい笑顔。この3点がそれぞれとても印象深いのだった。それでこの絵の隣にある『楓渓新橋』も大きな緑なのだが、もしかすると同じ木なのかもしれない、と思った。こちらは渓流に舟を描いたものだが。

島成園 燈  丸い雪洞提灯に燈を入れる女の顔を斜めから描いている。ただしこれは武家の女人風。

若き婦人  昭和四年の作。洋髪を大きなローズピンクのシュシュ風のものでまとめた女は、深緑の葉柄の羽織をザクっと着て、中にはやっぱりローズピンクの、やや縞も入った着物という取り合わせ。その膝には編み物棒が置いてある。なんとなくトボケた女である。

他にも庭山耕園や幸野楳嶺などの画帳があった。雀や百舌鳥のほか、季節の花々をフルカラーで描いたものなどが特によかった。

ついで別室では「大阪市立近代美術館コレクション、その誕生と成長
モディリアーニ、ローランサンから今井俊満、バスキアまで」展が開催中。
これまで何度かコレクション展を見てきているから、知る作品も多い。
しかしこうして眺めると、それはそれで新しい喜びが湧いてくるものだ。

アンドレ・ボーシャン 果物棚  これもわりに好きな作品。ボーシャンは諏訪のハーモ美術館か世田谷美術館でしか見られないような感じがするが、ここにも1点だけだがあるのだ。果物と蝶々と梟などが画面いっぱいに描かれていて、なんとなく楽しい図画。

モディリアーニ 髪をほどいた横たわる裸婦
mir877.jpg
これを凄い高値で購入したので批判が立ったのだが、間近で見れば見るほどいい女なので、なるほどこんないい女ならば、貢ぎ甲斐もあるよなとヘンに納得する。
まだ眼が塗りつぶされず、黒目のある頃の女。ちょっと飴色の肌に張った乳房、指先の淡い叢などにどうしようもなく、惹かれる。こんな官能的な美人に血迷ってしまうのも無理はない。だからと言うわけでもないが、ハコモノが完成しないのは、彼女への献金の高さのせいのように思われる。

パスキン サロメ  この作の後に自殺したと言うが、少女と言うより幼女のような体つきのサロメだと思う。このサロメは裸のまま椅子に座り、ぼんやりしている。
別にヨカナーンの首なんか欲しがらないように見える。
では何が欲しいのか。・・・その答えを探しに画家は泉下へ降りたのかもしれない。

キスリング 果物のある静物  おいしそうなフルーツたち。だいたいがイヤシの大阪人だから、もしかしてこれや前述のボーシャンの果物棚を選んだのは、「おいしそう??」やからではないか。明るい色調で、本当においしそうな果物たちだった。

高田博厚 カテドラル  '37年作のトルソ。女の胴がそこにある。くねる腰、張った胸、筋肉の流れ、背から尻へのつながり・・・ときめくように美しい。このトルソが彼のカテドラルだったのか。溌剌とした美しい体だった。

高村光雲 翁  会場の真ん中に展示されていた。翁はどこか上空をみつめている。わたしも翁の視線に合わせるため、腰をかがめた。天井の一部が見える。しかし翁の目は他のものを見ているに違いない。

須田国太郎 安芸竹原頼氏遺邸  白壁の蔵造りの家。まだ本当にいい須田の絵の時代に来ていないが、これはこれでいい感じだと思う。壁の白さが目に残る。

岡田三郎助 甲州山中湖風景  行ったことがないので実景を知らないから、この絵のようにモアモアと美しいグラデーションを見せてくれるのかどうかは、定かではない。
三郎助は可愛い女人を描いて、名品を多く持つが、こうした風景もさすがに外光派の教えを受けただけに、柔らかに美しい。

小出楢重 銀扇  小出にしては珍しく、立ち姿の美しい和装美人。美人、と書いていいと思う。濃紺の着物に頭に白い飾り。華やかな絨毯上に立つ女。

赤松麟作 裸婦  森の中で座る裸婦。木漏れ日が彼女の膚にアクセントをつける。樺色の胸の先の美しさ。ゆったりした作品。日本の洋画というものを改めて実感する。

他にも以下の作品がある。画像などは以前こちらで紹介している。
藤島武二 カンピドリオのあたり
満谷国四郎 杏花
黒田重太郎 朱卓の牡丹
岸田劉生 湯飲みと茶碗とリンゴ三つ
関根正二 天平美人
前田藤四郎の版画作品などなど・・・
それらは以前から馴染み深い作品たちだった。
しかしながらなかなか顕われない。
こうした機会に表に出れて、よかったと思う。




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コメント
しばらくさぼっている間に興味深い記事が色々あって楽しく読ませていただきました。

京都での1日のこと、(ミスってなにかしらん?・笑)楽美術館のこと(お初とは以外でした)、コンテストのご褒美の事。
モディの裸婦はいいですね。
モディの描く女のアーモンド形の、見ているような見ていないような目に惹かれます。

ところで、12日の日曜日からBSハイビジョンで放送中の「天才画家の肖像 」、毎日楽しみに見ています。いよいよ明日で最後、蕪村ですね。
2008/10/14(火) 23:18 | URL | 紫 #-[ 編集]
☆紫さん こんばんは
三十三ヶ所めぐりを奈良博内だけで済まされたのですから、きっとお疲れにならはったんやろなーと勝手に想像してました。

モディさんの裸婦は他にもいいのが色々ありますが、蠱惑的なのはやはりこの彼女だと思います。

今朝ラジオで蕪村の句を聞いて、「あ゛」でした。最近絵師の面ばかり見てたので、俳人だということをすっかり忘れてました。
しかし改めて聴くと、やっぱり巧いです。
2008/10/15(水) 00:18 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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