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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

永遠の詩人西脇順三郎

西脇順三郎の詩を初めて知ったのは’82年だった。

天気
(覆された宝石)のやうな朝 何人か戸口にて誰かとささやく それは神の生誕の日

やはりこの詩が「最初に出会う詩」として、いちばん良かったと思う。
しかし詩人はこの年に世を去った。
詩人の死が彼の詩行を永劫に止める。
新作を求めることはできなくなった分、過去の詩作に想いが募る。

姫路文学館では「永遠の詩人 西脇順三郎 ニシワキ宇宙とはりまの星たち 」が開催されている。
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6年前、世田谷文学館で「西脇順三郎 詩と絵画」が開催された。
「なぜ私はダンテを読みながら 深沢に住む人々の生垣を 徘徊しなければならないのか」
この詩句がチラシの表に蛇行しながら書かれていたのが、魅力的だった。
同時に西脇が歩く姿が捉えられていた。

旅人かへらず。
西脇の旅はどこから始まり、どこまで続いたのだろう。

彼の水彩画は魅力的なものが多い。油彩もあるが、水彩のような趣がある。
ヘルマン・ヘッセも素敵な水彩画を多く描いた。
どちらの展覧会も見たが、心が柔らかくなった。

「ペレアスとメリザンド」と題された絵は青色で構成されていた。一色だけの青ではなく、青のヴァリエーションを巧みに重ねあわせ、寄せ集め、選び抜いた青の集合体なのだった。

一方、南画風な虎の絵もあり、そちらは妙に可愛らしい。
mir886.jpg

ところで何故この姫路文学館で西脇の展覧会が開催されているかと言えば、理由があった。
副題に「はりまの星たち」とあるように、播磨の詩人グループが西脇と交流が深かったからだそうだ。
彼らとの交流はその詩作の中にも現れる。
それは楽しく優雅な遊び心だった。
「禮記」、「壌歌」などに、不意に楽しい言葉が入る。

播磨のマカロニィ・・・・・・・揖保の糸素麺のこと。西脇はたいへんそば好きだったらしい。
ヴェネツィアのウドン・・・・・・・これぞまさしくパスタ?
タコヤキの時代・・・・・・姫路の隣の明石でたこ焼き(明石焼)を食べたのか。

「旅人かへらず」にはこんな詩句があった。
「夕暮れのやうな宝石」と云ってラムネの玉を女にくれた」
わたしはラムネの玉をのぞいては、月の沙漠にいるような心持ちになるのだけれど、詩人は夕暮れのやうな、と形容していた。
いつかそのラムネ玉が「夕暮れのやう」に見えるときがくるのだろうか・・・。


わたしもニシワキ宇宙に惑わされ、酔うたようになって会場をくるくる回った。
丁度この日は白石かずこが講演に来ていたが、あいにく都合が悪く、聴かずに去った。
最後にもうひとつ、好きな西脇の詩を選んで挙げておく。



白い波が頭へとびかゝってくる七月
南方の綺麗な町をすぎる。
静かな庭が旅人のために眠ってゐる。
薔薇に砂に水
薔薇に霞む心
石に刻まれた髪
石に刻まれた音
石に刻まれた眼は永遠に開く


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コメント
次は
ならば次は稲垣足穂でしょう。

私が西脇順三郎に出会ったのは70年代初めの教科書。
「眼」のある『Ambarvalia』の「雨」。
ちょうど書棚にあった詩集を繰ると、『あんばるわりあ』の版とさてどっちだったか。
2008/10/18(土) 21:37 | URL | KIRICKL△ND #-[ 編集]
☆KIRICKL△NDさん こんにちは
タルホは『少年愛の美学』が好きでした。
星を売る店。コメットタルホ。

わたしが西脇を知ったのは、SFコミックのラストシーンで、全てが崩壊し消滅するときにその詩が使われていたからなんです。
コミックは中途半端なデキでしたが、この詩はすごく素敵だとハマッたのでした。


2008/10/20(月) 12:33 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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