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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ジョン・エヴァレット・ミレイ展

ジョン・エヴァレット・ミレイの回顧展が開かれていた。
ミレイと言えばこのオフィーリアが何よりもまず最初に思い浮かぶ。
さまざまなオフィーリア絵の中でも、この位置で浮かぶのはミレイの彼女だけだと、初めて知った。
それを指摘されるまで、わたしはただ漫然とオフィーリアの美しい屍を眺めていた。
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漫然、と書いたがそれは正確ではないかもしれない。植物に囲まれたオフィーリアの身体が水面に浮かぶ情景を、為す術もなくみつめるしかなかった。
緑色の鮮やかな藻が彼女の背丈と同じ長さに伸びている。まるで背後にあるべき影が、彼女の死によって、その隣に位置を移したかのように。
彼女自身が摘んだ花々が、いまだ色を失わず褪せることなく、彼女の周囲に浮かんでいる。
棺に供花として入れられるべき花々、湯灌、土に埋葬されるとき経る手順を、水面で行ってしまっている。
白や卵色の小さな花も、倒れ伏したような幹も、彼女を悼むように身を乗り出している。
無慙さよりもせつなさを感じる死の情景が、そこにあった。

発表当時非難された『両親の家のキリスト』を初めて間近で見た。
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画集からではわからなかった色々な自分なりの発見があり、それが楽しい。掌の傷は後の磔刑を想起させるし(垂れた血が足の甲にあることも含めて)、仕事場の外のめえめえした山羊たちの心配げな様子も、全てが象徴的だった。
ナマナマしすぎる、と批判されていてもちゃんとそうしたところを押さえているのが、なんとなく面白く思える。

題名の(物語の)由来を知らないのが『マリワナ』だった。
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一瞬『シャロットの女』を思い起こさせた。しかしそうではないことは、奥の小さな祭壇や窓の飾りガラスを見ればわかる。
秋の庭、ベルベットの群青色のドレス、金唐革を貼った壁柱。
そうしたもの全てにわたしは惹かれる。

『聖アグネス祭前夜』 油彩とペン画の二種があった。タイトルも実は<’s>と<of>と二つに分かれている。どんな意図で分けられたかはわからない。
聖アグネスは殉教した若い娘である。日本では明治初に聖アグネスの信仰が入っている。
白い女がぼーっと立つ姿が印象に残った。

ミレイはペン画で少しばかり戯画風な作品も残している。戯画と言うより風刺画か。
同時代のフランスのドーミエに比べ毒は少ない。
そしてこの先はラファエル前派とは異なる作品が生まれてゆく。

『安息の谷間』をわたしは個人的嗜好として面白く思った。
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夕暮れも終わりかけの頃合に、墓地で尼さん二人が鶴嘴を持って働いている。少し位の高そうな方は休み、もう一人がエンヤコラと働く。日本語で言えば「折助」。誰を埋めるのかは知らないが、墓穴掘りはやっぱり暗い時間でないとならぬものだ・・・。

『エステル』 ユダヤの美女エステルを描いた作品は他にもカバネルのアカデミックなもので見ている。ここに描かれたエステルは黄色い内掛けのようなものを着ている。カバネルのもそうだから、もしかすると何らかの約束事があるのかもしれない。

『しゃべってくれ!』 古代なのか、男の寝床に影をみせる女。生きてはいない女。ティアラだけが煌くが、女は男の呼びかけに全く答えようともしない。
わたしはこの情景を見て『嵐ケ丘』を思い出していた。

ファンシー・ピクチャーという分野があることも知らなかったが、あるのは当然だった。
絵本作家ケイト・グリーナウェイに至るまで、この分野は活きていた。

最初にミレイの絵の実物を目の当たりにしたのは、’93年の『ジョン・ラスキンとヴィクトリア朝の美術展』での『明眸』(きらきらした瞳)だった。
それ以前に西洋美術館で『あひるの子』を見た可能性が高いが、そのころミレイの作品だとは認識していない。
ただ「可愛い子だな」くらいしか思わなかったはずだ。
そして『きらきらした瞳』。mir904-1.jpg
赤いコートを着た愛らしく、そして賢そうな若い娘。肖像画として美しい作品だった。

この『きらきらした瞳』は『オフィーリア』より四半世紀あとの作品で、この頃にはミレイはラファエル前派の一画家ではなく、英国を代表する巨匠となっていたのだ。
わたしがときめいた<物語を含んだ絵画作品>は、彼の初期の仕事に過ぎなかったのだ。

『初めての説教』『二度目の説教』
わたしは圧倒的に二度目の説教が好きだ。寝入ってしまった幼女の愛らしさに心が和む。
この画像はブンカムラが出した折り畳み式チラシで、最初のページが『二度目の』最後のページが『初めての』という構成になっている。
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こうしたセンスは楽しい。

『ベラスケスの想い出』 原題がsouvenir of Velasquezなのを想い出と訳するのも、この絵をいよいよロマンティックに見せてくれる。
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手にはスペインを想起させるようにオレンジの小枝を持たせているが、その手のふっくらした愛らしさ、顔立ちの品の良さに、すっかり魅了された。
幼くとも気品のある美少女にときめいている。

上流階級の人々の肖像画がたいへん成功した、と言うのもここに並ぶ作品を見れば納得するばかりだった。
ロイヤル・アカデミーの会長になるほどだから当然のことながら、まさに「アカデミック!」である。一人一人がたいへんに美しく描かれているが、元々あまり肖像画に関心がないので、淡々と眺めた。大観衆の中で眺めるという状況でさえなくば、様々な妄想に駆られていたかもしれないが、それが許されぬほどの人出だった。

ワーズワース、バイロン、テニスンの詩歌を基にした風景画は、どれもみな興味深かった。
中でも『月、まさにのぼりぬ、されどいまだ夜ならず』バイロンの詩歌を描いたものは、ここに静かな狂気が加われば、高島野十郎だと不意に思った。
禁猟区の野に上る月・・・晩年の作にもこうした名品があった。

美しい人々と植物とを描き、布の質感を感じさせる筆致をみせてくれて、ミレイの回顧展は終わった。
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コメント
こんにちは~(^^)
ミレイ展は連日盛況だったんでしょうね♪
私も江戸探訪時に行けばよかった・・・と後悔しきりです。
でも、遊行さんの記事で楽しませていただき、満足です(^^)v
オフィーリアは永遠のヒロインですね。
私ももし溺れ死ぬなら彼女のように死にたい・・・と物騒なことを考えてしまいます(汗)
少女像はどれも本当に愛らしくて聡明な空気が漂っていますね。
幼くても知性と色香を感じる肖像ですね。
2008/10/27(月) 15:22 | URL | tanuki #-[ 編集]
☆tanukiさん こんばんは
凄い人気です。参りましたよ~。
lapisさんが詳細な記事を書かれていたのでそれを参考にして出かけましたが、とにかく熟視することはなかなか出来ませんでした。
オフィーリアは、以前テート展で見ましたが今回の方が良いように思いました。

むかし『赤毛のアン』でアンが例によって妄想のなりきりで川を流れたとき、それが『シャロットの女』なのか『オフィーリア』なのか、長らくわたしの頭ではわからなかったものです。

少女たちは皆、ほんとうにいい感じでした。
2008/10/27(月) 17:21 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
TBありがとうございました。
遊行七恵さん、こんばんは
大混雑の中、ご苦労様でした。
それにしても、遊行さんとは好みが共通していますね!
記事が長くなるのでカットしたのですが、最初、『両親の家のキリスト』と『ベラスケスの想い出』についても触れるつもりでした。
特に、画集では分からなかったキリストの“美少年”ぶりにはビックリしました。女顔なので美少女と言いたくなります。(笑)
ミレイの描く、少女は本当に魅力的でしたね!大満足の展覧会でした。
2008/10/27(月) 19:09 | URL | lapis #-[ 編集]
☆lapisさん こんばんは
>それにしても、遊行さんとは好みが共通していますね!
嬉しい限りです♪

幼いキリストは本当に愛らしくて、ときめきました。頬にくちづけたいくらいです。
やはり全般に、画集では見出だせなかった微妙な質感を感じ取ることが出来、本当によかったです。
ミレイの良さを堪能した展覧会でした。
2008/10/27(月) 21:07 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんにちは
《月、まさにのぼりぬ、されどいまだ夜ならず》これ良かったですね。一番好きだったかも、自分のにはすっぽかして一人で悦に入ってたみたい、「チャイルド・ハロルドの巡礼」私の本にはこの場面載ってなかったけど、夕暮れのぼうっとした風景、でもすごい強さを感じます。
2008/10/28(火) 12:01 | URL | すぴか #-[ 編集]
☆すぴかさん こんにちは
こういう詩歌を絵画化できるところが素敵ですよね。
わたしは夜の風景画がかなり好きなのです。
それでときめいてましたが、バイロンの詩にふさわしいロマンティックさがありました。

>「チャイルド・ハロルドの巡礼」
本文を読まないといけないなーと思いました。
2008/10/28(火) 12:57 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/10/28(火) 19:14 | | #[ 編集]
☆――さん こんばんは
>遠くに絶壁のある海の絵、どうも遠近感というか遠近法というか、すごく気になりました。如何でしたか?

テニスンの詩「吹きすさぶ風に立ちはだかる力の塔」を描いた作品ですね。
あの絵はわたしもとても印象深く思えました。
ただわたしは遠近法のことは思わず、ベックリンは『死の島』を描いたが、ミレイはそうはしなかった・・・ということを考えるばかりでした。
2008/10/28(火) 22:21 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行様の感想をとても興味深く読ませていただきました。

>土に埋葬されるとき経る手順
この発想はこれまでありませんでした。
オフィーリアの浮かぶ水面こそが彼女の棺なのですね。
それゆえに彼女は水の中で苦しそうな様を見せることなく静かにあの世へ旅立っていくのでしょう。

>マリアナ
彼女もテニスンの詩に登場する人物ですが、
自分の運命を嘆くだけのマリアナよりも、叶わなくとも運命に逆らい自分の道を歩もうとするシャロットの女のほうにより心惹かれます。
しかし19世紀当時の女性はマリアナのようにしか生きられなかったことを思うと、自由に生きる道を選ぶことの出来る21世紀日本に生を受けたことに感謝しなければと思います。

本当によい展覧会でした。
2008/10/28(火) 22:24 | URL | 千露 #-[ 編集]
☆千露さん こんばんは
様々なオフィーリア像がありますが、ミレイのこの絵だけが死者となった彼女を描いていますよね。・・・水の棺の中にいるオフィーリア。

マリアナはテニスンの詩からですか。
シャロットの女にはとても共感するのですが、閉じ込められたまま死んだように生きる封建社会では、到底わたしは活きる事が出来そうにありません。
本当に、今の世に生きていてよかったです。

いつかぜひウォーターハウス展をして欲しいですね。
2008/10/28(火) 23:14 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
こんばんは。

このオフィーリア、たしかテートのものでしたね。
この作品が日本に来るときはその展覧会のポスターに必ずなってるような気がします。
初めて見たとき、ながいことこの絵の前でボーっとしてました。

『初めての説教』『二度目の説教』
いかにも英国的な赤がすてき。
私はこの色がすごく好きなんです。
今、日本に来ている婦人の事はなんとなく好きになれないんですけれど。(ダイアナが好きだったから、というわけではないんですけどね)

2008/10/30(木) 00:06 | URL | 紫 #-[ 編集]
☆紫さん こんばんは
そうです、テートのオフィーリア。
やっぱり目玉になる絵だからポスターなんでしょうね。
前回のテート展のときもミレイが来てる~~とコーフンしましたよ。

ちびちゃんの赤いコート、きらきら瞳の少女の赤いオーバー。
これは本当に英国的赤色ですね。
わたしはこれを見るとWalkerのショートブレッドが欲しくなるのでした。

いくら王室だとは言え、人の恋路を邪魔すると、結局は悲劇しか残らないものですね。
本人たちもみんなお気の毒です。
2008/10/30(木) 00:36 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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