秋のある日、滋賀の膳所にある日本画家・山元春挙旧邸に出かけた。
膳所(ぜぜ)は彼の生地で、明治から昭和初期の京都画壇で活躍する一方、この地に別荘建築を思い立ったそうだ。名前は蘆花浅水荘。
なにしろたいへん立派な邸宅と庭園で、現在は檀家のないお寺・円融山記恩寺として、春挙のお孫さん方が守っておられる。
邸宅のご案内前にまず春挙の作品を少しばかり紹介する。
春挙は竹内栖鳳らと共に活躍し、大正末年にはレジオン・ドヌール勲章を受けている。
わたしが特に好きな作品は、西宮大谷美術館所蔵の『雪渓遊鹿図』

『菊慈童』

『黄初平』など・・・。
滋賀近代美術館にも多くの作品があるので、常設展に時々掛かっていると思う。
画家は絵を描くのが商売だが、家の築造や庭園設計も上手な人が多い。
例えば同じ京都画壇の今尾景年の旧宅は今では料亭になったが、それも元がいいから出来る事なのだ。
この蘆花浅水荘がお寺になった経緯などについてはお孫さんと、その従兄弟の三宅さんから色々面白く聞かせていただいたが、この三宅さんのお父上が春挙の弟子筋の三宅鳳白だったのには、びっくりした。
わたしは三宅鳳白の絵が好きなのだ。・・・尤も、あまり見る機会がなく、八坂神社に納められている『祇園祭』のお稚児さんを描いたもの(祭の間おもてに出ているそうだ)、京劇の女形『花旦』を描いたものなどくらいしか、すぐに思い浮かばない。←未熟者め。

さて春挙邸。

母屋は数寄屋造りで二階に洋間がある。大正10年の完成。広い庭園には茶室が点在し、小さな持佛堂があり、それがお寺の名前ともなった記恩堂。父母の恩、師匠の恩を記すために造られた堂。

とにかく和風建築の粋を集めた造りだと言っていい。国の重文に登録されるのも当然だ。
中庭。竹の間の眺め。

障子一つにしても深い工夫がある。


このモティーフはあちこちにある。春挙は花好きなので、絵だけでなく家の装飾にも花のモティーフが多い。
家紋も桔梗だし。

電気配線も面白いし、スィッチもなかなか興味深いが、なによりこの照明具が気に入った。

二階の広間は現在本堂にあてられているが、そこが春挙のアトリエで、こんな回転式の素敵な絵の具入れがあった。
竹をササラ以上に細くしたものを筆にしてたり、創意工夫が楽しい。
色んなエピソードを伺い、楽しい時間を過ごしたが、周辺の景観がわるくなってきたのが惜しい。
高さ制限とか滋賀県はないのだろうか。モッタイナイ。

気さくなご当主がたのお話も楽しく、素敵な建物も拝見できて、本当にいい時間を過ごせた。
ここは一般公開されているが、三日前に予約を入れることが鉄則。
理由は一つ。邸宅の雨戸を開いてゆくのにたいへん時間がかかるからなのだった。
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