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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

京都御所ゆかりの至宝 蘇る宮廷文化の美 1

京都国立博物館の『京都御所ゆかりの至宝 蘇る宮廷文化の美』展初日に出かけた。
九時半始まりの少し後についたら、もう早や満員御礼。随分繁盛している。
章ごとにコンセプトは違うものの、タイトルから外れることもなく、雅な文物を楽しんだ。
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1章 京都と天皇の遺宝
平安時代から明治までに拵えられた作品が並び、当たり前だが、京都が帝の鎮座まします地だったことを改めて思い起こした。

天皇影図巻 1巻 明治時代 明治十一年(1878) 京都・曼殊院
平安時代の作をこの頃に模写したらしいが、後白河から後鳥羽帝までが見えた。間に今上とあるから、その時代の作と見做してよいのかどうか。
後鳥羽院はたいへんな胆力の豪力の人だと言うだけに、この似絵でも眉太く、力強さの滲み出す面立ちに描かれていた。

後白河法皇像 1幅 鎌倉時代 14世紀 京都・神護寺
これを見て’86年の『在位60年記念 京都の名宝』展を思い出した。そこには源頼朝の肖像画が出ていて、意外と大きな絵だったので驚いたのだ。
今回は『在位20年記念展』である。
この後白河院の肖像画を中心に、頼朝らの肖像画が周囲に鏤められていたそうだ。
五味文彦『院盛期の政治』によると、後白河院は頼朝少年を・・・
たしかに「日本一の大天狗」と罵られるような、とぼけた顔つきの肖像画だと思った。
後鳥羽天皇像 1幅 鎌倉時代 13世紀 大阪・水無瀬神宮
これは隠岐に流される直前、まさに落飾寸前の姿らしい。水無瀬で遊んではった頃の豪儀さはないかもしれないが、流され王の貫禄が見える肖像画である。

太刀 菊御作 1口 鎌倉時代 13世紀 京都国立博物館
その院が関わった太刀がこれ。なんでも毎月全国の誉れの刀匠を呼んで刀を打たせ、自らも鍛え上げたそうである。四天王寺に伝わる掌判を思い起こすと納得できる力強さだった。

車争い図屏風 6曲1双のうち 右隻 1隻 室町時代 永禄三年(1560) 京都・仁和寺
これはかなり描き込まれた絵で、人々の表情もしっかりしている。
いい絵だった。
ところでこの後に丸太町の京都歴史資料館に向ったら、そっくりな絵をモティーフにしたミニチュア屏風がある。こちらの次長さんがおられたので、お話を伺うと、歴史資料館の所蔵屏風のミニチュアで、本物は秀吉から伏見の民家に伝わっており、当初から仁和寺の作品と対になったものだと言われてきたらしい。
不思議な偶然が面白かった。

後陽成天皇宸翰女房奉書 1幅 桃山時代 文禄元年(1592) 京都国立博物館
これは秀吉の朝鮮出兵をいさめる内容のもので、イケズで言うのでも政治的立場から言うのでもなく、まだ若い帝が太閤の不在を案じて書いたご宸翰なのだった。

羅漢図 狩野孝信筆 2幅 桃山時代 17世紀 京都・東福寺
汚れたような羅漢たちのツラツキの凶悪さより、派手派手な蛍光色で彩られた鬼たちの方がよっぽど可愛かった。

とりあえず内容が多いので、今日はここまでとする。続編あり、ということで。
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