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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「大京都の時代」をみる

京都歴史資料館はいつも興味深い展覧会を開催する。
昭和初期の大礼の頃、京都もまた付近の町を統合・併合して「京都市」を巨大化し、大京都と呼ばれるようになった。
大体1920?30年代は、都市の名に冠をつけるのが流行ったのか、大大阪、大東京、大京都、大名古屋・・・名古屋だけ愛知ではなく大名古屋、と自称・他称した。
それで昭和初期の大礼記念の頃の大京都の状況を、この展覧会は見せてくれる。
以前京都市美術館の建物をここで紹介したが、門の表札に古い文字が見える写真を挙げていた。
京都市美術館は大礼記念で生まれたのだ。
IMGP3199.jpg「念記禮大」ではなく「大禮記念」。
京都は古い町だが、ずっとそのままというわけではない。
なんしか洛中は幕末に焼けてるし、その後に建てられた民家が結局、現在の我々が喜ぶ「京都の町屋」なのだ。
そして京都「市」になったので、道路整備や下水道などインフラ関係を充実させた。都市計画をきちんと立てて、それを遂行している。
その資料などが並んでいて、なかなか面白い。
道幅を膨らませたり、区切りつけたり。
堀川通りや烏丸通が車道として発達したのもこの時代らしい。

村上もとかの名作『龍―RON―』も昭和三年の京都から始まっている。
龍(RON) (1)龍(RON) (1)
(1991/07)
村上 もとか


その第四話では京都の町が掘り返される様子が描かれている。未曾有の不景気の最中、なんとか少しでも景気がよくなればと、ご大禮にあわせての都市改造が行われたのだ。
この辺りの時代はやはりたいへん面白い。面白すぎるくらい、面白い。

区画改修計画図などを見ていると、現在の町並みと対比できるから、それがまた興味深い。
丁度江戸時代の古地図を見て、楽しいのと同じ。
写真絵はがきもいいものをいっぱい見た。
cam050.jpg
つい先日は同時代の神戸の写真絵はがきを沢山見たから、ますます楽しめる。
しかしこんな地図を見ていると、学校の授業ではただの苦痛に過ぎなかった地理が、なんで今は面白くて仕方ないのか不思議になる。授業で習った地理は一切役に立たず、自分が実地で学んだり経験したりしたことだけが、自分の力になっている。
これはわたしがえらいのではなく、わたしの受けた学校教育がアカン証拠かもしれんわね。

さて三本の映像も見た。
大礼当日の京都市内の映像。花電車が通っている。
それと昭和10年の水害の様子。これは八世片山九郎右衛門撮影によるもの。
そして京都市下水道工事の記録フィルム。宣伝と啓蒙するための内容。インフラは本当に大事。
cam051.jpg
いい展覧会だった。1/25まで。



展示も係りの方もよかったが、見学のときちょっと怖いことがあった。
厭な話なので読まれる方は反転されてください。

大体ここではまず相客と一緒になることはない。しかしたまには他のお客さんもいる。
この日、わたしが廻っている最中にご年配の男性客、ついでちょっと歴史ヲタ風な中年男性が来た。
わたしがガラスケースを見ていると、いきなりそのヲタな感じの人が押し寄せてくるので、慌てた。
ご年配の方へ逃げると、おっては来ないので、周囲が見えないだけの人かと思った。
それに別室へ移ったので、まぁいいかと思い、それからわたしはその向かいの洗面所の個室に入ったが、いきなりドアを開けて誰かが何か独り言を言いながら入ってきた。
ここが女性専用だとはわかっているはずだ。しかしわたしは個室にいるので姿はない。
誰かは、荒々しくドアを閉めて出て行った。
怖かった、めちゃくちゃ怖かった。
帰りはそのまま寺町通りの商店街へ向って走った。後を見ながら走った。追いかけられたらどうしようとか思いながら走った。カフェに飛び込んでからも1時間くらいは怖かった。
当分、こういう資料館へは行けない気がする・・・
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コメント
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2009/01/16(金) 01:25 | | #[ 編集]
――さん こんにちは
本当にそうですね。
いやまったく・・・
とりあえず当分はこの界隈とは無縁になる予定です。
2009/01/16(金) 12:41 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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