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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

小林秀恒回顧展

弥生美術館では、昭和初期に挿絵界の三羽烏、と謳われた小林秀恒の回顧展をしている。
三羽烏のうち岩田専太郎志村立美は既にここで展覧会が開かれており、小林が最後となった。
三人のうち小林が夭折し、今年で67年経つそうだ。去年が生誕百年。未亡人は94歳で、しっかりしておられ、シャキシャキした語り口でインタビューに答えられている。
そこからわたしたちの知らない小林秀恒の姿が浮かび上がってきた。
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先日野間の記事で挙げた池上秀畝の弟子で、日本画家として名を挙げようとしたが果たせず、当時売れっ子の岩田専太郎の代打で描いた乱歩「妖虫」挿絵で、一気に世に出た。
その後はずっと売れ続けたようだ。
わたしが最初に見た絵はやはり乱歩「怪人二十面相」だった。素敵なキャラに、ドキドキするような構図で、とても心に残った。
何十年後かのわたしがこうなのだから、当時の読者たちのときめきはもっと大きかったろう。
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やっぱり挿絵と言うものは、ハッと胸を衝くような魅力がなくてはいけない。
そして菊池寛「貞操問答」の挿絵は女性キャラがそれぞれとても綺麗だったので、展示を眺めながらついつい、次の話の展開を追ってしまった。
そしてそれが挿絵の力と言うものだ、と常々思う。
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挿絵だけでなく、表紙絵や口絵がまた魅力的なものが多い。
未亡人によれば「編集の方が『描いてください描いてください、売り上げが1万円違いますから』って頼みに来」たおしたようだ。
当時の一万円は日本橋三越の一日の売上高だったそうだ。
その表紙絵の一枚。cam099-1.jpg
健康的な美人がテニスをしている。1941年の作。

展示作品を見ると、実に多くの作品がある。描くのが早かったので、どんどん仕事をこなしていたらしい。作家の方もその当時の人気作家が多い。菊池寛、川口松太郎、尾崎士郎、白井喬二、村上浪六、海野十三、岡本綺堂、下母澤寛、西条八十・・・
(昔の小説のタイトルを見ると、それだけでわたしなぞはドキドキがとまらなくなる)
火星美人、悲恋犬神娘、ライカと手風琴・・・
三角寛「国境の女」口絵。
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こんな口絵を見せられては、中身が知りたくなるし、続きが見たくなるじゃないか・・・!!
(つくづく自分がいかに1920?40年代風俗が好きか思い知らされる)

少女のための抒情画も小林は描いている。
チラシの左下の少女の着物は、色合いも帯もとても綺麗で愛らしい。
こちらもふんわりパーマを当てた少女がいる。『少女の友』誌の口絵『春日』。
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しかし全く残念なことに小林は病に倒れる。彼は友達も多く、ファンも多く、皆に愛されていたが、とうとう34歳の若さで他界する。
仲良しの岩田専太郎がお見舞いに行くと、「僕は死にたくない・・・まだしたいことが沢山あるのだもの・・・」と話したそうだ。せつない、とてもせつない話だ。

それからわたしがきれいだ、と感じたスケッチを一枚。
「永遠の良人」のための作品。本当にきれいだと思う。
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この絵は'93の3月に入手した「昭和挿絵傑作選」の「大衆読物篇」で知ったが、実物に出逢うまでに16年の時間がかかったのだった。

小林秀恒には唯一人の弟子がいた。それは小松崎茂だった。サンダーバードのプラモの箱絵や、宇宙を舞台にした口絵などを多く描き、晩年またもや脚光を浴びた画家。
小松崎は敬愛する師匠のために街角のスケッチを多く描き、小林もそれをたくさん買い取った。小松崎の当時の仕事は全て焼失したので、現物はないが、後年それらを思い出して描き直したものが今回、出ていた。
昭和初期の東京のアチコチの風景スケッチ。なかなか興味深いものだった。

他に秀恒の次男で既に故人になったイラストレーター小林弘隆の作品紹介もあった。
なんとなくどこかで見たことのある絵である。経歴を見ると「週刊プレイボーイ」「月刊GUN」「スクリーン」などに発表していたようで、シュワちゃんの「コマンドー」のイラストなどがあるから、やっぱりどこかで見ていたのだ。
父親の画風とは全く違うが、同じ道を進んでいたのだと思うと、なんとなく嬉しくなった。

挿絵は打ち捨てられることが多い絵である。しかし記録に残らずとも、記憶に残る存在である。
わたしはやっぱり挿絵を愛し続けて生きている。

併設の華宵コーナーではまた夢のように美しい少女たちの絵を眺め、夢二美術館では「乙女によせるメッセージ」として、詩画を見た。
黙ってその絵を見、その詩を読むと、ちょっと胸がいたくなる。
「おんなし夢をふたりして 遠いところで見たのです」
大正のときめきは昭和とは形が違うが、それでもやっぱりきれいだった。きれいでせつなかった。

展覧会は3/29まで。来月からはアンパンマンのやなせたかし展に替わる。



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コメント
No title
お世話になっております
日経東京版の文化欄にも 夫人のインタヴューが出ておりました
永遠の良人・・・これ1枚観に行くだけでも価値ありかと
ああ なんという絵を描いて見せるのでしょうね

守備範囲が広い(多作)ゆえに 密度濃く生きたのでしょうか
凡夫は 1枚でも多くの絵の前に立ち 虚心に味わうといたします・・・
それではご自愛ご健筆を
2009/03/09(月) 19:09 | URL | TADDY K. #1xXJNkSU[ 編集]
No title
☆TADDY K. さん こんばんは
実際あの一枚にはどきっでした。
鉛筆画の柔らかな優しさが、描かれた女の微笑に現れていますね。

速筆だったようで、依頼も多かったでしょうし、過労と麻雀のしすぎもあって、身体を壊したそうです。
本当にもったいないことですね。
2009/03/09(月) 23:24 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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