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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

上村家三代展

高島屋百貨店は大丸と並んで、わたしにとってはありがたくも恩のある存在だ。
何がかと言えば、このブログの案内文にある「美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き」これです、これ。これら二つのデパートがミュージアムを開いていなければ、わたしは今みたいな暮らしをしていなかった可能性があるのだ。
過日、東京日本橋高島屋で「上村家三代の美」を見せてもらった。

わたしが最初に上村松園・松篁・淳之、上村家三代の美を一堂に集めた展覧会を見たのは、’89年2月18日の夕方だった。昼間にナビオ阪急で高畠華宵展を見てから、夕方にナンバに出た。高島屋では6時以降入館が半額になるサービスをしていて、偶然その時間に来たものだから、嬉しくて仕方なかった。
あれから20年経つが、今も変わらず高島屋ではステキな展覧会を開いてくれている。
本当にありがとうございます。

わたしは関西人だからその認識がなかったが、松園さんの美人画のうち関西の外に出ることがないものというのは、けっこうあるらしかった。
それはどんな作品なのかと思えば、なんだかなじみのある作品が多い。
これはやはり関西の一得やなぁ、とシミジミ感慨にふけった。
どちらかと言うたら、松園さんの描くご婦人方というのは、品の良い・徳の高い・真面目な感じの人々ばかりなのだが、それが東京と言う異邦で見ると、いよいよその「位の高さ」というものがハッキリしている。
いばることはないのだが、昂然と面を上げている、そんな感じがする。

ただしそんな「対峙してこちらも毅然となるような」ご婦人方ばかりやなく、可愛らしい娘の絵も多いし、そしてちょっとあぶないような女人もおるのだった。
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松伯美術館所蔵の「花がたみ」は照日の前を描いたもので、この顔を描くために松園さんは京都の岩倉にある精神病院に通うたそうだ。
それは自身の随筆「青眉抄」にも書かれているが、本当にえらいものだ。
高校の頃に初めてこの絵を見たとき、「世の中の煩わしさ一切から解き放たれた、なんとも言えず美しい顔」だと見蕩れた。
見蕩れたが、わたしはその狂気に気づかず、母親に指摘されて初めてそのことを知った。
狂気なればこそ「世の中の煩わしさ一切から解き放たれた、なんとも言えず美しい顔」でいられるのだ。
あれから随分経ったが、やはりわたしにとって松園ゑがく「最も美しい顔」は、この照日の前のそれを措いて、他にないのだった。

「楊貴妃」 よくぞこの絵と「花がたみ」が松伯に揃って入ったことよ、と嬉しくも尊くも思うことがある。東博にある「焔」を含め、三枚の名画に惹かれる者としては、そのうちの二枚が共に関西にあることを喜ぶばかりだ。
いつ見ても御簾や薄い障子と言うのか、それや、身に着ける羅物からの透けた景色に感心する。ふっくらした女人というのが、伝承にある楊貴妃その人らしい趣を見せて、ますます好感を増す。悲劇は短く、享楽は長く豊かだった女の生。
「雲鬢花顔」という言葉を実感する美人がそこにいる。


松篁さんはわたしが展覧会かよいを始めた頃、いまだ現役の画家で、デパートではよく「松篁回顧展」や「米寿展」などが行われていた。
なにしろたいへんいい絵を描くし、しかも長寿で、と絵に関心のない人からも好かれていたように思う。
松篁さんがお元気な頃、京都には大高名・大高齢な方々がおられた。
十三世片岡仁左衛門丈、京舞・井上八千代、上村松篁、西陣織の山口兄弟・・・
本当にえらいものだった。
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年降るにつれ枯淡の境地へ至る、というものもあるが、その一方でいよいよ華やかと言うこともある。
松篁さんの絵は後者の方ではないか。
どの絵を見ても皆、ある種の華やぎと明るさがある。
それはやはり色彩と構図の良さが、そうした目立つ美しさを支えているのだった。
若いうちからずっとずっと変わらず華やかに耀く。
名品は十指に余り、足の指を総動員してもまだまだ足りない。
色の少ないものを描いても、パッと目立つ美しい華やかさがある。
何と言う豪華な世界なのだろう。

壁に掛かる松篁さんの絵を眺めて歩くうちに、どんどんいい心持ちになってくる。
鳥や兎といった小動物が好きな人が、嬉しそうに楽しそうに描いている。
そんな姿が見えてきそうだった。


淳之さんの絵を最初に見たのはやはり20年以前、つまりお父上の松篁さんがまだまだお元気だった頃。
あの頃の淳之さんの絵はどことなく寂れていた。
間を大事にする東洋絵画、それを目標に、という画家本人の言葉がどうも信じ切れなかったあの頃。

しかし段々といい絵が生まれてくるようになったと思う日々が続いたのは、この十年の間だった。お父上が少しずつ弱られてきた頃から、絵にある種の強さが出るようになったと思う。
だから「ああ、エエ絵やな」と思うのは全て近年の作ばかり。
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それまで淳之さんの<間>は<余白の美>ではなく、ただ寂しいものだったが、いつの間にか<余韻>に変わっていた。
そして2009年今年の新作が、最後のコーナーで展示されていた。
「水辺の四季」 数多の水鳥たちが遊ぶ姿。
優しく柔らかな世界だった。
絵の方向性は違うが、徽宗の花鳥画、ポンペイの壁画などを思わせる、優しい優雅さを感じた。
父上の大胆な華やかさとは異なる、「可愛らしさ」が活きた絵画世界。しみじみした良さが実感できる作品はこれからも生まれ続けるだろう。

ああ、本当にいいものを見せてもらった。この展覧会は大阪店を経て、今日から京都店で行われてもいる。
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コメント
No title
羨ましいです。
関西地区の人しか観られない松園があるなんて!
松園さんの美人画を観ていると、今は亡き母方の祖母を思い出します。東京の人なので、関西の女性とはまた違った明治女の気高さがありました。
今では、描かれた女性像が、表面的な美人画に見えてしまうのでしょうけど、この時代の女性の美意識を知っていると、けっこうリアル感があります。
東京ではなかなか観られないので、5月の山種美術館での展覧会を楽しみにしています!
2009/04/09(木) 16:49 | URL | えび #-[ 編集]
☆えびさん こんばんは

>東京の人なので、関西の女性とはまた違った明治女の気高さがありました。

同時代を生きた清方が、松園芸術を讃えていた中に、東西の気質の違いをあげていましたが、そのあたりにとても関心があります。
わたしの祖母は大正の人なので、昭和初期のモダニズムが身についていて、晩年までどことなくハイカラなところが多かったです。
(面食いで、デビュー直後の阿部寛がお気に入りでした)

> 東京ではなかなか観られないので、5月の山種美術館での展覧会を楽しみにしています!

'93年の5月、山種では「栖鳳と松園の周辺」展を開催していました。
あれはなかなかいい展覧会でした。今回も期待できそうですね。
2009/04/09(木) 22:32 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
こんばんは~(^^)
まるで松伯美術館がそのまま東京に出張したような展覧会があったのですね♪
「花がたみ」私も好きな作品です。
一目見て、精神を病んでいる女性の表情だというのがわかりましたが、帝への思いの強さを感じさせますね。「焔」の御息所とはまた異なる激しさですね。
松篁さんのこのウサギの絵、私も大好きです。
遊行さんは、上村さん親子の描かれる鳥さんは平気なのでしょうか?(笑)

2009/04/10(金) 20:49 | URL | tanuki #s.Y3apRk[ 編集]
☆tanukiさん こんばんは
こういうときに関西に暮らすことの贅沢さを実感しますね。

松園さんがやや激しい女を描くときは、大抵ご本人に何かしら蟠りがあるそうです。
それらをクリアーするための絵が、こうした名作に高められるのですから、ご本人の素晴らしさにますます胸を打たれますね。

> 遊行さんは、上村さん親子の描かれる鳥さんは平気なのでしょうか?(笑)

種類にもよりますが、正視できないのです。
2009/04/11(土) 00:11 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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