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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

中信美術館・開館記念展

京都府庁のそばに「中信美術館」がオープンした。
開館記念展は三期に亙って開催されるが、その第一期の終りに出かけた。

以下は(09.02.18)のニュースから。
「京都市下京区に本社を置く京都中央信用金庫は、所蔵する京都画壇らの作品を展示する新たな美術館を開館しました。オープンした「中信美術館」は、京都市上京区の京都府庁に近い下立売通り沿いの南イタリア風の建築物を改装したもので、中信美術奨励基金が運営します。
新しい美術館は、地下1階、地上3階建ての延べ床面積およそ525平方?で1、2階が展示スペースとなっている他、茶室や喫茶コーナーも設けられています。基金では京都画壇を中心に秋野不矩や池田遙邨らのおよそ1100点を所有していて、オープニングは、「京都美術の精華」展と題して、これまで京都美術文化賞で受賞した日本画や洋画、陶芸、彫刻などを6月中旬まで3回に分けて展示しています。」
と言うことらしい。

以前の御池ギャラリーは閉館したそうだ。去年の早春には、梅を描いた日本画を見せてもらった。
今度の美術館は樂美術館のすぐ近所。
秋野不矩 雨季  インドの風景を描く、というよりもこの人の場合、インドの空気・砂・匂いなどをそこに再現させる魔術を持つ、というべきかも知れない。
ただしリアリズムではなく、やっぱり「秋野不矩」という画家の手と目と心とをフィルターにした後の「再現」なのだが。
黄色い空と黒雲。これがインドだとは、どこにも書かれてはいないけれど。

麻田浩 原都市  麻田の作品に対する違和感は、わたしがその世界を支える思想を理解しないからなのだ。しかし例えばこれが「ブレードランナー」の都市であり、「バットマン」の「ゴッサム・シティ」の一隅だと言うのなら、わたしはそこに勝手なときめきを感じるのだろう。
平面的な廃墟がそこに広がっている。これは看板のような、ハリボテのような世界。なにも世界は無限でなくてもいい。球形の惑星である必要もない。
この画面の中に切り取られただけの世界があってもいい。
蝶が飛んでいる。青虫もいる。赤錆びた廃墟の町のウィンドウと階段と塀と。
標本が並ぶ前には、乾涸びたヒトデが仁王立ちしていた。

伊砂利彦 型絵染「夜桜」 伊砂の型絵染を初めて見たのは思文閣でだった。風呂敷ばかり集めた作品展だったと思う。螺旋が横に流れる。そこに灰桜が絡む。
その螺旋はまるで、通信のためのコサインカーブハンガーのようだった。

三尾公三 蒼い部屋  この画家は死ぬまで写真週刊誌の表紙絵を描き続けていた。
わたしはその読者ではないが、新刊号が出る度、新作の絵をなんとはなしに眺める暮らしを続けていた。絵の世界は微塵のブレもなく、いつも同じだった。
そしてわたしの感想も同じくブレがない。
どう見ても、死体のような女の絵にしか、見えなかった。

面屋庄甫 大地の声  作品を見る前に名前を見て、「ああ」と思った。この作者を知るからではなく、この作者の家の業を知るからだった。
この人形はアフリカに生を受けた、という設定を持つようだった。
砂漠そのものが身体を包み込んでいる。アフリカが人類の祖地だということを、思い知らされるような、人形がそこにある。

私としては珍しく、(物故者も含めた)現代アートを見た。自分が気に入ったものにしか反応を示せないのは残念だが、仕方ない。
またタイミングを見て、中期、後期展にも行きたいと思う。

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