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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

住友コレクションの中国絵画

泉屋博古館では今、南宋と明清代の中国絵画を展示している。
元々この美術館は中国の古代の青銅器コレクションが世界的に有名なのだ。
しかし絵画の方は知らなかった。
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昨年、大和文華館で中国の水墨画の好い展覧会を見たが、こちらは彩色画が多そうだった。
サイトによるとコレクションには2つの流れがあるらしい。(要約した)
「ひとつは宋代画院に始まる宮廷画家の系譜、ひとつは明末清初の遺民画家に代表される明清の文人たちの系譜で、前者は室町から江戸時代ごろに日本に将来され、後者は明朝から清朝へ王権が交代する激動の時代に、旧王朝に義をたてて、隠逸の日々を過ごした文人。
こちらは明治以降にもたらされ、近代人の芸術観をおおいに刺激した・・・
これらはおおむね第十五代住友吉左衞門とその子息が蒐集したもの」
第十五代住友吉左衞門は春翠と号された文化人で、大阪中之島に図書館を寄贈してくれたり、様々な文化事業を成してくれた、近代大阪の大恩人の一人である。

《秋野牧牛図》 伝閻次平 南宋時代
牧歌的な情景。右側には眠る水牛親子。左手にはどこかへ向かう水牛。ところが木の向うにいる牛飼いが何をしているのかが全くわからなかった。
眼がウトテルからだけでなく、わかりづらかった。

《黄山図巻》 石濤 清・康煕38年(1699)
雲たなびく山。ヒトの姿がないのが伸びやかでいい。しかしこれが現実の風景なのかどうかは知らない。

《黄山八勝画冊》 石濤
フランス系らしき少女が熱心に眺めていた。決してヨーロッパにはありえない景色を描いた絵を眺めながら、彼女は何を思うのだろう。

《盧山観瀑図》 石濤 清時代
どうしても言うてしまう。「盧山昇竜覇!!」・・・小宇宙が燃えるぜ。
秘境と言うべき山中で巨大な瀧を眺める人々がいるが、その瀧の源は一体どこにあるのだろう。
どうしても更に深い山中より湧き出でたものとは思えず、宇宙からつながる水の流れのように思えてしまう。
そんなスケールがこの絵にはある。

《報恩寺図》 石渓 清・康煕2年(1663)
賛が長々しく書かれているが、読めない。寺は左側に小さくある。やっぱりわたしはこうした僻地より、町中の喧騒が好きだ。

《雪中遊兎図》 沈銓(沈南蘋)清・乾隆2年(1737)
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いかにも南蘋という嬉しくなるような絵で、時間をかけて眺めた。
なにしろウサギのカップルが2組いるのだが、それぞれが牽制しあっているようで、ちょっとウサギ関係が面白そう。
大体どういうわけか、こういう構図は三面記事的な面白さがあって、楽しい。
ウサギの毛色の茶色さがリアルでいい。描き込んでいる、というのがわかる。省筆ではないところが面白い。

《宮女図》 銭選
皇子を輿に乗せ、女官たちが優雅に遊ぶ。小鳥が手の上にいる。白いオウムの姿も見える。
優雅な午後の情景、そんな風に見える。
中国での宮廷図会などを見ると、ルネサンス以前のテンペラ画などに描かれた富裕な階級の人々の世界と、とても似ていると感じる。

《安晩帖》 八大山人
今回8を見た。叭叭鳥が細い枝の上で首を垂直に曲げて居眠る。
なかなかカワイイ。7は以前から見ていたが、8は今回初めて。
ところでわたしは長らく八大山人を八笑人と思い込んでいた。
なんでそんな錯誤が起こったか、わからないのだが。←アワテモンだから。
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こちらのサイトではこの《安晩帖》が全て見られる。
こういうのが清方の言う「卓上芸術」なのだと思う。
机の上に広げて心ゆくまで愉しむ。

《江山無尽図巻》 漸江
心象スケッチといった趣の作品。現実風景でありながらも、現世ではないようにも見える。
空に雲なく、地に風もなく、寂として音もなく。
パノラマ風景でありながらも、世界がそこばかりのような。

他にも色々面白い作品があった。やっぱり住友コレクションは奥が深い。
4/26まで、京都鹿ケ谷の泉屋博古館で開催中。


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