FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

近藤ようこ「桜の森の満開の下」

桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。
坂口安吾「桜の森の満開の下」
cam183.jpg
みちのくで桜祭りが始まる頃、この物語の舞台となった鈴鹿峠にも都にも、既に花は失われていた。

近藤ようこが安吾の作品世界をコミック化した二作目。
このご本が届くのをひたすら待ちわびていたわたしは、あぁ と小さく声を挙げた。
喃語ではなく納得の応えでもなく、感嘆の声。
それは読み進むにつれ、幾度も幾度もわたしのノドから洩れ続ける。
観たかったものがここにある。
これは、ある近藤ようこファンの感想文である。

原作の通りに物語は展開する。
しかしそれは原作の文体を着物とすれば、その着物を脱いで別な着物を身につける様子に似ていた。
骨も肉も等しいが、衣によって様相は変わる。
そしてわたしはこの衣裳に惹かれている。
それは丁度、物語の中で男が人を襲って、女のために美麗な衣裳を持ち帰り、その結果として、
「女は何枚もの着物を重ね、一つの美を完成させます。」
そこに立つ女の美しさを感嘆して眺める男の様相と、似ていた。

ここに現れる誰にも名前はなく、「男」「女」「彼」というような呼びかけしかない。
前作の「夜長姫と耳男」には固有名詞があり、個としての際立った存在があった。
安吾の小説ではこの「女」より、夜長姫の魅力が深い。
しかし、近藤ようこによって描かれた「女」の魅力は、夜長姫よりも重く深い。

都に住まいを移してからの「首遊び」の情景で、強くそのことを思う。
どんなに深く文章を読んでも、この描かれた情景の方が惨く、そして美しい。
それは近藤ようこの「描く」女だからなのだ。
夜長姫の無邪気な残酷さよりも、この女の悪意や享楽が、深く胸に刻まれる。
それは安吾の作品と言う枠を飛び越えて、近藤ようこの作品世界に変換したからなのだった。
この「女」の魅力とは、近藤ようこの描く女の幾人かに見られる性情でもある。
言い換えれば、近藤ようこが描いたことで、安吾が書かなかった部分までもが、世に現れたのだった。

少女の首を弄る女の表情、荒く弾む息、哄笑。
そして満足した後の笑顔。
このときの女の、昂揚した指や胸の温度が、こちらにもはっきりと伝わってくるようだ。

ラストシーン、桜の森の満開の下で、男は息絶えた女の顔に散る花弁を取ろうとする。
安吾はこう書いている。
彼は女の顔の上の花びらをとってやろうとしました。彼の手が女の顔にとどこうとした時に、何か変ったことが起ったように思われました。すると、彼の手の下には降りつもった花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていました。

近藤ようこはそこに一つの絵を加えた。
掻き消える寸前、花びらに囲まれた女の両目が、確かに薄く開いているのである。
そして男は声をあげ、瞬時にこれも消える。
女が消えたことに驚いたより、女の薄目が開いたことに声を挙げたのではないか。
そして消えることよりも、女の薄目が開いたことの方が、恐ろしい・・・・・・・・・・

きっとこの先も、桜の時期が来るたびに何度も何度も脳裏に、ラストシーンの「女」の美しい顔が蘇ってくるだろう。
薄目を開けた女の顔が。

恐ろしい魅力に満ちた作品だった。


関連記事
スポンサーサイト



コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/04/24(金) 10:35 | | #[ 編集]
No title
こんばんは~(^^)
私は坂口さんの作品を読んだことがなく、普段マンガも全く読まないので、内容に関するコメントができず申し訳ないのですが、とても興味深い作品のようですね♪
怖いもの見たさで読んでみたくなりました。
表紙が素敵です。ヨカナーンの首を持つサロメを思い出しました。
2009/04/24(金) 19:57 | URL | tanuki #s.Y3apRk[ 編集]
No title
☆――さん こんばんは
本当によかったです・・・わたしもその解釈に同意です。
決して分かり合えない存在同士の出会い・・・
深い深い断絶ですね。どうにもなりはしない。
思えば軽やかに無惨な話です。
>監督はほんとうは「道鏡」を作りたかったんだろうな
・・・(笑)。しかし誰が演じるかが問題かも・・・


☆tanukiさん こんばんは
わたしは学生時代に所謂無頼派にハマリましてね。
今も石川淳、檀一雄、安吾、太宰あたりが好きで苦しいくらいです。
>表紙が素敵です。ヨカナーンの首を持つサロメを思い出しました。

この「サロメ」はこの首では遊びませんでしたが、多くの首を欲しがったのでした。
2009/04/24(金) 23:15 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
近藤ようこの描いた「女」は強烈でした。
こういう「女」のしもべになってみてもいいかな
なんてふと思ってしまいました・・・
「男」の方は、イケメンの善人に思えました。
2009/04/25(土) 08:30 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
No title
こんばんは
近藤ようこ版の「桜の森の満開の下」、よかったですね。
ある意味、理想的なマンガ化だったと思います。
実は、僕もこの作品の記事を書こうとしたのですが、中断して、一週間以上ほったらかしたままになっています。(苦笑)
偶然なのですが、冒頭に遊行七恵さんが引用したのと同じ部分を引用しました。気が合いますね。(笑)
2009/04/25(土) 20:42 | URL | lapis #e8.b9ePc[ 編集]
No title
☆一村雨さん こんばんは
>こういう「女」のしもべになってみてもいいかな
なんてふと思ってしまいました・・・

うふふ、でも途中で一村雨さんにはホトケの手が差し伸べられそうです。
慶派の手が。

山賊で人殺しが平気な男も、この女と関わったばかりに・・・


☆lapisさん こんばんは
>ある意味、理想的なマンガ化だったと思います。
わたしもそう思います。しかもラストに仕込まれたシーン。
あれがあるから、いよいよ活きたと思いました。

>気が合いますね。(笑)
以心電信(!)ですね♪
2009/04/26(日) 00:04 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
こんばんは、
遅ればせながら、この作品についての記事を書きました。
TBさせていただこうとしたのですが、今回もまた失敗しました。
残念ながらFC2ブログとの相性はいまだに改善されていないようです。(苦笑)
失礼とは思うのですが、コメント欄にURLを書かせていただきましたので、よろしくお願いいたします。
http://lapis.blog.so-net.ne.jp/2009-04-28

近藤ようこと坂口安吾の組み合わせは最高ですね。
次は、『紫大納言』あたりを読んでみたいものです。
2009/04/28(火) 22:54 | URL | lapis #e8.b9ePc[ 編集]
☆lapisさん こんばんは
もう本当にどちらも大好きで、読者冥利に尽きる作品ですね。
こうした組み合わせは本当に幸せな出会いですね。
時々こういう奇蹟みたいな作品に出会うことがある。
それだけでも活きている甲斐があるように思います。

>『紫大納言』あたりを読んでみたいものです
あー、そうきましたか。
わたし実は今、澁澤の「ねむり姫」を描いてくだされば・・・
なんて妄想忠です。
2009/04/28(火) 23:25 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア