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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

浪速の絵師 菅楯彦の画業

関西大学博物館に久しぶりに出かけた。
学生にまみれたキャンバス。新緑の季節、鮮らかに躑躅が咲き誇る。
しかしその博物館に彼らの姿はない。
学生は誰も博物館の恩恵を、享受しようとしなかった。

大阪の最後の画人とも言うべき菅楯彦の展覧会が開催されている。
cam184.jpg
楯彦の展覧会は本元の大阪ではなく、「大阪の奥座敷」芦屋などで開催されている。
彼は生涯に亙り多作で、関西のあちこちに楽しそうないい絵を残している。
最初の大阪名誉市民。しかし遺族が作品を一括寄贈しようとして、大阪市に拒絶された。
それは大阪市に文化的なものを受け入れるキャパが足りなかったせい。
やっぱり大阪の公はダメだ。尤も民間も今ではどうにもならないが。

関大には楯彦の作品が多く残されている。
それをこのように展覧してくれるのはありがたい。しかも無料。
出来たらこの先も、常設のようにしてくれると、とても幸せなのだが。

今回の展示の目玉は『職業婦人絵巻』(原題は旧字)。全長14mの長い絵巻に色んな職業婦人の姿が、楽しそうに描かれている。
楯彦は戦絵以外は大体が機嫌のよい絵を描く人で、だからこそ各地の名物菓子の栞や、有名料理店にも作品が多く見られるのだ。
見るからに朗らかな楽しい絵。それは見るものも嬉しくなるが、描く画家も機嫌よく描いていた、よい絵なのだった。

大正期から職業婦人が現れ、社会進出していったが、当時の新聞記事(今の新聞とは違い、ほぼゴシップ誌)には、それを喜ばない風がある。
その記事を読むと大変不快になるので、すっとばす。
しかし楯彦は揶揄したり、不快感を持たせるような絵を描く人ではない。
庶民の日々の様相を、やっぱり機嫌よく描いているのだった。

女給、美容師、電話交換手、看護婦、仲居に芸妓、ヨイトマケ、事務員、農婦・・・みんな機嫌よく働く姿が活写されている。苦しい仕事ではあっても、みんなよく働いている。そしてみんな元気そうに見えた。

大阪の庶民の四季の楽しみ・日々の楽しみを楯彦は描く。
それは鏑木清方の描いた明治の東京の庶民の暮らしぶりと共通するものがある。
画家の視線の優しさ、それが作品から立ちのぼる。
清方は『朝夕安居』の中で、そんな人々の姿を描いた。
清方、楯彦、ともども交流のある谷崎潤一郎の楯彦評が、とても心地よい人柄を想像させるものだった。
谷崎は関西に移住してから、巨大な文学的転換を経て、後世に残る偉大な作家になった。
その谷崎の「細雪」「月と狂言師」は楯彦の装丁である。
「第二盲目物語」とされた「聞書抄」には楯彦の挿絵があり、現在も中公文庫で見ることが出来る。
聞書抄 (中公文庫)聞書抄 (中公文庫)
(2005/09)
谷崎 潤一郎



ディレッタントと言えば、これはやはり典型的な大阪風のディレッタントで、楯彦は芸術の完成・道の成就よりむしろ、大勢の仲間と機嫌よくワイワイ愉しんで生きることを選んだように思われる。
人生は愉しむためにあり、その只中に絵がある、という雰囲気。

歴史画も多いが、特定の誰かを描いたものは案外少ないようである。
ただし有職故実の大家なので、何事にもゆるがせにはしない。

そのうちの一枚「実朝」も、機嫌のよい顔つきの少年が緑滴る時期に、家の上がり框にちょこんと座る、という図で描かれている。

わたしが最初に見た楯彦の肉筆画は、今橋の大阪美術倶楽部での「黒鯛」「赤鯛」だと思う。それ以前は印刷物でしか見ていない。というより、知らぬ間に見覚えた画家なのである。それにしても、本当にいつ見ても機嫌がいい絵・・・

もっともっとこうした機会が増えることを願っている。
関大博物館では5/17まで開催されている。

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コメント
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2009/04/25(土) 22:10 | | #[ 編集]
☆――さん こんばんは
おお、今日の午後の全長見学に行かれたのですか!
いいですね~

>1幅子供の絵があって風俗画に描かれている様式でした。

かなり若い頃から筆で暮らしを立ててましたから、まずは硬い絵から始まったのでしょうね。
以前芦屋でみたのにも、「明治の日本画」そのままのような作品がありました。
変遷するのは脱皮するような感じで、ステキなことですね。

大雨の中、おつかれさまでした。
2009/04/26(日) 00:14 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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