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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

2.26事件の現場 渡邊錠太郎邸と柳井平八

杉並区立郷土博物館へ「2.26事件の現場 渡邊錠太郎邸と柳井平八」展を見に行った。
駅からそこへたどり着くまでの苦労は思い出すのもイヤだが、行った価値のある内容だった。
「2.26事件」の概要については、wikiででもご覧下さい。
cam230.jpg
子どもの頃から「2.26事件」に何故か関心があった。
今でも2/26になると「ああ、この早朝に」と思う。9/1の正午になれば「ああ・・・」と思うのと同じである。

それでこの杉並区立郷土博物館で、なんでそんな展覧会が開かれているかと言えば、襲撃された渡邊錠太郎の邸宅が昨年取り壊され、建具やドアなどがここへ寄贈されたからだった。その邸宅を設計したのは陸軍省で設計を担当していた柳井平八で、彼の残した建物などの紹介もあった。
2.26事件と近代建築と。二つの関心あるものが同時に展覧されることで、わたしはムリを押して出かけたのだった。

会場に入ると、渡邊邸の玄関などが再現されていた。
なんとなく意外な気がする。ただしそれはわたしの錯覚のせいなのだが。
つまり、わたしがこの展覧会を知ったのは、2月に新聞記事で見たからなのだ。
新聞独自のモノクロの色彩が意識の底に残り、銃撃されたことなどが思い浮かんでいたので、ちょっと予想外だった。
この頃の流行として、和洋折衷の住宅が多く作られたが、渡邊邸もその例に入る。
だから昭和初期の近代建築として見る分としても、ひどく興味深い。
しかしその邸宅の残骸には、無惨な記憶が染み付いている。

その当時の新聞記事から起こした写真を使った週刊誌がある。
そこからこの玄関などが再現されている。肉が飛び散ったと言う部屋も。
悲惨な記憶の家。
その写真では、ドアは凄まじく破壊されていた。

錠太郎の次女・和子さんは父から向うへ逃げることを言われたが、結局父の元に来てしまった。
銃の腕前に自信のある錠太郎は既に応戦態勢で居たが、来た娘に藍胎のテーブルの陰に隠れることを眼で指示する。
そしてその娘の目の前で、惨劇が繰り広げられるのだった。

そのことを渡邊和子さんは語られているようだが、悲惨な記憶である。
cam229.jpg

2.26事件を思いながらその家の名残を探る。完全な再現ではなく、所々の再現。
生活した痕跡を辿るのは少し難しい。

図録がよく出来ていた。展示には無い写真資料も多く含まれている。
それらを眺めながら、様々な思いが胸を横切るのを感じる。
わたしは近代の歴史的事件として、この「2.26事件」とロシア革命とにひどく関心があるのだが、「襲撃された家の名残」を目の当たりにするのは、これが初めてだった。
なんとも言えないナマナマしさを感じる。

一方、渡邊邸を設計した柳井平八の他の仕事も紹介されていた。
東京高等工業学校(現・東京工業大学)卒後、陸軍省に入庁。つまり辰野金吾系ではない、建築士なのだ。

箱根強羅花壇の洋館は旧閑院宮別邸で、これは柳井の設計によるものだと言う。
そしてここの照明や和室の付書院などが、渡邊邸と同じ意匠らしい。
強羅花壇の案内文によれば「竣工後、大きな改修点はなく、今なお当時の趣を伝える貴重な建築でもあります。」ということらしい。
そしてそのことについては藤森照信先生がサイトに解説文をよせている。
関西人には箱根は遠き憧れの地だが、行ってみたいと思った。
(富士屋旅館にも行きたいのだが)
cam229-1.jpg

ちょっと曖昧な記事になってしまったが、やっぱり詳しく書くのにはムリがあるのを感じた。
しかしこの展覧会に行くことが出来て、それは本当によかったと思う。
展覧会は5/10で終了している。




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コメント
No title
昨年の職員旅行で強羅花壇で昼食をとりました。
強羅の駅から、てくてく歩いてこの建物に
たどり着きました。
冷酒を頼んだら、氷入りのボウルに冷やされて
出てきたのにはびっくりしました。
2009/05/20(水) 23:25 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
☆一村雨さん こんばんは

> 昨年の職員旅行で強羅花壇で昼食をとりました。

なんと羨ましい!!今ホテルのサイトを見ていて、
ほほーエエプランがあるなぁとヨダレ垂らしていたところです。

> 冷酒を頼んだら、氷入りのボウルに冷やされて
> 出てきたのにはびっくりしました。

かっこいいですね~~
わたしはスパのプランも追加したいです~~
2009/05/20(水) 23:56 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
こんばんは。
どうも⒉26事件というと、毎年思い出します。でも私のはもっと単純で、そのころ父が赤坂の郵便局長をしていて何日か帰れなくて、家のものが心配してましたから、あの雪の夜を思い出すのです。そして何故?という疑問、何故あんな結果になったのかという、それで⒉26というと聞き耳を立ててしまいます。
2009/05/21(木) 00:00 | URL | すぴか #-[ 編集]
☆すぴかさん こんにちは
リアルなお話ですね。
時代の当事者の一人なんですね。
事件の、ではなくそのリアルタイムの。
あれから長い時間が経ちましたが、結局のところ「誰も」本当のことなどわからないのかもしれません。
当事者たちにも、そのことに憤った昭和天皇も、むろん無辜の国民もまた。
後世のわたしなども当然わからぬままです。
しかしそれでも色々なことを考えます。
2009/05/21(木) 12:45 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
No title
杉並区立郷土博物館ですか、遊行さんらしくマニアックですね。
確か永福町の近くにあったと記憶していますが、行ったことがありません。
結構広いんですか?杉並というと美術館らしきものがありませんね。
そういえば、神奈川県立近代美術館鎌倉で板倉準三の展覧会やりますね、ご関心あられるのでは?
神奈川県方面は横浜のフランス絵画、そごうの川上澄生、それにこの鎌倉と既にチケットありますから、必要ならおっしゃってください。
しかし自分でブログかくより人様のブログにコメントしている方が楽でいいですね、笑。
2009/05/21(木) 22:57 | URL | oki #-[ 編集]
☆okiさん こんにちは
永福町というところに出たのも今回初めてです。
高円寺からのバスの初発が遅いので大変困りました。
杉並にはアニメーション記念館かなんかがあります。
以前そこでガンダムの卓上カレンダーを貰ってすごく嬉しかったです。
チケットの件、ありがとうございます。
6月はやはり鎌倉・横浜にいい展覧会が多いですね。
2009/05/22(金) 12:32 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
No title
昔の人間は誇り高く、生きることも、命がけで生きていたのでしょうか。学生時代に首班とされた北一輝を研究するため、佐渡島の生家、墓を訪ねたりしましたので、郷土博物館へは行きたかったです。令夫人はさすが武人の妻、両手を広げて襲撃部隊を阻止しようとしましたが打ち据えられ、渡邊閣下は、機銃による襲撃に単身、拳銃で応戦、身に機銃弾十数発を受け壮烈な最期。玄関にて応戦した警護の憲兵二人も、一人は重傷。226事件は先帝陛下御自ら近衛師団を率いて鎮圧に当たるとの強いご決意により収束しましたが、小生にとり昭和史の中でも最も心に残る事件のひとつです。慰霊碑は、渋谷公会堂裏、NHK(銃殺刑の執行された元陸軍衛戍所)に向かって立っています。
2009/05/24(日) 10:50 | URL | #j2KS4BfU[ 編集]
☆――さん こんにちは
>昔の人間は誇り高く、生きることも、命がけで生きていたのでしょうか。
そう思います。思想や立場を超えて、各人がそうであったように思います。

北一輝については、以前に手塚治虫「一輝まんだら」でその存在を知ったのが最初でした。それから村上もとか「龍 ―RON」もまたこの事件を描いておりました。
後世の者であるわたしには何の判断も許されませんので、ただ静かに資料を眺めるばかりです。
2009/05/24(日) 12:29 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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