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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

イタリア美術とナポレオン

既に終了してしまったが、京都文化博物館で「イタリア美術とナポレオン」展が開催されていた。(5/24まで)
これはナポレオンの親戚で枢機卿になったフェッシュ卿の蒐集品を基にしたフェッシュ美術館からの来日品。
美術館のサイトはこちら。日本語版はないが作品は見れる。
cam242.jpg
ボッティテェリの聖母子が目玉と言うことで、こちらは初来日。
後のもわたしは知らないものばかりだが、なかなか綺麗。
イタリアとフランスの作品で占められている。
時代はナポレオンの居た時代、と大まかに書いておく。
気に入ったものを少しだけ。

サンティ・ディ・ティート 子供時代cam241-1.jpg
背景の青い空、蛾のような大きな蝶、それを無心に追う少女。
何か寓意があるのかもしれないが、それを措いて、この絵には惹かれる。
幼女と言うより中年婦人のような顔立ちだが、少し開いたままの口といい、真っ直ぐな視線といい、蝶を追うことに心の全てが向いている。
伸ばされた右手は蝶を追い、左手では小鳥を掴んでいる。
意味を持たすような構図だが、そこまでわたしは忖度しない。
ただしこれはタイトルからもわかるように、人生を四つの段階に分けて描かれたシリーズの第一作なのだった。

Etienne Parrocel dit le Romain キリストとサマリアの女 
熱心に話しかけるキリストを見る女の額から鼻筋は優美なラインを描いている。ピンク色の衣裳も彼女によく似合っている。
キリストの視線は実は彼女のうなじから肩口へ向けられている。
話よりも何よりも視線が物語っているのは、なんだろうか。

Paul Brill 風景cam242-1.jpg
この薄青紫の靄が包んだ渓谷と丘の風景は、ひどく艶かしかった。
どこか神秘的な情景にも見える。これはスェーデンボルグの唱える死後の世界の一隅にも思える。
そして絵そのものはウィリアム・ブレイクの先達のようでもある。
この幻想的な世界は、靄とセピア色の岩や木で構成されている。とても魅惑的な色調。
この画家の作品はルーブルにも多く所蔵されているそうだ。

David de Coninck 静物画
ボデゴンにも見えるが、イタリアの静物画らしい。はじけたザクロはひどく大きい。花も毒々しい。ブドウらしきものは何かの幼虫の連なりにしか見えない。そして赤いオウムが居る。暗く重い赤が全体を占める中、その赤を撒き散らしたのは、まるでこのオウムのように見えた。

これとは作者は違うが、オウムと果物たちと言う構図は他にもあった。
ジョバンニ・パウロ・カステッリ オウムと庭の果物cam241-2.jpg
スイカを泰西名画で見るのは珍しい。プラド美術館展以来。しかしここには黄色い土手カボチャもある。ナシや黄桃もある。その黄色が絵を重くしていない。
それにしても、やはりスイカは日本の風景に合うものなんでしょうなぁ。

ストーメル イサクの犠牲
既に少年の目は死んだものの色を見せている。アブラヒムの手を抑える天使の目も陰鬱な色を宿している。誰も贄を求めず、誰も忠誠心を求めず、しかし血の色だけを欲している。・・・そんな雰囲気がある。

Giovanni Bellini 聖母子cam241.jpg
巻き毛の赤ん坊と、母。若い母親は静かに物思いにふけっている。
二人の光背は絵ではなく、刻まれている。

Sandro Botticelli 聖母子と天使
ピンクの塀の内にいる聖母子と天使。ここは閉ざされた庭園なのだった。
閉ざされた庭園と言えば、ペルシャ語でパラダイスと言う意味なのだが、キリスト教圏では意味が違い、これは聖母マリアの純潔を意味しているそうだ。聖なる言葉が実はとても艶かしいものだと知った。
赤ん坊の足の太さが気にかかるが、美しい一枚だった。日本初公開。

Luca Giordano 聖セバスティアヌスの殉教
眼が怖い。矢は2本だけ刺さっているが、これで十分なのだろう。
美青年の図が多い中で、これはナマナマしい処刑図なのだった。

Viviano Codazzi 水辺にある宮殿の玄関廊
宮殿の玄関口を横から見た構図。建物の構造を眺めるのが好きなので、絵画としてより、そちらの興味が優先している。
いい柱だなぁとか、この構造だと全体の大きさはとか、そんなことを。
ちょっとシンガポールの最高裁の建物を思い出した。
(単にこの立ち位置から見たことが記憶に残っているから)
基本的に西洋の洗礼を受けた国では、最高裁などの公共的な建物は、ギリシャ・ローマ様式を採る事が決まっている。

ベネデット・ルティ 難破船を救う聖カタリナ
cam243-1.jpg
力持ちだなぁ。生前は無力でも死後に聖人になれば物理的な力をも手に入れるらしい。信仰の力と言うより、なんか他のことを考えてしまうなあ。
船乗りを破滅させる妖女もいれば、こうしてマストを支える聖女もいるのだった。

ナポレオンの胸像があった。これを見て、二つのことを思い出す。
コナン・ドイル「六つのナポレオン像」と阿刀田高「ナポレオン狂」う?む、こんなことしか思いつかない。
でもこのナポレオン像はあの帽子をかぶっていない。胸像の場合、やはり帽子は必須アイテムのような気がする。・・・島流し後ということかもしれない。

パオロ・ポルポラ 猫のいる静物cam242-2.jpg
猫が暴れてますね。可愛いドラ猫。cam242-2-1.jpg
精悍な猫。死んだ鳥の毛を毟っている。

ジュゼッペ・レッコ 亀と魚のある静物
ガメラがひっくり返って死んでいる。魚も死んだまま。どうも泰西名画と言うものは、人であれ動物であれ、魚介類でも果物でも、死んだ姿を描くのだろう。
静物画、と言う言葉の本来の意味がなんとはなしに不気味に感じる。

マイテーゼ トルコ絨毯のある静物
トルコ絨毯の明るい美しさが際立っている。赤くて綺麗な花柄。ピカピカな絨毯。
マティスが現れるまで、この絨毯の美しさは忘れられたままでいたのではなかろうか。

セパスティアーノ・コンカ クマエの巫女cam243.jpg
黄色いマントとピンクの衣服が絖のようで綺麗だった。
手に持つ羽ペンが予言を紡ぐのか。

あまり普段は関心を持たない分野だが、それでも一点一点を眺めると、やっぱりいいものが多い。
この展覧会は巡回するかどうか知らない。ああ、いい展覧会だった。
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コメント
No title
この展覧会は昨年の6月に松山へ見に行きました。
日本ではあまり一般に知られていない作品がほとんどでしたが、一点一点見ていくと心惹かれる絵を発見できて楽しく鑑賞できました。

>静物画
スペイン語ではnaturaleza muerta(直訳すると「死んだ自然」)と呼びますね。
私の好きなサラ・ブライトマンの歌の題名にあったので覚えていました。
根底に「死んだものを描く」というのが流れているのかもしれません。
2009/05/27(水) 23:41 | URL | 千露 #GyvMcuCk[ 編集]
No title
☆千露さん こんにちは
おお、ご覧になられてましたか!
普段こうした作品と離れているので、興味深かったです。
特に猫とかスイカに惹かれてしまいましたが。

>死んだものを描く
その辺りの感性がやっぱり狩猟民族なんだなぁと実感します。キリスト磔刑図などを見てもそう思ったり。
日本ではこうした傾向を描くことはないですね。
2009/05/28(木) 12:40 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
No title
こんにちは~

21日楽しみにしています!
お腹いっぱい食べましょう~

イタリア絵画のように
こってりしていないので
翌日も胃にもたれません。
2009/09/18(金) 08:07 | URL | Tak #JalddpaA[ 編集]
No title
☆Takさん こんにちは
めちゃ楽しみです。

ペルーのジャガイモ比べとか期待してます。
イタリアはソースですが、ペルーはなんやろ・・・
2009/09/18(金) 16:31 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
No title
ジュゼッペ・レッコ 亀と魚のある静物
死んでいるのにヌメヌメとした感触が
強烈に伝わります。背筋がぞっとするような
刺激的な絵でありました。
2009/09/19(土) 08:12 | URL | 一村雨 #-[ 編集]
☆一村雨さん こんばんは
あのガメラ死す、的な画像がたまりませんね。
だまし絵のアルチンボルドさんも魚貝ヌメヌメ画を作ってますが、参ったなぁという感じです。
2009/09/19(土) 20:35 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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