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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

白樺派の愛した美術

白樺派の愛した美術展についても書く。
京都文化博物館のあと、全国巡回する。
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とにかく白樺派は日本に後期印象派やロダンを紹介した、というだけでも大きな功績があると思う。
彼らは美術館を造る構想も持っていた。結局それは叶わなかったが、夢は夢として、とてもいいものだと思う。
ロダンから三点ものブロンズ像が届く顛末は、やっぱり里見の随筆で読んだが、ここにもその当時の彼らの心持が書かれていて、読むだけでドキドキする。

それにしても白樺派と関わりのあった芸術家は多い。
この展覧会では縁のあった芸術家の作品をほぼ全て網羅して、展示しているように思う。
白樺派の人々が望んだ状況がこういうことなのかどうかはわからないが、楽しく作品を眺めて回った。(前後期どちらも見た)

現在では、近代美術といえばフランス、という意識が強いものの、明治当初ドイツへの憧れがあったというのは、とても理解できる。
日本の学校教育でも第一外国語はドイツ語だった。
白樺派の人々の熱狂もそこから始まり、やがて次の段階へと移ってゆく。

雑誌「白樺」が創刊号でクリンガー、シュトゥックらの作品を紹介していたことを思うと、二重の意味で楽しめた。同時代に生きた芸術家を白樺派は紹介しているのだ。
当初彼らはドイツ美術に心酔している。それで創刊号にはドイツの美術家たちの作品が紹介されたり、その評伝が掲載されたりした。
その本は現存の作者たちにも贈られた。
マックス・クリンガーは白樺派に礼状をくれている。自作の絵葉書を。

クリンガーの版画作品が並ぶ。
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わたしはクリンガーがとても好きなので嬉しい。物語性の強い作品はみるだけでときめく。
特にここでの「ジムプリツィウス」シリーズは、何の説明もないだけに、どんな物語なのかが気になる。(神奈川近美所蔵品だが、説明を受けれるかどうか・・・)

次にビアズリーの「サロメ」が並んでいた。1907年の発表作品を、1911年にはもう紹介している。同時代へのこだわりが感じられる。

そしていよいよロダンの彫刻が現れる。
有島生馬がロダンに手紙を送ったことから始まる、ロダンの作品の寄贈の物語は、とても素敵なものだ。
「ロダン特集をするので誕生日を教えてください、できればメッセージも一言」と書かれた手紙を受け取ったロダンが喜んで、自分のデッサンと浮世絵の交換を申し出てくる。
大喜びの白樺派たち。早速浮世絵30枚送付すると、ブロンズを贈るとのロダンの返事がある。そしてとうとう3点もの作品がフランスから届いた。

その3点を見る。今では大原美術館に「白樺美術館から永久に寄託」された作品たち。
「或る小さき影」「ゴロツキの首」「ロダン夫人」
このときの彼らの喜びようは、60年以上後のインタヴューにも、ナマナマしく表れている。

以前、東京ステーションギャラリーでだったか、「忘れられた画家ハインリヒ・フォーゲラー」という展覧会が開かれたが、そのフォーゲラーもまた白樺で紹介された、同時代の画家だった。フォーゲラーも彼らからの手紙に喜んで、自作エッチング77枚を贈った。
それらとロダンの彫刻とで、1912年に展覧会が行われている。
また白樺派は彼に「白樺」のマーク製作を依頼し、それは本の表紙を飾ることになった。
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セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、ロートレックを彼らは誌上で紹介する。
また武者小路実篤は世界で最初にゴッホを文学作品にして、発表した。
彼らの作品が現在までも日本で深く愛されている根は、白樺派にあることがわかる。

ブレイク、ルドンの黒い作品、ムンク、ヴァラットン、ドーミエ、ゴヤ、デューラーもまた白樺派は愛して、版画の特集記事を組む。そうしながら同時にせっせと自作の小説や短歌を発表する。

海外美術を紹介するだけではなかった。
白樺派の創立メンバー有島生馬の帰国記念展を開いたり、白樺主催の展覧会場で知り合った画家たちと深く交流した。
梅原龍三郎、岸田劉生、南薫造、バーナード・リーチなどがその代表である。

リーチはメンバーの里見、児島喜久雄らにエッチングを教えた。今でも駒場の日本近代文学館には白樺派の手紙が多数所蔵されているが、そこにリーチから学んだエッチングで自画像を描いたものもいくつかあった。
昨秋「志賀直哉への手紙」展でそれらを見ている。
ところでリーチは陶芸家・浜田庄司と生涯に亙って交友を深めたが、日本で家庭を営んだ頃は着物を着て、子供らをつれてよく出かけていたらしい。
その姿を見た岸田劉生がシャレを飛ばしている。
「リーチ着物の子沢山」  なるほど、リーチはリチギモノノコダクサンですわな。

その岸田劉生も白樺のためにたくさんの作品を生み出している。表紙絵のうち、わたしはこの童女が最愛だ。とても魅力的だと思う。彼女は麗子顔ではなく於松顔のタイプ。
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そして劉生は武者小路実篤の「かちかち山」にとても素敵な挿絵を描いている。
「かちかち山」が日本から遠く離れたようで、不思議な味わいがある。
cam321.jpgクリックしてください

ただしちょっとばかり河野通勢ぽい感じもある。
(河野は長与善郎「項羽と劉邦」に素晴らしい挿絵をよせている)

それにしても交友の輪から次々に生み出された芸術を思うと、本当に素晴らしいと思う。
後には不和もあったり離散もあったりするが、学生の頃は「友達耽溺」し続けていて、会った帰りには家に手紙が届いていた、というような付き合い方をしていたのが、本当に濃い。今ならメールし倒しという状況だろう。
そしてこの白樺から巣立って、別な場で一流になる人もあれば、生涯この白樺を背骨にして生きた人もある。
とても興味深い展覧会だった。
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