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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

亀高文子とその周辺

小磯良平記念美術館で「神戸の美術家 亀高文子とその周辺」展が開催されている。
わたしは亀高文子の名は知らないが、「文子といえば渡辺文子と言う綺麗な洋画家がいたな」と思った。
渡辺文子は明治末ごろから大正あたり、童画も描き、人気もあった画家だ。
彼女は二歳下の美青年の夫・与平と仲良く暮らしていたが、与平が夭折してからは色々苦労をした、ということを「芸術新潮」で読んでいた。
「・・・もしかして」と思って調べると、亀高文子は渡辺文子が再婚し、神戸に移住してからの名だった。

亀高文子(1886-1977)は明治末期の日本洋画界の草創期から活躍し続けた女性画家の先駆者です。兵庫県美術家連盟の創立に関わり、赤艸社(セキソウシャ)女子絵画研究所開設などの功績によって兵庫県文化賞を受賞しています。
今回の展覧会では、34年ぶりに亀高の作品(39点)を振り返りながら、その家族や関連の深かった画家達の作品も含め、合計98点の作品を紹介します。亀高文子の作品の魅力に触れていただくとともに周辺で彼女に影響を与え、支えた人々の作品に、時代の雰囲気と彼らの優れた人柄を偲んでいただければと考えます。


わたしは「渡辺」姓時代の文子の作品しか知らず、亀高になり、神戸で洋画家として活躍し、つい30年ほど前まで存命だったとは、今回初めて知った。

文子の父は横浜で輸出用の絵を製作販売して利を得たが、本当の芸術家にはなれなかったことを悔いていて、それで娘に期待をかけた。
文子は家に出入りしていた小杉放菴の助言を得て、満谷国四郎を師として、画業に励んだ。
また中村不折の教えを受けてもいる。

その不折、放菴、満谷の作品がいくつか並んでいる。
放菴の作品は先般、出光美術館で堪能させてもらい嬉しかったが、なかなか満谷作品はまとめてみる機会がない。
なんとか満谷の、まろやかで優しい温度のある日本の裸婦たちを、存分に眺めてみたいものだと改めて思った。
不折は彼の拵えた書道美術館で時折作品が出たり、野間記念館でも機会があれば見れるのだが。

工藤美代子「秋の野をゆく 會津八一の生涯」は、秋艸道人が文子に失恋した経緯を描き出している。文子の娘みよ子さんと会い、いろいろと話を聞きだしてもいる。
この評伝はかなり興味深いもので、「芸術新潮」連載中、熱心に読んでいた。

文子が自分の意志を貫いて宮崎与平と結婚し、彼が渡辺姓に入って子供らにも恵まれた幸せは、しかし長くは続かない。
与平はわずか22歳で夭折したのだ。

その与平の代表作は「ネルのきもの」である。これは長女みよ子を生んだ後の文子を描いた静かな作品で、泉屋分館にある。これは9/15から展示される。

与平のコマ絵は「ヨヘイ式」と言われて人気を博していた。可愛い絵柄で、子供たちがイキイキしている。「少女の友」などで活躍したが、22歳の死はあまりに早すぎた。
長崎県美術館所蔵作品が並んでいたが、彼の回顧展も二年前に長崎で開催されている。

文子は夫の死後、父に勧められた再婚を断ったために援助を受けられず、一人で生活を支えた。
だからその時代の文子作品はタブローは少なく、少女雑誌の挿絵が多かった。
叙情画は二つに分けると、幻想味やメランコリーが漂うものと、健全な明るい日常を描いたものとのがある。
文子の絵は後者で、にこにこした愛らしい少女たちの楽しそうな仕草などが、よく描かれていた。

タブローは、与平の影響を故意に漂わせた作品が多かった。
彼を忘れたくない・世間に忘れさせたくない気持ち、そんな哀しさがあった。
そしてここまでが「渡辺文子」の時代で、次からが「亀高文子」の展示となる。

文子にプロポーズしたのは船舶会社に勤務する亀高氏だった。
彼は画家・文子のバックアップをした。
展覧会の解説を読んで、こんな偉い男性は少ない、と思った。まったく立派だ。
彼は文子のために神戸にステキな邸宅とアトリエを建てた。
ライトの弟子筋の設計で、写真で見ても本当にステキな空間だった。
(この邸宅が今も残っていれば、重文になるかもしれない。本当におしゃれでステキな外観と、内装だった)
文子は彼の子を生み、家族が増えた。
家族写真がある。
文子と与平の息子はその時代の人としては随分長身で、娘も母似の美人だった。
亀高氏はみるからに優しそうなオジサンだった。

文子はそこで「亀高文子」として兵庫県美術家連盟の創立に関わり、赤艸社女子絵画研究所を開設し、多くの生徒を育てた。
文子の息子・渡辺一郎もみよ子も画家になり、社を盛り上げた。
彼らの作品も展示されているが、わたしは息子よりみよ子の作品のほうが好ましいと思った。

そして文子の作品が並んでいる。
絵からはかつての叙情性はなくなり、健康な明るさがあふれている。
植物と、少女をモティーフにした作品が多い。

驚いたのは、70歳以降の植物(主に花)を描いた作品群である。
とてもみずみずしい絵だった。
これは若い頃の作品にはない、みずみずしさだった。
年齢を重ねるほどに、絵がみずみずしくなってゆく。
70よりも75、75よりも80のときの作品がイキイキしている。

近年亡くなった秋野不矩、三岸節子もそうだった。
みんな長生きして、元気に機嫌よく作品を生み出し続けた。
ああ、やっぱり女は長生きして好きなことをして、それで大往生を遂げなくてはならない。

「渡辺文子」の作品が見たくて出かけた展覧会だったが、元気で明るい「亀高文子」の作品に力を貰ったような気がする。
展覧会は10/18まで。
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