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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

住友コレクションの富岡鉄斎

富岡鉄斎は人気の高い文人画家だが、正直あんまり好まない。
彼の作品だけを集めた美術館が宝塚の隣の清荒神にあるが、どうも清荒神にお参りしても鉄斎美術館に入る気になれない。
もう随分前の日曜美術館で鉄斎の特集番組があったが、そのときのゲストが「女子供にわからぬ境地を鉄斎は描いている」と言うたのが、気に入らない。
むろん鉄斎本人が言うたわけではなく、そのゲストの勝手な感想なのだが、当時「女子供」のわたしはムカついて、そんなオヤジファンのいる鉄斎センセーが嫌いになったのだった。
しかし、あちこちの展覧会で少しずつ見る間に、徐々に鉄斎先生の良さ、というものもわかりかけてきている。
ファンになることは出来ないだろうが。

京都の鹿ケ谷にある泉屋博古館で住友コレクションに見る鉄斎展が開かれていて、それに出かけた。館内にはかなりの先客がいる。わたしの後からも客が来る。

賀茂真淵、松尾芭蕉、塙保己一らの肖像画のほか、孝女曾與像というものを見た。
なんでも酔っ払った老父が道の真ん中でつぶれたのを介抱して、蚊に食わせないようにしたり色々尽くす娘で、そのために婚期を逃したとか言う「孝女」だった。
これは言うたらなんやけど、こんな親から自立すべきでしたな。しかしダメ人間に尽くすような性質では、ダメ亭主を掴み苦労するだけの確率が高いか。
そんな女を孝女として描く神経が、やっぱり面白くはない。

保己一像は婆さんと若い女とに源氏の講釈をしているシーンが描かれている。
蝋燭が消えてあわてる女たちに、目明きは不便なものだと苦笑するエピソード。

芭蕉像は馬に乗る芭蕉を追ってきた幼女たちの姿が描かれている。幼女のひとりが「かさね」という名なのを芭蕉は可愛く思うという画題だが、「かさね」と言えば「日本三大怨霊」の一人ではないか。芭蕉は根性があるなぁ。

くそマジメな儒者かと思っていたら、けっこう遊び心のある爺さんだったらしい鉄斎。
長い絵巻で中国風俗を描いているが、楽しそうな人々の姿があった。傀儡師や唐子たち、凧揚げ、土塀そばの乞食も楽しそうである。

胎笑大方というシリーズの扇子絵がある。
このうちの梅を描いたものを以前に梅花展でも見ている。
そのときに「鉄斎センセーもええな」と思ったのだ。
このシリーズは「意味のない絵は描かん」と言うてたが、女物の扇子には気軽に揮毫していたという裏話があり、わたしはニヤニヤした。
八十代に入ってからの作品ばかりだが、梅を描いたもの、秋草を描いたものが特に良かった。こうした扇子ならわたしも欲しいと思った。

ところで鉄斎センセーは長生きしたが、65歳の頃に面白い画帳を拵えている。
「漱老諧墨帖」といい、群盲評古、李白独酌、胡蝶の夢、老子出関、許由洗耳、三老吸酸・・・などなど、気軽に拵えたシリーズ物だった。
こういうのを見ると、好意も湧いてくるものだ。

けっこういい気分で見て回った。京都では既に終了したが、六本木に巡回するかどうかは知らない。
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