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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

日本で最も愛された少女雑誌「少女の友」

弥生美術館の’09秋冬展示は「日本で最も愛された少女雑誌「少女の友」」だった。
(本日で終了)
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この「少女の友」は今でもかつての少女たちの人気が高く、九月に神戸大丸で「中原淳一展」が開催されたときも、多くのレトロ少女たちが集まっていた。
皆さん何十年も昔のことでも現在の状況のように語られるので、リアルな感想つき・列品解説を聞いているような気がした。
ファンのナマの声と言うものはばかにはならない。
現に「少女の友」誌は読者の投稿欄に重きを置いていたのだ。
(そこの常連には作家の北川千代、田辺聖子らがいた)
弥生美術館の会員になって来年で20年になろうかと言うわたしにしても、今回の展覧会ほど活気のある現場状況は初めてだった。
(会期末の休日はいつもこんなだったとは、ついぞ知らずに来た)

会場をぐるぐる廻って思ったことがある。
「少女の友」の編集部はファンである少女たちを楽しませるために、懸命の努力をして来られたのだな、ということだ。
ただただ売れるためにシャカリキだったというのでなく、なんというか、作家と編集部とファンとの間に強い絆があって、三方がそれを大事にしていた、というのがよくわかる。
展示品は当然「少女の友」の口絵や挿絵や付録がメインだが、読者の投稿欄も展示されていて、それを読むのも面白かった。

一つの事件があったそうだ。当時「少女の友」にはライバル誌があり、そこにも投稿をした常連の少女がいて、そのことについて賛否両論の大激論になったそうだ。
展示のポップに「当時のブログ炎上のような」とあるのが納得な状況で、泥沼化していたようだ。つまり当時はその愛読書に対する忠誠心というものが大事にされていたのだ。
こっちの雑誌もあっちの雑誌も、ということは許されなかったのだ。
(わたしが小学生の頃「なかよし」vs「りぼん」という構図があり、みんな偏っていた。どちらも読んでいた上、「別マガ」「花とゆめ」も読んでいたわたしはある意味「はみだしっ子」(!!)だったろう)
最終的に当時の編集長が「否」としたことで、フタマタはダメよになったのだが、この事件を考えても、ファンの少女たちが本気で熱かったことがよくわかる。
今やそこまで愛される雑誌などない。

最近、田辺聖子が色んな紙面で自分と「少女の友」と戦争との関わりについて、語ったり書いたりしている。
お聖どんはユーモア小説が多い方だが、田辺バージョン「源氏物語」もあれば、少女小説と歴史小説の大家・吉屋信子の評伝「机の上の幾山河」もある。
それらは彼女が少女の頃に愛した作品なのだ。
今更ながらに「少女の友」の存在の重さを思い知らされる。
中原淳一の作品09122301.jpg

吉屋信子の少女小説も大人気だったが、川端康成の少女小説「乙女の港」は爆発的な人気があったそうだ。
女学校でのエスを描いた作品で、挿絵は中原淳一。
わたしも絵を見ながらストーリーを追ううちに、ついつい夢中になった。
エスというのはsisterからきていて、今ならスールということらしい。
完本 乙女の港 (少女の友コレクション)完本 乙女の港 (少女の友コレクション)
(2009/12/11)
川端 康成



歌舞伎では「鏡山」の中老・尾上と腰元お初がそのエスぽい雰囲気がある。
実際中村雀右衛門が「尾上とお初はエスの感覚で演じるのです」と言っている。
わたしは宝塚も大好きだし、年上の女の人も大好きなので、ちょっとそのキモチ、わかるなぁ。(尤もフジョシなので一番好きなのはボーイズラブなんですが)

投稿欄は読者の思いを書くのがメインではなく、短歌や詩の投稿がメインで、優秀なヒトには銀時計などが贈られたそうだ。それも一回の投稿で優秀な作品だから、というのでなく、持続して投稿することがまず、求められていた。
少女たちも大変だが、編集員も大変だ。持続して読み続け、少女たちの成長を見守り続けていくのだから。

作品のほうでは、加藤まさをの叙情画が目を惹いた。やはりいい。わたしはまさをファンなのだ。「月の沙漠」もいいが「消え行く虹」「遠い薔薇」などに涙している。
なんとなく切なさがある。それがたまらなくいい。

時代が流れ、段々と悪い方向へ進んでゆく。軍部の台頭でとうとう中原淳一の絵が載らなくなり、愛らしい雑誌が堅苦しい軍国主義へ変わってゆく。現在の我々の目から見ても悲しいが、その当時のファンはより悲しかったろう。
しかし悲しみながらも感化されていくのを停められない。
掲載ものも、投稿にも、軍国主義の影が広がってゆく。

やがて戦後、雑誌が元通りになるが、その頃には中原淳一は強力なライバルとして立ちふさがっていた。そのあたりの雑誌も以前からここで見ているが、ライバルがあればこそ、一層内容が充実してゆくのだと思う。
しかし時代のスピードはとうとう「少女の友」を追い越してしまう。
綺麗な挿絵も口絵もアイドルの写真に取って代わられてしまった。
見ていてまことに残念。
そして終焉を迎えるのだが、それで消えたわけではない。
何十年も経ち、21世紀になってから、かつての昔少女たちがここに大勢現れて、一人一人がそれぞれの思いを抱きながら展示を眺めているのだ。
こんなにいいことはない。

併設の華宵室では今期、安野モヨコの作品展が開かれている。わたしは彼女のファンではなく作品も「おチビさん」を時々見かけるくらいだから、殆ど関心が湧かなかったが、その「おチビさん」を彩る美しさには感心していた。
なんでもたいへん手間のかかる技法だということで、それをじっくり見ることができ、よかったと思う。
ただ彼女のコミックはやっぱりニガテなので読まないと思う。

夢二美術館の方では装丁(なぜ「幀」の字が出ないのだろう)シリーズがあった。
多くの美本があり、ジャケ買いしてしまいそうになる。
それが許されるなら、全て手元におきたいくらいだ。
そしてわたしの大好きなパラダイス双六が最後に待っていてくれた。
今年最後の弥生で見ることができ、とても嬉しい。

やっぱり弥生美術館はすばらしい、とつくづく思った。
それでわたしは早速来年の会員更新をしたのだった。
来年早々には鰭崎英朋展が久しぶりに開催される。
今度はなるべく早めに行きたいと思っている。

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コメント
No title
こんにちは。
リアルで体験していない我々世代にも充分魅力的なのですから、あの時代に本当の読者だった方たちにとってはまさに冥途への土産(爆)的な展覧会だったでしょうね。
イラストにせよ、付録にせよ、どこにも手抜き感が1%もないのが素晴らしいですよね~
2009/12/23(水) 23:10 | URL | noel #-[ 編集]
☆noelさん こんばんは

出版不況が実感としてそこにある現在ですが、もし今の世にこんな熱心な雑誌があれば…と思ったりしました。
かつての少女たちだけでなく、現在の若いお客さんもみんな満足していたようです。
小娘ならぬ古娘バンザイ!なキモチです。
2009/12/24(木) 00:04 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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