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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

野口久光の世界

中学生の頃から古い映画が好きだった。
その頃はVTRも普及前で、わたしは図書館で古い映画の資料を読み漁り、ラジオから古い映画音楽の音源を集めた。テープは結局97本作られた。
上映会を見に行くようになったのは高校生の頃からで、そのときから四半世紀経った今も古いヨーロッパ映画がとても好きなままだ。

野口久光の映画ポスターは中学生の読書時代から見知っていた。
双葉十三郎、淀川長治、荻昌弘らの映画評論には野口の絵が掲載されていることが多かった。
そして高校の頃には名画座に行けば、古い野口のポスターが、本国オリジナルと並んでいることもあった。
どのポスターを見ても、野口の作品には叙情があった。
作品自体よいものが多かったが、野口のポスターがその魅力をさらに深めているのは確かだった。
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ニューオータニ美術館で野口久光の展覧会が開かれている。
副題に「香たつフランス映画ポスター」とある。
戦前からヌーヴェル・バーグまでのフランス映画には、形容できない美意識があった。
ずっと酔わされている。これまでも、これからも変わることなく酔い続ける予感がある。
その魅力の半分には作品そのものの力だけでなく、野口久光のポスターが関与していると信じる。
今でも古い欧州映画を思い出すと、映像や音楽と共に、野口の絵が浮かぶのだから。
そして、思った以上に素晴らしい展覧会だった。
イメージ (16)
イメージ (17)
追記2014.10.7-12.7京都文化博物館で開催のチラシ。
なお2012.6.7の野口久光展感想はこちら

トーキー初期から戦時体制まで、1947-1960 映画の復興からヌーヴェル・バーグまで
こうした区切りがついているのは、日本語の横文字が戦前と戦後で変わったことも含まれているのかもしれない。

にんじん  ジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品は好きなものが多い。
「商船テナシチー」「地の果てを行く」「望郷」「旅路の果て」…名作品が次々に思い浮かぶ。そしてそれらのポスターも全てここにある。
「にんじん」は母に愛されない赤毛の少年の孤独を描いた名作で、原作のラストシーンはとても皮肉さが利いたものだった。岸田国士の訳文がすばらしいことをすぐに思い出すが、そこへ至るまでの救いようのなさが、この絵の中に現れている。
わたしから見れば可愛い少年なのだがなぁ。

地の果てを行く  縦長ポスターで、ラストシーンでの点呼シーンに由来するかと思う。
野口久光が描く情景は、映画の中の何気ないシーンが多い。先にポスターを見ることでその情景が記憶され、いざ映画を観ると…「あっ…」となる。特にサビのシーンでなくとも、野口はそれを素晴らしい一枚に仕立て上げるのだ。
このポスターにしても何も思わずに見てから、映画を観てラストまでわからないまま、ラストで軽い衝撃を受ける。そこが素晴らしいと思う。

望郷
TVで見た映画だった。ジャン・ギャバンがたまらなくよかった。わたしのギャバン・ベストはこのペペ・ル・モコとAドロンと共演した「暗黒街の二人」晩年の「掘った奪った逃げた」なのだ。
ポスターはロゴもキャッチコピー(当時は惹句ジャック と言った)も全て手書き。あの独特の書き文字が、一層胸をかきむしるような魅力を発揮するのだ。
しかし「望郷」とはまことに素晴らしい邦題だ。パリから逃げてカスバに潜む男と、パリの匂いが離れない女との出会い、パリに関する小さな単語を互いにつぶやきあうだけでも、こみ上げてくるパリへの<望郷>の念。
戦後のポスターではギャバンの横顔の背景にカスバの白い町並みがロングで描かれている。
これを思いながら映画を観れば、ラストシーンのペペ・ル・モコの渇望と絶望がより深く心に届く。そんなポスターだった。

旅路の果て
ルイ・ジューヴェ主演で、彼のアップが描かれている。ルイ・ジューヴェは近年、早稲田大学演劇博物館でも回顧展があった。他にミシェル・シモンが出ているが、見たときは気づかなかった。
たまらない物語だった。NHKで見たと思うが、まだ二十歳そこそこのわたしにも堪える作品だった。痛い、どうしようもなく痛かった。ポスターだけではその痛みは伝わってこないが、黄色を基調にした絵はよかった。

ミモザ館  ジャック・フェデー監督作品。大学の頃「ミモザ館」と「舞踏会の手帖」の二本立てが三越で上映された。同時期に大学で「女だけの都」と「ジェニィの家」の上映会があった。それを二日のうちに見ているので、四本の大筋がわたしのアタマの中で入れ混じったままになっている。不思議なことに細部だけはそれぞれはっきりしているのだが。
そういうわけで、フェデーとマルセル・カルネの作品は判別できずにいる。
尤もカルネはフェデーの助監督だったから、どこか似ているものを勝手に感じ取ったのかもしれない。
1930年代の、小説も映画も絵画も工芸品も建造物も宝飾品も洋服も、何もかもが好きだ。
「ジェニィの家」のポスターに描かれているモダンな女の立ち姿にときめいている。
「パリで一番楽しいところ」という皮肉なキャッチフレーズを思い出した。

巴里の空の下セーヌは流れる  デュヴィヴィエの’50年代の佳品。ポスターは真ん中に赤いドレスの女を配し、その周囲にセーヌ川、エッフェル塔、巴里の人々の姿を描く。
作品そのものより、音楽が印象に残っている。

禁じられた遊び09122402.jpg
ルネ・クレマンの名作。小学生の頃、たびたびTV放映されていた。
わんこを抱き、指をくわえた少女がぽつんと佇む姿が描かれている。
コピーを写す。「心温まるヒューマニズムと激しい戦争への怒り!巨匠クレマンが世界の良心に訴えた名作!!」
さすがに左から右へと並びが変わり、読みやすくなっている。
孤児になった少女は水灰色の空の下、何にもない野にぽつんと佇むしかない。かなり向こうに人家が見える。そこで少しの間は面倒を看てもらえるが、やがて「禁じられた遊び」に夢中になったあとは、少女は孤児院へ送られるのだ。
…いまだにラストシーンを思い出すと胸が痛くて苦しくなる。
大人になって却って「見るのがつらい」映画になってしまった。
この「禁じられた遊び」と日本の「火垂るの墓」は。

居酒屋  クレマンの演出が巧いと思いながら見ていたが、ポスターを改めて眺めると、二種類あることを初めて知った。洗濯女として働くシンプルな描線の方がわたしは好きだ。
群像図には小さいナナがいる。「ナナ」も映画になったはずだが、見たかどうか自信がない。

フレンチ・カンカン  「ルノワールxルノワール」という楽しい展覧会があったが、展覧会で息子のジャンの代表作がガラ・シーン上映されていて、この「フレンチ・カンカン」も出ていたが、楽しかった。ポスターはスカートをめくってカンカンダンスをする女が描かれているが、ロートレックも脱帽しそうないい絵だった。

ノートルダムのせむし男  これは見ていないので資料しか知らないが、ポスターを見てドキドキした。ジーナ・ロロブリジタのエスメラルダが、アクの強いジプシー女という風情があり、なんだかたまらなく野生的な魅力があふれていた。
原作では無実の罪で気の毒なことになるのだが、この女だとやりかねない、そんなムードが漂っている。

モンパルナスの灯  映画そのものは今も未見。ポスターを見て、それだけで満足してしまったのだ。DVDでもVTRでも見ればいいが、その気が湧かない。不思議だ。そのくせポスターを見て、かなり満足しているのだ。
ポスターの魅力の方に惹かれたのだ。

黒いオルフェ  これは映画は観たことがないが、音楽は名曲で、今も大好きな曲。ポスターは「黒」が旧字の「」で文字色も黒色、「い」と「オルフェ」は焦げ茶色。リオのカーニヴァルを舞台に置き換えた物語で、黒人俳優たちだけで製作された映画。
谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」の中で、嫁の颯子が映画の主演男優がステキと爺さんに言うシーンがある。ポスターを見ても、ちょっと可愛い目をした黒人青年が描かれている。

大人は判ってくれない
ポスター藝術の中でも最高峰に位置するのではないか。
わたしは映画を観るまでずっとこのポスターでしか「大人は判ってくれない」を知らないままだった。今もわたしにとってはこのポスターが「大人は判ってくれない」なのだ。
映画の中で、アントワーヌ・ドワネル少年が寒いのでセーターを口元まで引き上げるシーンを見たとき、「あっっっ」と思った。そうか、これだったのか、と。
数年前にドワネル君シリーズの再上映があり、「二十歳の恋」と共に見たが、そこにこのポスターが出ていたのにはびっくりした。
なんでもトリュフォー自身がこのポスターがお気に入りだったそうだ。
わたしもとても好き・・・・・・・

他に雑誌の表紙絵や俳優のタブローやスケッチが出ていた。推理小説の装丁もしていたようで、いくつかはなんとなく見覚えがあった。
そして会場ではその時代の東和が輸入した欧州映画のガラ・シーンが上映されていた。
20分ほどのロールだが、とても楽しめる。

いい心持で会場を出た。展覧会は27日まで。本当に素晴らしい展覧会だった。
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コメント
古きよき時代の映画
いいですねぇ。私も父がヨーロッパ映画が好きだった
影響で、子どもの頃にたくさん観たので、懐かしいです。
野口さんのポスターは、ほんとうに映画の良さを伝えて
いますよね。最近ではすっかり写真が支流ですが、絵
の方がイメージを駆り立てられるような気がします。

『禁じられた遊び』、確かに大人になってから
観るとけっこう辛いものですねぇ。
でも、何度でも観たくなる名作だと思います。
2009/12/25(金) 19:02 | URL | えび #-[ 編集]
親が映画好きで良かったと痛感してます。
☆えびさん こんばんは

もう今では殆どないというか、絶滅したというか、映画の看板も絵のがありましたよね。
野口の叙情とはまた異なる魅力があったなーとよく思います。

> 『禁じられた遊び』、確かに大人になってから観るとけっこう辛いものですねぇ。

子供のときとは違う視線で見てしまうので、よけいにつらくて。
あのブリヂット・フォッセーは「ラ・ブーム」でソフィ・マルソーのお母さん役をしてましたが、その後はどうしてるのかしら…

宇野亜希良(こんな字だったったかな)も彼独特の絵で俳優などを描いてますが、野口という先達がいたからこそ、そうした作品群があるのかも、と思いました。
2009/12/25(金) 21:17 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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