FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン

東京都写真美術館で「木村伊兵衛とブレッソン」を見た。
二人それぞれの作品はこれまで数え切れないほど見てきている。
展覧会だけではなく図録、写真集、新聞、TV・・・あらゆる場で見ている。
その意味では個々の作品に新鮮味を感じることはないが、「好きな一枚」に再会できる喜びがある。
そして「木村伊兵衛とブレッソン」というタイトルの意味を思いながら展示を眺めれば、そこに新しい楽しみが湧き出してくるだろう。
二人は共に街と人とを多く被写体にしている。人のいる風景を撮る、と言う方が正しいか。
展示はまず木村伊兵衛から始まる。

以前に何で読んだか、木村伊兵衛と同時代の土門拳とを比較する一文があり、そこに興味深いことが書かれていた。
きさくな情景を多く撮る木村伊兵衛と重厚な風景を撮る土門拳。しかし実際のヒトとのふれあいは、木村伊兵衛がクールで通し、土門拳は弟子だけでなく周辺にも深い付き合いを持った ―――大体そんな内容だったが、それが妙に心に残った。
木村伊兵衛の撮る風景には、ヒトの存在感が圧倒的に強い。しかしその内面にまで踏み込むことをヨシとしない性質がそこにあることを思えば、作品を観る者の見方も自ずから面白い変化を起こす。
どんなイナカを写そうとも、生粋の都会人気質が活きている写真家の作品、それを踏まえて作品と対峙するのは、かなり面白かった。
少しばかり感想を書く。

戦前の那覇の芸者を写したものがある。かなりな美人芸者。
昔の那覇には辻町遊郭というところがあり、そこにいたヒトかと思う。
その辻町遊郭については濃い情緒とやさしいヒトが多かったと殿山泰司の回想がある。
戦前、折口信夫はフィールドワークで沖縄を訪ね、版画家前田藤四郎も琉球文化に惹かれた。木村伊兵衛もその時代の沖縄を撮りたかったのだ、と思う。

戦前、戦後すぐの荒廃した都市風景の後に、ようやく落ち着いた時代の街と人の風景が現われる。それを眺めるうちに不意に違和感のある一枚にぶつかる。
どこかの街角で店を出たばかりの袴姿の男がいる。着物にソフト帽をかぶり、大きな風呂敷包みを手にしている。質屋のオヤジのようなタイプだと思ったら、道修町を行く人だった。ああ、と思った。
大阪も空襲をひどく受けたが、道修町から船場界隈には明治大正の建物が良く残っていたのだ。東京とは全く異なる都市風景の一隅を、東京人・木村伊兵衛は面白く思ったに違いない。

同じような時期に秋田の大曲を写した連作がある。よく「新潟美人」「秋田美人」などと言うが、実際はどうか知らない。しかし木村伊兵衛の写したひとは確かに「秋田美人」だった。農家の働く女のひとが伊兵衛の被写体としてそこにいる。二人ほどの女のひとはどちらもたいへんに美人だと思った。

やがてヨーロッパの街角を写した作品が続く。東京を捉えたものと大差のない作品群。
文化も人種も越えて人間の姿というものを思う。
人々の一瞬の情景を切り取る手法に変わりがないことが面白い反面、あの道修町の一枚の違和感を再び思い起こさせる。

やがて展示の終わりが近づくと、世に名を知られた人々のポートレートが並び始める。
1938年の上村松園、鏑木清方、川合玉堂、横山大観。四人の日本画家たちの肖像。
面白いことに一人清方だけはその容貌のアップ写真である。明治の市井の職人のような短髪、その特徴である腫れ瞼、穏やかだが意志の強そうな顔立ち。
背景には何も見えない。

ポートレートとして非常に興味を持って眺めたのは「中山夫人」だった。1949年のその作品は参考資料から他の構図を見ることも出来、それらを追うといよいよ関心が深まるばかりだった。
写真家・中山岩太の未亡人。洋装の夫人はこの世相のよくない時期にあっても、どこか超然としていた。時勢と異なる退廃美があった。欧州か租界にしかいないような女。
日本の女にもこんな雰囲気のあるひとがいたことに驚くと同時に、その雰囲気を捉える手と眼とにただただ感心した。

ブレッソンの写真が並び始まる。
幾枚もの記憶に残る写真。見事な決定的瞬間。戦前と戦後の時間の流れを頭においていても、人々の姿に途切れを感じることはない。
ドラマティックな情景を捉えた作品がいくつかある。
復讐を果たした瞬間の女と罪業が遂にあらわになった女と。
政治的イデオロギーのぶつかり合いと言う大義の下での内乱状況の町の片隅。
そうした大きなものでなくとも、水浸しの街を飛ぶ人の姿、それを見ただけではっとなる。

ボーシャンの絵に現われるような人々がくつろぐ光景がそこに並ぶのを見たとき、つい笑ってしまった。
ブレッソンの意図は正確なところはわからないが、わたしはそれを見てなんとなくくつろいで笑ってしまったのだ。

瓶を運ぶ坊や、行事のために天使の扮装をする女児らを引率する尼僧など、何気ないときに見てきた写真がそこにある。
ブレッソンの作品だと思うより先に見ていた写真は、大方の場合とても気に入っていて、絵はがきを自分のコレクションに加えていた。
作者を知ってからは他の作品にも愛情が拡がる。そしてどの作品も「わるくない」と思う。
魅力ある写真を撮る人、その意識が覆ることは、最早ない。

展示構成は木村伊兵衛のそれと変わりがなく、最後のほうには有名人の肖像が並ぶ。
後世の我々が持つその人々の「イメージ」が狂うことなくそこにある。
賢そうなキュリー夫妻、「室内」にいるピエール・ボナール、不逞な顔つきのカポーティ、異常さを感じるほどのサルトル、カフェにいるのにくつろげないジャン・ジュネ・・・
彼らのパブリック・イメージはブレッソンの手によって定まっていたのも知れない。

チラシは、1954年に二人が互いを撮ったものを並べている。
10011701.jpg
右には木村伊兵衛がブレッソンを撮ったもの・左には木村伊兵衛のいる情景をブレッソンが撮ったもの。
木村伊兵衛はブレッソンと同時に少し向こうの建物を写し撮り、ブレッソンは木村伊兵衛の背後にいる親子をも風景にした。
とても似ていて全く違う何かがそこにある。

展覧会は2/7まで。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
東西カメラ小僧
私も作家が誰であるか知らない時から気に入って
いた作品があり、遊行さんの話に共感する
ところがありました。
中山夫人はいいですね。ガブリエル・コレット
似の夫人の魅力的な眼差しが好きです。

肖像写真によって、作家のパブリック・イメージが
定まったのではないかというのに、納得しました。
マン・レイと共にブレッソンの肖像写真は、
間違いなくそうですよねぇ。
2010/01/18(月) 18:22 | URL | えび #-[ 編集]
☆えびさん こんばんは
> ガブリエル・コレット似の夫人の魅力的な眼差しが好きです。

わたしは岸田今日子に似てるなぁと思ってました。
不可思議な魅力に満ちた女の一人、そんな感じがしますね。

> マン・レイと共にブレッソンの肖像写真は間違いなくそうですよねぇ。

本人の可否はともかく、一般大衆の望む姿を確定した、というのは凄いなと思います。
写された人々はその枠の外へなかなか出られなくなってしまいますから。
そして実際以上に、ポートレートはその人の本質を捉えているのかもしれませんし。
やっぱりすごいですね~

2010/01/18(月) 21:09 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア