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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

京都・壬生寺展

明日まで難波高島屋で「京都・壬生寺展」が開催されている。
‘92秋に京都文化博物館で「壬生寺展 ―大念仏狂言と地蔵信仰の寺―」を見て以来、18年ぶりの展覧会ではないかと思う。
壬生寺は「大念仏狂言と地蔵信仰」と新撰組ゆかりのお寺で、現在も節分と春秋に無言劇を行う。
その壬生狂言は西暦1300年以来710年続く伝統の無言劇で、念仏の教えをわかりやすく伝えるために作られている。
寺の創建は’991年だから千年以上の歴史もあり、寺宝も驚くほど多岐に亘っている。

最初に壬生寺縁起絵巻が出ていた。
室町時代のもので、木彫の仏像を拵えるシーン、夢で「ご先祖から預かりの太刀」を地蔵から渡される武士などが描かれている。
これは六巻もので、最終的にはお寺の建立シーンがあるのだが、ここでは三巻まで。
丸顔の人物たちがイキイキと動く様子が描かれている。

また冊子本「壬生寺縁起」元禄本もあり、そこには尼僧たちが金鼓(ゴング)を打ち鳴らすシーンが描かれている。ゴングはカーンといい音を立てたことだろう・・・・
その金鼓の実物(焼損している)と無事な頃の拓本とが並んでいた。

他に発掘資料があり、木製ヒトガタや蘇民将来の札があった。
蘇民将来については色々興味深い伝承や謎もあるので、いっとき私もハマッたが、この信仰は地域分布に色々差があるのが面白くもある。

書面がいくつか。
秀吉の朱印状。寺領がお土居にかかるので安堵するもの。それから壬生寺はよく災害があったので、その勧進帳が二種。他に幕末の新撰組が大砲打ったり騒いだりの振動で近所迷惑です、何とかしてくれという状。いずれにしろ軍事関係の組織がそばにあると、近所迷惑は深刻なのだ。
それで思い出したが、大学時代の友人に代々の米屋がいる。家には堂本印象を始め多くの京都画壇の作家の絵がある。みんな米代に貰てきたものだが、ここは百年以上経ってても「壬生狼(ミブロ。新撰組の悪称)めが」と罵っていた。

旧い伽藍図もある。寺は何度か災害があり、現状になったのは意外と近年なのだった。
それで狩野永徳「洛中洛外図」上杉本にある壬生寺は、古様を描いたものということだ。

関西では夏に地蔵盆がある。わたしの近所も行う。少子化しているとはいえ、新出来の提灯に子供らの名前があり、それらがずらずらと並ぶのを見ると、なかなか壮観だ。
壬生寺は地蔵信仰のお寺なので、ここも行っているかと言えば、ここは数あるお地蔵さんをあちこちに貸し出してはるということだった。
お地蔵さんは子供の守り仏さんなので、あちこちの町内に出張しはるのも、喜んでくれてはるように思う。
近畿では、今も普通に道々に小さな祠などがあり、通りかかるたびに必ず目礼して過ぎるが、それが身についているからか、仏像を「美の対象」として見ることが出来ない。
どうしても信仰の対象として見てしまう。
それは神社仏閣が活きている地域に住まうからの性質なのだが。

厨子に納まる地蔵像があった。仏牙舎利塔もある。近年新しく納められた仏像もある。
拝む人がいる。いまここでは「展覧」されているが、寺内に入れば信仰の対象になるのだ。

友禅画家あだち幸さんという作家による障壁画などが多く並んでいた。
10013101.jpg
焼失して以来地獄極楽図がなかった壬生寺の新たな地獄極楽図を描いたものだった。
優美な弥勒菩薩と苦悶する人間の像が対照的で、新しい時代にふさわしいと思った。

さて壬生狂言の展示が始まる。
室町時代より伝わる「壬生三面」と呼ばれる狂言面「猿」「姥」「狛蔵主」があった。
特別に大切にされてきた面であるが、その古様さに18年前のわたしは異常な衝撃を受けたものだった。
狂言の衣裳も並ぶ。花熨斗裾文振袖、二階菱・烏小紋長着、「大念佛」の他に施主の名を墨が記された旧い衣裳、それから現在の作家・八世田畑喜八氏らがこしらえた衣裳や、彼も含めた有志による「壬生狂言衣裳を応援する会」による大幕なども展示されていた。
今度の2/2、2/3の壬生狂言「節分」にこの幕が使われるそうだ。

「カンデンデン」の壬生狂言は無言劇だが、楽器演奏がついていてその音が「カンデンデン」なのだ。
会場では映像も流されていた。
わたしは’93春に鑑賞に出かけ、毎日必ず上演される「焙烙割」を見た辺りから具合が悪くなり始め「土蜘蛛」を見たときには完全にアウトになった経験がある。
救急車を呼びましょうかと言われて、お断りしたが、あれはなんだったのか。
大阪についてしばらくすると消えたが、これはわたしが壬生狂言に避けられている証拠のような気がしてならない。
壬生狂言―ハンディ鑑賞ガイド壬生狂言―ハンディ鑑賞ガイド
(2000/03)
井上 隆雄

「土蜘蛛」のいちばん人気シーン。

古風な狂言面が並ぶ。この古様さにかつては強い衝撃を受け、深く惹かれたのだ。
今も「壬生狂言」と聞くとときめきが湧き、その時期に来ると「・・・見たい」と欲望が湧くが、最早あきらめている。

江戸、明治の「狂言図」ビラがあった。一演目につき1シーンごとの絵が載り、それらが一枚のビラに集められたもの。芝居のビラもそうだが、どうしてこれらはこんなにも魅力的なのだろうか。番組の絵を見、読める字を追うだけでも楽しくて仕方ない。

会場の映像をもう一度見た。丁度「棒振」が流れていた。見事なバトントワラーである。
それを見終えてから会場を出た。
難波高島屋では2/1までの展示、壬生狂言「節分」は2/2と2/3に上演。
因みに恵方巻の丸かぶりに使われる海苔を、その壬生寺で「祈願してもらったもので拵えた」という商品が今年はあちこちで販売されている。
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