FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

木村威夫・追悼

日本映画の美術監督・木村威夫が亡くなった。1918年生まれだから90を越えている。
しかしつい近年まで現役の映画製作者として活躍しているから、やはり「惜しい」と感じる。

フィルモグラフィーをひもとく。
(2002年の川崎市市民ミュージアム「夢幻巡礼 映画監督木村威夫の世界」図録より)
1945年「海の呼ぶ聲」から木村の名がクレジットに上がり始めている。
わたしの場合、‘40?’70年代の日本映画はTVもしくは上映会で見たり、資料で見るしかなかったが、この時代の木村のワークには、いくつか知る作品があった。
‘55年「月は上りぬ」「警察日記」「少年死刑囚」「自分の穴の中で」
'58年「春泥尼抄」「陽の当たる坂道」
'68年「昭和のいのち」'72年「忍ぶ川」'74「サンダカン八番娼館 望郷」
’76年「青春の殺人者」'78年「お吟さま」
この中でも「サンダカン」はいかにも熱帯と言う感じがした。
「昭和のいのち」は京都市美術館を首相官邸に見立てていたが、木村独自の美意識が光り、より魅力的な「京都市美術館」がそこにあった。

'80年代に入ると「天平の甍」「未完の対局」といった大型作品も出てきた。
学校で「天平の甍」を見ることを推奨されたが、同じ熊井啓監督作品なら「日本の熱い日々
 謀殺・下村事件」の方がよかった。なにしろ怖い。
天平の甍の大きさよりも「下村事件」のモノクロがとにかく怖い。子供の頃から下村事件そのものが怖かったわたしには悪夢のような作品だった。
あのモノクロは監督の意向なのか木村の考えなのかは知らないが、素晴らしかった。
ポリティカルサスペンスはモノクロであることが、名画の第一条件であるように思う。
そしてそれを支える背景もまた白と黒とだけを活かし、他を拒絶する。
非常に怖かった。つまり、木村の映像美に殴られたのである。

モノクロの美はそこにとどまらない。
同じく熊井啓と組んだ「海と毒薬」もまた怖ろしい内容でありながら、シュールなまでに美しい映像美があった。まともに見ていることが怖いくせに、眼を開けている。そこには深く静かな何かがあった。

「火まつり」はポスターが印象的だった。今や「ソフトバンクの犬のお父さん」北大路欣也が仁王立ちし、太地喜和子がべたんと座りながらこちらを見るともなく見る。
その背景には熊野の火がある。

熊井啓だけでなく林海象と組む作品が現われたとき、わたしは深くのめりこんでしまった。
「夢みるように眠りたい」「二十世紀少年読本」・・・映し出されるその世界に入り込みたい、と強く思ったのはこの二作だった。戦前の不思議に自由な時代、そして昭和の真ん中の奇妙にもの淋しい時代。
「ZIPANG」は石造りの空間が異様に魅力的だったが、それよりも金ぴか平幹二郎に眼が奪われてしまった。

「帝都物語」はあの時代の閉塞感までもが蘇っているかのようで、内容より出演者より、「帝都」そのものにハマッてしまった。
この街の姿は、ドイツの「カリガリ博士」、「バッドマン」のゴッサム・シティ、人形アニメーション「くるみ割り人形」の裏町、それらと並ぶ大傑作だと私は信じている。

そして「ドグラマグラ」が現われた。
原作への偏愛も深いが、私のこの映画へののめりこみは深かった。
何度見たのかちょっとわからない。映画館で、上映会で、ビデオを購入して自宅で。
この映画が完成した後に、九大の解放病棟の中庭にガンダーラ佛の首が置かれていることに対し、夢野久作研究者のどなたかが「違和感がある」と言うような感じで抗議されていたのを何かで読んだ。
たしかに原作には一言もそんなものがあるとは書かれていない。
しかしそこにその首があることで、何かしら異様に深い魅力がその場に生じたと思う。
あれをガンダーラ佛にしたことの意味を木村が「ドグラマグラ」パンフか何かに書いていたが、当初は日本の仏像かギリシャ彫刻かを考えもしたらしい。
しかしそれよりもその間のガンダーラ佛にしたことで映像が良くなったというようなことを書いていた。
実際あの解放病棟の中庭で、患者たちがそれぞれ好き勝手な動作を続けるのを「見守る」対象がある方がぐっと画面は引き締まるし、面白い。
患者たちを「診る」医者たちは窓から見下ろすばかりである。
視点の変化をそこにみても悪くはないだろう。
この現場自体は埼玉の採石場あたりをロケしたものらしい。

「ドグラマグラ」では背景の錯誤という手法が採られていた。
研究室内で対話する二人の背景が不意に海岸になったりするようなことがある。
ところがそれは全く不自然ではなかった。
そしてラスト近く、主人公が病棟から逃げ出す背後に絞首刑と殺人のような影が見受けられる。そのシーンを見るだけで不思議なときめきが湧いてくる。
何度見てもゾクゾクする。
物語の進行と、その背後の風景とに。

熊井の「式部物語」にも随分溺れた。原作は秋元松代の戯曲である。
式部物語 [DVD]式部物語 [DVD]
(2001/05/25)
奥田瑛二原田美枝子


ロケとセットの二本立てのうち、セットに惹かれた。
式部教団の本拠地である荒れ寺のような室内に襖絵が並ぶ。和泉式部の説話がそこに描き出されている。絵は決して巧妙ではない。稚拙さを感じさせるところが却って魅力的なのだ。そして大絵馬に描かれた、似ても似つかぬ母子と薬師如来の図。
「居たくない場所」である。そう思わせる空間を木村は拵えている。

セットで非常に巧妙だと思ったのは同じく熊井と組んだ「ひかりごけ」である。
ひかりごけ [DVD]ひかりごけ [DVD]
(2001/05/19)
三國連太郎笠智衆


洞窟がそのまま裁判所になる。
これは語り手の校長先生と、事件の被告たる船長とを同一人物が演じることで起こる錯覚、それを更に強める役割を果たしていた。
人物だけでなく空間までもが二重のものになる。
小説では劇中劇があり、シナリオが挿入される。
この「ひかりごけ」が舞台作品として活きているのは、その作品の構成がそのように出来ているからだった。
それを映像作品に置き換えたとき、舞台転換として「洞窟がそのまま法廷に」なることが求められる、というよりむしろ必須だったのではないか。
そんな風にわたしは考えている。

他にも多くの作品があるが、どの作品でも木村の作った「背景」は、その映像作品の魅力をいや増したのだった。
熊井は亡くなったが林海象は現役だ。林と組んだ作品をもっともっと見たかったのに。
まことに残念だと思いつつも、今はただご冥福をお祈りする。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア