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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

黒澤明生誕100年記念 画コンテ展

黒澤明の描いた画コンテを集めた展覧会が東京都写真美術館で開かれている。
今年は黒澤生誕百年の節目の年になるらしい。
展覧会では晩年の「影武者」「乱」「夢」「まぁだだよ」などの画コンテが出ていた。
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1985年、黒澤が存命の頃、阪急百貨店で「乱」までの画コンテと彼のタブローなどが展示された。
黒澤の絵を見るのはそれ以来だから、驚いたことに四半世紀経っていた。
しかしその当時たしか「夢」はまだ作られていなかったはずだが、展示されている「夢」のための絵に覚えがあるのは、黒澤がずっとその企画を暖めていたということかもしれない。

わたしはあまり黒澤明の映画を観ていない。
「羅生門」は何度でも見たくなるが、人気のある「七人の侍」も「椿三十郎」も「赤ひげ」も見ていない。
「生きる」と「羅生門」と「乱」くらいしかマジメに見た記憶がない。
なぜかと言うと、単に趣味の問題だった。
(実は「羅生門」でも三船ではなく森雅之にときめいているのだ)

「七人の侍」に至っては、アメリカでリメイクされた「荒野の七人」の方が好きだと言うねじれ方をしているので、本当はこんなブログを書く資格がないかもしれない。
しかし「乱」は割りに熱心に見たので、まぁこの後期の絵コンテ群の感想を書くのは許されるだろう。

「影武者」は当初主役に勝新太郎が予定されていたことから、絵コンテの武田信玄なり、その影武者なりが、やっぱり勝新太郎に似ていると思った。
これがもし当初案のまま撮影されていたら、また雰囲気画が違う映画になったろう。
(配役の変更で作品の性質がガラリと変わることはままあるが、別配役のものも見たいと思うことが色々あるものだ)

「乱」の画コンテはあの当時見ていたので懐かしく思った。
25年経っても案外覚えているものだ。
とは言うても、つい先頃「乱」の主要キャラの一人・原田美枝子が「乱」について語ったことが新聞に掲載されていたので、その助けもあって色々と思い出せるのだった。
あの物語はリア王をベースにしたものだが、原田演じる楓の方の姦計により、一族は滅びのときを迎える。
その楓の方の絵は目元に激しい力と、口元に静かな微笑が描きこまれていた。
また、盲目にされたある若君がいる。「弱法師」をイメージした、と当時の解説に書かれていたことを覚えているが、その鶴丸役を野村萬斎(当時・武司)が演じていた。
(この映画でわたしは初めて萬斎を見たが、さすが野村万作の息子だと感心したのだった。いい声だと思ったのだ)

当時のデータにわたしはこう書いていた。「弱法師の絵が特に良かった」と。
その暗い色を強く塗りこんだ絵は、少年の暗い生を露わにしているようだった。顔に深い影が差している。それがザクザクの長い髪ともども印象深い。
弱法師たる少年と、一人生き残った(取り残された?)末の方とが立ち尽くす絵(ラストシーン)は大変よかったが、良過ぎて自分の中で一層名品にレベルアップ処理されていた。
今回そのことに気づいたが、やはりいい絵だと思った。

「まぁだだよ」は内田百と弟子たちの温かい交流を描いた作品だが、そこの絵では「ノラや」のエピソードを思わせる一枚がよかった。
行方不明になった猫をガラス越しにみかける百先生。しかしその「ノラ」は現実にそこにいるのかどうか。
愛しさの募るような猫の絵だった。

「夢」は狐の嫁入り行列や葬式行列、水車の絵などが出ていた。そしてゴッホを演じたマーティン・スコセッシ所蔵のその辺りの絵が展示されている。
描かれている人物はゴッホであり、同時にスコセッシだった。なんだかそのことがひどく面白かった。
オレンジ色が目立つ絵と言うのは、個人的に好きなので嬉しいのもある。

学生服の少年が天女らしきものに手を引かれて空を飛ぶ絵があった。
これは確か’90年頃になにかのCMにも使われていた。
ついでにあのアニメーションフィルムも流してくれればいいのに。

見ていない映画でも、こうした資料を眺めると、見たくなってくる。
監督本人の手による作品だからなおのことだ。
いいものを見せてもらった。

こちらは「影武者」の画コンテ。世田谷文学館で購入した絵葉書。
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展覧会は10/11まで。
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