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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

三菱が夢みた美術館

三菱が夢見た美術館  このタイトルは巧いと思った。
「そうなのか」と思って次に英語の副題を見ると「FROM DREAM TO REALITY」とある。
かっこいい、本当にそう思った。
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三菱一号館は丸の内という立地にあり、素敵な演出も多い美術館だと思う。
よく「足音が響いてウルサい」という声もあるが、百年前の建物を再現した、ということを思うと、それもまた個性だとわたしなどはかばいたくなる。
館側からも出来るだけ静かに歩いてほしいと願い書きがあるので、ここに来るとわたしは「抜き足差し足忍び足」時々は「すり足」で歩くようにしている。
そしてそれが妙に楽しくもある。気分は忍者。

コンドルの「丸の内美術館」平面図などがある。
これらは三菱地所の所有品だが、去年コンドルの図面を集めた展覧会が京大博物館であったことを思いだし、嬉しくなった。
数年前、ご厚意から、普段は非公開の三菱のさる邸宅に入らせていただいたことがある。
その後に図面をみて、ここはあの部屋かと楽しく思った記憶がある。
実際に入ったことのない建物であっても、平面図を見るとそれだけで楽しくなるものだ。

第一章 三菱のコレクション:日本近代美術
行く前にTakさんのブログで山本芳翠の「十二支」が出ていることを知って、ドキドキした。
何しろこの作品群は三菱重工長崎のお宝で、門外不出だった時代が長いのだ。
それが三点も来ているのだから、本当に嬉しかった。
物語性・象徴性の強いシリーズで、そうした作風が好きなわたしには、強い魅力がある。

丑「牽牛星」 織姫は手に糸を巻く。その向こうから牛を牽く男がやってくる・・・ラファエル前派にも(むしろロマン派か)通じるような構図だった。
午「殿中幼君の春駒」 稚児輪髷の侍女が刀を持って控え、立派な島田の侍女が幼君のお世話をする。釘隠しも鶴型で、本当に立派な座敷。
戌「祗王」 市女笠の祗王が道ばたで出会った少女の抱くワンコを撫でている。仏御前の出現でその座を明け渡しての帰途の姿かもしれない。

このようになにかしら物語性のある作品で、そうした浪漫美が好きな人には嬉しい作品だった。

黒田清輝 摘み草  タイトルだけ見れば春の日に柔らかな食べ草を摘む着物美人を想像するところだが、白人女性の絵だった。

裸体婦人像  この絵が見つかったときのことを思い出す。長らく誰にも気づかれなかった名画が今では定番の人気作品になったというのも、感慨深いものだと思った。
肌の白さがエナメルのようで、それが魅力的だと思う。

春の名残  タンポポの綿毛が描かれているが、絵全体が綺麗だった。この絵は暖炉の上に飾られているが、それが本当にふさわしい、いいムードを醸し出している。
額縁はクローバーの一片のようなものが刻まれたアールヌーヴォー風のもので、それを見るだけでも楽しい。

岸田劉生 童女像(麗子花持てる)  何種類かあるチラシの一つに選ばれている。
黙って静かにほほえむ麗子の手には小さい花がある。可愛い赤い花が。
この静けさはフレスコ画の世界に閉じこめられたそれに似ている。

藤島武二 日の出  むろん海の上の日の出である。小さくジャンクらしき船が見える。
武二は海を描いた作品も多いが、その配色はいつも暖かいと思う。 
優しい凪がそこにある。

坂本繁二郎 林檎と馬鈴薯  形の違いはわかるが、全体を包むピンクの霧のような空気が、この丸みのある果実と根菜との差異をなくしている。

安井曾太郎 鵜原風景  うんと向こうに灯台がある。
そこまでたどりつけるかどうか。そんなことを思いながら見ている。

坂本も安井も、絵が飾られる空間を意識しているのか・いないのかはわからないが、彼らの絵が飾られている空間は、ある種の理性的な静けさに包まれると思う。

梅原龍三郎 霧島  左の方に煙を吐く霧島の青い姿がある。右手にはススキの野が広がる。林から青い霧島を見ているのだ。
雄大な山をみつめる眼が生み出した一枚。
同じく「霧島」を描いた作品がある。栄ノ尾と副題がつく。それを初めて見たときの衝撃の大きさは今も細胞質に残り続けている。
だから今、こうして小さい霧島を左に置く絵を見ると、あの巨大な震えが蘇ってくる。
戸板康二「ぜいたく列伝」の梅原の章では、彼が山を描いたときのエピソードが書かれているが、それが思い出されてくる。
梅原の眼が捉えた素晴らしい風景を、梅原の絵を通じて追体験しているのだ。

児島善三郎 山湖  いかにも児島らしい明るさがあって、素敵な一枚。

崖  こちらも明るい可愛い色が集められている。波打ち際がいい感じ、波の色が本当に綺麗。

児島は柔らかく明るい色調で世界を彩る。
児島の世界に住まえば、楽しい心持ちでいられると思う。児島の作る色は何故あんなにも魅力に満ちているのだろうか・・・

第二章 岩崎家と文化:静嘉堂
美術館と言う意識があるが、静嘉堂は文庫でもあるのだった。

徒然草  紺地金彩の表紙に茜色の題箋。
古い本の価値というものを考える。
こうした随筆の場合、中身が既に知られている本だと、見所というものはやはり体裁ということなのだろうか。

奈良絵本「羅生門」があった。
黒鬼が兜を掴むシーンが出ていた。頼光も戦う。構図も面白かった。

橋本雅邦 龍虎図屏風  なんでも15年ぶりに表に出たらしい。あ゛っトラが二頭いた!
龍も二匹いる。雷は金継ぎ風で、そこに嵌め込まれたような感じがある。
知ってるつもりの絵だったが、違う場でみれば新しい発見があるものだ。
そして岩崎彌太郎の一行書「猛虎一聲山月高」があるのを見て、思わず「うぉ???っ」とこちらも吠えそうになった。

他に井戸茶碗や唐物茶入などが静嘉堂から出てきてくれているのが嬉しい。
工芸品で特に良かったのは小さい箪笥だった。

秋草蒔絵謡本箪笥  螺鈿で作られた謡曲のタイトルがそこかしこに流れる。
通小町、鞍馬天狗、楊貴妃、百萬、二人静・・・
17世紀の江戸時代の美意識が伝わってくる。

第三章 岩崎家と文化:東洋文庫
「東洋文庫」が三菱系の所有だとは知らなかった。まだ学生の頃はここに行きたいと切望したのだが、今ではすっかりダラクしてしまった。

唐初写しの「毛詩」があった。
何弾目かのチラシにもなっている。
糸瓜か南瓜かの花葉に蝶々たち。そして文字が左に展開する。

解体新書や東方見聞録、ロビンソン・クルーソーにジョン万次郎、慶長年間の百人一首まであるし、なんと14世紀のコーランまで出てくる。
そして松浦武四郎の北海道MAPを見たときには、思わず「きゃっ」だった。
今、INAXギャラリー名古屋に巡回中の展覧会「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」まさにリンクするので、嬉しくなったのだった。

義経記もある。鞍馬で遮那王が木刀で素振りするのを天狗が見守っている。木が切れている。拙い感じの描線がいい。蛍光オレンジのような色もわるくない。

したきれ雀、とある。舌きりではなく「きれ」。爺さんは若衆に手を引かれて雀のお宿を出る。「すずめどの」「をさらばよ」と文字が見える。

第四章 人の中へ街の中へ:日本郵船と麒麟麦酒のデザイン
商業デザインという分野の作品がまたとても好きである。
特に郵船関係とビールなんて最高に素晴らしい。

日本郵船歴史博物館は非常に好きなミュージアムの一つだが、そこから橋口五葉の「青い着物の女性」が来ていた。
このポスターは他でも見ているが、いつ見てもいい。
二百三高地なヘアスタイルに深い着物。
客を取り込むための力が活きている。

本宮ひろ志「猛き黄金の国 岩崎彌太郎」では郵船の熾烈な商売上の戦いが描かれている。
とにかく物凄い宣伝合戦をしたようだが、やっぱりどっちに乗っても大差なしという状況では、宣伝の巧いほうに乗ってしまうな、わたしは。

多田北烏のポスターも出ている。
京都工芸繊維大学博物館などでも馴染みの素敵な一枚。
麒麟麦酒の工場見学へ行ったとき、売店でレトロポスターやそれらの絵はがきを販売していた。わたしは喜んで絵はがきを購入した。

本絵もいいが、こうしたポスター芸術と言うものは低く見られがちだが、わたしはとてもとても好きだ。

第五章 三菱のコレクション:西洋近代美術
邸宅再現、もしくは邸宅をリノベした庭園美術館などのような空間では、絵はただ絵として眺めるものではなく、その「そこにある」意味そのものを楽しむことができる。
わたしはいつも庭園美術館に行くと、「旧朝香宮邸にお招ばれをうけて、各部屋に飾られた美術品を眺めている」心持でいる。
ご年配の身なりの正しい監視員が多いことも、あの空間を一層それらしく楽しませてくれる。だから「お招ばれした」わたしも優雅に振る舞いたい。
この三菱一号館もそのような空間であってほしいと思う。

ミレー ミルク缶に水を注ぐ農婦  農婦の周囲にいるアヒルたちは、なにやら彼女に期待しているような雰囲気がある。ゴハンを待っているのかもしれない。

ルノワール 長い髪をした娘  横向きの娘、胸の上までの姿。青白い肌とむっちりした肉づきがとても柔らかい。

パリスの審判がある。むちむちな肉の女たち。
そして70年後に、お弟子の梅原がこの絵を「模写」した。
それも展示されていた。
ちっとも似てない。構図だけ同じ。
面白いくらい別個の絵だった。
師匠は師匠、弟子は弟子。二枚の絵を楽しませてもらった。

ボナール 双心詩集  ははは。フランスは多いなぁ、女の人同士の愉しみが。

ルドン 聖女  絵のモトネタを知らないので調べた。マリア・サロメ(ヨハネの首を欲しがった娘ではない)が召使サラと共にエルサレムを去る様子を描いていた。
小舟に乗る茶黒い女と、赤布に群青ドレスの女。色の取り合わせはいいとは思えないが、それでも違和感が無い。

アマン=ジャン 婦人、秋  寝そべる二人の女の真上をいっぱいの鳥が。ああ、秋の林、1920年代の秋。
こういう作品を見ると、自分も誰もいないようなヨーロッパの林の中へ行きたいと思うのだ。

そして最後にまたコンドルの設計図面が現われる。
嬉しい気持ちが再び甦ってくる。
百年かかったが、とうとう「三菱が夢みた美術館」がこの丸ノ内に生まれたのだ。
百年待ち望まれた美術館はこれから百年、二百年、ついには千年へと、時を刻み続けてほしい。
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