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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「カイエ」追悼

わたしにとって「カイエ」は夢の場所であり、lapisさんは指標の一人だった。


「カイエ」追悼


わたしはあまりメールを見ない。怠惰だから。
しかし時折それは、知らぬ間の罪にもなる。

四日ぶりにメールを開くと、ある方から衝撃的なお知らせが入ってきていた。
「カイエ」のlapisさんが去年の1/10にお亡くなりになっていた、と言う内容だった。
lapisさんはその二日前の1/8に「あなたの好きなフィリップ・K・ディックの作品は?」という記事を挙げられていた。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「高い城の男」などの作品を残したディックである。

わたしはそのときこんなコメントを挙げていた。
「こんばんは
中学のとき「電気羊」を知ったのですが、その前に何故か「城」の方を。
諸星大二郎の絵で見てみたい気が時々します。

映画「ブレードランナー」は確かにメチャかっこよかったですね。
あの頃同級生の男子たちがハリソン君と同じ髪型になってました。
ラストを2パターン拵えてたのも、あの頃は衝撃的でした。
by 遊行七恵 (2010-01-09 22:49) 」

わたしは他の方々同様、lapisさんのファンなのだった。

わたしが最初にカイエを訪れたのは、小村雪岱の関係からだった。
それまで雪岱の話をしようにも周囲に誰もいなかったのだ。
それは雪岱だけのことではなく、他の大方もそうだった。
わたしは淋しい環境に生きていたのだ。
孤独であることを認めたとき、わたしの前に世界が開いた。

ネットの世界でわたしは初めて、自分と同じものを大事にし、同じものを愛する人々と繋がったのだ。そんな仲間がいることを知ったのだ。
本当に嬉しかった。

その仲間の一人にlapisさんがいた。
彼もわたしの出現を喜んでくれたようで、以後様々な意見交換を行った。
やがてわたしの記事が展覧会の感想文に特化してゆくと、自分はそこまで見ることはできないが、と前置きしつつ時折素敵な意見を寄せてくれるようになった。
そしてlapisさんはご自分の世界を更に更に深めていかれた。
その深度に眼を奪われ、わたしもその鰭の端を掴まえようと、苦しい息を吐きながら深く水中に潜り続けていった。
追いつけたとか追い越したとか、そんなこともなく、ただひたすら潜っていったのだ。
何を求めていたのかは、もうわからなくなっていたし、それが徒労なのかどうなのかもどうでもよかった。ただただ深い地域へたどりつきたかった。

ではlapisさんは何を得ようとしていたのか。
それはわたしにはわからない。
わたしは「カイエ」のファンであり、lapisさんと同じものを深く愛する性質ではあったが、わたしは所詮他者に過ぎない。
ただ、勝手に思うことがある。

今自分が存在するこの世界において、見るべきもの・感じたいこと・知らずにいられない何か、そんなものたちの在りかを、lapisさんもまた探し続けていた・・・

わたしはそんな風に考えている。

わたしはlapisさんを指標の一人と思い、あの鋭くも優雅な知性を唸らせ、喜ばせる記事を書こうと努力してきた。
別に彼のために書いたわけではなく、飽くまでも自分勝手な喜びのために書き散らしてきはしたが、lapisさんから褒められると、嬉しかったのは確かだ。

彼の死因は知らない。
ただ更新されなくなって久しいブログを訪ねるたびに、胃の辺りを重く感じていた。
死の予兆はなかった。たぶん、外的な要因がそこにあったろう。
あの知性も道半ばにして現実から消えてゆくのだ。
深い虚しさと悲しみが胸に満ち溢れてくる一方で、わたしはこうも考えている。

lapisさんはこことは違う地に立つようになったのだ。
別な次元、別な時間、別な場所からこちらを眺め、微笑しているに違いない、と。

今はただlapisさんの遺した「カイエ」が、この先も生き続けることを、願っている。
そうすれば、あの知性をいつまでも感じ続けることが出来るのだから。

わたしにとって「カイエ」は夢の場所であり、lapisさんは指標の一人だった。
ありがとう、lapisさん。
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コメント
う~ん…
こんにちは。とても悲しいニュースでした。どうしたのかと心配はしていましたが…。今でも私のブックマークフォルダの一番上に入っているので…。本当に素晴らしいブログでしたね。個人的に付き合いがあったわけじゃありませんが、とにかくご冥福を祈るばかりです。
2011/01/13(木) 02:45 | URL | みき♂ #-[ 編集]
☆みきさん こんばんは
うっすらと怖い想像も働いていたのですが、信じたくなかった気持ちが大きかったです。
素敵なモノたちがいっぱい詰まったブログでした。
本当に残念です。
2011/01/13(木) 23:50 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
たぶん同じ思いを確認しつつ
私は、昨日、tanamasaさんのコメントを見ました。
私も、更新が止まってかれこれ1年になると思って、年末にもう一度カイエのコメントを確認し、おおよその居住地域とメールアドレスから推察される名前の一部だけをヒントに、そっちの方の友人に地方紙の事故や訃報の欄も見てもらったのですが(まあそういうことだと思ってたので)、情報は得られませんでした。このような形で、知りたい最低限のことは知ることになりましたが。
信頼できる情報であっても、まだ受け入れるには時間がかかるように思います。
でも、もう少ししたら、私も記事を書くことになるでしょう。「カイエ」とは何だったのか、lapisさんから何を貰ったのか。そしてそれをどうして行くべきか。
まずはそこからかなと、思います。
2011/01/17(月) 12:12 | URL | 春分 #/4MI5iqQ[ 編集]
それでもやはり・・・
☆春分さん こんばんは

>おおよその居住地域とメールアドレスから推察される名前の一部だけをヒントに、

実は私も同じようなことを。(ただし今回の件を知ってからですが)同世代だということとメアドからのおよその名前などから調べようとして果たせませんでした。

> 信頼できる情報であっても、まだ受け入れるには時間がかかるように思います。

今回こうして追悼記事を書いたり、他の記事を書いたりしてますが、それでもどうしても「・・・lapisさん、まだ戻ってこないなぁ」と考えている自分がいます。
いつか帰って来てくれる、そんな風に勝手に思い込んでいるのです。
受け入れているようで、受け入れてないのですね、わたし。
たぶん何年か経っても同じだと思います。

いま、事務処理的に「カイエ」の記事を保存しておきたいと思っています。
失われることが怖いというキモチと、(現実を受け入れてない)状況とが、同時に自分の裡にあります。

わたしは今、春分さんの記事を待っています。
それを読んで自分の意識が変わるのか・変わらないのかもわかりませんが、読みたいと思っています。

2011/01/17(月) 22:43 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
あぁ…lapisさん…でしたか。

ラピスラズリの青い石のように
知的でお洒落で憧れの方でした。
2011/01/20(木) 18:33 | URL | 山桜 #-[ 編集]
☆山桜さん こんばんは

タイミングがちょっとずれてしまい、先にメッセージを送ってしまいました。
まだ信じられないし、心の整理もあんまりついてません。

2011/01/21(金) 22:21 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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