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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

場所のキオク

場所のキオク

いつもいつも展覧会の感想文ばかり書いているが、たまには趣向を変えて自分の中にある「場所の記憶」についていくつか書こうと思う。
(楽しいこととか厭なこととか取り混ぜて)

往事歳々・・・

1.鎌倉国宝館
わたしがまだ二十歳ちょっとの頃に浮世絵熱が沸騰して、あちこちに出かけた。
歌舞伎への愛情とリンクしての見学で、いろんなことを覚えようとしていた時期だった。
鎌倉国宝館の氏家コレクションはそんなときに知ったのだが、GWの最中に開催されたからか、随分と観客が多かった。
メモを取っていると、見知らぬオジサンに「メモなんかとってどうするの」と言われた。
今ならいくらでもかわせるが、そのころはまだプロトコルのスキルも何もない、まじめな性質が表立っていた年頃だったので、絶句した。
オジサンの奥さんが「きっと大学の授業よ」と言うのにオジサンは納得したのか去っていったが、今はどの展覧会でも必ずメモをつける人がいるので、オジサンも訊いてられないのかもしれない。

今や誰もメモを取ることを不審に思うたりなぞしない時代になって、本当によかった。
ここを訪れる度に必ず思い起こすエピソードなのだけど、案外トラウマになってるのかなぁ? 


2.京都ドイツ文化センター
ある年のGWの最中に神戸で遊んでいた。
そのとき急遽、京都ドイツ文化センターで夕方六時半からヘルツォーク監督とクラウス・キンスキーの最後の映画「コブラ・ヴェルデ」が上映されることを知った。
京都ドイツ文化センターには行ったことはないが、実は中学のとき以来の憧れがある。
普段のわたしは神戸から京都へ向かうということはまずしない。
ところがこういうときに限って、阪急電鉄一日乗り放題のパスを持っていた。
この日は夜から隣家のオジ宅の宴会に出席する予定がある。
宴会はどうせ夜遅くまで続くと見込んで、いきなり京都へ向かった。
京都ドイツ文化センターは荒神口の近くにある。
焦って違うバスに乗り、随分遠回りしてしまった。
歩くのは普段から早いが、このとき超特急で歩き、六時すぎにセンターの庭に着いた。
祇園で買ったお稲荷さんがある。それをかじってから映画を観たが、観客は十人を切っていた。映画の冒頭で辻楽師のような男が主人公の一代記を語ろうとする。彼を一言で語る。
「貧者の中の貧者」と。
その言葉にぞくぞくした。貧乏人、貧民ではなく貧者。最早「神話」の域に入り込んだような気がした。
映画が終わってから今度は正しいバスに乗って速攻で帰宅した。

だから京都ドイツ文化センターは、わたしにとって「神戸から向かって『コブラ・ヴェルデ』を見て、お稲荷さんをかじった場所」なのだった。


3.某駅前学園
その駅に大和文華館がある。初めて出かけたのは’90年代のある暑い日のことでした。美術館の前池には鷺が飛んでいた。
駅から美術館へ向かおうとしたとき、駅前学園の女生徒たちがやってきたが、同世代ではない、見知らぬオンナノヒトに向かって、意地の悪いことをした。
その学校はその界隈では名門だということだが、彼女たちの品性のなさを知った。

以来、大和文華館へ行こうとするたびに必ずこのことを思い出す。
思い出しては腹が立つので、今ではちょっと困っている。
楽しい美術館通いの支障になるからなぁ。


4.新目黒川と目黒橋
’98年の年末、熱に浮かれながら目黒を歩いていた。風邪を引いているのに出歩いているのだ。薬も効かない、ドリンクもすぐ醒める、という状態で目黒橋の上に立っていた。
視界が熱で潤んで、靄がかかっている。そんな状態で新目黒川を眺めた。
桜が舞い散っているような気がした。
夕日の残照と水面の煌きと、熱とで見えるもの全てが壮麗な有様をみせていた。
クノップフの絵のようにも思えた。

あんなに綺麗な、幻想的な川面は二度と見ていない。
目黒の坂を歩くたびに、あの日あの場所へもう一度行きたい、と考えている。


5.代々木公園
数年前の晩秋、あるイベントに参加して、以前から会いたかった人に会い、その人から手作りのマフィンをもらった。嬉しかった。
会場を出たわたしはたばこと塩の博物館へ行き、そこから原宿へ向かおうとして、不意に歩きたくなった。代々木公園を通る。そこは銀杏の落ち葉で金色の地に見えた。
わたしはベンチに座り、さっきもらったマフィンを食べた。風が少し冷たく感じるが、マフラーとそのもらったマフィンとで、暖かく感じた。
食べ終わったとき、不意に風が吹いて、地の黄金の銀杏が舞い舞いした。
金色の葉っぱがゆっくりと落ちてゆく。
一人きりでいることの歓びが不意に深く胸に落ちてきた。

そのときの情景を思い浮かべると、わたしはいつも小さな幸せに満たされる。


6.松涛美術館
東京が大雪で交通網が麻痺した日がある。その日わたしの乗っていた飛行機を最後に、羽田空港が閉鎖されたあの日の話である。
渋谷が全て雪に埋もれていた。
誰も歩いていない。しかし松涛美術館は開館している。わたしは歩くしかない。
誰もいない真っ白な道に不意に犬の散歩の夫婦が現われた。
白い雪道をそれでも駆ける黒犬が不意に消え、数メーター先からいきなり「バウゥッ」と吠えながら飛んで出た。
犬にみとれたせいでか、道を間違えて鍋島公園にいた。道はわからない。困った。
そこへ勇敢な奥さんが門の外へ出てきたので、道を尋ねると「ヤマモトフジコの家の前を曲がって」と仰る。ヤマモトフジコの家なんか知らないが、奥さんはわたしが山本富士子を知らない、と思ったらしく、そのヤマモトフジコの家まで送ってくださった。ありがとう。
やっとの思いで松涛美術館に入り、あの噴水を眺めた。
噴水の構造は水が下から上へ向かうように出来ている。
下から吹き上がる水、そして天から降り続く牡丹雪。無限の水と無限の雪と。
永遠を見た気がした。

どんな暑い日であっても、松涛美術館の噴水に降りかかる雪と水の光景を思い浮かべると、外界からわたしは一瞬、遮断される。


他にも色んな場所の記憶があるのだが、「そこへ行くと必ず思い出す記憶」ということで集めてみた。

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コメント
No title
なんと豊かな記憶の場所、場所の記憶でしょうか。
読むのが夢のようでした。
豊かな人が歩くと、そこが豊かな場所になり、豊かな記憶になるのだと、嬉しいような眩しいような気分になりました。
あっ。豊かな記憶の気持ちが私にも映ってきた感じがする。
この余韻に浸って本日は眠りまーす♪
2011/02/11(金) 00:24 | URL | nanatoshina #MDMkRtpI[ 編集]
松涛美術館の噴水
遊行さんは、あちこち出かけているから、
いろいろ思い出がありますねぇ。
私は遊行さんほど、エピソードはないのですが、
先日、松涛美術館に行った時、噴水を眺めていたら、
おばあさんに「おトイレは、アッチよ」と、声をかけられ
て、ポカンとしてしまいました。そんなに迷子っぽく
見えたのかしら・・・(汗)
それにしても、ヤマモトフジコさんの家って・・・。
どこにあるんだろう??気になります。
2011/02/11(金) 18:39 | URL | えび #-[ 編集]
おやすみなさい
☆nanatoshinaさん こんばんは
豊かなのは妄想の方かも(笑)。
どういうわけか子供の頃からしつこく記憶しているヒトなんです。
その良さが仕事や学業に生かせていればよかったのですが、全然役立たなかった(爆)。

実はマンガや小説なんかで読んだ「場所の記憶」も鮮明なほうで、現場に行っては「あっここであのキャラが」とか思ったりするんですから、始末に負えませんね(笑)。
2011/02/11(金) 23:57 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
水の素描
☆えびさん こんばんは

> おばあさんに「おトイレは、アッチよ」と、声をかけられ

ううむ、おばあさんは噴水から水洗の連想が生まれてたんでは・・・
ウォシュレットとか。

> それにしても、ヤマモトフジコさんの家って・・・。
> どこにあるんだろう??気になります。

大雪にならない限り、わたしも到底思い出せそうにないです(笑)。
あのとき危うく八甲田山になるかもしれない、と思いましたよ。
六甲山で遭難しかけたことを思い出しながら歩いてたんですけど、
次から次に回想があふれるばかりです。

2011/02/12(土) 00:02 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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