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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

日本の子どもの文学

国際子ども図書館で2/19から始まった「日本の子どもの文学」展を早速見て来た。
まだ始まったばかりで長期展示になるようだが、ぜひとも早く挙げたいと思った。
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深く好きな世界がそこにあるのだ。
一刻も早くその只中へ溺れてみたい。

そんなことを思いながら図書館へ出かけた。

チラシを一目見ただけで行かねばならない、と感じる人は少ないかもしれない。
しかしわたしはチラ見しただけでドキドキしている。
向かって左には大正時代の「赤い鳥」、真ん中には昭和真ん中の「だれも知らない小さな国」、右には昭和初期の「少年倶楽部」。
いずれも少しの紹介でも必ず出かけずにいられない、わたしの偏愛する本たち。

筒状の展示コーナーの内外を見歩くことで距離感が消えてしまい、下方のガラスケースを凝視することで空間の把握が疎かになり、円を描いて歩いた先に次の道標が立つ。
気づけば本章を見終えてい、一瞬取り残されたような感覚が生まれる。
ぽつんと立ち尽くしているのがせつなくなるほど、その直前まで自分が幸せな時間を過ごしていたことを知る。外に出たことでいよいよ見ていたものへの愛着が深まる。

第1章 『赤い鳥』創刊から戦前まで-「童話」の時代
第2章 戦後から1970年代まで-「現代児童文学」の出発
第3章 1980年代から1999年まで-児童文学の現在
第4章 現代の絵本-戦後から1999年まで
第5章 子どもの文学のはじまり
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白秋「トンボの目玉」の見開きページに金魚の詩が出ていた。
母さんお出かけさみしいな ページではここまでだが、続きが怖い詩。
金魚を一匹絞め殺す・・・・・。
大正時代の子供のための文学には、薄い毒が含まれもする。
それが魅力の根源なのだが。

まるまるしたわんこのこがね丸、帰一の蝶々の女の子が泣くのも見慣れた童画だが、ここでこうして眺めるだけで嬉しくなる。
清方の「少女倶楽部」表紙絵はおさげ少女だった。
一流の画家も雑誌表紙絵や口絵を描いていた、「雑誌の黄金時代」。
初山滋の「ひろすけ童話」を見ると「むくどりの夢」が読みたくなる。

おお!「神州天馬侠」!うちの父は戦後「天馬侠」を読んで「あれほどドキドキした本はない」そうだが、わたしも高校の頃から大正?戦前の少年少女雑誌などにのめりこむようになり、天馬侠を読んでやっぱりドキドキした。挿し絵の山口将吉郎の端正な絵がすぐに思い浮かんでくる。

大正の児童文学者として忘れてならない豊島与志雄「卵の夢」、鈴木淳のヨーロッパ風な作品に続いて千葉省三「トテ馬車」の挿し絵の地図にはときめいた。村の地図らしいが、まるで宝探しの地図に見えた。
こんな地図を見るとそれだけでわくわくする。

あっ!「豹の眼」!嬉しい!伊藤彦造の魅力的な挿し絵、高垣眸の波瀾万丈な物語!本当に嬉しいなぁ。大学の頃に近所の古本屋でみつけたとき、嬉しくて息苦しくなるほどだった。

小穴隆一の杜子春の挿し絵は初見。芥川の発表したと同時代の中華民国の人々のような様子で描かれている。

紋章が表紙の「敵中横断三百里」、「吼える密林」どちらも絵はウルトラリアリズムの椛島勝一。
小林秀恒の挿し絵の「怪人二十面相」もある。
RRR武井武雄の作品が「赤ノッポ青ノッポ」しか出てないのが惜しいと思いもする。

やがて石井桃子の登場がくる。
クマのプーさんの翻訳、そして「ノンちゃん雲にのる」。ノンちゃんの表紙絵は黒地に翁でレトロな配色がいい。
そして児童文学の変容がはっきりと露わになってくる。
敗戦後の「戦後」ということを、物語から読みとることになる。
壷井栄「二十四の瞳」などが特にそれを感じさせる。

いぬいとみこ「ながいながいペンギンの話」「木かげのこびとたち」と来て、ついに佐藤さとるが現れた。
「佐藤暁」名義の「だれも知らない小さな国」である。
わたしはこの物語に小学生の頃に出会って以来、今も変わることなく惹かれ続けている。
そしてわたしにとってのコロボックルたちは、村上勉の描く姿をしているのだった。

松谷みよこ「たつのこ太郎」、今江祥智「山の向こうは青い海だった」、寺村輝夫「ぼくは王様」・・・
大好きな「いやいやえん」「モモちゃん」「チョコレート戦争」が並ぶのを見るだけで、嬉しさが全身を突き抜けて、外に飛び出してゆきそうだ。
「肥後の石工」「ヤン」「ベロ出しチョンマ」が並ぶと小学校の図書室にいる心持ちになった。ほかにも「ボクちゃんの戦争」「くまのこウーフ」「車の色は空の色」「グリックの冒険」「地べたっこさま」・・・ああ。

瀬川康男の絵も魅力的な「こどもあそびうた」、天沢の「光車」も懐かしい。
ぼっぺん、ズッコケ、はれぶた、イッパイアッテナ!!!
う?ん、満足。

空色勾玉、鬼の橋はさすがにタイトルしか知らないが、このあたりは80年代以降の作品だったか。
'75年の太田大八の絵本「かさ」は全編セリフはおろか一切文章のない作品だが、絵を見るだけで物語の展開が理解でき、そこに当然あるべき「町の物音」が聞こえ、少女の心模様が伝わってくる。
これは幼稚園で毎月配られる絵本の一冊で、妹が貰ってきたのをわたしがそのままもらい、今も手元においている。すぐ目の前にある一冊。

堀文子「ピップとちょうちょ」、茂田井武「セロ弾きのゴーシュ」、そして「ぐりとぐら」に「いないいないばあ」といったロングセラーの絵本も並ぶ。
赤羽末吉「大工と鬼六」安野光雅「ふしぎな絵」もいつまでも観てほしい絵本。
「ふきまんぶく」は未読だが表紙だけは常に意識にある。
ちひろの絵本も出てくる、「ネズミ君のチョッキ」も「さるるるる」「長谷川くんきらいや」「コッコさん」「まがればまがり道」・・・楽しくて仕方ない。

英字の縮緬本も出ていた。「子供之友」には、かちかち山のウサギの絵があった。
臼の舟に乗るリアルウサギの正面顔。櫂は杵である。
雑誌「少年世界」の実物を見るのは初見。これは乱歩「孤島の鬼」に記述があるが、弥生美術館、ちひろ美術館、府立児童図書館でも見たことがなかった。
「少女の友」には帰一の絵による「あの町この町」の童謡があり、夢二の「どんたく」も出ていた。

正ちゃんもあった。正ちゃんが芝居をすることになり朝日新聞で広告を打ち、リスと共に芝居をする・・・正ちゃんの展覧会でも見たような気がするが、はっきりとは思い出せない。
モダンな武井武雄の「舌切り雀」。日本の風土ではないけれど、日本。
村山知義「ネコの尻尾」もモダンだが、びっくりしたのが大木惇夫の文だっこと。
「たべるトンちゃん」も見たところで、終わり。

ああ、面白い展示だった。出来たら冊子くらい拵えてほしいけれど・・・
やはりわたしは大正から’70年代までのおよそ50年間の児童文学がいちばん好きだ。
しかしこうして眺めるととても息の長い作品が多いことにも気づく。
それらを読んでいたことを幸いだと思った。
国際子ども図書館で開催中。
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コメント
嬉しいなぁ
読み進むうちに、うんうんと頷く顎は大きく振れ、
やがて七恵さんと肩を叩きあい握手して!ハグして!
と、大いに盛り上がってしまいました~  ありがと~♪
2011/02/26(土) 19:19 | URL | 山桜 #lSqELJtw[ 編集]
同志よ!
☆山桜さん こんにちは
もぉほんとに好きなものばかりで嬉しくて嬉しくて・・・
21世紀になって11年目ですけど、ここにある本はいつまでも読み継がれていってほしいです。

わたし思うんですけど、本職の司書の方や、山桜さんのように社会的な活動されてる方が、次世代の子どもたちに本の魅力を伝える一番最前線に立っておられるのではないでしょうか。
会社員のわたしなんぞはせいぜい自分の身内や友人の子ども、本屋さんで会った子供くらいとしか接触がない。
いい本だからゼヒ読んでね!と言いたくてもなかなか伝わらない。
だからこそ山桜さんがこれらの名作を愛されてるのが嬉しいです。
ぜひぜひ子どもたちに本の魅力を伝えてあげてください!
2011/02/27(日) 18:03 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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