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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

天竺へ 三蔵法師3万キロの旅

天竺へ 三蔵法師3万キロの旅

「天竺へ」と聞けばすぐに“We’re heading out west to India”がアタマの中に流れ出す。
TVドラマ「西遊記」の挿入歌。
heading outは訳すと「結球します」ということで、今になるとよくわからないタイトルだった。
奈良と天竺の関係は意外に近いように思った展覧会だった。
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奈良国立博物館のチラシ日本語版と英語版。微妙な違いがなんだか楽しい。


コンニチハと会場に入れば、三蔵法師がそこに鎮座ましましている。
この薬師寺の像がお出迎えしてくれるだけでなく、その背後にはどんなルートを通ったのか、どんな都市があったのか、いつなのか、といった情報が流れている。
「登らないでください」とある階段状の頂点に坐す三蔵法師に目礼をして、我々は今から「天竺へ」行くのだった。

絵葉書にはこの絵巻に現れた色んな人物やどうぶつたちの姿をピックアップしてまとめたものがあった。
どの巻のどの段に出たキャラかは、実物を見た人ならわかるはず。(ううむ)
こういうのを売り出すところが、「明るい奈良博」の証明なのかもしれない。
勿論わたしは喜んで購入いたしましたよ。
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拓本が薬師寺や大谷大学博物館などから来ている。あるものは大谷大で見たような気がするが、マジメに見ていないので記憶が曖昧ではある。
こうした展覧会でやっとマジメに対することになる。
他にも仏足石があるが、どうしてもこれらを見るとなんとなくホホエマしいキモチになる。
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お経もたくさんある。字面を追う気力もあんまりないが、立派なものだとはわかる。
岡野玲子「ファンシィダンス」はボース・ライフを描いていたが、中で大般若経をペラペラペラ~と開くシーンがあった。
開く事で一回読みました、という方便。なかなかやるなぁ、と昔思った。
自分もラララララと眼で追うだけ。

さていよいよ展覧会の目玉「玄奘三蔵絵」について書く。
藤田美術館の至宝。
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これまでところどころ(主に三段目の三蔵法師が雪山で難渋するシーン)見てきているが、今回は怒涛の全巻展覧である。
でも長いから、一巻のうち前段を前期、後段を後期展示し、展示できないものはパネル展示すると言う、親切なシステム。
しかもシーンによっては別に解説展示もあると言うので、とてもわかりやすくていい。
絵は鎌倉時代後期の宮廷絵師・高階隆兼一門だと見なされている。
今回、前後期どちらも楽しませてもらったので、区分なく自分が見たものの感想を挙げる。
絵巻では、三蔵法師の裕福な子供時代から物語が始まる。

他の子供らがワイワイ楽しそうに騒ぐ中にあって、一人だけ思索に耽る子供がいる。高僧伝や聖人伝では幼児のうちから「他と違い賢い子」として描かれるのがセオリーだから、説明がなくともそやつが玄奘だとわかる。何しろ可愛くない。
そんな賢い子供より、周囲のワルサをする子供らの方がイキイキと描かれている。

やがて出家し修行に励む。
そうこうするうち、今の世に流布する仏教に疑問を持ち始める。
こうなると賢い玄奘くんを応援したくなる。
子供のうちは遊べや、しかし大人になれば学べや、と思うからだ。

天竺行きを決意する玄奘の夢に須弥山が現れる。
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日月を左右に従える須弥山と、周囲の海。怪魚がザワザワと顔を出し、雷神らしきものが半分波間に沈んでいる。
なかなかシュールな風景ではある。
ちなみに玄奘の踏むものは蓮。

出発。この時代は国外に出てはならぬという法律があったが、それを破って出ていく。
最初は三人ツアーだったが、やがて一人になり、馬もだめになる。泣き泣き別れて帰ってゆく者もいて、玄奘は一人、赤い馬に乗って西へ向かう。

三巻には天山山脈を越える過酷な情景が描かれる。
このシーンが多分いちばんよく展示されているものだと思う。
藤田でも実際にこのシーンがよく出ている。

これは1シーンの実は半分で、左へスクロールすると、谷底へ落ちて死んでいる人馬の姿も見えるのだった。
それでもなお行くしかない。ツアーの人々の背中を丸く描くところに寒さの実感・怖さの実感が込められている。
しかしところどころにさりげなくヒョウや高山に住まう鹿類が描かれているのも面白い。
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やっとこシルクロードの諸国を往くようになる。
各国で歓待され、ここにいてくれと請われるも、道心堅固な玄奘は旅を続けようとする。
それぞれの国王のエピソードが面白い。
お布施の会で出すものがなくなった国王が王服を差し出して裸の王様になるのはまだしも、某王様は梵天のコスプレをしてゾウに乗っているのだ。
もしその場にいたら、わたしは笑ってしまう可能性がある。←ヤバイ!

行く先々の地にお釈迦様の足跡・事跡が残り、それを示すための卒塔婆が立っている。
実際お釈迦様の仏足石も現れる。

旅には危険が付き物だが、海賊などはまだしも、妖怪モノノケの類も数多く現れる。
そやつらがまた妙にイキイキと可愛い。
旅の最初には案内人から命を狙われもするが、いずれも助かっている。
三蔵法師危機一髪シーンが、どれもこれもたいへんよく描けているのが楽しい。

祇園精舎につきました。荒れ果てた地には壊れた什器類だけでなく、髑髏も転がっている。
秋の半ばのエピソード。水鳥たちのくつろぎもある。狐も住まう。
偉大なひとのいなくなった地も、守るものがなければこのように自然に帰ってしまう。
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一方で今を生きる人々の住まう場はなかなか豪奢に描かれもする。
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奇岩を配するだけでなく、竜頭をたくさん彫り付けた噴水なども置いて、見栄えのする庭園を拵える人もあれば、塔を拵えて寄進する長者たちもいた。
旅の中で、お釈迦様の舎利や壁に浮かび上がる仏たちの眷属の姿を見もする。
中にはこういう怖いのもある。お釈迦様ゆかりの樹、つまり悟りを得た樹なのだが、そこに二体の観音が半ば以上埋もれている。
・・・すべて埋め尽くされれば、末法。
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さてやっと望むままに学ぶことができ、バラモンとも論争して勝ち、大勢の人々に大乗仏教の良さを広め、いよいよ帰国したくなってくる。
お師匠の正法厳にその旨を告げるや、応援される。
よい教えは故国に広めなければならない。
そのお師匠の庭園には小川が流れ、白石を動物型に彫ったものが橋として架けられている。
この絵は来月の藤田美術館で展示されるらしい。
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帰国の道も大変だが、行きと違い帰りは大荷物で、その上に先々で安全保障が成されておるので、距離的な問題と自然災害の恐怖を心配するばかりで、唐に到着。
大いに歓迎される。
皇帝李世民もすっかり三蔵法師に感服し、還俗せよなどと言うてしまうけれど、それはすげなく断られ、やがて持ち帰った尊いお経の漢語訳が一大プロジェクトとして始められる。
弟子の中でも基(後の慈恩大師)は優秀で、「成唯識論」の翻訳に功績を残す。
この慈恩大師が法相宗のはじめの人らしい。
そして大般若経の翻訳が完成すると、ピカーッッと光がさす。
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嬉しい日日も続かない。皇帝の逝去があり、三蔵法師自身も自房でコケて膝をすりむいたりするようになり、段々と死を意識する。そのための準備も始めだす。
やがて円寂する。

無遮会という誰にでもお布施のイベントをすると、多くの病人・貧民らが現れ、嬉しそうに米を貰ってゆく。二つ頭のヒトや、額に口のあるヒト、足萎え、盲人らが描かれている。
その後には三蔵法師のお墓を見るのがつらいと言う皇帝のために、お墓も移築される。
数年後、道宣律師が夢に韋駄天の訪問をみる。三蔵法師が兜率天で解脱したことを知らされるのだ。韋駄天は立派な拵えの武人姿で描かれ、外には赤と緑の鬼の姿の従者がいる。

たいへん見ごたえのある、面白い絵巻だった。とてもイキイキしている。
高階一門の画力の高さに目を瞠るばかりだった。
ところどころのユーモラスな描写がいよいよ<見る楽しみ>を増してくれた。

メインは終わったが、他にも釈迦と十六善神図や、肖像画がある。
この肖像画は'99年の奈良県立美術館「三蔵法師の旅」展図録表紙にもなった。
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また西夏時代の壁画を模写したものなどが出ていて、それがなかなか興味深かった。
つまり、そこには笈を背負う三蔵法師だけでなく、サル顔の従者が描かれているのだ。
たとえばこちらは水月観音図。メインは水月観音と、それに会いに来た善財童子なのだが、画面の端に三蔵法師と孫悟空らしき姿がチラッと見える。
そう、三蔵法師にはやっぱり三人のお弟子がいなくてはならない。
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というわけで、西遊記関連の書物や挿絵が並びだす。
ここでは特に玄奘の出生にもドラマティックな要素を持たせたものが人気だった。
近年、平岩弓枝がそれを基にした、平岩版西遊記を上梓しているが、これは近年の西遊記ものの傑作。
色んな西遊記を子供の頃からたのしんできたが、君島久子翻訳の西遊記と平岩版のが読み物系として、わたしには特別に面白い。
(諸星大二郎「西遊妖猿伝」も早く完結してほしいが、まだソグドとまりなので、先は長い、長すぎるぞ~)

明代の本の面白さはまた格別なものだと思う。平凡社あたりから多くの翻訳本が出ているが、学生の頃夢中になって読みふけった。
挿絵を見るうちに、その頃読んでいた小説が次々に蘇ってくる。
やはり文化の爛熟期に生まれるものは、面白い。

三蔵法師の旅した天竺地図が出ている。五天竺図。sun718-2.jpg
パネル展示もあって、そちらは電光掲示でバーチャルツアーする三蔵法師が見える。

大学の頃、明代の本をよく読んだと書いたが、授業とは無関係だったので、勉強ではなかった。それだけにますますのめりこんだのだが、実は自分でもシルクロードと天竺あたりの地図を描いている。それを教育実習に持っていったこともあるから、モノスゴイ心臓だ。
教師にならなくてよかった。

存分に楽しんで会場を出ると、初瀬の天神さんがお待ちかねだった。
こちらの展示についてはまた別な場で書く。
「天竺へ」は8/28まで。
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コメント
ガンダ~ラ♪
力のこもったレポート楽しく拝読しました。
すごく面白そうですね、いや、いや、それにしても三蔵法師
は大冒険したんだと改めて実感しました。
そりゃ、お供に妖怪も欲しくもなるというもの~

ところで岡野玲子さんは陰陽師しか知らないのですが、
他にも仏教系の漫画描いてらっしゃるんですね。
これはメモっておこう。
昨日娘が持ってきてくれた週間朝日の対談で、手塚治虫氏のご子息、眞氏とご夫婦だと初めて知って驚いています。
なんかすごいなあ。。。

メモといえば平岩西遊記面白いんですね。
秋の帰国の折にでも!
2011/08/14(日) 05:12 | URL | OZ #-[ 編集]
連投すみません
絵葉書いいなあ。すっごくそそられました!
2011/08/14(日) 05:13 | URL | OZ #-[ 編集]
仰天
 夏目雅子が 三蔵法師に成って てれびに出たときは 仰天しましたが だんだんなれました。
 飛行機に乗っていても いつまでも続きそうな 大陸 砂漠 奥地 それはそれは 
 たいへんな旅だったことでしょう。奈良薬師寺に三蔵法師の塔?がありますね。
 博多でウイグル語(まったく覚えていませんが)の先生だった人は 青い目 茶色の頭髪 
 イスラム教徒でした。シルクロード  少しでも 歩いてみたいと思っています。
2011/08/14(日) 13:07 | URL | 小紋 #-[ 編集]
♪they say from this India~
☆0Zさん こんばんは

天竺といえば西遊記、インドといえばレインボーマンの修行先、ですよ。
(どんなんや~)

> ところで岡野玲子さんは陰陽師しか知らないのですが、他にも仏教系の漫画描いてらっしゃるんですね。

映画にもなりましてね、モッくん主演でした。周防正行監督作品。原作は'85年かな、リアルタイムのファンなので、岡野さんが陰陽師であんなに宇宙的規模、哲学的瞑想のヒトになるとは思いもしませんでした。

> メモといえば平岩西遊記面白いんですね。
> 秋の帰国の折にでも!

毎日新聞で連載中も大人気でしたよ。話のまとめ方がうまいし、悪人はいないし、キャラはみんなそれぞれの屈託と良識があるし、でたいへん面白かったです。挿絵も魅力的~
2011/08/14(日) 23:08 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
Re: 仰天
☆小紋さん こんばんは
わたしの見た三蔵法師=夏目さんだったんで、ちょっとも違和感がないんですよ~
小学校のときの楽しみの番組でした。


> 青い目 茶色の頭髪  イスラム教徒でした。

あーすごい、国際的。人種の坩堝っていうのを実感しますね。
ウイグル語は見たことはありますが、一語も読み書きできません。
むかし、NHKの「シルクロード」見てて感動したことを思い出します。
大谷探検隊に龍村平蔵はわたしの憧れです。
2011/08/14(日) 23:23 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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