逸翁美術館の所蔵する絵巻を中心にした展覧会が開かれている。
絵巻をメインにした展覧会は久しぶりだと思う。
随分昔に「露殿物語」を出した展示や、ナビオ阪急(当時)にあったミュージアムで逸翁美術館所蔵の絵巻などを集めた展覧会があったが、長くこうした企画は立たなかったと思う。
大江山酒呑童子・芦引絵の世界、と題されたこの展覧会では、大和絵の宿命の故にか展示換えが多い。
10/23までの前期展では酒呑童子の絵を中心に集め、10/25から12/4の後期展に芦引絵や青蓮院稚児草紙絵巻が出てくる。

その前期展の中でも大江山絵詞は10/2までの展示、サントリー美術館の酒伝童子絵の半分は10/4から23日までとなっている。
酒呑、酒伝、酒天と様々な表記のある「しゅてん」童子だが、大江山に棲まう系統の絵巻が逸翁の酒呑、伊吹山を根城にする系統がサントリーの酒伝なのだった。
逸翁本は南北朝、サントリーは室町、その他ここに展示されているものの多くは江戸時代の作が多い。
まず大江山絵詞 「四十ばかりなる色白く太りたる」大童が両脇に侍童をつれて現れる。
それが酒呑童子。
彼の棲まう鬼御殿にたどりつくまでの情景が綴られている。
源頼光と四天王、そして藤原保昌らが支度して都を発足し、守護を頼んだ神々から贈り物を受けるが、その中に姿を隠す編笠があり、一行はそれをかぶって鬼御殿を探る。
他の多くの説話と違い、ここではある若君を救出することが第一目的であり、彼らの捕らわれている牢へと向かう。
その道すがら、酸鼻極まる情景が広がる。
・鬼御殿の手前の川で血に汚れた衣装を洗う老婆。神農のように葉っぱの腰蓑をつけている。200年、生きながらえている。
・鬼御殿の庭に転々と転がる人骨、更に木々の間に寿司桶があるが、それは人間を漬け込んだ熟れ寿司である。
・唐人たちを押し込んだ牢の横で鬼たちがくつろいでいるが、悲惨な唐人等の表情に比べ、鬼たちは大あくびをしたり、鼻歌でも歌ってそうな顔つきである。
・若君等が捕らわれている牢の左上には仏の眷属がいる。それは牢内で誦している法華経の功徳によるもの。また不動明王のような炎が見えるが、中は猿らしい。
・鬼たちの奏楽はなかなかのものらしい。
やがて鬼退治である。この南北朝の絵はかなり剥落退色していて、それが為にかえって蒼古な様相を呈している。
鬼の本性を現した酒呑童子は顔の上に顔がついたような異形である。非常におぞましい姿である。
四天王は鬼を倒すのに必死なのがよくわかる。
鬼もついに絶命する。
彼一人の通力が巨大でありすぎたため、他の鬼たちはコロコロと殺されてゆく。
そして鬼たちの死骸を集めて火葬するが、その炎をみつめる四天王たち。


凱旋へ至る前に、一行は洗濯婆の遺体をみつける。
酒呑童子にさらわれ、それから200年もの間その下働きを続けた婆は童子の死により、こちらも絶命する。
一行は婆の運命に涙する。
凱旋には唐人らの喜ぶ顔もある。
この絵巻は意識した表現と無意識の褪色によって、深いおぞましさを見事に描いていると思う。
次に室町時代の酒伝童子絵である。
文章が非常にわかりやすく読みやすい。優しい文字がわたしのようなものにも理解をうながしてくれる。
「夫大日本秋津島ハ神国也 天神七代地神八代也 仁王ノ代となり聖徳太子初めて仏法を広めむ」(原文は旧字)
こちらの絵はたいへんカラフルで剥落もなく(修理したのか?)キャラも四等身くらいだが、それぞれ個性豊かに描かれている。
・安倍晴明の占いにより、選ばれて、都の姫君救出の命を受ける頼光。
・藤原保昌を誘い、四天王らと共に鬼退治の支度をする一同。獅子王と銘のある兜を授かる。
・手分けしてそれぞれの守護神を参詣にゆく人々。
この参詣シーンで初めて「手分けして」出向いたことを知った。うち揃って出かけたと思っていたのだ。
熊野、住吉(ちゃんと松林と鳥居がある)、石清水八幡と。
氏によりそれぞれの神が異なることを改めて思う。
・参詣した神々から山中で武器や酒をもらう。
・血染めの衣を洗う若い女との出会い。彼女も都の姫君の一人である。
鬼御殿へ。
ここで最初に現れる酒伝童子は美しい稚児姿である。
伊吹山の説話には確かに美しい稚児の話がある。その姿で現れる酒伝童子。手には笛がある。大きさは三丈というから尋常ではない。
・この鬼御殿の鬼たちは女装も出来るが、一行がキッとにらむと正体を現して退散する。
・ご馳走として「女の生足」と血の酒が供せられる。一行はそれを受ける。
鬼退治、鬼がガブッと噛んだが兜を二つ被っていたので助かる頼光、という設定。
室内にはケイ(燭台)が四つばかりあるが、暴れの風で揺れている。
大鉞が落ちているが、てっきり坂田金時の武器かと思ったが、酒伝童子のものらしい。
逃げる姫君たち。鬼のシーツは唐草文様。
後半は10/4から。
他の大江山ものを見る。
すべて逸翁所蔵。
・大江山(千丈嶽)絵詞 室内でガブッのシーン。色も綺麗。
・大江山酒呑童子絵巻残欠 大童がくつろぐ。二人の唐風童子がつきそっている。血肉の接待。鬼は少し憂鬱そうな顔つき。
・大江山絵巻 狩野派らしい。端正な絵。サントリーの酒伝童子に似ている。女たちがキャーッと逃げるシーン。
次は前期のみの展示品。
十二類絵詞残欠 十二類絵巻は大阪市美や京博などで全編ものをみているが、これは元の説話のうちの発端シーン。十二類が歌会をしていると、鹿が自ら判者に名乗り出る。そばに狸が控えている。
それに対して犬太郎守家が反論をあげる。虎も「ただとらへ候」とつぶやく。ウサギの萩本月住など、ネーミングも可愛い。
是害坊絵詞(天狗草紙絵巻) 曼殊院系本ということだが、ここにある1シーンだけではわたしのような素人にはわからない。 是害坊が鉄火輪に追われ逃げてゆく。それだけ。話の面白いのはこの後の湯治なのだが。
結城戦場絵巻 室外に敵兵が押し寄せている。彼らはへらへら笑っている。室内では手を取り合って、安王・春王が倒れ伏している。襖の陰から彼らを見下ろして泣く男は、恐らく外圧に負けた、この家の主人なのだった。
ほかに白描に少しばかり彩色が施されたものが何点かある。
蒙古襲来絵詞、六波羅合戦巻、後三年合戦絵巻。
リアルな殺人シーンや血しぶきがある。
この後は前後期ともに現れる絵本など。
熊野詣絵巻残欠 上下に別な絵がある。上は寺で貧民らに飯を施すシーン、下は山伏らのいるシーン。
奈良絵本が続く。
・竹取物語 月からの迎えが来るシーン。カラフル。
・八幡之縁起絵巻 海上にいる女人。たぶん神功皇后。
・牛若丸烏帽子折 烏帽子を手にする牛若丸。
・ささやき竹(雛牡丹姫物語) 媼が小児をだっこ。人々が控えている。これだけではわからない。話そのものは外国にも類似ものが伝わっている。
・むらまつの物語(一若丸絵巻) 稚拙な絵。玄関で箱から姫が。
・伊勢物語 芥川。おんぶの図はみんな好きなのだ。
・落窪物語 終盤、姫が手を取られてしずしずと皆の前に現れるシーン。

継子いじめの話。これは以前からみている。
・伏見常盤 紅梅の咲く庭。邸内の人々。いまだ幸福だった頃の情景。
茶室展示では、昭和24年11月17日の茶会が再現されている。軸は宗達の「飛鴨図」 鴨が降りてくる場。茶碗もトト屋「翔鴨」、時期に合う取り合わせ。
萩割高台の茶碗は形がいびつで、それが面白く見えた。
干菓子を入れる盆にはポーランドの木地盆が選ばれている。逸翁は和に洋ものを合わせるのが得意だった。
近いので、なんとか展示換えをすべて見に行きたいと思っている。
- 関連記事
-
スポンサーサイト
所蔵館の簡略を旨とした記述を 補って余りある紹介記事 有難く読んでおります
縁なきこともまた縁のうち とは 貴サイトにて教示を得たと 勝手に考えておりますが
やはり観るべきであったと (大江山以外のものにも そそられるものがあった・・・)
観るならば 芦引絵かなあ と考えておったのですが・・・(けっこうムフフなお話らしいし)
後期はぜひ 帰りには梅田の阪神で 鱧皮刻んだのと煮凝り買って帰るといたします
それでは ご自愛ご健筆を
面白かったです。
もともとこの説話が好きだということもありますが、ホント面白かったです。
> 観るならば 芦引絵かなあ と考えておったのですが・・・(けっこうムフフなお話らしいし)
以前見ましたが、これがまたよろしおす。それで徳川美術館からも別な稚児ものを借りてくるので、後期はムフフもムフフで、美少年パラダイスになるかも、と期待しておるところです。
> 後期はぜひ 帰りには梅田の阪神で 鱧皮刻んだのと煮凝り買って帰るといたします
鱧の皮といえば、我が家ではきゅうりと酢の物にするのをよく食べてます。
煮凝り、ゼラチンぷるぷるですねぇ。