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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

知られざる歌舞伎座の名画

山種美術館で開催中の「知られざる歌舞伎座の名画」展を大いに楽しんだ。
歌舞伎座の建替え記念と銘打たれただけに、今後このような展覧会はあと数十年は行われないだろう。岡田信一郎の設計した名品が半世紀ほどでなくなるのだから、今の建築中のものを思えば、やっぱり同じくらいかかりそうである。
'91年に「明治座所蔵 近代日本画名作と傑作芝居絵展」を見て以来の、劇場所蔵作品観賞である。歌舞伎座で見るときとはまた心持も変わる。
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最初に洋画が八点ばかり並ぶ。いずれもレトロな美しさに満ちた絵である。

高橋由一 墨堤櫻花 明治初頭の隅田川桜花爛漫の頃。油画という感じが強い。櫻は白い花を多く付けて伸びやかに広がり、枝の向こうに行き交う人々と舟の姿が見える。
浮世絵風遠近感。「歌舞伎」に合う油絵とはこういうものかもしれない、と強く思う。

亀井至一 山茶花の局(美人弾琴図) 山茶花の局は後に村井吉兵衛の妻になった美人で、その顔を見るとなるほどと納得できる。明治の妙にリアルな造形の美人。白粉の塗りの陰影まで描かれている。
この絵は発表当時たいへん評判が高かったそうだが、この画家も絵もわたしは初めて見たのだった。

浅井忠 牛追い ああいかにも明治の風景。日傘を差して歩く農婦とのんびりした牛と。

和田英作 くものおこない(衣通姫) わたしはこの絵が好きで、歌舞伎座に行く度わざわざその前に立ってはじぃっとみつめていた。階段の壁に掛かっていたと思う。
しかしタイトルをこれまで知らなかったというのものんきな話だ。個人的に何度か撮影もしたが、こうして改めて眺めると、さすがに和田英作だけあって、優しい面立ちの姫だと思う。衣通姫(そとおり・ひめ)にはタイトル通りクモに関わる逸話や歌のある人だが、大方は平安朝のスタイルで描かれることが多く、こうした天平美人で見るのは、ほかにはない。よそにもあればぜひ見てみたいとも思う。
また、さすが「歌舞伎座」に掛かる絵だけにこの題材かとも思った。来べき宵云々の歌詞や外題は歌舞伎ではおなじみ。
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山下新太郎 立秋 自身の三女峯子ちゃんを描いている。昭和8年の幼女。ワカメちゃんカット。山下の奥さんはたいへんな美人だったそうで、ブリヂストンで以前山下の特集を見たときも、その家族の美貌に感心した。
三女も黄色地の着物を着て愛らしい様子で描かれている。庭の萩の花がいい。

橋本邦助 幕間 ロビーへ出る二美人。モデルは同一人物で彼の姪。ある意味ドッペルゲンガーな様子。下足番のいた時代だから、彼女らは足袋だけである。
明治末の歌舞伎興行はどの座もなかなか盛況だったそうだ。
緞帳は祇園守の図柄。成駒屋の紋所。
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戦後の洋画も二枚あった。
足立源一郎 穂高 山の力強さ、筆の力強さ、いい絵だと思う。この絵はどこに掛かっていたのだろう。

佐伯米子 秋華 色とりどりの多くの花が一つにまとめられている。構図にルドンの花の絵を思い出した。
この画家は佐伯祐三の妻だった人で、夫と幼い娘を立て続けに亡くした後どうなさっていたのだろう、とずっと思っていたが、今回初めてこの絵を見て、よそながら安堵した。昭和30年の作。

日本画へ。
さすがに日本画は数多い。特に明治生まれの日本画家には芝居の見巧者も多いので、単に「絵」として見るだけでない面白味を勝手にこちらは感じたりしている。

最初に戦前から戦時中の絵を見る。
竹内栖鳳 松 赤松の大きな幹が目の前に立つ。茶色い幹の堅さ、常緑、小禽。
やはり松はめでたい木だと感じる。
この絵を見てから舞台で松羽目ものなどを見たとすると、自分もその松のそばにいて、名優たちの呼吸を感じ取れるような気がする。

上村松園 円窓美人 鼈甲の櫛が印象的な美人。戦時中の松園さんの美人画。日々の中の美人ではなく、これはやはり歌舞伎座という空間にふさわしい、優雅な美人。
窓に映る梅の影が優しい。

鏑木清方 さじき この絵が昭和20年の作だということを思うと、改めて清方の精神の強さを感じさせる。
この頃の清方は神奈川県の奥の方に疎開したままだった。
彼は電車に乗れないという病患を抱えていたが、至って元気で、自伝「続こしかたの記」に当時の日記を掲載しているが、それを読むとやはりなかなか大変な生活ぶりだったことがわかる。しかしそれでもこんな名品を生んでいる。
上品な母子が気持ちの高ぶりを頬に載せたまま舞台を見入っている。母は口を引き結んで、熱心に舞台をみつめる。リボンの幼い娘は少しばかり口をあけている。
二人の背後にはさくらんぼとビワの入った鉢がある。
いかにも楽しそうな観劇の様子がここにある。
清方自身がたいへんな芝居好きで、芝居絵も多く描いているし、弟子に市川鬼丸(いちかわ・きがん)という巧い役者もいるくらいで、この絵からは本当に歌舞伎を愛する気持ちというものがひしひしと伝わってくる。
日本の美は滅びないぞという、静かだが強い意志もまた。

小林古径 犬(庭の一隅) 古径はわんこ好きで、犬を描いたどの絵を見ても「ああ、わんこと仲良しさんなんだ」という実感が迫ってくる。これも本当に可愛らしい。
二匹のわんこの仲良しな様子。

安田靫彦 神武天皇日向御発進 昭和17年の作だということを思う。神武天皇船上図。古代兵士の一団。「ヤマトタケル」を描いた作品群にも共通する「古代」の表現。

速水御舟 花ノ傍 この絵については以前から多くの人が構図などについていろいろな意見を出されているが、昭和初期のモダニズムを思うと、やはりこの時代でないと生まれ得ない作かとも思う。

昭和26年は歌舞伎座再建の年。その年の作品を集めてみる。
横山大観 富士山 貴賓室に飾られている一枚。当初からその目的で描かれている。
そして、いかに日本人が富士山を誇らしく思っているかが伺いしれる。
頂上は雪白。あくまでも神々しい。

川合玉堂 早春漁村 波の打ち寄せる村が優しく描かれている。丘の上の木々を見上げる人の姿もある。

松村桂月 夜桜 墨絵の櫻の美が豊かに表現されている。
ぼんやりした満月。おぼろな美。明治の日本画のような趣がある。

菊池契月 扇 桃山美人の図。契月美人は二種あって、その当時のリアルタイム美人は清楚な少女として描かれ、江戸初期までの風俗での美人はいずれも妖艶なのだった。顔立ちは優しくおとなしげであっても。

奥村土牛 鯉 立派な丸胴の鯉である。鯉こくには不向きだが、この胴っぱらを見ていると、気合いが入ってくる。

中村岳陵 竹林に雀 これも丸々したふくら雀が可愛い。竹林を描きつつ、その背景の地の色自体がまた笹色というのもいい。日本画の美徳すべてがここにある、そんな一枚。

歌舞伎は日本が敗戦国になった時点で、一度滅びかけたことがあるが、マッカーサー元帥の副官として来日したバワーズ氏の尽力で、禁止されていた演目も次々と上演されるようになった。
なにしろ「仇討ち」系は全て禁止されていたので、院本ものは大方がお蔵入りの憂き目にあったり、わけのわからん改悪がなされかけたりしていた。
戦時中の当局の干渉にもなんとか凌いできたが、本当にそのころの苦難は大変だったのが、当時の役者や評者の談話・書き残しもから伝わる。
加えて昭和24年には名優・六代目菊五郎が没している。
本当に大変な時代だったのだ。
だが、それでも歌舞伎は死なず、歌舞伎座も死なず、絵もこうして新しいものを飾れるようになったのだ。
そのことを思うと、胸が熱くなる。
続いてその前年の作。

西山翠嶂 松涛 古い日本画の伝統を守った、そんな一枚。やはり「歌舞伎」を見る場ではこうした古めかしい作風の絵は、格を上げてくれるように思う。

川端龍子 青獅子 立派なお獅子である。牡丹を咥えた大きな獅子。龍子の「会場芸術」作品はやはりこうした場で活きる。
劇場のロビーでこの青獅子に出会うと、わくわく感が否応なく盛り上がってくる。

堂本印象 婦女と卓子 戦後の早い時期から自身の芸術の転換期を迎えていた印象の、「戦後美人」の一枚。キュビズムの影響もあるのか、婦人の顔の影の部位がきちん分けられている。

山口蓬春 緑陰 モダニストの面目躍如。伝統的な素材を使いつつ、この明るさ。
鮮烈な喜びがある。

伊東深水 春宵 ささやき婦人図。傘美人は一人美人、ささやき美人は二人美人という定番が深水にはあるが、和やかで豪奢で、いい心持になる絵。

前後期に替えがあるのは堅山南風の絵で、前期には「夕顔」が出ていた。これは昭和20年代の作品。薄墨と白の競演。

昭和30年代の作品を見る。
歌舞伎自体は昭和30~50年代半ばまで殆ど死に体に近かったそうだ。
その当時の劇評や芸談などの資料を見ても、本当に底を打っていたようだ。
特に関西はひどかったのだが、この歌舞伎座でもかなり苦しかったろうと思う。

田中以知庵 沼田の夕 立ち並ぶ家々に灯がともる頃。色数は少ないが、重くない。安堵する情景が広がっている。

岩田正巳 源氏物語 夕顔/紅葉賀 新興大和絵の様式を守る華麗な作品。師匠映丘の遺鉢を継いだ一人。この絵がそのまま舞台に活きたものを見たい、と思う。

東山魁夷 秋映 富士と裾野の秋模様。芸術院にある作品もこれと似ているが、時節柄とても気持ちが高揚してきた。こうよう、か・・・

往時の資料を見る。
マー元帥(!)の手紙や検閲された台本などである。
昭和24年の「四谷怪談」は二世中村鴈治郎が演じたものだから、作者は四谷南北、改訂が鴈治郎の付き作者の食満南北というダブル南北だった。
食満南北(けま・なんぼく)は尼崎の食満の人で、関西歌舞伎の作者として初代からの鴈治郎によく仕えたそうだ。

明治22年の歌舞伎座開場のビラもある。
こういう辻ビラがとにかく好きなので嬉しい。
国立劇場の資料室でもときどき展示がある。

昭和の末頃の絵も何点がある。
片岡球子 花咲く富士 富士山がギンギラギンの装飾いっぱいでまことに元気がよろしい。

いずれも昭和63年の作。この年は歌舞伎座百年の年。
加倉井和夫 呼萌 薄い彩色の中、いつものようにインコらしき仲良しさんがいる風景。
大山忠作 彩鱗 本当にこの人は鯉が好きなのだなぁと改めて感心する。
松尾敏男 春晃 牡丹の華やぎ。白牡丹に花びらの厚みの実感がある。

鳥居派の絵が出てきた。清方の弟子でもあった言人(ことんど)が家の芸を継いだ後は、鳥居派の長として芝居絵の製作に勤しんだ。
その仕事の多くは明治座の所蔵絵画展で見たが、ここでは敗戦の年の「船弁慶」「道成寺」があった。
今は父の跡を継いだ娘さんが鳥居派九代目として絵看板のために彩管をふるっている。
毎月の演目の絵看板を見る度のドキドキも楽しい歌舞伎座。「早く開場してほしい」と、このとき思った。

役者の手になる絵画なども出ている。
十五世市村羽左衛門と六世尾上梅幸は夫婦役者で、舞台の上で息のあう芝居をするだけでなく、私生活でも二人でよく遊んだらしい。
芸談などを読むと、かなり面白いことをしている。
二人の合作図「草花図」を見ると、楽しそうな様子が浮かんでくる。
その羽左衛門単独の絵もある。「秋草図」。
わたしは'90年代初頭、ひどく彼にのめりこみ、その終焉の地たる湯田中温泉よろづやさんに出かけ、当時をよく知る女将さんから懇切なご案内を受け、その亡くなったお部屋(特別室)で彼の描いた菊の絵を見せていただいたり、様々なエピソードを伺った。
後によろづやさんのその特別室に宿泊したときも、往時をしのんで感慨深く過ごした。

押隈も展示されている。以前国立の資料室で企画展があって、そのときに貰ったパンフレットに多くの押隈が載っていたが、本当にこれは一期一会なものだと思う。

六世中村歌右衛門は絵の巧い人で、自身の楽屋の欄間に紅白梅図を描いている。それが展示されているのはさすが「知られざる歌舞伎座の名画」展だと感心するばかりだった。
以前わたしは早稲田か国立かのどちらかで、歌右衛門の描いたミッキーマウスを見たことがある。

二世国貞の歌舞伎絵衝立も面白かった。当時の役者の似顔絵がいい。
わたしは幕末から明治にかけて活躍した悲劇の役者・三世澤村田之助にも随分のめりこんでいた。

彫刻は平櫛田中の「六代菊五獅子」 これは国立劇場や野間記念館などにもサイズ違いのものがある。
六代目菊五郎はサインを「六代菊五」と書いた人だが、とにかく一代の名優として劇界に君臨し、「六代目」と言えば菊五郎、という認識を世にもたらした。
踊りの天才だと呼ばれ、七世板東三津五郎と共に素晴らしい踊りを世に送った。
彼の辞世の句を紹介する。
「まだ足らぬ 踊り踊りて あの世まで」
そして自分で決めた戒名が凄い。
「芸術院六代尾上菊五郎大居士」
家を継いだ七世梅幸さんも困ったそうだが、どう聞いても「かっこいい」としか思えない、いい話だ。

木村荘八 歌舞伎もの十八番 昭和初期の名舞台が彷彿とするようないい絵が出ている。
助六、勧進帳、寺子屋、石切梶原、五人男、女團七など。
特に石切梶原の絵がよく、こちらも思わず「刀も刀 切り手も切り手~」と台詞を言ってしまった。

チラシは岡田三郎助「花子」(京鹿子娘道成寺) 描かれているのは五世中村歌右衛門。
明治41年の作だから福助時代から五世芝翫になった時代。
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彼は明治44年にこの花子のお役で五世歌右衛門を襲名している。
三郎助は可愛らしい美人画を多く描いたが、描かれた当人がまたその当時絶世の美貌を謳われた役者だけに、いよいよ愛らしく見えた。
絵の場面としては、白拍子花子が踊りにまぎれて件の鐘をキッと見る一瞬。
着物の美しさを追求した三郎助だけに、金糸や花の縫い取りの質感も美麗。

月日は流れ、五世の養嗣子・六世歌右衛門が「花子」を舞ったときの絵が出ていた。長谷川昇の洋画。たいへん綺麗である。昭和29年。この歌右衛門を評して三島由紀夫は「氷結した火事」と言ったが、解説でも三島のなかなか際どい言葉が出ていた。
しかしこの「花子」を見たときに思ったのは、彼の襲名を言祝いだ俳句だった。
春風や まことに 六世歌右衛門  (久保田万太郎)

よい展覧会だった。後を引く展覧会である。
少しばかりの展示換えもあって、11月6日まで続く。

最後に少しばかり残念なのが、鍋井克之の「二世延若の五右衛門」がなかったこと。
かっこいいんだがなぁ。
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