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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ウィーン工房 1903-1932 モダニズムの装飾的精神

汐留ミュージアムの「ウィーン工房1903-1932」展に早々と行ったのに、こんな時期になった。
「いま甦る、モダン・インテリアの開拓者たち」というコピーがあるが、確かに場内のどこを見ても「モダンだな」と感じるものばかりが集まっていた。
sun942.jpg
チラシの上部に目立つイスはコロマン・モーザーのアームチェア。1903年の製品だが、かっこいい。
とはいえ実用のことを考えると、どうだろう。
その辺りのことは考えないで眺めようか。

副題に「モダニズムの装飾精神」とあるが、モダニズムは装飾を排除したところから始まる・・・というようなことを聞いた気がするが、ウィーン工房の装飾性は狭義の「モダニズム」とは一線を画するものだった。
前時代の過剰な装飾はないが、適度な(そこが一番大切なのだ)装飾がそこにある。
その装飾が「モダン」なのだ。
しかしながら、その感覚は、いまだ前時代の意識をつなぐ一般の人々には浸透せず、ウィーン工房の仕事は「万人のためのもの」ではなく、一部のセンスの良い、上流階級の人々を楽しませるものになってしまった。

こちらは1985年の雑誌の特集「百花繚乱のウィーン」から、「ウィーン工房(ホフマンのデザイン)などを集めたもの。
sun944.jpg

背後の壁紙の「花」は合理的で、可愛らしい。sun944-1.jpg
こうした構成の図案がモダンなのだ。

ヨーゼフ・ホフマンのデザインした作品を眺める。
身につける装飾品もステキだが、家を飾る照明器具などがまた魅力的だった。
特に、サナトリウム・プルカースドルフの待合室の壁面照明器具はダイヤモンドカットの照明具で、それを見ているとトーマス・マン「魔の山」を想った。
優雅さと退廃に満ちた世界に灯されるべき照明具・・・
今なら、あの作品の中の誰かを演じても許されるのではないか・・・わたしはふと思った。

鉄や亜鉛やガラスで構成された装飾性の高い実用品を見る。
灰皿だというが、摩天楼の一部を切り取ったような形をしている。
そんな空間に灰を押し付けられるのだろうか。
不思議な感覚がある。

オスカー・ココシュカの絵が並んでいた。
原色の取り合わせが目を打つ作品しか思い浮かばなかったが、それらがある物語を構築すると、色の強さが気にならず、深い興味が湧き出すのを感じた。
石版画「夢みる少年たち」をこの手で開いてみたい、と思った。

美麗な木版が並んでいた。
「婦人の生活」。所蔵は全て石見美術館。あの美術館のコレクションだということがとても納得できる、美麗さだった。

sun943.jpg

本当に身につけるべき装飾品がある。
流行ということを思いながら眺める。いくつか欲しいものが出てくる。
ここにあるものを、その当時の東洋の果ての女も欲しく思ったに違いない。

最後のコーナーはフェリーチェ・リックス、上野リチのデザインした作品群があった。
京近美の展覧会で見たものが多く出ていた。
わたしは彼女の作品のうち、テキスタイルと小物入れ、ちょっとしたオーナメントなどがとても好ましい。
いい心持で眺め続けた。

展覧会は12/20まで。
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