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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

描かれた風景 「愛宕山 江戸から東京へ」「春日の風景」

「風景」をメインにした二つの展覧会を見た。
港区郷土資料館「愛宕山 江戸から東京へ」と根津美術館「春日の風景」と。前者は12/4まで、後者は11/6で終了している。

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あたごやま、と聞くだけではわたしのような関西の者は京都の愛宕山を思う。「伊勢は七度、熊野は三度、愛宕参りは月参り」とも言われるあの愛宕山。
しかしこの東京都港区郷土資料館の言う「愛宕山」は虎ノ門のそばの愛宕山。どちらも火伏せの神様をお祀りしている。
このお江戸の愛宕山は急な坂が有名で、講談では曲垣平九郎が見事な馬術を披瀝している。東京になってからはJOAKがラジオ放送を始めた。
今も愛宕山の山頂にはNHK博物館があり、なかなか楽しい企画を立てたり、小さな体験コーナーで遊ばせてくれる。
わたしも10年くらい前まではなんだかんだとよく出かけていた。

広重の愛宕詣での絵では巨大なしゃもじのようなものが描かれていた。
神様がなんでそれを望まれたか(?)は知らないが、古い絵には古い習俗が描かれているので、そんなこともあったろう。
今もしてるかは知らない。

さてその平九郎の絵がある。これもまた武者絵の一つ。
力がみなぎっている。
誉れの馬術。
実際にこの急な男坂を馬で上り下りしたのは、公式には7人らしい。
大日本帝国の時代、参謀本部の馬丁が愛馬との別れを惜しんで、この坂を上り下りしたそうだ。
(自分の腕前よりも、この馬の能力の高さを示したかったという)
今回、その姿を描いた巨大な絵が展示されていた。
そしてこのニュースは臨時ニュースになり、生中継もされたそうだ。
こちらも気合の入ったいい絵。作者が誰とかよりも、気持ちがよく伝わる絵なのだ。
ちなみに近年にはスタントマンの方がやり遂げられたそうで、やはりこの坂は人にも馬にも恐ろしい場所なのだった。
(平安末期には鵯越とか一の谷の崖を逆落としするようなメチャクチャな戦術を立てて実行した義経とその一団もいるが、どちらにしろ本当にコワイわい)

さてこの愛宕山は眺望もよいので(今では東京タワーが見える)、江戸から東京になったころには観光地として愛されるようになった。
東京名所図会にも愛宕山は描かれている。

この版画はいかにも明治の版画と言う感じがあり、却って今では見れない面白さがある。
街灯もつき「公園」になった愛宕山で遊ぶ人々の姿と影と。

赤色の目立つ明治の浮世絵もある。
その坂を上りきるとなにやらタワーがある。
知らないなぁと思って説明を読むと、
「明治19年(1886)年、山頂に公園が開かれます。園内には「愛宕館」やその附属の「愛宕塔」という西洋建築が現れ、ここに集って新しい東京の街並みを見渡すことができました。
関東大震災の後、愛宕館跡他に建った東京放送局でラジオ本放送が始まります。」とある。

なるほどこの跡地がJOAKなのか。
同じく震災で倒れた浅草十二階は資料で色々見ているが、こちらは初めて知った。
どちらもその後なにが建ったのかも知らなかった。

愛宕館とその付属塔の愛宕塔は明治22年に完成したが、塔は「サザエ堂」の構造を念頭に置かれて作られたそうだ。高橋由一も「螺旋展画閣」の構想を持っていた。
見て歩いて、いつの間にか出口へ降りていた・・・そんな塔は確かに面白い。
会津のサザエ堂はわたしも行ったが、外観も奇妙だが、内部は本当に面白かった。
この塔は明治30年にはホテルになり、やがて関東大震災で失われた。

また桜田山とも言われただけに、こんなものもある。
水戸浪士愛宕山集会之図 井伊直弼襲撃前の集会。
凶器準備集合罪・騒擾罪の適用が今なら・・・。この桜田門外の変の話が出ると、わたしはいつも「侍ニッポン」の歌がアタマに流れ出すのだった。←古すぎるぜ、7eさん。

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どちらにしろ多くの絵や版画がある。
愛宕参詣群集之図、亜欧堂田善の銅板画「愛宕山眺望図」、古写真「愛宕山より日比谷方面の眺望」石版画「愛宕山」、団扇絵「東京名所の内 愛宕公園の景」などなど・・・
明治36年、愛宕山から大倉邸を望む図があり、大倉商業云々と説明書きがあった。
そうか、そんなのまで見れたか。

木版画もこの地を多く描いているが、今回はあまり出ていない。
わたしがいくつか持つものを思い出しながら展示室を眺める。

無料でこんなにも楽しませてくれる港区郷土資料館。
ありがとう。


次は根津美術館の「春日の風景」。
これは最後に出かけたが、行けて良かったと思う。
根津美術館「春日の風景」は二枚のチラシを持っている。
たぶんこちらが最初のもの。sun958.jpg
根津所蔵の春日社寺曼陀羅。御蓋山の上に神仏が浮かぶ。赤い鳥居の周りに鹿たちの影がある。
春の春日大社。

こちらのチラシは後のものか。sun959.jpg
木々の盛んな御蓋山に見覚えがあると思えば、先のチラシのトリミング。
鳥居や金のシルエットは巧い意匠だと思う。

奈良の御蓋山は今では三笠山と表記され、若草山とも呼ばれる。わたしなぞは遠足でこの斜面を段ボールで滑り降りたことしか思い出せない。

奈良の文化財の面白いところは、町内会や町の自治会がいいのを持っていることだ。

右上の春日曼陀羅がやはり町の自治会が所蔵しているもので、町所蔵品が重文というのも素敵だ。
ここにも鹿がいるが、走り回る元気な様子を見せていた。

春日曼陀羅といえば社寺境内図だけではなく、鹿島の神様を背中に積んでやってくる鹿の図を思う。
奈良博のをはじめ色々出ていた。どれもよく働く賢い鹿の姿が描かれている。神鹿。
今回、あいにく細見美術館の鹿はいなかった。

伊勢物語絵をみる。
住吉如慶の絵に愛宕通福の文。(愛宕と書くが読み方はオタギである) 絵には鹿もいる。昔男くんがいかに若い頃からマメだったかが描かれている。
住吉派らしいチマチマした可愛らしい絵に、愛宕の読みやすく綺麗な文字が合う。

絵では他に春日権現験記絵がある。
高階隆兼の絵。三の丸尚蔵館。わたしは春日大社の宝物館所蔵のものは先月みてきたところだが、こちらは初めて見た。巻の一では神がかりした女がモノ言うシーンが出ていた。巻の十九の冬山の景色は、14世紀初頭のものとは思えない表現力があると思った。不思議な魅力に満ちている。

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他にも工芸品が出ていた。
鹿のいる景色がいつの間にか春から秋へ移り変わってゆく経緯についてが出ている。

春日の風景を見た後は、可愛い可愛い饕餮君に会いに出かけると、薄暗い中に浮かぶ彼らの姿があり、ぞわぞわワクワクした。
やはり饕餮君たちはこうでなくてはいかん。

茶道具のいいのも見て、「春日の風景」から離れた。 
社寺境内図の面白さを堪能したと思う。
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