FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

法然と親鸞

東博の「法然と親鸞」展に行った。
sun980.jpg

入り口が赤と細い白と青とに塗り分けられている。
二河白道の見立て。
夜間開館のその日、付近に人がいないのを幸いに、わたしは殆どケンケンパするように赤・白・青を平等に歩いた。
オレンジ・ロードもあるべきだと思いつつ。

京都で大掛かりな「法然展」京博と「親鸞展」京都市美が開かれたのは、春だった。
どちらもわたしにはなかなか難しかった。
親鸞展の少しばかりの感想はこちら
法然展の感想に至っては、「拾遺・書けなかったもの」の中に挙げている。
どうも仏教関係の展覧会の感想は、わたしにはかなりムツカシイのだった。

sun981.jpg

今回の展覧会は春の「法然」「親鸞」のええとこ取りかと思っていたが、なんのなんのそんな軽いものではなかった。
春の展覧会で表に出たものを、それを吉祥に借り出したものなども多いが、あくまでもこれは東博オリジナルの展覧会だった。
だから気持ちを新たにして、資料や作品の前に立った。

チラシ最初期のもの。
sun378.jpgsun379.jpg

二河白道図を見る。
先ほど自分がケンケンパしたあれが出ている。
行い正しきものの行く道はあくまで細く、両側は炎熱と氷結の地獄である。
しかしながらこうして見ると、これは極楽双六のゴール寸前の試練、と言う風にも見えてきた。
昔の億万長者ゲームでも最後のチャレンジと言うのがあったが、一文無しになっても、道は残されていた。
豪邸でなくとも幽霊屋敷に住まうのも一興だと、子供の頃に思っていたのが蘇る。
地獄は一定住みぞかし、という言葉まで思い出されて来る・・・

光明寺の二河白道図を見ていると、極楽は余りに遠く、「生きている」のは余りに貧しく、ただただ苦しいばかりという気持ちがわいてくる。

上人と聖人の違いについて考える。
わたしは宗派が違うのでこのあたりはよくわからないし、わかってもそれで?という気持ちがある。
まことに申し訳ないが、御影も禅宗の頂相図もニガテである。
美人画や武者絵は楽しいが、このあたりは本当にパスである。
尤も御影を見て「楽しい」と思うことなど、そもそもありうるのか?
恭しい気持ちにもならないし、畏れもない。
ただ、肖像画として眺めるばかりだった。

ところで絵だけでなく高僧たちの彫像も何体もあったが、いずれも怖かった。
特に目が光っているのがたまらない・・・

教行信証(坂東本)は今回も熱心に見た。信徒ではないのに何故?と言えば、新聞記事で読んだ「新発見」の爪あと(!)を今回も見てみたかったからだ。
内容はわからないままで眺める。
東博ではさすがにないが、京都で見ているとき、どこか地方の信徒の団体さんが押し寄せてきて、わたしがそれを見ているのを「熱心なお子や」と満足げに頷かれているのに遭遇している。違うんです、ただの好奇心です、とは言えないままジッと見ていた。
親鸞の直筆はやはり力強い、大きな文字の連続だった。

知恩院にある法然行状絵図を見る。ここでは京都のように全巻と言うわけには行かない。
物語絵として眺めると、非常に面白い絵巻である。
わたしが見たとき、巻の一が出ていて、実家襲撃の敵に矢を放つ幼い法然の姿があった。

福岡・善導寺所蔵の本朝祖師伝記絵詞は稚拙な絵で、奈良絵本を思い出した。
稚拙だと言うてもそれが味わいになっているのがいい。
竜がそこにいる。二足歩行しそうな竜つまりワイバーン風な奴である。

寺院での絵解きに使われたらしき、親鸞一代記の軸物があった。
見ていると横に立った学生が「下から上へ見るらしい」と言って首を上げ下げしていた。
わたしは眼球だけ動かして、隣に倣った。

親鸞の絵伝でも仏光寺に伝わるものは他のとひと味違う。
親鸞が一旦戻ってきて仏光寺を作り、というシーンが入っている。そして親鸞の大火葬も描かれている。

善鸞義絶状をみた。顕智筆。
京都で見たような見てないような、曖昧な記憶しかないので、ここで見たことを覚えよう。
解説を読むと、やはりいつの世も組織が大きくなりすぎると、こうした問題が生じるものだと思った。
感情としてやはり「お気の毒に」というのがある。
読みやすいのはカナが多いから。

覚如の書いた口伝鈔もまた読みやすそうなものだった。
ルビが振られていて、優しく書かれている。
これなら私も時間をかけて意を得ることが出来るだろう。


慕帰絵 巻第四があった。随分前にこの絵巻の内でお料理するシーンだけをピックアップしたものを見ている。
そのイメージが意識にあるので、ついついヨダレがわいた。
ここに描かれているのは、父子の密談シーン。季節は春。

当麻曼荼羅は好きだ。極楽ランドの楽しいMAP。なんて不敬なことを思うのだろう、しかし当麻曼荼羅を見ると妙に楽しくなるのだから仕方ない。
こちらはその前段階の「当麻曼陀羅縁起」である。
横佩の大臣の娘の発心、井戸掘り、蓮糸の染色、ピカーッとした仏画が生まれるまで。
(折口信夫「死者の書」の元ネタの一つである)

阿弥陀浄土図もあったが、こちらは南宋のもので、知恩院に伝わっている。
知恩院は前を通るのにあんまり中に入らない。どういうわけか私が行くと、法事をしている最中というのがよくある。

知恩院の国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」があった。これは京都でもいいポジションの展示だったと思う。遠目から見れば仏の流星群。BGMつきのお迎えというのはなかなか贅沢なのだった。

親鸞は聖徳太子を尊崇していたので、当然ながら聖徳太子像なども多く出ていた。
ここでは茨城のものをいくつか見たので、それが新鮮だった。
関東での信仰の広がりと言うものを知った・・・そんな展示だった。
なにしろ関西にいると「あって当然」な「活きてる寺」が多いので、関東に来ると、下世話な話だが「・・・やっていけてるんですか」と思うこともあるのだった。

光明本尊 真ん中にどーーーんっと「帰命尽十方無云々」の文字が浮き出し、ライトびかーーーっな軸。
横尾忠則の作品かと思ったが、14世紀の作だった。


ところでこちらは参考までに。
sun983.jpgsun984.jpg
絵伝もこちらにも出開帳している。

熊野懐紙なども見る。綺麗だった。
西本願寺のお宝。

十年ほど前、建物見学が目的で西本願寺に行った。
白書院や飛雲閣なども見学させてもらったが、本当に立派なものだと思った。
年を置いてお東さんにも入った。こちらでは武田五一の建てた名品を見ている。
近年もデパート展などで本願寺の名品を見る機会に恵まれたが、西にしろ東にしろ、本当に立派で豪壮な襖絵や建具が集まっていると思った。
信ずる人々の気持ちがこうした形になった、と思いたい。

松桜孔雀図襖 桜を挟んで白孔雀と緑の孔雀がいる図。
木が違うとラファエル前派にもインド細密画にもなるような襖絵。魅力的だと思った。
sun982.jpg


最後に今回一番気に入ったものを挙げる。
可愛い・・・sun979.jpg
萌えちゃったなぁ、わたし。
善導大師像 知恩寺と言えば百万遍にある、あのお寺にこの可愛い萌えキャラがいるのか~

明日から展示換えという作品も多いので、後期もまた東博へ向かおう。12/4まで。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア