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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

伊東深水 時代の目撃者

平塚市美術館で「伊東深水 時代の目撃者」展が開かれている。
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公立の美術館で深水展が開かれるのは珍しいように思う。
最近では目黒区美でY氏コレクションとして、深水の珍しい作品が色々出ているが、'90年代半ばまではデパート展覧会の華だった。

副題の「時代の目撃者」というのは、彼がその時代時代の風俗を体現する女性たちの姿を視つつ、更に強く自分の志向と、時代の嗜好とを採り入れて、作品を生みだしたことを指すように思う。
'95年「深水・紫明 二人展」の図録が刊行された際、解説において草薙奈津子氏がやはりこの副題と同義の言葉を深水作品に宛てられていた。
(「時代の証人」という言葉がその文中に見える)
そのことを踏まえながら、彼の美人画を味わいたいと思う。

展示は「深水」以前の伊東一いとうはじめ少年の作品から始まる。
枇杷 13歳でこうした南画風な絵を描いている。明治末の少年の達者さに感心する。

恵比寿大黒 翌年の作で、いかにも「明治の日本画」という味わいがある。めでたい画。

新聞売り子 これも同年の作だが、カラリストだということを既にここで感じさせられる。
一方、この貧しい勤労少年の様子には、当時の恵まれない環境に育った深水のシンパシーとでもいうものがある。
そして少年の売る新聞が「やまと新聞」だというところに深水のちょっとした遊びを感じる。「やまと新聞」は師匠清方の実父・條野採菊ゆかりの新聞なのだった。

春日 おばあさんと孫の幼い女の子。この取り合わせは幸せそうに見える。エプロンを着物の上につけられた幼女は桜散る下でりんごをてにして笑っている。

日本橋(鳥追い) 倉の建ち並ぶ日本橋界隈を、正月の風俗である鳥追い女がゆく。その後ろ姿が隅に描かれているのも象徴的で、しかも襟足のきれいさと半襟の朱さだけが、この絵の華やぎなのだった。
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大正に移る。既に彼は「伊東深水」になっている。
大正ロマンの空気を吸いつつ、師匠清方のもとで文芸性の漂うやや妖艶な絵を描き始めている。

笠森お仙 先人・春信の描くお仙はキュートな娘だった。
師匠と同世代の雪岱ゑがく「おせん」もやはりキュートで、しかもどちらも北方ルネサンス絵画に活きる、未発達な美少女と興趣を等しくしていた。
しかし深水のお仙は彼女らとは趣を異にし、江戸の等身大の娘が「ああ、つかれた」というのを描いている。
極端をいえば「笠森お仙」でなくともよい、茶屋勤めの若い女の一瞬を捉えた絵なのだった。
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同時期に深水は新版画への参加を見せている。
近年つとに大正新版画への関心が高まっているが、この20年の間だけでも良い展覧会が何度も開かれ、そこで深水と同門の巴水が特にクローズアップされたが、深水の版画作品もまた大変に魅惑の深いものだということが、改めて世に知らしめされている。

大正新版画時代の深水の作品を追う。

対鏡 いかに明治生まれの人の精神が成熟していたか、いかに大正ロマンが人の心に広がっていたか、を証明するような一枚。これを18歳の少年、いや青年が描いたのである。艶めかしさがフィクションではない、女の姿がある。
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遊女 髪を抑えながら黒目がちの目をあげてこちらを見る女。いい見世の女ではないだろう。どこか投げやりな風なところもあるし、執意深そうなところもある。
深水が実際に買った女の一瞬の姿だとしたら、この若い絵師が凄まじい眼を持っていることに、当時の人は感嘆していたかもしれない。

むろん艶めかしい女だけを版画作品にしたのではない。
同時期に風景版画をいくつも生み出している。
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明石の曙、泥上船、神立前などの風景ものは巴水の叙情性を持たないが、そこにある風景を描いている、という実感がある。
また近江八景シリーズのうち、粟津が出ていた。sun997.jpg
これらは全て渡邉木版美術画舗所蔵品だが、近江八景は大津歴史博物館にも所蔵されていて、ここに出した画像は以前そこで手に入れたもの。
並木の感じがいい。

深水は同一モティーフの反復というか、同じ構図のもので配色を変える、ということを多くしている。
たとえば傘を差す伏せ目美人や女同士で楽しげにささやきあう姿などは、デジャ・ヴュどころではなく、本当に「前に見てるような」=見てるよ、きっと な状況である。
時折「大人のぬりえ」に深水のそのパターンのものが入れば、と思うことがある。

ここでも雲母刷りのものとそうでない刷りの絵とを並べている。「春」と題された作品では、女の着物の違いがめざましく、二枚を並べると別な女のように見えた。
数え二十歳の絵師がこんなのを作るのだから、大正という時代は本当に悩ましい。
行けるものなら行きたい時代の一つである。

日照雨 そばえ、狐雨とも言う。深水好みの傘を差す女。着物は赤パターンと青パターンとに分かれている。

こうした「着せかえ」ものを見ていると、「またか」と思いつつも細部に目がゆき、なるほどと考えさせられもする。そこがまた面白くもある。

屋上の狂人 菊池寛の戯曲。オレンジ色の背景の中、その狂人が藁葺きの屋根にいる。
深水は一時師匠の勧めを受けて、挿し絵の仕事に勤しんでいたから、こうした絵も悪くない。

今回は往事の挿し絵の仕事は出ないが、深水の挿し絵は評判も良く、それがために挿し絵界では大事件が起こるのだが、これはここには書かない。

伊達巻の女 ピンクの伊達巻を着た女の後ろ姿。帯は紅白市松模様。女は背を丸めて、後ろ髪に櫛を差そうとしている。こうした一瞬の仕草を捉えるのが深水の巧いところだと思う。

新美人12姿シリーズのうち三枚が出ていた。
初夏の浴、踊り、虫の音。このあたりは刷り師の手に依らず自刻したものだった気がする。

眉墨 臙脂地に女が一人化粧中。昭和三年、この版画が売り出されると大変な売れ行きを見せ、ついに版元の渡邉が倍値を払うて版木を買い戻した、というエピソードがある。'88年、平木浮世絵財団の前身?のリッカー美術館展が京都で開催されたとき、この作品が大トリだった。
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いい構成だったと今も思う。本当に忘れ難い、名品だった。

美人画の大家として、立派な地位に立った頃の版画が現れた。昭和十年代の三点。
追羽根 ハネツキに興じる女の上げた腕。それが目を引き寄せる。
池上本門寺山門雪景 この題を見ると池波正太郎「鬼平犯科帳」の一篇「本門寺暮雪」を思う。小説のラストシーンにしずしずと雪が降り始めるのだが、この画ではもう雪はやんでいた。
本門寺の近くに深水は住んでいたから、あの辺りには近年まで深水ゆかりの梅林があった。今はどうか。
いつかこの古刹を訪れたい、と思っている。

七十年前の新橋駅 描かれたのは昭和17年だから今日で言えば140年前の新橋駅と言うことになる。
黄八丈の着物の娘さんがパラソルを差してほほえむ背後に新橋ステンショがある図。新橋停車場が再現されている現在、この画の再現もできるかもしれない・・・

版画コーナーを出て、大正から昭和初期のコーナーへゆく。
まず大正。
長襦袢 大正のねっとりした感性がある。甲斐庄楠音の絵を思った。そうしたねっとり感がある。大正の官能。
これで思い出したが、甲斐庄楠音と深水の芸術を同時に味わえる空間が、一つある。
溝口健二「西鶴一代女」の衣装考証や着付けなどを甲斐庄が担当していたが、映画の中でヒロインお春の似せ絵が殿の目に触れるというエピソードがある。
その絵は深水がこの映画のために描いた新作だった。
絵はプロデューサーの言によると溝口のものになったそうだが、その後の行方は知らない。

指 これは発表当時非常に評判がよかったそうだが、後の深水の様式を思うと、全く別物に見える。

紅蓮白蓮の雪路 大正ロマンな立ち美人図。着物も非常に綺麗な色合いを見せている。艶めかしい。
これは小説のヒロインだが、こうした絵を見る歓びがあるから、わたしは文芸性の高い作品を偏愛するのだ。
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古井戸 おどろな情景である。月下、ススキの中にぼんやりと古井戸がある。井戸の中からなにが出てくるかは知らないが、これも何か物語に拠るのかもしれない。

次から昭和の作品。
婦女潮干狩図 多くの女性が描かれている。一種の風俗屏風。少女からモガまで。静止した空間にあふれる女たち。

この時代の作品は元は目黒雅叙園美術館に所蔵されていたものが出ている(涙)。
浄晨 林の奥にあるいで湯に集まる女人たち。
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暮方 二階の座敷で髪に櫛を差そうとする女をその情景ごと捉えた一枚。
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昭和六年の充実を見る。
露 三人の女が秋の庭にたたずむ。芙蓉と桔梗が咲いているのが目に入る。
雪の宵 二人の女がいて、右は可愛らしく左は綺麗な女。
どちらも東近美所蔵らしいが、そこでは見ていない。
朧(春宵) 名都美術館展でこの絵を見たとき、その清艶さにときめいた。春爛漫な宵に酔ったような美しい女の顔が浮かぶ。素晴らしい一枚。
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宵 居眠る女の背から写す。意表を突くような構図。埼玉近美で見たとき、びっくりしたことを思い出す。
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二枚の鏡獅子がある。どちらも娘弥生の踊りを描いている。昭和九年の作の方が繊細だが、21年の作は堂々たる深水様式美人となり、画面につけ込む隙を見せないでいる。

ここで初出の絵を見た。
チラシにも上げられているものなどである。
佳日 白い蓮を見る女。江戸紫地に宝相華の着物。ふんわりした洋髪にリボンを結んで、岩に座している。

皇紀二千六百二年婦女図 西暦では昭和17年なので、衣服の締め付けがうるさくなってくる時代。「ゼイタクハテキダ」である。雪傘を差す女たちが行き交う。妙なスタイルだと思いつつ、説明を読んで納得する。
深水は標準服(なんじゃそれは)の委員を務めていたそうだ。・・・いやな時代ですね。
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ここから南方風俗スケッチが21点出てくる。
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深水はジャワなど南方に派遣され、現地の人々の風俗・民俗をスケッチして歩いた。
美人画家の仕事ではなく、これこそある意味「時代の目撃者」の本領発揮な仕事だった。
一部は以前にも見ているが、多くは目黒でも見ている。
ジャワやボルネオの現地スケッチは非常に活気に満ち満ちており、資料としても大事なものだと思う。ジャカルタの市場、造船の様子、バロン踊り・・・鉛筆スケッチのコスレがまた臨場感をいやます。

敗戦後の新生日本、いやまだ占領下のnipponか。
銀河祭り 七夕の行事を真摯な顔で行う女。梶の葉も笹に吊られている。

髪 二人の女がいる。鏡に向かう女と、右隻には盥に長い髪をつけて、立ちながら洗う女。豊かな胸も逆さになったまま。絵の表面を見ると、だいぶ傷んできているのを感じた。
近いうちに綺麗に修復してほしい。

鏡 髪を整える諸肌ぬぎの女。きれいな胸だった。先の絵もそうだが、ナマナマしさはない。

雪月花それぞれをふさわしく描いた作品も出ていた。こうした作品を見ると、深水様式の美人はまったく隙がないと感じるのだった。
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娘を描いたものも出た。
朝顔と少女、姉弟。正妻さんの方の息子は日本画家になったが、もう一人のヒトからは朝丘雪路らが生まれている。
その朝丘サンが少女の頃を描いている。
うちの親によると、朝丘雪路、東郷青児の娘タマミ、水谷良重(現・二代目水谷八重子)の三人が組んで「七光り会」として歌を歌っていたそうだ。

実在の人々の肖像画も現れる。
清方先生像 机に向かう清方の姿をとらえている。机には清方が愛した鏡花の本があり、温厚な風貌の先生がそこにいる。清方の随筆「続こしかたの記」に疎開中の清方のもとへ深水がやってくるエピソードがあるが、それが非常に深く胸を打つ。師弟の心の交流、それが本当に暖かい。

聞香、古曲の人たち、荻江寿友像、祗王寺の秋、そして上方舞の武原はんをモデルにした「愚痴」、娘道成寺を舞う吾妻徳穂、菊を活ける勅使河原霞女史・・・これらは美人画家深水の仕事ではなく、「時代の目撃者」たる深水の描いた、同時代の人々の姿だった。

同じく肖像画でも、名は秘されて描かれた肖像画には、また別種の面白味がある。

N氏夫人像、黒いドレス、踊り子などがそれである。
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描かれた人々の個性を表しつつ、普遍的な美しさをも捉えている。そしてそれを自己の様式に移し変えている。
この辺りは全く以て深水の力業だとしか言いようがない。

群像の面白さが際だつのは、「春宵(東おどり)」の楽屋の慌ただしさを描いたものと、日劇ミュージックホールの舞台裏絵巻「戸外春雨」だと思う。
後者の習作が今回初めて世に出た。
巷は春雨 うまいタイトルを習作も持っている。
絵の構図はほぼ同じ。深水のいう「生活女性」の元気さが表れていて、後ろ暗さもなく、かといって未来があるわけでもないのだが、ある種のリズムを感じる絵だった。

今回展示されていた作品のうち、一番最後の年のものは昭和42年である。

江戸中万字屋遊女玉菊 享保の頃の風俗で描かれている。
手に朱盃があり、ポーズを取っている。飲んでも飲まれるな、の啓蒙ポスターのようにも見える・・・

最後に同年深水が彩管を揮った打掛が現れた。
紅白梅文様の見事なものである。娘の朝丘サンはこれを着たのだった。
この展覧会を見たのが朝いちばんで、最後に千葉市美へ飛んで抱一を見たが、そこでも抱一の揮毫した内掛けを見た。
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どちらも非常にいいものだと思う。

多くの馴染み深い絵と、初出のものと、バランスよく並べられた、いい展覧会だった。
11/27まで。
関西に巡回はないのだろうか・・・
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コメント
一緒に鑑賞したかったですねぇ
私も観に行きました。
深水の絵は、けっこう見ているつもりでしたが、
「深水」展と銘打ったものは初めてでした。
若い頃の作品は艶めかしくっていいですねぇ。
お茶屋のお嬢さんにはドキッとしました。
(コヤツ、すでに女を知っておるな!)と、
絵の前で唸ってしまった(汗)
2011/11/20(日) 08:40 | URL | えび #-[ 編集]
ホントにねぇ!
☆えびさん こんばんは

> 若い頃の作品は艶めかしくっていいですねぇ。

そうそう。若い頃の作品のほうがわたしなんぞは好みです。
しかしリアルタイムに絵を見てた世代の人々は、
いわゆる深水様式確立後の絵に多く惹かれてるそうです。

> お茶屋のお嬢さんにはドキッとしました。
> (コヤツ、すでに女を知っておるな!)と、
> 絵の前で唸ってしまった(汗)

ははははは(続)
まぁ深川育ちのハジメちゃん、あっちこっちイロイロと・・・
クスクス(笑)

それにしてもハヤい人ですなぁ。
2011/11/21(月) 00:17 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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