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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

長谷川等伯と狩野派

出光美術館「長谷川等伯と狩野派」展を見た。
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絵画は屏風がメインで、その合間合間に素敵なやきものが展示されて、居心地のいい空間になっている。
見て楽しいだけでなく、「居て楽しい」と感じる美術館は貴いと思う。

数年前、狩野永徳展が京博で開催され、唸りながら見て回った。
そして「ああ雄渾だったなぁ」と思いつつフレンチ・ルネサンスの本館出口の扉を開けた途端、立て看板に「三年後には長谷川等伯だ!」・・・絶句した。
同時代人・永徳はとにかく新興勢力になりつつある長谷川等伯とその一味(!)を蹴落とそうと躍起になった果てに、気の毒に過労死したという話がある。
それがどこまで噂なのかは知らないが、21世紀の現代にもその対立が伝わっている。

1.狩野派全盛期

花鳥図屏風 伝・狩野松栄  左向いた鶴が「kwa―ッッ」と一声あげておる図。
白い海棠らしき木花を間にして小禽がいるが、もう30cm上方にいれば、鶴の一声ビームにやられていたのは確実である。
右手の松、左手奥の林は墨の濃淡で距離が描き分けられているが、なぜか左奥の薄い林に目が行くのだった。鶴の存在感が大きいために右手の松の影が薄いのかもしれない。
 
桜・桃・海棠図屏風 狩野長信  松栄の末子で甥の光信より年少だったそうだ。
桜は胡粉で盛り上がり、桃は広く咲き、池を挟んで海棠が枝を差し伸べている。
白・薄紅・白の花々。地に咲く花も白い。金の雲は大きく広がって辺りの空気を覆い、豊かな春を満喫させる。

扇面貼交屏風 狩野松栄・秀頼 他  名所図・花鳥図・説話図などが描かれている。
工房で手分けして担当したのか。仏教・道教・儒教の三すくみ状態のような扇もある。
仲良しな馬ファミリー図もある。三分の一開きの扇には中国人らしき姿が見える。
手がそれぞれ違っても斉しく狩野派ということで、全く違和感がない。
ところで解説に面白いことが書かれていた。
扇座というのを作り、他の作家が扇を拵えるのを停止させていたそうな。
商魂たくましい話である。しかしこの分野にはやがて俵屋宗達というのが現れてしまう。
 
松に鶴亀図屏風 伝・狩野長信  父親の「花鳥図」と違い、こちらの鶴のいる風景は絢爛である。鶴の視線は水面の亀から微妙にずれて、地に咲く花にある。タンポポやスミレらしき花を見ている。食べようと思うのか、可愛く見えているのかはわからない。
亀が呼びかけるように口を開けているが、聞こえているか・気づいているかも不明。
梅も咲いて白牡丹も開き、小鳥もくつろいでいる。平和な春のある日の情景。

花鳥図屏風 「元信」印  右一隻にチイチイ千鳥の群、右二隻にキジのカップルから始まり、色んな鳥がここに住んでいる。右六隻の白鷺三羽は少し離れた地から、他の鳥たちを見ている。秋になって、左の一、二隻には雁が飛び、地には鴨らしき奴らがいる。また、ところどころに密謀をこらしているような小禽たちの姿がある・・・

2.等伯の芸術

竹虎図屏風 長谷川等伯  これは勝手に「デヘヘの虎ちゃん」と呼んでいる。虎っぷる。Boy meets Girlな虎ちゃん。
ところでこの絵には探幽の極書きがあるが、それが言うてみたら「狩野派の陰謀」なのですね。孫子の代になってもコレですか。長谷川派を消去することが一門千年の計だったのね。

四季花鳥図屏風 能阿弥  応仁3年のこの屏風は非常に面白かった。
一隻に叭叭鳥が描かれている。目つきの悪いのが六羽ばかり群れていて、見てるだけでも喋ってる言葉が聞こえてきそうで楽しい。鷺は様子してるし、他の小禽たちもそれぞれ好き勝手にさざめいたり黙っていたり。
時代背景は平和でもないのに、この屏風の中はある種の和やかさと静かな明るさが満ちていて、「見る側」に立つ喜びを改めて感じさせてくれる。
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平沙落雁図 牧谿  もあもあした空気がある。遠くに飛ぶ雁の群を目で追うと、霞む山がある。飛ばずに水辺に遊ぶ鳥たちもいる。しかし皆いつかどこかへ行ってしまうだろう。
平沙という地がどんな所なのかは知らない。しかし自分のイメージがこの絵によって固定されてゆくのを感じる。茫漠とした広がりを切り取った横長の図。その両端にはまだまだこの空気が続いているに違いない、と思った。

叭々鳥 牧谿  東山御物の一品。枯れ枝に一羽で止まる叭叭鳥。小さく声をあげている。
この絵は本来は三幅対だったそうで、兄弟は五島とMOAに住んでいる。
それにしても叭叭鳥は何故こんなにも可愛いのだろう。愛らしいのではなく、やんちゃな可愛さを感じるのだった。

花鳥図 曾我宗誉  笹と、なんだかわからない枯れ枝とが、絡むようにそこにある。
白牡丹が不意にやわらかく咲き、それを間にしたように、枝の上下に小禽がとまる。
上の鳥は背を見せ下の鳥は腹を見せている。
岩と笹と枝とは仲間、牡丹は単品、鳥も別物。一枚の画面に手の違うような存在が同居している。それぞれは主張しあわないが、馴染んでいるわけでもなさそうである。
白牡丹は端のほうにあるからそんなに目立たないが、この白さは全体の中ではやはり異質な感覚がある。牡丹柄の引き手のように見えるほどに。

竹鶴図屏風 長谷川等伯  左1の笹竹を見たとき、国宝の松林図を思い出した。わたしがあの絵を見るときはいつも曇っているか・雨か・雪か、そんな天候だった。
外の空気がそのまま絵の中で再現されているような気がした。
鶴の足跡のような地の笹群と、監視する目のような竹の節とがうるさいような気もするが、しかしそれがなければ、あまりにこの絵は静かになりすぎるのかもしれない。

松に鴉・柳に白鷺図屏風 長谷川等伯  鴉ファミリーの住まう松には、別種の細い木が這い回り、垂れ下がっている。根元にはタンポポも咲いている。
親同士はごはんについて何やら相談中らしいが、二羽の子どものうち一羽はごはんのリクエストを言うているようだ。もう一羽は思案中。
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白鷺のデート場所に見える柳は、案外太い幹を持つ。寒いのにじっと待ってるところへ、やっと相手が来たのだが、どんな言い訳をするのだろうか。
元からこんな色調だったのかどうかは知らないが、この背景の色がその場の空気を表現しているように思う。特に白鷺の空は寒そうに見える。

叭々鳥・小禽図屏風 狩野探幽  探幽の叭叭鳥は目つきが悪いこともなく、ただの丸々した黒い鳥に見える。筆の動きで枝ぶりや笹の葉の老若もわかる。左では山鳩らしきカップルが流れの中の岩に止まっているが、不その隣に尻尾の長い小禽が来るのは、唐突な感じがある。
その飛び方・花火の残照のような尾は別な場で見てみたいと思った。

3.長谷川派と狩野派-親近する表現

大坂夏の陣図屏風 長谷川等意  焼かれる民家、逃げる民衆、死ぬ兵などなど。船出して逃げる一家もあるが、そんなに悲惨さは感じない。(右足や首が落ちてても)
大阪城に所蔵されている屏風にけっこう悲惨な状況を描いたものがあり、それがやはり意識にあるからかもしれない。
石垣の描写が面白い。ところで大阪城は今年「再建80年」の節目の年なのだった。
大林組の施工と、市民の協力。

二枚の波濤図を見た。
波濤図屏風 長谷川派  色合いがどうもあまり好みではない。わるい水に見える。
波濤図屏風 狩野常信  波の渦巻き具合が、ご先祖・永徳さんの唐獅子の巻き毛のよう。

藤棚図屏風 長谷川派  胡粉の剥落が夥しいが、それが意図せずして藤を藤色に見せることになっているのではなかろうか。そんなことを思いながらこの「たれさがり」を見た。

麦・芥子図屏風 狩野重信  麦が出ていた。芥子は来月のお楽しみ。まっすぐに伸びた麦の穂が清々しい。見ているとこちらの心もまっすぐになる。手前の緑の長い葉の寄り合う具合が、建仁寺かどこかの寺の垣を思い出させる。
以前パーク・コレクションでもいいのを見たが、やはり麦穂の屏風というものはいい。
日本の麦の清潔な美しさを見た。

4.やまと絵への傾倒
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宇治橋柴舟図屏風  柳がよくしげっている。雲だけでなく宇治橋も金色を帯びている。純正な黒色はここにはない。枝にも山にも土にも、何かしら緑がまじった黒が塗られている。柳の葉の細かさはススキのそれのようにも見える。それは春の柳だった。左手にある柳はもう少し伸びて夏の柳だとわかる。
そして小舟にはもこもこした柴が積まれ、誰の手も借りぬまま水に流され続けている。
水車はそのそばで勢いよく回り続けている。橋の向こうにはもう一隻柴舟が見える。
無限にこの景色は続いているのかもしれない。
だが左隻に移ると、秋と冬が同居した景色に変わり、柴舟の旅は終わりを告げなくてはならないような気がした。一隻だけ柴舟が懸命に波に乗っているが、水に遊ぶ鳥たちのようなゆとりをこの舟は持たない。柳に声援を受けているようにも見えた。
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柳橋水車図屏風 長谷川派  屏風絵なのだが、工芸品のような味わいのある屏風だと思った。金の月は貼り付けられたもの。まっさらのような橋は何処へ続いているのか。
水車や蛇籠もまた金色を帯びている。ここには波を懸命に行く柴舟の姿も無い。
波は籠や車の周囲ではジャブジャブしているが、全体は同じ形を見せており、、甍の波のようにさえ見える。動きの無い波だった。

月次風俗図扇面(高雄観楓・東寺)  橋の上で宴会する人々がいる。東寺の門外では雪が積もっている。鷹匠らしきヒトもいる。連銭葦毛の馬が軽く走っている。
あの道は、今も続く「弘法市」の日には出店でいっぱいになる。

洛中名所図扇面貼付屏風 狩野宗秀  おお、再び東寺。もう一つはどこぞの邸宅内か。

やきものは最初に書いたように、展示室のそれぞれに配置されていて、気軽に楽しめた。

色絵松竹梅文大皿 古九谷  黄梅。白地に緑の孔雀もいる。
白地鉄絵虎文四耳壷 磁州窯  このトラが可愛い。明のトラ。シマシマの出目トラ。
絵唐津松文大皿  松の枝ぶりが面白い。
絵御本燕文茶碗 釜山窯  燕の飛び方がなかなかかっこいい。
鉄釉染付双鷺文皿  左は口を開け・右は口を閉じる「阿吽」の鷺。なかなか面白い顔つき。
青磁象嵌蒲柳鷺唐子文浄瓶 高麗時代  実際に自分が何を好きかと訊かれれば「高麗の青磁象嵌もので、蒲柳に鷺とかそんな絵柄のもの」と答えることが多い。
これは飛び交う鷺と、静かに笑う唐子たちの風景。一目見るだけでも心が静かになる。
色絵菊蝶文台鉢  色は剥落しているように思うが、加賀友禅を思わせる綺麗さがある。
色絵瓜文皿  お皿に瓜を載せた・・・そんな雰囲気。
鉄釉染付山水文菊花形四足皿  形が大変むつかしい。
青磁染付波濤葦文皿 鍋島  波濤というものはどうかすると「猫手」「狐手」になる。 
瑠璃釉金銀朱彩蔦文筒形瓶  なにか不思議な感覚がある。なんだろう?ナゾだ・・・
現川刷毛目藤文皿  これもまたナゾ。ぐるぐるぐるぐるぐるこさみん・・・
色絵幾何学蝶文大皿  染付の荘子文に似た感じ。

今度は12/2に麦屏風の相棒の芥子図屏風を見に行く。
展覧会は12/18まで。図録は写真も綺麗だし、謎解き風な解説やコラムも面白かった。
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ちょっとばかり「長谷川vs狩野派 仁義なき戦い」みたいな面白さを堪能できる。
今回も気持ちよく過ごせた。ありがとう、出光美術館。
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