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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想

静岡市立美術館でクリスマスまで開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展を見に行った。
来年には渋谷のブンカムラに行く展覧会だが、一足お先に静岡で見るのも一興だった。
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ルネサンスのイタリア美術界はとにかく三巨頭が幅を利かせているので、それさえ押さえておけばいいかなと、ずぼらなことを考えていたために、他の画家の名前をまず知らない。誰が誰の工房にいたかも知らない。
今回の展覧会を見て、そのあたりも勉強させてもらったので、今後はもう少しマジメに当たることにする。
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1.ダ・ヴィンチとレオナルド派

ダ・ヴィンチの「衣紋の習作」が二枚あった。zen025-1.jpg
これらはヴェロッキオ工房で拵えたらしい。
ダ・ヴィンチの言葉がそこに飾られている。
衣紋の大切さについての一文。
それにしても、仏像の衣紋のことはいろいろと聞いていたような気がするが、西洋でも衣紋の大切さというものがあるのを初めて知った。
ただしこの「衣紋の習作」は絵でのそれなのか彫像におけるそれなのかは、わたしにはわからない。
またそれで話がずれるが、映画「ヴェニスに死す」ではアイロンが普及していなかった時代、という設定から、ポーランド貴族の人々の裾などはヨレたままだった。

ダ・ヴィンチと弟子 紡錘の聖母の習作  肉体の張り、がリアルだった。
聖母ではあるがヒトの肉を持ってそこに生きる、というナマナマしい肉の存在を感じた。
美しい女の上半身。

サライ(小悪魔)と呼ばれる美しい青年の弟子がいる。
ミケランジェロのようなおおっぴらさはなくとも、ダ・ヴィンチもまだ二十四の若いときに男色罪の告発を受けている。生母と離され、父の家に入れられながらも、本当には母を持たないレオナルドは、女性をどのような眼で観ていたのだろう。

サライが描いたとされる「ほつれ髪の女(模写)」を見る。丁度五百年前の絵。うまいものだと思った。

ダ・ヴィンチと弟子(カルロ・ペドレッティ説) 岩窟の聖母  アーメン対Vサインな手の子供たちと、こわいぞ~な手つきvs「こっちです」な指とが妙に眼に残った。
昔、これとは別バージョンのものも見たが、どれも黒い草が生えていた。
なぜ岩窟にいるのかはよく知らないが、状況と手つきとが妙にマッチしているように見える。そしてそれぞれが身にまとう布の触感が好ましい。
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サライ(帰属) 聖母子と聖アンナ  ばぁばとママとボクと。
いつも思うがこの幼子エス様(おお、日曜学校の名残か!)は子羊の耳を思いっきりつかみ挙げているな。足下には野いちごらしきものが実っている。

次に恍惚の表情を浮かべる殉教の聖女たちを描いたジャンピエトリーノの絵を見る。
マグダラのマリア、アレクサンドリアの聖女カテリーナを描いたものが二種ある。
図像学を学ぶと、一目見ただけでどの聖人の殉教図かがすぐにわかるだろうが、まだまだわたしも修行中。美人揃いの聖書の女たち。

ダ・ヴィンチの工房 幼子イスエと洗礼者ヨハネ  ちびっこ同士でキスしあう可愛い一枚。肉色のクッションの上で。そしてここにも黒い草が生えている。

2.レオナルドの時代の女性像

ドメニコ・アルファーニ? 髪を結った少女の胸像  おさげの美少女。
この画家らしき人の手による絵は他にもあったが、四人の女性頭部を描いたものは、ちょっとしたヘア・カタログ図だった。

ラファエルとその工房(帰属) ヒワの聖母  美人。ヒワをなでる子供と、ヒワを見せるイエスと。聖母の美人ぶりに目をみはる。やっぱりラファエルの聖母は美人だと思う。

ジュリオ・ロマーノ 金工品のための図案?  なかなか面白い構図。この作者はマニエリスムの建築家でグロテスクな装飾を拵えてもいた。実物を見てみたい、と時々思うが、日本ではそんな展覧会は到底企画されないだろう・・・

ベルナルディーノ・リチニオ 鏡を持つ高級娼婦の肖像  鏡というても手鏡ではなく置物の鏡。そしてそこにはまるで閻魔府庁の浄玻璃の鏡のように、「情景」が映し出されている。爺さんと遣り手との交渉が。

3.「モナ・リザ」イメージの広がり

ダ・ヴィンチ考案 デューラー 柳の枝の飾り文様  すごいな、このコラボ。
柳というのがヴィンチということで、レオナルドの村とゆかりがあるわけだが、それをデューラーが拵えた木版画というのが、妙にかっこいい。

音楽のカヴァーというのはよくあるが、ここまで一枚の絵をカヴァーし続ける、というのはやはり稀有なことだと思う。
何もかもがモナ・リザにまみれていた。

アイルワースのモナ・リザzen024.jpg
ルーヴルの「本物」よりも若くて可愛らしい婦人像。能面で言えばこちらは小面のようなものか。たいへん愛らしい婦人。微笑も「なぞめいた」というのではない。神秘性は薄いが、その分その可愛らしさに惹かれる。

右向き・左向き・背景が違う・ふっくらさん・今にもしゃべりだしそう・・・などなど、実に多くの「そっくりさん」がきていた。
時代が下がるにつれ、段々とパロディ精神に根付いた作品も生まれてくる。
全然関係ないが、新田たつお「静かなるドン」の最近のエピソードに「モナ・リザ」のパロディが出ていた。

4.「裸のモナ・リザ」、「レダと白鳥」

サライ(帰属)の「裸のモナ・リザ」は堂々たる良さがあったが、中には豊満なというよりタフマンなモナ・リザがあった。

フォンテーヌブロー派 浴室の二人の女性  例によって若い女二人のみそかごとのような図。こちらは左の女は背を向けているが、もう一人は前を向いたまま。妙に隠微な秘密の愉しみを隠しているかのような指がいい。

レダと白鳥の絵はどれもこれも、やはりかなりあぶな絵に近かった。
チラシに出ているレオナルド派のそれはまだおとなしい。
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この絵の左奥には小さなお城があり、そこの池には白鳥がいた。また橋上で釣りをする人やカップルもいるし、なにより手前には鳩や子どもたちや玉子がある。おおきいカタツムリもいる。昼間にそんなにいちゃついていていいのか、と思いながら見ていた。

5.神話化されるレオナルド

フランチェスコ・バルトロッツィ 聖アンナの頭部  日よけ帽をかぶる、優しい奥さん風。18世紀後半の絵も違和感なく、ここに並ぶ。

フランチェスコ・バルトロッツィ 若い男(サライ)の肖像  なかなか美青年。

チェーザレ・マッカーリ 「モナ・リザ」を描くレオナルド  三人の若い男を、モデルのそばに侍らせて、女が彼らを見て愉しむ姿を捉える、レオナルド。<見る>ものと<見られる>ものと、更にそれらを<見る>ものを、今こそ<見る>わたしたち。
猿が画面にいるのは風刺なのだろうか。

19世紀の画家たちによる「レオナルド」像はこうして見る限り、「神話化された」というより、ちょっとニュアンスが違うものを感じた。

泰西名画の中の美人画を見ているココロモチでこの展覧会を愉しませてもらった。

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コメント
初めまして
初めまして。もうなくなってしまった素敵なブログから、
お名前は存じていました。
私の行きたかった展覧会に次々行かれていて、
羨ましい限りです。(京都に行くのは大変・・・)

レオナルドのユダ(服部まゆみ)
E・L・カニグズバーグ「ジョコンダ夫人の肖像

など関連読書はいかがでしょう。
2011/11/29(火) 05:45 | URL | neimu #SiaNZQo6[ 編集]
こちらこそ初めまして
☆neimuさん こんにちは

あなたもあの素晴らしいブログを愛してらしたのですね。嬉しいです。

> レオナルドのユダ(服部まゆみ)
> E・L・カニグズバーグ「ジョコンダ夫人の肖像

カニグズバーグ「ジョコンダ夫人の肖像」は懐かしいです。
中学の頃に書棚で見つけてときめいておりました。
あの本は誰にも知られることなく黙ってひっそりと読んでいたい、そんな本でした。

コミックですが、星野之宣「悪女伝説」にルクレツィア・ボルジアとダ・ヴィンチの物語があり、あれもまたたいへん面白いものでした。
星野さんの画力の高さはダ・ヴィンチの描く世界を追っている、と思ったものです。

「レオナルドのユダ」は未読です。探します、ありがとうございました。
2011/11/29(火) 16:54 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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