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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

生誕125年 萩原朔太郎展

最終日もしくはその前日あたりに出かけた展覧会について少しばかり書く。
まず萩原朔太郎展の感想。
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十年ほど前、前橋に出向いた。近代建築を見るのが目的だったが、当然のことながら前橋文学館にも入る。
前橋は朔太郎の地である。朔太郎が詩作だけでなく、音楽活動にも熱心だったことはよく知られている。
前橋に楽団を作ったのも朔太郎だと言う話だった。
文学館ではそのあたりの資料を色々見た。マンドリン演奏が得意だったと言うので、それだけでも詩人朔太郎がいよいよかっこよく見えた。
しかしわたしが一番好きなのは「朔太郎の猫」なのである。
詩集「青猫」、小説「猫町」などなど・・・

詩と言うものは、書かれた言葉を眼で味わうだけでなく、音声化する喜びもある。
文学館では多くの朗読者によって朔太郎の詩が音として表現されていた。
大好きな女優・岸田今日子さんの朗読を聞く。



まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。

『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、

ここの家の主人は病気です』

朔太郎の詩は一連目の「まつくろけの猫が二疋、」から最後の「『おわああ、ここの家の主人は病気です』」まで、隙間のない綴られ方をしているのだが、今わたしがこのように隙間を空けたのは、岸田今日子さんの朗読を再現したいがためだ。
『おわああ、ここの家の主人は病気です』の「ここの」から一息で、重く静かな音声で朗読されたのが、たまらなく怖かった。

世田谷文学館に最初に行った日、タイミングよくムットーニのからくりボックスの上演が始まるところだった。
中島敦「山月記」、海野十三「月世界旅行」そして朔太郎の「猫町」だった。
その少し前に大阪のキリンプラザでムットーニ展を見てファンになり、「アサヒグラフ」での特集でいよいよ好きになっていたところへ、思いがけない見学になった。非常に嬉しかった。
朔太郎の作品と言えば岸田今日子さんの朗読と、ムットーニの「猫町」がすぐに思い浮かぶのは、そうした理由からだった。
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世田谷文学館で朔太郎展があることはわかっていたが、芦花公園までのせなかったのは、何が理由だったか今となってはわからない。
結局最終前日に行くことになり、存分に愉しみはしたが、色々と惜しいことをしたと反省もした。
その日は偶然にも詩人・吉増剛造氏の会があったが、時間が常に不足しているわたしは参加できなかった。
中途退場と言うものは基本的にしないから、それでどんな講演会にも行けない、という状況がある。
すぐそばのホールで氏の言葉や映像を楽しむ人々うらやみながらも、自分は自分で一人で朔太郎を楽しんだ。

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朔太郎の若い頃の写真を見ると、谷崎も負けるような巨眼をむいていた。
しかし壮年の頃になると、やや瞼の重い憂鬱な顔つきに変わっている。
わたしは朔太郎のそんな顔の方が以前から好ましく思っていたので、舟越保武の拵えた朔太郎の顔像に惹かれた。
この像は朔太郎の像と言うだけでなく、舟越の傑作のひとつだと評がある。
実際いい像だと思う。若い顔よりもこちらの方が魅力的だった。
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朔太郎の描いた猫の絵がある。
それが今回のチラシになっている。
朔太郎の「猫町」は川上澄生によるものだが、その顔とこの猫の顔もよく似ている。
どちらも本当ににゃあとした顔立ちの猫である。
宮沢賢治の描いた猫も妙な面白さがある。
宮沢賢治は猫を題材にした童話を色々書いているが、本人は実はあんまり猫が好きではなかった、という話もある。
判る気がした。
猫だけでなく、犬でも金魚でも小鳥でもそして人間でも、実際に好きな人よりもそうでない人の方が、それを対象にした作品は面白い。

「猫町」のコーナーがある。
ムットーニの「猫町」を中心に、その周囲の壁に川上の「猫町」の挿絵がパネル展示されている。
日常からほんの少しスリップしてしまったことで、視てはいけないものを視てしまう。
現実なのか悪夢なのかもわからない状況の中で、町に溢れる猫の姿がある。
窓から顔を出す猫はあごを窓枠に載せて、「わたし」を見ている。
「わたし」は町の全ての住人から見られている・・・・・・・・

ぞわぞわする面白さが活きていた。

時系列に沿っての展示を眺める。知っているつもりでいても知らないことが数多くある。
だから文学館の展示というものは好きだ。
 
そういえば朔太郎の本の装丁は非常に美しいものだった。
田中恭吉、恩地孝四郎ら版画家とのコラボによって、今の時代にはありえない美麗な本を生み出したのだ。

展示室では色々な工夫がされていたが、中でも子供向けワークシートがよかった。
こちらはクイズラリーの3問4問だが、3は朔太郎のデザインによる椅子の飾りやパンフレットのイラスト、さらにこの展示室内にはムットーニの作品も含めて55匹の猫がいるらしい。数えなくてはならなかったが、タイダなもので数え切れなかった。反省。
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純情小曲集がある。うちの「こころ」は例の「テルーの唄」の元ネタ。
作詞などと本人も書かず、「萩原朔太郎の詩による」と一言つければ、却って良かったと思うのに。

音楽だけでなく、朔太郎は写真にも夢中になっている。
ステレオスコープ写真が再現されていた。
「廃園」が特にいい。他にも馬のいる村、アヒルのいる池(遊園地)などなど・・・

詩人の言葉、音楽家の演奏、カメラマンの写真・・・
朔太郎の残した作品は、何もかもが煌いていた。

**********

階下の常設室で萩原葉子の特集が組まれていた。
朔太郎展に併せての企画だろうが、これはある意味どうだろうかとも思った。
つまり両親のせいで不遇な少女時代をすごし、大人になってから父のことを書いてやっと突き抜けることのできた作家なのである。
尤も作品紹介よりも、中年以降晩年に至るまで、ダンスと手芸で機嫌よく過ごすことのできた一人の女性の道筋を主に展示しているのだが。

萩原葉子にこんな明るい晩年があったから、見ているものは救われるが、気持ちよく朔太郎の世界に耽った直後に、寒々しい現実とでもいうものを見て(見せられて)しまうのである。
熱が急速に冷えてしまう・・・
萩原葉子は別な機会に大きく企画を立てて欲しい作家だと思った。
こちらは1/29まで。
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