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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

能面と能装束 神と幽玄のかたち (前期)

子供の頃からどういうわけか、能面や能装束を見たり、謡曲の詞を目で追うのは好きだが、実際の演能を見るのはニガテである。
狂言にもややその傾向があり、「観る」ことに関しては、今も全く、門の外に佇む者に他ならない。
他方、歌舞伎と文楽に関しては舞台を見るのが大好きだが、衣装を見たり人形を見るのには大して関心がわかない。
これらはやっぱり舞台の上で活きている人形や役者を見るのが好きなので、動かない状態のものに関心がない、というべきか。
古人の名人芸を古い音源で捉えたものを聴いているときなど、自然に涙が滲むこともある。
能狂言、歌舞伎に文楽、どちらも何故自分がそんな状況(嗜好)なのかは、さっぱりわからないまま、生きている。

三井記念美術館の「能面と能装束 神と幽玄のかたち」展(前期)を見た。
チラシにある重文の「旧金剛流宗家伝来能面」全54面公開、という謳い文句にひどく惹かれている。
左上の翁(白式尉)は前期、右下の大飛出は通期展示ということで、今回はどちらも見た。
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最初に能楽のための楽器や謡本が展示されている。
それぞれ意匠を凝らした美麗な装いをまとう楽器であり、本である。

能管 銘・柴葛 葡萄栗鼠蒔絵筒  葡萄にリスの意匠が高蒔絵で表現されている。ぼこぼこと浮かび上がるような手法で、リスにも葡萄にも丸みがあるのがいい。

御所車夕顔蒔絵大鼓胴  源氏の「夕顔」をモティーフにしている。
説明によると、皮は十回も打ったら駄目になるそうな。
オオカワ、ともよばれる楽器。その皮の色はセピア色に近いようにも見えた。
そして必ず私は「綾の鼓」を想う。

楽器蒔絵小鼓胴 伝・千草  法華寺伝来品。琵琶などの絵で包まれている小鼓。
思えばその意匠は非常に面白い。楽器自体が楽器に纏いつかれているのだ。

光悦本はこれまでにも多くの美術館で見てきたが、やはり美麗だった。
最近のことで言えば畠山記念館でも光悦本を見たが、この三井では「高砂」「井筒」「熊野」などが並んでいた。
照射される光によって趣を変える。そんな工夫が見える美麗な謡本。
特に「熊野」の表紙の綺麗さには目を瞠った。
また、元和卯月本という謡本も展示され、きちんと二番目もの・三番目もの・・・と観客を導く並びになっている。

橋岡一路氏という方からの寄贈が多く出ていた。
こういう方によってこれらは愛され、大事に保管され、やがて無縁だったわれわれにもこの名品たちを愛する機会が与えられるのだ。

松椿蒔絵面箱  九曜紋が入っている。座金が綺麗。
お能ではないのだが、わたしは面箱を見ると「笛吹童子」の明の面打ち師や「修善寺物語」の夜叉王を思い出すのだ。
大事な面を入れる箱はこのように綺羅に飾られている。そのことにもときめく。

zen073.jpg

面が並ぶ空間へ向かう。

まずは翁から始まるが、実際のところ副題「神と幽玄のかたち」の「神」を体現するものはこの翁なのだ。
世阿弥の頃からこの群に属する「延命冠者」が省かれたと説明にあるように、演劇以前の存在だったのが、この翁だということを思えば、笑顔に似せた風貌も、忽ちにして畏るるものに変わる。
面をつけている間は、演者はヒトから離脱して、カミの使いまたはカミそのものに成り代わる。
その意味で翁面が象徴的な使われ方をしているのが、映画「狂つた一頁」だった。
精神病院内での大混乱の最中に、苦悩し続けていた「正気」の主人公が、その狂人たちの騒ぎの中で翁面をかぶる。
狂人たちは翁の出現により、無秩序な馬鹿騒ぎを、実りある祭りに変換させる。
ヒトでは到底その域にまで到達できなかったのが、翁の出現により、可能となる。
非常に意味の深いシーンだった。

ここにある翁、または三番叟は笑顔である。
しかしわたしはその永遠の笑顔というものが怖い。
まだベシミなどの方がコワモテではあるが可愛らしさを感じる分、親しみやすさがある。
中に一枚、笑わぬ父尉があった。釣り目でこちらを観ているような面だった。
そして黒色尉は密陀絵で出来ていた。

ベシミへの親愛感、というのは「いるいる、こんなおっちゃん」という感覚からのことだ。
小ベシミ 伝・赤鶴  本当にこんなおっちゃん、いてます。・・・そんな顔をしている。

長霊ベシミ  「熊坂」専用面。目が天地つまり上向いて下向いて、というアンバランスな目にどこか面白さがある。

不動  怒った顔なのは不動だから、というだけではなかった。
この面にはこんな伝承がある。
室町時代の名人が、不動像から顔だけを剥ぎ落として面にした。それをつけた演者は外そうにも外せなくなる。無理強いに剥がすと、顔の肉を殺がれて、血痕が滴る・・・
肉付き面の伝承はこんなところにもあったのだ。

童子 伝・千種  前髪はさらさらとたれている。綺麗な面立ちの少年だった。この面で菊慈童を演ずれば、彼が元は穆帝に愛されていた理由も深く納得できる。
そして菊の露で千年を生きるのも、この美しさを惜しまれたからだ、とも想うる。

猩々 金剛頼勝  赤い膚に不思議な笑いを浮かべている。二重まぶたの目が綺麗だった。

喝食 伝・夜叉  こちらは現世のナマナマしい少年である。前髪はイチョウ型。きつい顔立ちの少年。

怪士 伝・千種  寝かせ展示。・・・妙に怖い。

女面をみる。

小面(花の小面) 伝・龍右衛門  秀吉が愛し「雪月花」のうち「花」と位置づけた面。
やや白すぎるが、可愛らしさの濃い面。
偶然ながら、この一週間前に京都文化博物館で「金剛家の名宝」展の中、「雪」面を見ている。「雪」よりも「花」の方が妙に可愛らしいように思う。
白拍子として可愛がりたいような「花」だった。

追記 ツィッターで教わったが、「月」は江戸城の火災で滅んでしまったそうだ・・・・・・無念。


孫次郎(オモカゲ) 伝・孫次郎  これが本歌だという。左右を圧する、優れて美しい面だった。よく知られているように、亡妻の面影を面に移したという伝承がある。
室町時代の美人の基準などは知らないが、そのことを措いてもこの面は端正な美しさを露にしていた。静かな静かな佇まいを保っている、と言える。
この面の左隣は先の「花の小面」で、右隣には江戸時代に金剛頼勝が写した「孫次郎」が並ぶ。本歌の孫次郎は他を控えさせる美しさに満ち満ちていた。

むかし、わたしが初めて「能面」というものを知ったのは、小学生の頃に読んだマンガからだった。それは赤江瀑の原作をのがみけいが描いた作品だった。
そこには修行中の面打ち師の青年を取り巻く激しい愛憎があった。
孫次郎をどうしても完成できない青年は自分の顔に鑿を当てる。
しかし心願は届かず、青年は衰弱し、痩男の相貌を見せるようになる。
彼を愛する女は「孫次郎」そのものを深く憎悪し、調伏までした挙句、ついには自らの眼を鑿で突く。
誰も救われぬまま終焉を迎える物語だった。
今でも孫次郎を見ると、必ずこの物語を思う。

少し若い頃、わたしは孫次郎よりもっと若い女の貌が好きだった。
しかし年を経るにつれ、「萬媚」に惹かれたり「増女」のあるものを好きになったりした。
一方、文楽の人形では最初から娘よりも人妻の人形のほうが好ましかったから、これは面や人形に対しての「自己投影」とはどうやら無縁らしい。

他の女面を眺める。
増女 伝・増阿弥  唇こそ朱いが、眼がひどく怖い。
十寸髪 伝・龍右衛門  寄せた眉が怖い。
泥眼 伝・龍右衛門  ひどく怖い。

怖い怖いとばかり書いているが、面の下の抑えきれない情念が噴出しそうな貌に、反応してしまうのだ。
もう「蛇」や「般若」になった後はそうは怖くない。走り出しているからだ。彼女たちの目的は完遂されるばかりだが、岸辺の向こうの話だから、そうは怖くない。
しかし「生成」までが怖いのだ。
どんな激発があるかわからないからだ。

小町ものに使われる「老女」や「痩女」を観ると、無常観が自分の内底から湧いてくる。
が、そこでわたしは悟ることなどなく、「この年頃になっても出来る限り化粧をしよう」と思い至るのだ。それが自分への義務だと思う。
実際に「痩女」に似た人が近所にいて、わたしは怯えていた。
街角に立ち尽くしていたからだ。
ところがある日、その人がそれなりに化粧をして自転車に乗る姿を見た。買い物帰りだった。見た途端、本当にほっとした。
このキモチはわかるヒトにはわかってもらえると思う。

最後に可愛らしい小面があった。やや丸顔で子ども子どもしたような、少女の貌だった。

ところで前述の橋岡氏の寄贈品の中に、和楽山謡曲寺観世音参詣順路之図という参詣図があった。これは能の道の厳しさ・狭さ、また広さ・深さ・高さを示すための擬図だった。
描かれたのは幕末から明治の頃、いちばん能楽界がつらかった時期である。
大名の庇護を失い、道も塞がってはいても、それでもただただ道を精進する。
そのことでやがて視界も開き、心も豊かになる。
図を前にして、わたしも一人、勝手ながらこれに似た山を歩こうと思った。

出口前の7室では能装束が豊かに並んでいた。
珍しいことに法被と側次がたくさんあった。
コミック風な雲龍文様、中国の皇帝の龍袍(ロンパオ)をモティーフにしたものもある。
油煙模様というナゾだが可愛い柄の縫箔もある。
二年半前、京都の金剛能楽堂で流派の装束を大量に見学したが、今回のようなものは出ていなかったので、面白く思った。

前期展示は12/25まで、後期は1/3~1/28。

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