FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

川西英コレクション収蔵記念展・夢二とともに

川西英の膨大なコレクションが京都国立近代美術館に収蔵され、その記念展が開かれている。
「夢二とともに」という副題が示すとおり、川西が集めに集めた竹久夢二の作品群と、それを少年時代の川西が模写したものと、また夢二と同時代のほかの作家たちの作品などがズラッと並んでの、絢爛な展示である。
zen109.jpg

挿絵画家、商業芸術の担い手というものはどうしてもタブロー作家より一段低く見られがちだが、しかし愛され度の高さは、彼ら以上の場合が多い。
版画家として名を成した川西英にしても、出発点は竹久夢二の作品への愛と尊敬からの模写なのだ。
芸術家にならずとも、川西のような愛が心に占める人は決して少なくはない。
田中角栄も挿絵専門の弥生美術館が開館したとき、一番に訪れて、高畠華宵の「さらば故郷」を見て涙ぐんでいたそうだ。
誰にでもそうした心の底に眠る愛があるのだ。

近年は大正から戦前の叙情画や挿絵の人気も高まり、またその当時のファンも少なくなりはしたが、元気なうちにもう一度あの頃の喜びを、と言う方もおられることで、研究も収集も進んでいき、まことに喜ばしい状況になっている。
わたしなぞも弥生美術館の会員になり20年を過ごしている。一度も休むことなく企画展を楽しみ、各地で開催される叙情画・挿絵展にせっせと足を運んで暮らしている。

さてそんなわたしたちの先達たる川西英のコレクションを眺める。
zen110.jpg

明治末の「夢二画集」四季それぞれの号もきちんとある。
これらは弥生美術館やその他の夢二コレクションを持つ美術館でもよく見かけるから、当時人気も高かったのだろう。
想像をかき立てられるような情景を描いたものと、可愛らしい意匠とで、表紙が飾られている。

夢二への熱烈なファンレターに対して、夢二本人も丁寧なお返事を川西少年へ送っている。
ファンを大切にする夢二らしい優しい文章が綴られている。

肉筆画があった。

河岸の落日 タイトルだけ見れば和の情緒あふれる景色かと思うが、これはやや高い塔の立つ河岸に夕日が射し込む、モダンな風景だった。
夢二の肉筆画は彩色が柔らかなものが多いが、この絵も優しい構成をみせている。

ガラスケースの中には川西英の手による膨大な模写絵シリーズが並んでいるが、基本的に肉筆画の模写はなさそうだった。

それにしてもなんとすばらしいファンだろうか。
ありとあらゆる夢二グッズを集めている。
夢二グッズ専門店の港屋オリジナルの風呂敷や柳屋の袱紗などのほか、可愛い千代紙・封筒類などなど、本当に世にある夢二グッズ全般がここに展開されているのだ。
zen111.jpg

また夢二の死後のさまざまな会合なども「川西英様」宛で書類や招待状、案内状が届いている。
ファンの多いヒトではあるが、ここまで熱烈なコレクターは、ほかにいなかったのではないかとすら、思う。

川西英の手製夢二作品の切り抜き帖がまた素晴らしい。
言うてみたら、夢二画集の編集と装丁を一人で引き受けた、そんな感じ。

挿絵で初見の可愛いものがあった。
猫の町 ヒトとネコが仲良く暮らす幸せの町。決して朔太郎の「猫町」ではない、どこか。
大人向けの小説の挿絵も少年は切り抜いている。

版画の貼り混ぜ帖がまた凄い。
単行本の部、雑誌の部、情話新集の部・・・などと分けている。
このうちの千代紙の貼り混ぜものは、弥生美術館にあるものとほぼ同じ構成だった。
また版画の部には弥生でよく見る「得度の日」と「秋津(=とんぼ)」が共に貼られている。

夢二の初公開肉筆三枚。
zen112.jpg
左の幅の男は夢二本人だという話もある。

ところで夢二の作品は多岐に渡っているが、わたしは夢二のデザイン感覚と童画とがいちばん好きだ。彼の美人画はどちらかといえばあまりそそられない。
木版画も色の濃いものを使った作品のほうが好きなものが多い。
だから「婦人グラフ」のシリーズや「セノオ楽譜」の作品群が好ましい。

セノオ楽譜の夢二の表紙絵ものを、こんなに大量に一度に見たのは今回が初めてだった。
90点くらい出ていた。
セノオ楽譜のマークはウサギさんだが、no.15「初恋之歌」だけどうしてかウサギさんがいなかったことに、今回気づいた。
小さいことだが、そんなことに気づけて楽しい。

図録には収録されていないようだが、「どんたく絵入小唄集」の表紙がいい。
毒キノコか苺かわからないが、毒キノコらしい冠の女と子どもたちがいる。その女がイワン・ビリービン風な美人だった。大正初期の作品。

夢二関係では、最後に千代紙のシリーズが並べられていたが、何もかもが本当にステキだった。
これらを見ていると、夢二や谷崎らを中心に描いた上村一夫「菊坂ホテル」の1シーンを思い出す。
自殺した女学生(実は眼を閉じているまで)の胸元にある遺書の封筒が夢二作品だったのを見た人々が、勝手なことを口々に言う。
その中で芥川は、夢二の仕事では美人画よりこうしたデザインのほうがいいと言う。
褒められて喜ぶ夢二に菊池寛が「よかったよかった」と笑う。
そのエピソードは上村の創作だと思うが、いかにもこのヒトならこう言うだろう的なノリで、何度読み直しても笑ってしまうのだった。

川西の集めたほかの作品を見る。
版画仲間の作品がたくさんある。
恩地孝四郎(彼は夢二の仲良しだった)、前田藤四郎、山本鼎らの作品が目立った。
版画蒐集に力を入れている和歌山美術館や千葉市美術館や上田の版画館でも見たものたちが多い。非常にレベルの高い作品群である。
前田作品は大阪市近代美術館(仮)←どころか(没)になりそうな状況だが――、で展覧会を見ているが、それ以来の再会だった。

深水「対鏡」もあった。これは嬉しいことだ。この版画が京近美に入るのは、本当に嬉しい。平木浮世絵財団と渡邊版画以外のコレクションでは見ていないからだ。

富本憲吉、リーチ、梅原、安井らの版画も一見の価値がある。
梅原のそれは数年前に奈良県立美術館でも見ているように思うが、裸婦ものばかりで、たいへん造形的にも面白かった。

長谷川潔は元からここにあるので、こちらもお仲間が増えてけっこうだし、永瀬義郎の版画が見れるとは、思いもしなかった。たいへん嬉しい。
また一点しかここには出ていないが神戸の別車博資、大阪の辻愛造の作品が入ったことも喜ばしい。

前川千帆、川上澄生らの作品群は見ているものが多くて、前に立つと自然と親しい気持ちがわいてくる。
それがまた、川西英への親しみにもつながってくる。
川西英本人の作品ではやはりサーカスがよかった。
また展覧会の最後に当時の流行千代紙シリーズが並んでいて、それが非常に見ごたえがあった。
どれを見ても楽しかった。

企画展はここまでだが、次に四階の常設展に行くと、またタイアップした作品群がたくさん出ていた。
川西英の描いた神戸百景もあるのもいい。
IMGP9575.jpgIMGP9577.jpg
これは非常にいい作品で、版画作品として楽しいだけでなく、当時の風俗資料として眺めるのも興味深いのだ。

IMGP9574.jpg
IMGP9578.jpg


岡本神草の夢二絵風スケッチまであるのにはびっくりした。
IMGP9568.jpg

また川西英の息子・祐三郎の外国を描いた作品も出ている。
IMGP9579.jpg

これらがこの京都国立近代美術館に収蔵されたのが、本当に嬉しい。

展覧会は12/25まで。
ショップのグッズも可愛いものがたくさんあった。
図録もステキなのだが、雨の日に出かけたわたしはまだ未購入なのだった。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
No title
> no.15「初恋之歌」だけどうしてかウサギさんがいなかった
その通りなのです。
実は,この初版の楽譜が発行された大正5年5月には,
兎のマークも「セノオ楽譜」と言うシリーズすら,
まだ存在しなかったのです。
出現するのはもう少し後の事…。
なので,この楽譜の奥付を含めどこを探しても
「セノオ楽譜」とは書かれていません。
2011/12/21(水) 11:25 | URL | 誠 #z8Ev11P6[ 編集]
おお!そうなのですね
☆誠さん こんにちは

> > no.15「初恋之歌」だけどうしてかウサギさんがいなかった
> その通りなのです。
> 実は,この初版の楽譜が発行された大正5年5月には,
> 兎のマークも「セノオ楽譜」と言うシリーズすら,
> まだ存在しなかったのです。
> 出現するのはもう少し後の事…。
> なので,この楽譜の奥付を含めどこを探しても
> 「セノオ楽譜」とは書かれていません。

そうでしたか。その左側の番号の早い分にはウサギさんがいたので、「なぜこれだけ」と思ってたのです。
番号もそうなると、少し後年に着けられたとか、初版ではないとか、そういう事情または、わたしの単なるカンチガイなのか・・・

こういうことを教わるのが嬉しいです。
また色々教えてください。
2011/12/21(水) 12:52 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
> その左側の番号の早い分
no.12「お江戸日本橋」の事でしょうか?
今回の展示で15番より小さい番号はこれしかありませんので。
これも初版で大正5年4月の発行です。
「ウサギさんがいたので」は恐らく勘違いだと思います。
図録で確認した所,表紙に兎のマークはありませんでした。
ただ,表紙に「No. 12」とありますが,
しかし,これも後からペン書きされた様に見受けられます。
2011/12/21(水) 16:02 | URL | 誠 #z8Ev11P6[ 編集]
おまちしておりました。
☆誠さん こんばんは

図録で確認もしていただき、ありがとうございます。
わたしはまだ手元に図録がないので、チェックできなかったのです。
助かります。

> ただ,表紙に「No. 12」とありますが,
> しかし,これも後からペン書きされた様に見受けられます。

なるほど~!
その展示されているその楽譜だけがそうなのか、同じ楽譜でも違うのかまではわかりませんが、後から書いたような感じがする、というのも興味深いことですね。

それにしても本当に助かります。
わからないままでいたかもしれないところへ、こうして教わることが出来て、嬉しいです。
ありがとうございました。

2011/12/21(水) 23:32 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
> 展示されているその楽譜だけがそうなのか、同じ楽譜でも違うのか
他の図書館に所蔵されている,
同じ「お江戸日本橋」の初版を見ましたが,
やはりどこを探してもシリーズ名およびその番号は書かれていません。
ちなみに大正7年3月の再版ではそれらは印刷されています。
興味深い事に,夢二氏のサインの場所に兎のマークが置換わり,
(よってサインは初版にのみ見る事が出来ます!)
デザインを考えての配置なのでしょうか?

兎も角,遊行七恵様の観察眼には恐れ入ります。
2011/12/22(木) 17:18 | URL | 誠 #z8Ev11P6[ 編集]
☆誠さん こんばんは

> ちなみに大正7年3月の再版ではそれらは印刷されています。
> 興味深い事に,夢二氏のサインの場所に兎のマークが置換わり,
> (よってサインは初版にのみ見る事が出来ます!)
> デザインを考えての配置なのでしょうか?

再版することになった時点でセノオが「これはイケるぞ!」と思って、そうした配置にされたのでしょうか。
今となってはわからないことですが、後世のわたしたちはそのおかげで色々と楽しい推理ができますね。

わたしの観察眼なんてのは実にええ加減なもんですが、こうした疑問に対し、興味深いコメントを下さったことがとても嬉しいです。
また色々とご教示ください♪
2011/12/23(金) 22:16 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア